世界に春がやってくる

32話 僕は君。君は僕。

 

 

「うっ!うっ!ううんっ!!んっ!んっ!おにぃちゃ・・・」

 

今度こそコハクと絶頂を共にしようと、ヒスイが堪える。

両脚を大きく開いたまま、左右の拳に力を入れ、我慢のポーズ。

 

(か・・・可愛いぃぃぃ!!!)

 

窓の外にいるもう一人の自分。

さすがにそれで気が散っていたのだが、ヒスイの萌えポーズに危機感も吹き飛ぶ。

(今はコッチに集中しよう。早くヒスイをイカせてあげないと・・・)

今のヒスイを気持ちよくイカせるには自分が先にイクしかない。

イカせてからイクのが基本だが、たまには趣向を変えるのもいい。

 

意識をペニスに向けるとすぐ。

 

「うっ・・・」

「あ・・・おにいちゃ・・・ん」

 

カラダの奥にもたらされた恵みに安心してヒスイも続いた。

 

「!?おにいちゃ・・・上っ!!」

「ん?」

 

外からは隕石が落下したように見えたかもしれない。

しかしそれは落下物というにはあまりにも鋭く。

 

宿屋の屋根を突き破り、余韻に浸ろうとしていた二人のすぐ脇に刺さった。

「マジョラム!?」

(トパーズだな・・・)

魔剣マジョラムの転送。

これからの戦いに備えて・・・という事だ。

(確かに気は利いてるけど・・・わざわざこんなスレスレに落とすことないのに)

ヒスイの上に乗っているコハクの背中を狙ったのでは、と思うほど、作為的なものを感じる。

(それにしても・・・)

魔剣はモノというより生物に近い。

あれば戦闘は有利になるが・・・

(トパーズにかかる負担も倍増しているはず・・・)

「早く決着つけないと・・・なぁ・・・」

 

「お兄ちゃん?」

くたびれたヒスイの割れ目からペニスを抜き、窓の外に向け口を動かす。

「ちょっと・・・ズボン履くの待っててくれる?」

「・・・無様だね」

気配はすれど、姿は見せず。

冷たい響きの言葉が返ってきた。

(くぅぅ!!嫌な奴だ!!何だ!その言い草!!)

お前が将来こうなるんだ!と大声で言ってやりたい。

 

 

「愛を知らない若造にやられてたまるか」

過去の自分をいきなり若造呼ばわりするコハク。

戦闘に於ける自分の癖ぐらい知っている。

手元には魔剣もあり、本気でいけばそれなりの戦いができるとは思う。

「若ければいいってもんじゃないんだ・・・ブツブツ」

そうは言っても、体がだるい。剣が重い。

後先考えず、2度の射精。

えっちの後のいつもの症状だ。

更に貧血も尾を引いている。

(ヒスイの前であまり手荒な事はしたくないし。それこそ戦いに巻き込むような事があったら大変だ。ここは退く)

ズボンに足を通しながら、考えるのは逃げる寸法。

攻撃を凌ぎつつ、この場から脱出し、オニキスと合流する。

おのずと、逃走先は精霊の森に絞られる。

精霊の棲む森。

精霊とは自然が生みだした存在だ。

天使、悪魔、人間・・・神の創造物とは関わりを断っている。

コハク達とて歓迎はされないだろうが、オニキスがなんとかしてくれる計算で。

ベルトを締める頃には考えもまとまった。

 

 

「さて、闘ろうか」

 

 

戦いの場を宿屋から森の中へと移し。

本来なら遠ざける所だが、連れて逃げるためヒスイは近くに待機させる。

 

 

足場のない上空戦。熾天使同士の戦いが始まった。

「・・・君は、僕?」

「さすがに察しがいいね。僕は・・・」

未来から来たのだとコハクが説明を始める前に。

「!?」

剣を構え、攻撃を仕掛けてくるもうひとりのコハク。

自分の太刀筋は当然見切れる。

魔剣で応戦するまでもなく、身をかわす。が・・・

 

「こら、ちょっと話を・・・」

「聞くまでもない」

 

かわせばかわすほど深追いされる。

 

