世界に愛があるかぎり

17話 愛の代償

   

ファントムの本拠地。図書館。

長椅子に並んで座る二人。

コハク。ヒスイ。

長椅子は大きな窓の前に置かれている。

二人がけのラブチェア・・・先日設置したばかりの新しい家具だが、もともとアンティーク品なので古めかしい図書館にも良い具合に馴染んでいる。

背中がぽかぽかと暖かい。

ヒスイはコハクにもたれかかってうとうとしていた。

コハクは膝の上に乗せた本のページを捲った。

世界のことはだいたい何でも知っている。

今更読む本もない。

コハクが見ているのはゴシップ誌だ。

(“今”を知るにはこれが丁度いい。どこまでホントかわからないけど。この国は人間と悪魔が対立してるから、そのテの記事がよく出るんだ)

ペラッ。

(所詮は人間の書く記事だ。悪魔は例外なく“悪”として扱われる)

ペラッ。

(カーネリアンさんの言う“何か”・・・)

コハクは雑誌から顔をあげた。

(あの傷の具合からいくと相手はひょっとしたら・・・)

「“天使”かもしれない」

   

「う〜ん・・・むにゃむにゃ・・・おにぃ・・・ちゃん・・・」

ヒスイが寝言を言った。

(・・・かわいい・・・)

愛おしさでいっぱいになって反射的に体が動く。

コハクはヒスイの額にキスをした。

「おにい・・・ちゃん?」

「あ、ごめん。起こしちゃったね」

「ううん。いい」

ヒスイは目を擦って笑った。

「ね、おにいちゃん。あの話の続き聞かせて」

「あ〜・・・あれ?続き聞きたい?」

「うん!聞きたい!」

寝物語としてコハクが話して聞かせるファンタジー・・・それが今ヒスイのブームになっていた。

「あの話、すっごく面白いよ!」

目を輝かせてヒスイは話の続きをねだった。

「だ〜め。あれはした後じゃないと」

えっちの後のお楽しみとしてはじめたのだ。

「じゃあ、しよっ!」

ヒスイは椅子から立ち上がり、コハクの手を取って部屋に戻ろうと言った。

計算どおりだ。

(ヒスイは話の続きが気になって仕方がないタイプだから)

わざと気になるところで話を切るのだ。

すると自分から言ってくる。

まさに今、その状態だ。

「わざわざ戻ることないよ」

「え?」

「・・・大丈夫。誰も見てない」

ヒスイを引き寄せ、笑いながらキスをする。

「終わったら続き聞かせてくれる?」

「うん。いいよ」

  

「はい」

ヒスイが両手でワンピースの裾を持ち上げた。

白いワンピース・・・シンプルなデザインだが、生地はいい。

今日は下着も白・・・そしてやっぱり両端が紐だ。

コハクはするりと紐を引いた。

「そのまま立っててね」

「ん・・・」

椅子に座ったまま、コハクはヒスイの割れ目に指を伸ばした。

中指と人差し指でヒスイの入り口をなぞる。

「あ・・・」

ヒスイがビクッとした。

くすりと柔らかな微笑みを浮かべるコハク。

「ヒスイはココをいじられるのがスキなんだよね」

指を動かすとヒスイの体はすぐさま反応をみせた。

はじめは浅く、次第に深く・・・コハクの指は甘く水っぽい音を奏でた。

ヒスイはぎゅっと目をつぶって立っている。

コハクの言いつけを守って、裾を持ったままじっとしている。

顔が真っ赤だ。

「・・・ゆか・・・よごれちゃう・・・よ」

指で散々攻められて、流れ出したものが太ももの内側をつたっていく。

「どれどれ」

コハクは流れを堰き止めるように、舌で拭った。

「今、キレイにしてあげる」

瞳を伏せ、下から上へと丁寧に舐めとっていく・・・

「や・・・よけいだめだよ・・・」

太ももに触れる舌の感覚を意識すると、温かいものがじんわりと込み上げてくる。

「もう・・・いいから・・・はやく・・・しようよ・・・」

  

「んっ、んっ、んんっ・・・」

長椅子の上・・・少々無理のある体勢で愛し合う。

まだ日は高い。

ひとつの塊に太陽の光が絶え間なく降り注いでいる・・・

「私・・・お兄ちゃんと昼間するの・・・好き。髪がキラキラして・・・すごく・・・きれいだから・・・はぁ・・・っ」

   

「・・・何が“誰も見てない”だ」

オニキスは憤慨気味に廊下を歩いていた。

図書館にいたのだ。窓際のコハクと目が合った。

にもかかわらずコハクは“誰も見てない”と言った。

(・・・そういう奴だ)

早々に立ち去ったものの、二人が今頃何をしているか考えると不快だった。

(・・・それも慣れたが・・・な)

「そうなんだよ。寝物語ってやつ。よく次から次へと考えつくよなぁ」

談話室にはメノウと包帯だらけのカーネリアンがいた。

「夜のお楽しみではじめたらしいんだけど、それが面白いらしくてさ、

 ヒスイが夢中になってるんだよ、それで続きをねだるんだけど、やった後じゃないと聞かせないんだ。キタナイ奴だよなぁ〜・・・」

「・・・・・・」

オニキスは呆れて何も言えなかった。

何故ヒスイはあんな男がいいのか・・・と思う。

「話をわざと気になるところで切るだろ、そうするとヒスイが自分からしようって言うわけ。それをいいことにエロいことしまくってんの。

 あんなにやりまくってんのに子供できないのが不思議だよな〜。どうしてんだろ・・・あいつ」

メノウは腕を組んで唸った。

コハクを罵りながらもどこか楽しそうだった。

  

