世界に咲く花

4話 王の真実


   

モルダバイト城。

 

「・・・そうか。父親に会ったか」

「・・・変な男だった・・・が、強かった」

シトリンの言葉にオニキスは苦笑いをした。

「あいつと闘り合える奴はそういない。気を落とすな」

「オニキス殿は戦ったことがあるのか?」

「・・・昔、何度か・・・な」

オニキスといると心が落ち着く。

中庭を並んで歩きながら、シトリンは深呼吸した。

ひんやりとした夜風が気持ちいい。

「・・・あの女性は・・・オニキス殿の妻ではないのか?」

「妻か・・・そんな時期もあったが、少々訳ありでな。ヒスイとオレは事実上の夫婦ではない」

「・・・え?夫婦では・・・ない?」

「形だけだ」

嬉しい反面、理解に苦しむ。

「では、なぜ結婚したのだ?」

「・・・オレが好きだったからだ。あいつが他の男を・・・お前の父親を愛していることを知っていたが、どうしても手に入れたかった。婚姻を結んで国に縛り付けてしまえば、いつかは自分のものになると思っていた・・・あの頃は・・・若かったな」

とても静かな口調だった。

「オニキス殿・・・」

知られざるオニキスの一面・・・シトリンの胸がキュンとなる。

周りの人間が思うほど、オニキスは完璧な男ではなかった。

それこそが愛おしい。

「お前には・・・苦労をかけている」

オニキスは足を止め、シトリンを見つめた。

そこに映るのはオニキスと同じ、黒い髪、黒い瞳の少女・・・

「何を言っている。私がしたくてしていることだ」

物心がついて、オニキスから実の娘ではないことを聞いた日から、自分の意志で薬を飲み続けてきた。

(単に好きな人と同じ格好をしたかっただけで、オニキス殿が思い悩むようなことは何もないんだが・・・)

シトリンは頭を掻いた。

「私は・・・黒髪が好きなんだ。だから気にしないでくれ」

(な、何を言っているんだ〜!?私は!!これではオニキス殿に好きと言っているようなもの・・・)

ちらりとオニキスを見る。

オニキスの表情は変わらない。
が、シトリンの頭をそっと手の平で包み込んだ。

どきん・・・

「オ・・・オニキス殿?」

「・・・宿題、やったか?」

「!!忘れていた!いかん!また廊下に立たされ・・・わわっ!」

学校では問題児のシトリン。

劣等生ぶりがバレてはまずいと慌てて口を押さえる。

「離れに持ってこい。少しみてやろう」

「本当か!?」

シトリンの瞳が輝く。
大嫌いな宿題も嬉しい口実だ。

こんな時、頭が悪くて良かったと思う。

(オニキス殿・・・好きだっ!!)

シトリンは心の中で叫んで宿題を取りに走った。

  

「よく手に入れたわね、こんなに・・・」

離れの宮殿の1階はオニキスの書斎になっている。

全3階。

2階が生活スペース。3階は現在特に使われていない。

オニキスの書斎は町の図書館よりも蔵書が多く、本の虫であるヒスイにとっては魅力的な場所だった。
人目を忍んでやってきては好き勝手に読みあさり帰っていく・・・

「持ち込まれただけだ。すべていわくつきの魔本だぞ」

ヒスイとオニキスは古ぼけた本の山の前に立っていた。

怪しい色合いのものが多い。

「すっかり溜まってしまってな。処置に困っている」

「そういうことならいつでも呼んで!」

ヒスイのテンションがいつになく高い。

「気に入ったのがあったら持って帰っていいのよね?」

「それは構わんが・・・」

ヒスイは本の整理を手伝いにきていた。

「害がありそうなものには封印の札を・・・」

「うわぁ・・・すごいよ!オニキス!」

ヒスイは話を聞いていない。

「光輝の書!死海文書!ネクロノミコンまである!」

「だからそれは魔本・・・」

「呪われてもいいわ!」

「少し落ち着け・・・」

オニキスはヒスイから本を取りあげて溜息混じりに説明した。

「いわくつきなんだ。手に入れた者が不幸に見舞われたり、挿絵が動いたり、ページが増えたり減ったり・・・」

「噛みつかれたり?」

「そうだ。噛みつかれ・・・てるな・・・」

肉食獣の口のような本にヒスイの右手が挟まれている。

「なかなかやるわね・・・結構痛いわ・・・これ」

ヒスイがぶらんとしてみせる。
本の間からポタポタと血が落ちた。

「・・・馬鹿」

  