「話を聞けって!」

「聞く意味がない」

 

(ホントにコイツどうしようもないな・・・って僕だけど)

人の話を聞かないタチなのは自分が一番よく分かっている。

 

 

「僕は君で、君は僕だ!話せばわかる!話せば!!」

 

 

我ながら妙な事を言い出した・・・と思う。

(でも、説得するしかない)

迂闊に手を出したら未来の自分にツケがくる。

ここは慎重にならざるを得ない。

 

「冗談じゃない。君が僕だというんなら、僕は未来を変える」

 

 

『羽根を4枚も失って・・・何やってるの?君』

 

 

「!!」

その言葉はコハク本人よりヒスイの耳に痛く響いた。

(お兄ちゃんは人間界で私を育てるために・・・)

これまでに明かされた真実を並べ、自責の念から表情が暗くなる。

(ああっ!!違うんだ!!ヒスイのせいじゃないんだよ!!)

暴言のフォローをしたくても、隙を見せる訳にはいかず。

 

沈んだ様子のヒスイが気になるコハク・・・微かに動きが鈍った。

 

「ふぅ〜ん。あの子の所為?」

「余計なお世話だ」

 

コハクも攻め込む。

しかし、それよりも早く“目には見えない何か”がヒスイへ向け放たれた。

現在でもコハクがよく使う技のひとつで、剣圧による衝撃波だ。

殺傷力は極めて高い。

「!!?」

(嘘だろ!?)

オニキスの話では“気に入っている”と。

(なのになんで剣を向けるんだよっ!!)

「試すつもりか!?僕を!!」

羽根の枚数が飛行スピードに関係している事は否めない。

上空から即、身を翻すも間に合わず。

ヒスイの元へ100%到達していない状態で、魔剣を盾に攻撃を反らすのが精一杯で。

防ぎきれなかった衝撃波の片鱗がヒスイの右脇腹を掠めた。

「っ!!」

「ヒスイっ!!」

鎧並みの防御力を持つエクソシストの制服が破け、血が滲んでいる。

「平気だよ。ちょっと掠っただけだもん」

ヒスイは気丈にそう答えたが、すでに顔色が悪く。

「ヒスイ!!」

血の海に身を置いて平然としているコハクも、ヒスイの血だけは別だった。

逆上する余裕もなく、動揺と後悔が一気に押し寄せる。

 

 

「・・・まさかこの程度の攻撃が防げないなんて」

 

 

先に剣を納めたのは過去のコハクだ。

「愚かな・・・未来の僕はこんなに弱くなっているのか」

もはや闘う意味もないと吐き捨て、現場を後にした。

 

「・・・何をしているんだ。僕は」

 

ほんの数日一緒にいただけの名前も知らない少女を追って。

連れ戻すつもりだったのか・・・それさえわからない。

「・・・・・・」

ヒスイを狙ったのは、未来の自分の力量を試す、ちょっとした余興のつもりだった。

 

 

 

「“傷つける”って・・・こんなに嫌な気分だったかな」

 

 

 

「ヒスイっ!!」

「・・・・・・」

なんとか意識は保っているが、痛みで声が出ない状態だった。

出血量は増し、鮮血が雫となって地面に落ちた。

ヒスイは回復魔法が使えない。コハクも然りだ。

(これだけの傷を治せるとしたら・・・)

「ラリマー・・・」

熾天使コハクが戦闘に特化した殺戮の天使なら、智天使ラリマーは回復に特化した慈悲の天使だ。

事態は一刻も争う。迷っている暇はない。

ここはまだ人間界・・・移動にどうしても時間がかかってしまう。

「もうちょっとの辛抱だからね」

コハクはヒスイを抱き上げ、智天使の神殿へ向かった。

 

 

 

天界の扉を抜け・・・智天使の神殿。

 

 

「話は全部後だ」

智天使ラリマーの喉元に刀身を当て、脅す、強行手段。

「今すぐこの子の傷を治せ」

 

 

 

現在。赤の騎士担当。ジン&シトリン。

 

