世界はキミのために

25話 ベスト・パートナー

   

パタン。

ヒスイは静かに部屋のドアを閉めた。中でコハクが眠っている。

まだ少し目は赤かったが、ヒスイの表情は明るかった。何かを決意した清々しい表情だ。

「遅い」

部屋の前にシンジュが腕を組んで立っていた。

「さ、行きますよ」

「シンジュ・・・」

「私がいなくては話にならないでしょう。少しはマシになっていただかないとメノウ様に申し訳が立たないですから」

シンジュはツンと澄ました顔でスタスタと歩き出した。

「シンジュ・・・」

「何ですか?」

「ありがとっ!!私、頑張るから!力を貸してね!!」

ヒスイはシンジュの背中に向かって宣言した。シンジュが振り向いた。

「お任せを」

シンジュの言葉は相変わらず堅苦しかったが、その表情は優しかった。

  

「昨日はごめんなさい!!」

ヒスイはカーネリアンに深々と頭を下げた。

「いい瞳だ」

カーネリアンは何も聞かず、いつものように腰に手をあててにいっと笑った。

「で、シンジュで戦うって?」

「うん。あんまり殴ったり蹴ったりって向いてないみたい」

「そうか。いい選択かもしれないよ。じゃあ、うちにも精霊使いがいるからそいつに頼むか・・・といいたいとこだけど、アイツも今大変でな」

「アイツ?」

「そ。オニキスだよ」

「えっ!?オニキスって精霊使いだったの!?」

「ああ、闇のね」

「へぇ・・・いつも剣持ってるからてっきり・・・」

「精霊使いにもいろいろいるのさ。今度話を聞いてみるといいよ」

「それで何かあったの?大変って・・・」

「ああ、アイツさぁ」

カーネリアンはくっくっと笑った。

「結婚させられそうなんだと」

「いい気味ね」

ヒスイも散々子供扱いされた事を思い出してにんまりした。

「おしゃべりはその辺にして始めませんか?」

シンジュはやれやれと溜息をついて言った。

  

「いいかい?光の精霊の中でもシンジュは特別だ。主人のイメージに合わせて姿を変える事のできる能力。これは貴重だ」

「うん」

「あとはそれを状況に合わせて瞬時に発動できるか。何をイメージするか。問題はその辺だ。まぁ、慣れだね」

カーネリアンは言った。

「じゃ、始めるよ!!」

「シンジュ」

ヒスイは身構えながら口を動かした。

「私が怪我するとお兄ちゃんが嫌がるの。だから守りを重視した戦いで、攻撃に関しては最小限に留める」

「了解しました」

  

「お世話になりました」

コハクは丁寧にお礼を述べた。
何日かカーネリアンとの特訓を繰り返した後、ヒスイ達はまた精霊の森を目指すことにした。

精霊の森へは来た時と同じ魔法陣で引き返すことができる。

「ありがとう。カーネリアン」

「今度は勝てるさ。自信もちな」

「うん!」

  

ヒスイ達は以前森の番人に襲われた場所までいった。

すると森がざわざわと鳴り出した。

「やっぱり来る。お兄ちゃんはそこで見ていて。絶対に負けないから!!」

「うん。わかった。気をつけて・・・ヒスイ」

コハクは心配でたまらないという顔をしながらもそう返事をして、ヒスイの傍らに控えるシンジュに視線を送った。

シンジュは任せなさい、と言わんばかりの自信たっぷりな瞳でコハクに視線を返した。

「ホントに頼んだよ。シンジュ・・・」

コハクは心から二人の勝利を祈った。

  

「また来たか・・・」

番人の声がした。同時に、空から先の尖った鋭い岩が無数にヒスイをめがけて飛んできた。

「盾っ!!」

ヒスイはひとまずシンジュを盾に変えた。
今度は普通の盾ではなく全体をガードできるドーム型だった。
これで後ろから襲われることもない。

シンジュの盾は降り注ぐ岩を物ともしなかった。

「先手必勝!!」

ヒスイとシンジュは合言葉のように声を掛け合った。

岩の攻撃がやんで番人が姿を見せた刹那、ヒスイはシンジュを大きな弓に変えた。
そして迷いなく弦を引き番人に向けて矢を放った。

「ほう・・・攻撃するようになったか」

番人は矢を防ぐ氷の盾を作り出した。

「弓と矢・・・。二分された力ならこれで充分・・・」

「シンジュ!!」

矢は一直線に飛んでいった。
しかし盾に直撃する寸前にその姿を小さな鳥に変え、ひらりと盾の脇を通り抜けた。
そして番人の顔をめがけて突っ込んだ。

「!!」

番人は虚を衝かれて上体を仰け反らせた。
顔を覆っていたフードがぱさりと外れた。

「え?男?女?」

凛々しく上品な顔立ちの番人。
あまりに中性的でヒスイは判別に困った。
番人は萌黄色の髪を軽く後ろで束ねている。

「考えてても仕方ないわね!」

ヒスイはすぐに気持ちを切り替えた。

「えいっ!!」

ヒスイは手元に残った弓をブーメランに変えた。
それを力一杯番人に向けて飛ばす・・・。

突然、黒い影がよぎった。
影はブーメランになったシンジュをがっちり掴んだ。

「そこまで、だ。シンジュを引かせろ。ヒスイ」

「オニキス!?何で・・・」

「いいから」

「シンジュ!戻って!!」

ヒスイはオニキスから光のブーメランを受け取り、シンジュを呼び戻した。
小鳥のシンジュはブーメランと合体し、ボンッと人型に戻った。

「お前も悪ノリが過ぎるぞ。オパール」

オニキスは番人をオパールと呼んだ。

「ヒスイ。見てごらん」

コハクはいつの間にかヒスイの隣まできていた。
ヒスイの肩に手を置き、番人のほうを指差す。

「あの人がオパールさんなんだって」

「え・・・?」

  

「もうすっかりノッちゃって。なりきっちゃったわ」

オパールは急に口調が変わった。

「油断するには相手が悪かったな」

「そうねぇ。やっぱりメノウの血を引いているだけあるわね。危なかったわ」

オパールは品良く笑った。
独特の雰囲気を持っている。
男にしては女顔で、女にしては男顔・・・話振りから女性だとヒスイは判断した。

「この森はね、精霊使いしか入る事が許されないんだ。精霊使いって基本的に精霊と心を通わせることができる人間しかなれないから、悪い精霊使いっていうのはほとんどいないんだけどね。オパールさんは必ず力試しをするんだって」

「・・・力試しだったの」

ヒスイは肩の力が一気に抜けた。

「オニキスから聞いたんだ、今。オパールさんがここで番人を始めたのって18年前なんだって。だから僕もシンジュも噂には聞いていたけど顔は知らなかった」

「・・・でもなんでわざわざ村まで来て私に死霊を見せたんだろう。力試しならここで充分なのに」

「そのおかげでシンジュと契約できたでしょ?たぶんそれが狙いだったんだと思うよ。精霊がいなきゃ力試しもできないからね」

「お兄ちゃんは何で教えてくれなかったの?ロザリオを手に入れてすぐ契約できたはずなのに・・・」

「そんなの簡単な理由ですよ」

シンジュが口を挟んだ。

「ヒスイ様を意図的に傷つけたくなかったからでしょ!」

「へ?」

ヒスイはきょとんとした。

「契約にはヒスイ様の血が必要ですから、その為に血を流させるのが嫌だったんでしょうよ」

「まったくもう・・・お兄ちゃんってば!!」

「人を馬鹿にするのも程がありますよ!!」

「ごめん、ごめん」

コハクは頭を掻きながら二人に謝った。

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