世界はキミのために

7話 くされ縁

   

あのあわただしい日から何日か過ぎた。
ヒスイたちは、もちろん目立つ行動は控えていたものの、オニキスの忠告を無視して、まだ城下に留まっていた。

コハク曰く、バス、トイレ、そしてちょっとした湯沸し台まであるこの宿が気に入ったからとの事だが、ヒスイにはまだ何かコハクが企んでいるように思えてならなかった。

そして今日もヒスイはコハクに連れまわされていた。
まずは洋服屋・・・お菓子屋、雑貨屋をまわり、ヒスイの希望で本屋に寄ったその帰り、たまたま通りかかった大きな宝石店の前で事は起きた。

「あっ、ほら。ヒスイ。宝石店だって。見ていこうよ〜」

「え〜・・・。こういうとこ苦手なのに・・・」

ヒスイが店の前で渋っていると、中から堂々とした出で立ちで黒髪の美人が出てきた。

「あ・・・」

(ガーネットだ!!)

ヒスイは露骨に嫌な顔をした。彼女とのドレスの取り合いを思い出したのだ。

そしてそれ以上にガーネットがコハクを気に入っている風だったのが気に食わなかった。

「あら!まあ!!コハク様ではありませんの!!」

そんなヒスイとは対照的にガーネットはコハクの姿を見つけると瞳を輝かせて近づいてきた。

ヒスイは内心マズイと思った。

(ガーネットがコンテスト会場に来ていたとしたら・・・。お兄ちゃんがお姉ちゃんだってこと、ばれてるよね・・・)

しかしヒスイの心配は杞憂だった。別の意味で。

「こんにちわ。ドレスを譲っていただいた方ですね。その折はどうも」

コハクは何食わぬ顔でガーネットに挨拶をした。

「あの・・・いえ・・・」

ガーネットは赤い顔をして口ごもった。

「あ、あの私・・・コンテスト拝見させていただきましたのよ」

(・・・やっぱりバレてる・・・)

ヒスイは身につまされる思いで目をつぶった。

(これでお兄ちゃんも立派な変態に・・・)

「ああ、驚きました?」

コハクは笑顔でガーネットに聞き返した。

「ええ、少し・・・。でも、とてもお綺麗でしたわ!!」

ガーネットは語尾に力を込めて答えた。

驚いたのはヒスイだった。

(ええ〜っ!?それで済んじゃうわけ〜!?)

「私、感動いたしましたの!えも言われぬ美しさでしたわっ!!そこらの殿方の女装とは訳が違いますもの!!」

「それはどうも」

コハクは更ににっこりと笑って言った。

「実は賞品のロザリオがどうしても欲しくて。ヒスイが参加を嫌がったので代わりに僕が参加したんです。よく女顔だって言われるんで大丈夫かなと思って」

「まあ・・・そうでしたの」

ガーネットは胸の前で両手を組んでうっとりとした顔でコハクを見た。

「ヒスイによく似合うんですよぉ。このロザリオ」

そんなことはお構いなしにコハクは後ろに控えていたヒスイの肩に両手をのせ、前に立たせた。ヒスイの首にはおおきなロザリオがかけられていた。ロザリオに合わせてコハクが選んだ黒のワンピースを着たヒスイは小さなシスターのように見えた。

「ほら、覚えてるよね?」

ヒスイはそれまでガーネットの視界に入らないようにコハクの後ろで静かにしていたが、コハクに話を振られて仕方なく顔を上げた。

「・・・どうも」

「あら。いらっしゃったの。ごめんなさいね、気が付かなくて。こんなに小さくて可愛らしいのに」

ガーネットは言葉とは裏腹に見下すような目線で言った。

「小さくてすみませんね」

ヒスイは憎々しげに答えた。『天使』の口から出たとは思えないセリフだった。

「優勝おめでとう。ヒスイさん。素敵なお兄様に感謝しなくてはなりませんわね」

(・・・余計なお世話よ)

ヒスイはカチンときて挑むような口調で言った。

「そういうあなたは参加しなかったの?コンテストに。まあ、出ていたところでかすりもしないでしょうけど」

「こ、こらヒスイ、そんなこと言っちゃあ・・・」

「お兄ちゃんは黙ってて」

二人の間に火花が散った。

「おほほ。参加したくても出来なかったんですのよ。私の父が名誉ある審査員の一員でしたので。身内は参加できない決まりになっておりますの」

ガーネットは目元をぴくぴくさせながらそこまで言うと、急に何かを思い立ったように軽くポンと手を叩いた。いかにもお嬢様という感じで仕草は優雅だった。

「そうですわ!コハク様はあのロザリオの価値がわかるぐらいですから宝石に興味がおありなのでしょう?」
「ええ。それはもう」

「それは良かったですわ!ではぜひ、明日のパーティにいらしてくださいな!!」

(パーティ??)

ヒスイは眉間に皺を寄せ、黙って二人の様子を見守っていた。

「宝石展ですの。価値ある宝石が色々見られましてよ」

「あの・・・失礼ですけどあなたは・・・」

「ああ、申し遅れました。私、ここの主人の娘ですわ」

ガーネットは自慢気に今出てきた店を振り返ってみせた。

(宝石展??パーティ??なんか今まで以上に嫌な予感が・・・)

ヒスイの予感は的中した。

ガーネットはうきうきとした口調のままヒスイのほうをちらりと見て言った。

「ああ、でも・・・ヒスイさんには申し訳ないのですけれど、18歳未満は入場できませんの」

「ああ、だったらヒスイは・・・」

「お兄ちゃん!!いいよっ!」

ヒスイは声を荒げて言った。

「ヒスイ・・・」

コハクは困った顔でヒスイを見ている。

(どうせ18なんて言っても信じてもらえないもん)

ヒスイはプイッと横を向いた。

「あの、お約束はできませんが・・・それでも良ければ・・・」

ヒスイの心中を察してかコハクは曖昧な返事をした。

「ええ、構いませんことよ。それでは・・・お待ちしておりますわ。コハク様」

ガーネットは会場の場所と来訪の際には自分の名前を出すようにとコハクに伝え、最後に勝ち誇った顔で「本当にごめんなさいね、ヒスイさん」と言った。

(ふんっ!!嫌な奴!!お兄ちゃんに色目使ってぇ〜!!!)

ヒスイは心の中で悪態をついた。

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