「はい。今夜はここまで」

「また気になるところで〜・・・」

ヒスイがあまりにもせがむので、服を脱がせてから、コトに及ぶ前にほんの少しだけ先を話して聞かせた。

「今度はヒスイの番だよ。いい声聞かせてね」

「う゛〜・・・っ」

「・・・じゃあ、もし昨日より長く我慢できたらもう少しだけ先の話をしてあげる」

「ホント!?約束?」

「うん。約束」

二人は指切りをした。

「私・・・頑張る!」

  

「あっ・・・はあっ・・・」

「・・・まだイっちゃだめだよ。ヒスイ」

コハクは意地悪モード全開だった。

くすくすと笑いながら激しくヒスイを突き上げる。

「あっ・・・あっ・・・」

「ほら・・・もっと強く締め付けて」

「んっ・・・くっ・・・ふっ・・・うぅ〜っ・・・」

(あ・・・泣いちゃった・・・)

ヒスイはそれでも耐えている。

(泣き顔も可愛い・・・)

意地悪モードを解除して、コハクは優しく涙を舐めた。

「もういいよ。今、楽にしてあげる」

  

「お兄ちゃん・・・続き・・・」

ヒスイはまだ少し息が乱れている。

(なんかここまでくるとヒスイの執念を感じるな・・・)

「そんなに面白い?この話」

「うんっ!」

ワクワクとした眼差しは幼い頃と変わらない。

昔はよく本を読んで聞かせた。

そんなことをふと懐かしく思い出した。

ふああ〜っ・・・。

大きな欠伸。

コハクはヒスイの隣で片肘をついて横たわっている。

急に瞼が重くなり、頭に靄がかかった。

夢現・・・思い出なのか、夢なのか・・・。

(お兄ちゃんが欠伸!?)

ヒスイは呆気に取られた。

20年近く一緒にいるが、はじめて見たのだ。コハクの欠伸を。

「ええと・・・どこまでいったっけ・・・」

コハクはすでにもう意識が半分飛んでいた。

使命感から口だけが動く・・・。

「・・・魔剣がでてきたとこ」

「そうそう・・・それで・・・ええと・・・」

当然頭は働かない。話の続きなど思い浮かぶはずもなかった。

zzz・・・

「お・・・にいちゃん??」

呼んでも返事はない。コハクは熟睡している。

ヒスイはムッとなった。

(約束したのに!やるだけやったら寝ちゃうわけ!?あんなにえっちなことしておいて・・・)

大人気ないとは思いつつ、期待していた分だけ許せない。

体だけが目的で、他は手抜き・・・無責任な男のように感じてヒスイの怒りはジワジワと高まっていった。

「・・・お兄ちゃんの馬鹿っ!嘘つき!!」

  

「はっ!まずい!」

コハクは目を覚ました。

寝ていた時間は30分にも満たない。

(ついにやってしまった・・・居眠り・・・)

間違いなく寝不足が祟っている。

(約束守れなかった・・・まずいなぁ・・・ヒスイはこういうの怒るから・・・)

隣にヒスイの姿はない。

(話の続きで釣って、ヒスイにかなり無理させてたからなぁ、最近ずっと。怒るのも当然と言えば当然なんだけど・・・)

髪を掻き上げた・・・と同時に目眩がした。

(そろそろやばいかな・・・)

しかし今はそんなことを言っていられない。

(とにかくヒスイに謝らないと・・・)

  

(お兄ちゃん、嘘はつくけど“約束”は破ったことないのに!)

いつもならすぐ忘れてしまうが、今回は根が深い。

(なんで急に寝ちゃうの!?後のことはどうでもいいっていうの!?)

「お兄ちゃんがそんなヒトだなんて思わなかった!!」

ヒスイは廊下の壁を蹴った。

壁にヒビが入る・・・

「ヒスイ・・・っ!!」

「・・・何か用?」

追ってきたコハクにヒスイは冷たい視線を向けた。

「あの・・・いろいろ・・・ホントにごめんね」

「・・・私、しばらくお父さんのところいくから」

「え?」

「お兄ちゃんはずっと寝てればいいでしょ!!」

「だからそれはごめん・・・って・・・」

「昔のお兄ちゃんのほうが優しかった!」

「・・・え?」

「私っ!昔のお兄ちゃんのほうが好き!!」

勢いだった。

一瞬頭を掠めただけで、本当にそう思っていた訳ではない。

「・・・だけど、もう戻れないよ」

コハクも売り言葉に買い言葉だった。

クラクラして、考えが回らなくなって、思っていることをはっきりと言ってしまった。

「戻れないんだ。わかるよね?」

昔と比べられても困る。

むしろこっちが地なのだ。

コハクは頭ごなしに否定した。

「なんでそんなこと言うの!?」

ヒスイにとってはどっちもコハクだ。

それをコハク自身に否定されても困る。

「とにかく無理なの!」

(今のほうがいいに決まってる。ずっとこの関係を望んできたんだ。

 昔に戻るなんて絶対ゴメンだ)

「ひどいよっ!!」

否定されればされるほど懐かしくなる。
代償のいらない愛情が。

「もういいっ!!お兄ちゃんの顔なんて見たくない!!」

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