目的地への道すがら。ジンの独り言。

「黙示録が消滅すれば、羊と花嫁の関係も解消されるんだよな」

強制的に結ばれたサルファーとタンジェ。

身の危険はないからと強く言い聞かされていたので、ジン最大の心配事と言えばそれだった。

(好き合っているんならいいけど・・・もし、そうじゃなかったら・・・)

あれでもまだ10歳だ。

恋愛で泣いて欲しくない。

「サルファーくんは、タンジェを幸せにしてくれるかな・・・」

結婚の話はまだ早いと思う、が。

仮説。サルファーが後を継いで、モルダバイトの王になったら。

(カリスマ性はあるかもしれないけど・・・)

確実にオタクの国となる。

「それはちょっと・・・」

 

「おい!ジン!」

「ん?」

「目的地にはいつ着くんだ?」

シトリンは珍しくヒトに化けており、愛用の大鎌を担いで少し先を歩いていた。

目的地はスファレライト。

大陸随一の王立図書博物館を担う者達が暮らす都市。

そこが赤の騎士出現場所だとコハクから聞いていたが・・・

「あれっ?」

言われてみれば、到着しない。

同じような景色が繰り返されている事に今初めて気付いた。

スファレライトは隣国にあたるのでわざわざ地図など必要ない、とシトリンに急かされ、勘に任せてここまできたのだ。

 

別の場所でジスト&スピネルコンビの戦いにも決着が付く頃合いだ。

メノウの戦いも始まっている。

コハクに至ってはすでに青の騎士を撃破し、過去にいる。

 

この緊急事態に、どうやら・・・道を間違えたようだ。

 

(これってヤバくないか)

騎士の出現に間に合わなかったらどうなるんだろう、と。

ジンは大慌て。

 

「お前が方向音痴だなんて聞いてないぞ!!ジン!!」

「オレだって・・・シトリンが方向音痴だとは・・・」

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

「とにかく急ぐぞ!!」

「そうだな!」

 

 

 

再び天界。智天使の神殿。

 

 

「傷口は塞ぎました」

ヒスイの手当てに専念していたラリマーが静かに語り出す。

「回復魔法が効きにくい体質のようで時間はかかりましたが、もう大丈夫ですよ」

「ああ・・・ヒスイ・・・」

ヒスイの眠るベッド脇に膝をつくコハク。

小さな手を握り、指先に何度もキスをして。

「守ってあげられなくて、ごめん・・・」

血の気を失ったままのヒスイの頬をそっと撫でた。

「目が覚めたらいっぱい血をあげるからね」

ひとしきりヒスイを愛でてからラリマーに向き直り、お辞儀。

「ありがとう。手荒な真似をしてすまなかった」

「いえ・・・あなたは・・・セラフィムなのですか」

「うん。千年先のね」

コハクは“黙示録の脅威から世界を守るため、ここにいる”と話した。

その風貌と雰囲気。

話し方も声も。

セラフィムそのもの。

疑う余地はない。

「その子は・・・」

「僕の“花嫁”なんだ。名前はヒスイ」

「ヒスイ・・・美しい響きです」

智天使の微笑。その姿は聖人と言うに相応しい。

「少し熱が出るかもしれませんから、しばらくはここで安静に」

「いいの?僕等を匿っている事がバレたら、君は反逆者だ」

ラリマーの意向をコハクが再確認した。

真っ直ぐコハクを見て、ラリマーが答える。

 

 

「あなたは・・・幸せなのでしょう?」

 

 

「うん。わかる?」

「わかります。此処のあなたはそんな表情で話さない」

「・・・だろうね」

軽く肩を竦め、溜息を洩らすコハク。

(アイツ何て事してくれたんだ。ヒスイを傷つけた罪は重いぞ)

振り返ると、怒りが込み上げてくる。

 

その怒りを鎮めるような、ラリマーの一声。

 

 

「・・・協力しましょう」



『あなたが、セラフィムの幸せな未来を約束してくれるのなら』

 

 

「約束しよう」と、コハクは強く頷き。

「じゃあ、お礼にひとつ・・・」

気高く美しい熾天使の微笑みで、未来からのメッセージを贈る。

 

 

 

“花嫁”を得れば、世界が変わる。

 

今より幸せになるのは、僕だけじゃないんだよ。


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