World Joker

46話 追いかけっこ


 

 

 

ヒスイはじっと目を凝らした。

その瞳に映るのは、ダークエルフの青年だった。

黒いスーツの襟にアンデット商会のバッジ。

恐らく、味方ではない。

あの妙なスプレーを使われたら一巻の終わりだ。

さすがに危機を感じ、足を引き摺りながら後退するヒスイ・・・その時。

ドサッ!ジストが倒れた。

殴打された際に、尻尾の蛇に噛まれていたのだ。

「ジスト!?」

合成獣の一部である蛇は猛毒を持っていた。普通の人間を即死させる程の。

ジストはそれこそ死んだ様に動かず、ヒスイは青ざめ。

足首の痛みも忘れ、駆け寄る・・・しかし、そこにはジストが封じそこねた合成獣がうろついていた。

「待ってて!今、毒を吸い出すから・・・あ」

(傷口が・・・ない!?)

神の子の治癒能力の賜物ではあるが、体内に毒を閉じ込めてしまった状態だった。

ヒスイが対応に迷っていると、周囲をうろうろしていた合成獣がついに背後から襲いかかってきた。

「!?」ステッキを構える間もなく攻撃を受けるヒスイ。

「・・・っ!!」

 

 

 

 

「・・・・・・」

立ち止まり、左目を押さえるコハク。

「・・・ヒスイに何かあったか」

オニキスも足を止める。

都市遺跡、入口。

コハクとオニキス、更にシトリンを加えた3人がヒスイ達と合流すべく移動していた。

今回は珍しく早々にヒスイからオニキスへ連絡があったのだ。

と、なれば。潜入捜査を打ち切り、オニキスもコハクもヒスイの元へ一直線、だ。

「ヒスイが・・・攻撃を受けたようです」と、コハク。

「何っ!?それで!?母上は無事なのか!?」

シトリンが大声で割って入った。

「大丈夫だよ」

“ヒスイを傷つけようとする者からヒスイを守るおまじないをしてあるから”と、コハクはシトリンに説明した。

敵意ある攻撃をそのまま相手に返すまじないだ。

「ヒスイは絶対に傷つかない」

「ならばいいが・・・」

「とにかく急ごう」

紋様が有効な限りヒスイが傷を負うことはないが・・・心配だ。

コハクは歩調を速めた。

オニキスとシトリンも頷き、声を重ねた。

 

「「ああ、そうだな」」

 

 

 

 

再び都市遺跡。枯渇した貯水地にて。

 

パチパチ・・・

 

「え・・・」

合成獣の死体を前にしたヒスイに向けて、男が拍手。

ヒスイはただ呆然としている。

大爪で引き裂かれた筈が・・・自分は無傷で。

対する合成獣の体から突然血が噴き出したのだ。

合成獣が繰り出した断末魔の一撃さえ、ヒスイを傷つけることはなく。

「すばらしい!」と、男。

「私、何もしてな・・・」

「あなたが、ではないのですよ。あなたに施された魔術が、です」

「え・・・?」

「その容姿、あなたも人間ではないのでしょうが、それよりも・・・」

ヒスイにはお構いなしで、云々と語る男。

「施・・・された?」(またお兄ちゃんねぇぇ!!)

コハクに仕込まれるのはいつものことではあるが・・・全く心当たりがない。

しかも今はそれどころではなく。

「ジスト!ジストっ!!」

息子の体を揺さぶる・・・すると。

「う〜・・・ん」

ジストは目を擦りながら・・・朝、眠りから覚める時と同じ仕草で起き上った。

「あれ?オレ寝てた??」

驚いたのはヒスイだ。

「へ・・・平気なの?」

「へ?毒?そういや噛まれたような・・・」

けれど、痛くも痒くも苦しくもなく、顔色も良好だ。完全に中和したのだ。

どんな毒をもってしても、神の血は冒せないということだ。

パチパチ・・・そこでまた拍手。

「すばらしい!」と、再び男が絶賛した。

「血液のサンプルが欲しいところですが、今は時間がありません」

腕時計を見た男が動く・・・ポケットから長縄を取り出し、先を地面に垂らす。

そのまま、ぐるり、ヒスイとジストの周囲を一周した。

「?」「?」

縄の輪の中心で、親子は揃ってきょとんとした顔をしている。

「縄の結界です」男が言った。

人外の者を捕えるのに使用する縄。

囲めば結界魔法と同じ効果があるそうで、ヒスイが縄の外に手を出そうとすると・・・バチッ!!指先に痛みが走った。

「っ!!」

「あとで迎えにきます」と、言い残し、男が身を翻す・・・そこで。

「待って」ヒスイが呼び止めた。

 

 

「アンデット商会で何してるの?あなた、まだ子供でしょ?」

 

 

「・・・子供?何故です?」

男が振り向いた。

「なんとなくだけど」と、ヒスイ。

これでも一応、6人の子供の母親である。根拠のない自信があった。

ヒスイは、成人したエルフに見える男に対し、10歳ぐらいではないかと言い放った。

「・・・・・・」

男は認めなかったが・・・一枚の名刺を縄の中に投げ入れ、去った。

拾い上げ、目を通すとそこには。

 

 

アンデット商会 代表取締役 カルセドニー

 