「どうせなら飲んじゃえば?」

本の口から救出したヒスイの右手には歯形がついていた。

そこからかなり出血している。

「・・・そうさせてもらう」

オニキスがヒスイの手を取り傷口を舐めた。

「空気に触れちゃってるから、あまりおいしくないかもしれないけど」

「いや、これでいい。ついでに止血する」

「うん。よろしく」

「・・・まだ痛むか?」

「ううん。平気。ねぇ、オニキスは何ヶ月ぐらい血を飲まないでいられるの?」

「・・・半年は大丈夫だ」

「半年!?ちょっとそれすごいかも・・・」

「・・・慣れだ」

「“渇き”って慣れるものなの?」

オニキスはヒスイからしか血を飲まない。

会えない時はひたすら我慢するのみだ。

「“渇き”がひどくなれば貧血を起こして倒れることもあるが、波が去ればまた普通に生活できる」

「へぇ〜っ。でも、そこまで我慢する必要・・・あるの?シトリンからもらえばいいじゃない」

「・・・また噛みつかれたいか?」

オニキスがムスッとした顔で言った。
ヒスイの前でしかしない顔だ。

「?」

ヒスイにその意味は通じない。

なんでそうなるの?痛いのはもう御免よ?と、軽く首を傾げて笑った。

ヒュッ!

突然、オニキスに向けて矢が放たれた。

魔本に憑いていた悪霊の仕業だった。

「!?オニキス!危ない!」

いち早く危険を察したヒスイがオニキスを押しのける。

ドスッ!

次の瞬間、ヒスイの背中に矢が突き刺さった。

「ヒスイっ!!!!」

  

「どうするか・・・」

シトリンは宿題を抱えて宮殿の前をうろうろしていた。

(宿題を何度も口実にするのも・・・しつこいと思われたら・・・しかしオニキス殿ならきっと・・・ブツブツ・・・・)

バンッ!

勢いよく書斎の扉が開いた。

「オニキス殿っ!?」

オニキスは矢に倒れたヒスイを腕に抱いていた。

「シトリン、手を貸してくれ。ヒスイが・・・」

「母・・・上?」

  

「・・・気付いたか」

「あれ?」

ヒスイは上半身を起こした。

背中に矢が刺さったはずなのに全く痛みがない。

「・・・矢は抜いた・・・この・・・馬鹿!」

「痛っ!」

オニキスのデコピン。
ヒスイは両手で額を押さえた。

「何故オレを庇った?」

「そんなこと言われても・・・体が勝手に・・・だってほら!守るって約束したし!」

「・・・あれから・・・何年経ったと思ってる・・・」

ベッドの脇で膝を折り、オニキスがヒスイの手を握った。

瞳を伏せて、握った手にキスをする。

「・・・お前が死んだら・・・オレも死ぬ・・・」

「・・・うん。ごめんね・・・」

  

「・・・・・・」

(オニキス殿が感情を乱すのは母上といるときだけだ)

シトリンはオニキスと共にヒスイの手当をして、その後は少し離れた場所から二人の様子を見守っていた。

(“お前が死んだらオレも死ぬ”・・・か。そんなに母上のことを・・・)

そう思うと涙が出た。

ごしごしと拳で目を擦る。

(しかし母上にはあの男がいるじゃないか!)

シトリンは俯いて小さく呟いた。

「オニキス殿は片想いだ。そして私も・・・片想いだ」

  

夜の闇に浮かぶ金色の光。

その光をシトリンはバルコニーから沈んだ心で見つめていた。

だんだんと光が近くなる・・・

「お前は・・・」

光の正体はコハクだった。

背中にシトリンよりもずっと立派な羽根がある。

その姿は“天使”そのものだった。美しい。

「・・・何しに来た」

バルコニーに降り立つコハクをシトリンが睨む。

「ヒスイを迎えに」

コハクは微笑みを絶やさない。
外見だけなら文句なく優美で上品。

とてもチャック全開のエロ男とは思えない。

「・・・今、取り込み中だ」

「・・・オニキスと?」

「!!」

(この男、どこまで知っている!?そういえば昔オニキス殿と戦ったことがあるとか・・・まさか母上を巡って!?恋敵というやつなのか!?)

「・・・元気ないね」

コハクがシトリンを覗き込む。

「ヒスイとオニキスのことが気になる?くすっ」

「!!なぜそれを・・・!!」

「・・・大丈夫だよ。あの二人は」

「・・・オニキス殿は母上を心の底から愛している。母上が死んだら自分も死ぬと言った」

「あ〜・・・実際そうだからねぇ。あの二人の関係を教えてあげようか?」

「!!教えてくれっ!」

シトリンがコハクに詰め寄る。

「じゃあ・・・“パパ”って呼んで」

ピクッ、とシトリンの眉がつり上がる。

「ふざけるな!誰がお前など・・・」

「あれぇ〜?知りたくないのかなぁ?」

「くっ・・・!」

(この男!!なんという性格の悪さ!!これは間違いなく兄上に匹敵する!!)

「パ・・・パ、パ、パ、パ・・・・」

抵抗心からシトリンは単語として発音できなかった。

激しく赤面。口をモゴモゴさせている。

「ずいぶん“パ”の数が多いね」

コハクが必死に笑いを堪えている。

「お、お前なんか嫌いだ・・・っ!!」

ページのトップへ戻る