世界に咲く花

40話 還りたい場所


   

魔界。洋館。夕刻。

 

ヒスイとトパーズが帰宅した。

「お兄ちゃん、大丈夫かな・・・」

「アイツはゴキブリ並だ。殺しても死なない。お前は大人しく寝てろ」

顔色が優れない。
トパーズは無理矢理ヒスイを寝かしつけた。

「お兄ちゃんとオニキス・・・本気で殺し合ったり・・・しない・・・よね」

ヒスイはよほど疲れていたらしく、横になってすぐ眠ってしまった。

「・・・・・・」

小一時間が経過した。

トパーズはヒスイの傍を離れず、じっと様子を観察していた。

大の字。両手両足を投げ出して熟睡している。

「むにゃぁ・・・おにいちゃぁ・・・ん」

ヒスイの口から涎が垂れる・・・その姿はまるで子供だ。

「・・・・・・」

(この女から産まれてきたとは・・・にわかに信じ難い・・・)

無理矢理開いた内側の感触を覚えている。

温かく、懐かしい場所だった。

還りたいのだ。

激しい“渇き”と戦いながら

産まれてこなければ良かったと、何度思ったことだろう。

「・・・・・・」

トパーズはヒスイのお腹にそっと触れた。

「・・・どうか健やかに」

祈りの言葉。

不思議な夜のはじまりだった。

  

いつも喉が渇いていた。

どんなに血を飲んでも渇きが治まることはなく、それがわかっていても飲まずにはいられない。
毎日がその繰り返しだった。

ヒスイの血だけが・・・渇きを止める。

欲しくて。欲しくて。四六時中ヒスイの事を考えた。

それなのに・・・見向きもしない。

ヒスイはいつも手の届かない場所にいた。

  

「・・・ここ・・・どこ?」

右も左もわからない闇の中でヒスイは目を覚ました。

「・・・・・・」

とりあえず歩いてみる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

どこまで行っても変わらない景色。暗闇が招く不安。

「お兄ちゃん〜・・・」

コハクを呼んでも先程のようにタイミング良く現れる筈もなく、ヒスイはとぼとぼと前へ進んだ。

(一体何が起きてるっていうの?)

「・・・何よ、これ・・・」

目の前に“立ち入り禁止”の札。

端から端まで一本の鎖が貼られている。

端といっても目視できない為、どこからどこまでなのかはわからないが、その中心点と思われる場所にヒスイは立っていた。

「立ち入り禁止ってことはこの先に何かあるって事よね」

札は無視。ヒスイは鎖の下をくぐった。

「・・・ここに立ち入る者は許さない。排除する」

「え!?ト・・・トパーズ!!?」

一歩足を踏み入れた先の暗闇で待っていたのは・・・トパーズだった。

しかも一人じゃない。赤子から現在まで、年代の違う姿で16人。
ズラリと並ぶ。

(なっ・・・何なのよ〜!!!これぇ〜!!)

「・・・ヒスイ、か」

年長のトパーズが冷たく笑う。

「無神経な女だ」

「憎い女」

「・・・嫌いだ」

「お前なんかいらない」

その他のトパーズも口々に呟いた。

「進ませない」

「この先にはいかせない」

「トパーズ・・・」

憎悪の言葉を浴びせられ、ズキンと胸が痛む。

トパーズの口から出た“好き”という言葉は嘘だったのか。

ヒスイは泣きたい気持ちを堪えて状況を分析した。

(トパーズの心の中?深層心理??自己防衛本能??)

断片的な言葉が頭に浮かぶ。

(16人・・・1人足りない)

トパーズは17歳・・・1年につき1人の計算なら誤差があった。

そんなことを考えている内にぐるりと周囲を囲まれる。

「出て行け」

「目障りだ」

「消えろ」

トパーズの右手が一斉に武器化した。

「・・・・・・」

(ここで死んだら、現実世界ではどうなるんだろ・・・)

体が重い・・・きっと攻撃は避けられない。

(今度は一緒に育てようね、ってお兄ちゃんと約束したのにな)

ヒスイは両手でお腹を守るようにしてぎゅつと目を瞑った。

  