 

「え?あの子が社長!?一体どうなってるの・・・???」

 

 

 

 

その後は、神の子ジストが大活躍だった。

ヒスイの足首を治療し、縄の結界をあっさり抜けたのだ。

通常とは異なる魔法次元に存在する神。

魔道具などで拘束できないということだ。

縄で描かれた円を崩すと、結界が解け、二人は無事旅路へと戻った。

 

それからすぐ。

 

「ヒスイ!」「お兄ちゃんっ!」

兄妹夫婦の再会。ヒスイ・ジスト組にコハク・オニキス・シトリン組が合流した。

これから先は5人での行動になる・・・が。その前に。

「お〜にい〜ちゃん」

ヒスイは、言いたいことがあり気にコハクを見上げた。

「ははは、何かな?ヒスイ」

美しいコハクの笑顔・・・だが。

「誤魔化されないんだからぁっ!」

“仕込み”の代償は何かと、ヒスイが詰め寄る。

コハクは笑ってばかりで、質問に答える気は全くなさそうだ。

ヒスイはコハクの身辺をぐるぐる回り、何を代償にしたのか探ったが、結局わからずじまいで・・・膨れ顔だ。

「さ、おいで、ヒスイ」

コハクが腕を伸ばすと、ヒスイはひょいと身をかわした。

(ん?警戒してる?)

これは珍しい。

いつかの屋上のように・・・ヒスイは口封じのえっちを恐れているのだ。

「・・・じゃあ、追いかけっこしようか」

悪ノリしたコハクが言った。優しくも意地悪な微笑みで。

「つかまえたら、えっちなこと色々しちゃうよ?」

 

 

「いやぁんっ!」

 

 

問い詰めようとしていたのに、なぜか追われる立場へ。

コハクに口を割らせるのは容易ではなく、そうこうしているうちに、自分の口が塞がれてしまうのだ。
それこそ上から下まで。

つかまったら、いつもの様に、疑問を口にする間もなく喘がされてしまう。

アーチの前を行ったり来たり。

コハクに対抗する手段が何も思い浮かばないまま、ヒスイは走った。

鈍足なので、本気で追われたらすぐにつかまってしまうのだが。

コハクはのんびりと・・・追いかけっこを楽しんでいた。

 

はぁっ!はぁ・・・っ!

 

日頃の運動不足から息が切れる。

「・・・・・・」

次第に、逃げても無駄な気がしてきた。

コハクが言わないと決めたことを聞き出せた試しがないのだ。

(も・・・いいわ)

逃げるのをやめ、ヒスイはピタリと足を止めた。

「え?ヒスイ?」

ヒスイの行動は少なからずコハクを驚かせた。

振り返り、逆走。自らコハクの懐に飛び込んだのだ。

「つかまっちゃった」と、コハクに抱きつくヒスイ。

「くすっ・・・つかまえた」

コハクもすぐにヒスイを抱きしめ、よしよしと頭を撫でた。

「お兄ちゃん」

「ん?」

自分を守るためにコハクが何を代償にしたのか、気になるところではあるが。

わからなくても、これだけは言っておきたい。

「・・・ありがと」

「どういたしまして」

それからコハクは「ヒスイが心配することは何もないよ」と、言い足し。

「ヒスイ、顔見せて」

「ん・・・」

抱擁をゆるめ、見つめ合う・・・

「ヒスイ・・・」

ヒスイの顎に軽く指を添え、唇を重ねるコハク。

舌を割り込ませようとすると、ビクッ・・・覚悟したヒスイの唇が震えた。

(可愛いなぁ・・・)

この場に二人きりなら、とっくに行為に及んでいるところだが・・・

ヒスイから唇を離し、コハクは言った。

「しないよ。ほら、シトリンが」

 

“何をイチャついている!先を急ぐぞ!!”と。

 

目から光線でも出そうなほどこちらを凝視している。

「えっちは帰ってからゆっくり・・・ね?」

「うんっ!」

 

 

 

ラブラブな二人を見ていたのはシトリンだけではなかった。

シトリンの隣には、頬染めたジストが。

 

 

(父ちゃんの腕の中で笑ってるヒスイが一番可愛いや)

 

 

そんなことを思いながら見とれていると・・・

「わっ!?」

シトリンに銀髪をくしゃくしゃにされた。

「姉ちゃん?」

「何をホザッとしている。いくぞ」

「うんっ!」

ジストはどこまでも無邪気な笑顔で、シトリンの後に続いた。

 

 

(・・・大丈夫なのか?)

 

 

シトリンの仄かな杞憂。

(ジストのあれは母親を見る目ではないぞ)

続けて、回想・・・

(兄上が母上を犯ったのは17の時だ・・・)

シトリンの知るところではないが、銀の血族直系のコクヨウは16で実姉サンゴと関係を持った。

そして・・・ジストも16になり、じき17の誕生日を迎える。

「・・・・・・」

(何も起こらなければいいが・・・)

 

 

 

 

5人はアーチをくぐり、遺跡の果てへと到着した。

そこから、気が遠くなるほど長い長い階段が下に向かって伸びている。

その先は、どこまでも緑が続く・・・

5人の眼下には、遥かな樹海が広がっていた。

 

 

 
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