世界に愛があるかぎり

20話 ラスト・デート

   

「うんっ!!」

ヒスイは大きく頷いてコハクに抱きついた。
コハクがしっかりと受け止める。

「怒ったりして・・・ごめんね」

ヒスイは、コハクの居眠りの理由を知って、感動と同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「お兄ちゃん、このせいで寝不足だったのに・・・私・・・馬鹿こと言って・・・」

プロポーズを受けた喜びから感情が昂ぶり、嬉し涙と兼用の涙を流す。

「いいんだ」

コハクは唇でヒスイの涙を拭うと、両手でヒスイの頬を包み込んだ。

「・・・永遠の愛を誓いますか?」

コハクの言葉に、ヒスイの頬が染まる。

「予行練習」

コハクは笑って、ヒスイの頬にキスをした。

「誓う?」
「もうとっくに誓ってる」

ヒスイは照れて瞳を伏せた。

「ちゃんと目を見て」
「う゛〜・・・」

コハクは続きを待った。ヒスイの頬を優しく撫でながら。

「・・・誓います。おにいちゃ・・・こ、こはくを・・・永遠に愛することを・・・誓います」

ヒスイは言葉に詰まりつつ、途中で何度も視線を泳がせ、それでも最後はきちんとコハクの目を見て言った。

「ヒスイ最高!」

“お兄ちゃん”と呼ばれるのも嫌ではないが、たまには名前で呼ばれてみたいと思っていた。
それはヒスイからの予期せぬプレゼントだった。

「だっこしてくれる?これからも、ずっと」
「もちろん」

コハクはヒスイを抱き上げた。
これでもかというぐらい、ほころんだ表情で。

「約束だよ」

ヒスイも微笑む。ふんわりとした幸せいっぱいの微笑みだった。

「うん。約束」

二人は強く小指を絡めた。
約束を重ねるかのようにその上からキスをして、それからお互いの唇に触れる・・・
気が遠くなるほど長く純粋なキスで、二人は永遠の愛を誓った。
  

その晩はコハクのベッドで身を寄せ合いながら眠った。
二人、小指を強く絡めたまま、朝まで。

  

「先に式を挙げな。皆で祝う」

カーネリアンがコハクに言った。
打ち合わせの席で“この件が片付いたら式を挙げる”と告げた・・・その回答だった。

「どのみち今は戦える体じゃないしね」

カーネリアンの包帯は少しずつ減ってはきていたがまだ立派な怪我人だった。

「あいつらの世界が変わっちまう前に、綺麗なものを見せてやりたいんだ。希望を持たせてやりたい」

カーネリアンは窓から空を見上げている。
コハクはカーネリアンの背中を黙って見守った。

「・・・今回の戦が初陣になる子も結構いる」
「・・・そうですね」
「天界最強といわれるアンタが率いるんだ。心配はいらないと思うが、戦は、戦だ。武器を振るって人を傷つけることを覚える。我々はそうしなければ生きてゆけない」
「・・・いずれ、その必要のない世界に」

カーネリアンの背中に向けてコハクが宣告する。

「その頃には“人間”として生きたいなどとは思わなくなっているはずですよ。ここにいる皆が“自分”に誇りを持って」
「・・・そうだね。期待してるよ」

  

「・・・鉱石を掘るだと?」

オニキスはヒスイの言葉に呆れた。
鶏が鳴いたばかりの早朝にドアをノックする音が聞こえて、何事かと思えばこれだった。

「そう。いい石埋まってる山、知らない?」

結婚指輪に使う石を自分で掘り当てるという。

「私が自分の力で得たものをあげたいの。お金を貯めて買うよりも掘ったほうが早いじゃない」

ヒスイはつるはしを持っている。
ドレスを脱いで、ぴちっとしたTシャツにジーパンという軽装だ。

「・・・ひとりで行く気か?」
「そうよ。だってお兄ちゃんにはヒミツだもん」

ヒスイは掘る気満々になっている。

「これでも力には自信があるの」
「・・・はぁ〜っ・・・」

オニキスは言葉として聞こえるほど露骨な溜息をついた。

「何よ、その溜息」

ヒスイがツッコミを入れる。

「・・・本気なのか?」
「本気よ」
「・・・ならばオレも一緒にいこう」

  

ヒスイとオニキスは鉱石掘りに出発した。
そこは霊山と呼ばれる場所で、その特殊な地場から魔法陣での移動はできない。
二人は半日かけて山の中腹まで来ていた。

「ペリドットが欲しいの」

ヒスイがつるはしを担いで言った。

「ペリドット・・・か」

懐かしい響きだった。
以前、宝石展のパーティで変装していたヒスイが偽名として使った鉱石の名だった。

「知ってる?ペリドットってね、夫婦和合の石って言われてて・・・」
「知っている」

オニキスはヒスイ以上に詳しかった。
夫婦のお守りとなる石。その採掘。
敵に塩を送る行為に他ならないこともわかっているが、結局は付き合っている。
コハクの為に動くヒスイの後押しばかりだ。

(オレも・・・けじめをつけるべきなのだろうが・・・)

二人で歩いていることが嬉しい。
どんな理由でも。

(・・・オレもあいつ並の馬鹿かもしれん・・・)

(・・・あれ?)

ヒスイはふと気付いた。
オニキスが並んで隣を歩いている。
いつの間にか同じ歩調で歩くようになっていた。

(いつから??)

夫婦になったばかりの頃は歩くのが遅いとよく注意された。
どんどん先を行くオニキスの背中に文句を言ったこともあった。

「・・・何を笑っているんだ?」
「ううん。何でもない」

「なんかこうしてると遺跡の発掘調査員みたいね」

二人ともつるはしを持っている。

「そうだな」

オニキスが笑う。
ヒスイの“発掘調査員”という言葉にウケたのだ。

「だけどそれも面白そう」

オニキスもヒスイも考古学には興味がある。

「確かに」
(お前と一緒なら)

二人は軽く笑い合って同時に空を仰いだ。
流れる雲を目で追いながら、ヒスイは気合いを入れた。

「さぁ!掘るわよ〜!!」


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