集中攻撃が開始された瞬間だった。

「!!?」

ぽぅ・・・と突然現れた光がヒスイの盾になった。

「お・・・かあ・・・さん?」

ふわふわと柔らかい銀の髪。紅い瞳。

ヒスイを産んですぐ亡くなってしまった母親・・・サンゴ。

トパーズ同様、神の血の犠牲者だった。

同じ運命を持つサンゴの出現にたじろぐトパーズ。

攻撃の手が止まる。

「え・・・ちょっとまっ・・・」

サンゴはある方向へと歩き出した。

少し進んでは振り返り、ヒスイを手招きする。

地に足がついていない上、半透明。

はぁ、はぁ、と息を切らせるヒスイとは対照的に軽やかな動きだった。

声をかけても微笑むばかりで言葉はひとつも返ってこない。

サンゴに導かれ、5分ほど闇の中を歩いた先に小さく蹲る子供の姿を見つけた。

「!!トパーズ!?」

欠けていた1人は3歳のトパーズだった。

「・・・たすけて・・・あげて」

トパーズを指差してサンゴが言った。

「お母さん・・・ありがとっ!!」

ヒスイは短く礼を述べ、トパーズの元へと駆け出した。

にこっ。サンゴは微笑んで闇の中へと溶けて消えた。

  

「トパーズっ!!えっと・・・あの・・・」

幼いトパーズの前に転がり出たものの、どうしていいかわからない。

(やっぱり子供って・・・苦手だわ)

「おかあ・・・さん?」

「!!!」

目に涙をいっぱい溜めたトパーズがヒスイを見上げた。

純粋な瞳。

トパーズの口から“おかあさん”という言葉が出るとは思いもしなかった。
驚きと同時に、ヒスイは何と答えるべきか迷った。

「おかあさん?」

トパーズが繰り返す。

「あ・・・うん」

弱々しい返事。胸を張って“母親”とは言えなかった。

ぽろっ。ぽろ。ぽろ。

トパーズの瞳から涙が溢れた。

(ええっ!?泣いちゃった!?どうしよう〜・・・)

対処法がわからない。ヒスイはパニックに陥った。

(こんな時、お兄ちゃんどうしてた!?そうだ!!)

コハクの行動を必死になって思い出す。

(こうやって抱っこを・・・)

ヒスイはトパーズを抱き上げた。

「・・・どうしたの?何で泣いてるの?」

優しく背中を撫でてやる。

「お・・・かぁさ・・・ふぇっ・・・」

ヒスイの腕の中でトパーズがわんわん泣き出した。

「くるしいよぅ・・・」

「!?苦しい?ひょっとして喉渇いてるの?」

こくん。

トパーズは泣きながら小さく頷いた。

ヒスイは人差し指を噛み切ってトパーズの口に含ませた。

「・・・ごめんね・・・気付いてあげられなくて」

実際にこうして血を与えてやったことはなかった。

「ずっと・・・苦しいの我慢してたんだね・・・ごめんねぇ・・・」

溢れ出す涙。トパーズと一緒にヒスイも泣いた。

  

自分がしてきたこと。

罪の分だけ罰を受ければそれで済むと思ってた。

だけど、そんなに単純なものじゃないみたい。

罪は・・・償わなきゃ。

私ってホント・・・馬鹿だわ。

  

「・・・ん・・・」

泣いているうちに意識が遠のき、ヒスイは再び目覚めた。

魔界の洋館。いつものベッドの上。瞳からは涙。

すぐ脇でトパーズが熟睡していた。

(トパーズ・・・)

「あ・・・」

涙の跡・・・頬が濡れている。

ヒスイと同じだった。

「くす。やっぱり同じトコにいたのかぁ・・・」

  

思いっきり泣きたかった。

「苦しい」と声に出して伝えたかった。

気付いて欲しかった。わかって欲しかった。

・・・ヒスイに。

  

ぱちっ。

すぐにトパーズも目を覚ました。

「あ・・・」

「・・・・・・」

ヒスイと目が合った瞬間、トパーズが逃げる。

「トパーズっ!待って・・・あ」

「!?」

ドサッ。

慌てて後を追おうとしたヒスイがベッドから転がり落ちそうになったところをトパーズが下敷きになって庇った。

「・・・馬鹿」

「・・・ごめんね」

ぎゅっとヒスイがしがみつく。

「・・・言っておくが、オレは非現実的なことは信じない主義だ」

「うん」

ずず〜っ・・・

同時に鼻を啜る。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・不思議な夜だな」

窓の外を見てトパーズが言った。

屋敷に戻ってきたのは夕方だった。

今ではすっかり日も暮れ、窓からは星空が見える。

トパーズはヒスイの体に腕を回し、甘い香りのする髪に顔を埋めた。

  

還りたい場所は・・・いつもここに。

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