世界はキミのために

番外編

逢いたくて逢いたくて

オニキスの意外な特技についての話


「はぁ〜っ・・・」

ヒスイは床に転がって天井を見つめながら溜息をついた。
王立図書博物館で目的は果たしたものの、オパールから準備に時間がかかると告げられ、拍子抜けしていた。

「・・・こうやって何もしないでぼ〜っとしているとお兄ちゃんのことばっかり考えちゃうなぁ・・・。こんなに長い間お兄ちゃんと離れていたことなんてないし」

ヒスイはむくりと起きあがり、近くのグランドピアノの側に寄った。

(前から思ってたけど、ここにピアノがあるっていうのが謎だわ・・・。全然オニキスのイメージじゃないし)

「ピアノかぁ・・・」

ヒスイは鍵盤に軽く触れた。
ポーンと深みのある良い音が響いた。

(お兄ちゃん・・・弾くの上手いのよね。お兄ちゃんが弾いて私が歌う。楽しかったなぁ・・・)

ヒスイはピアノが弾けない。
ド・レ・ミ・・・と順番に鳴らしていくのがせいぜいだった。
しばらくの間、人差し指で鍵盤を叩いて遊んでいたヒスイは、いつの間にかピアノの傍らで眠ってしまった。
  

うとうとするヒスイの耳に美しい音色が流れ込んできた。

「・・・ん・・・?おにい・・・ちゃん?」

ヒスイは目をこすりながらピアノのほうを見た。
オニキスがピアノを弾いている。

「そのまま・・・瞳を閉じて聴いていろ」

オニキスは手を止めることなくぶっきらぼうに言った。
それはつまりコハクだと思って聴いてもいい・・・そういう意味だった。

「うん・・・」

(・・・オニキスって・・・意外と優しい人なのかも・・・だって・・・奏でる音がすごく柔らかい・・・。お兄ちゃんの音に・・・似てる)

オニキスが弾いている曲は偶然か必然か、コハクがよくヒスイに弾いて聴かせたものだった。

(あれ・・・でも・・・なんで知ってるの・・・?お兄ちゃんがピアノ上手いって・・・話したっけ・・・?)

話していない。
これから話すことになるのだ。
時間を遡り、幼いオニキスに。
夜の街で、手を繋いで歩きながら。

(ま・・・いっか)

ヒスイは夢うつつのまま、心地よい音楽と思い出に包まれ、極上の時を過ごした。
思い出に浸りきったヒスイは床にぺたりと座り込んだまま、無意識にオニキスの奏でる曲に合わせて歌い始めた。

「!?」

(セイレーンの血を飲んだせいなのか。それとも、もとより得意だったのか・・・)

オニキスはヒスイの歌声に心を奪われ、危うく弾き違いをするところだった。
軽やかで伸びのある歌声・・・。
音程、リズム、どれをとっても文句のつけようがない。
曲が終わり、オニキスの奏でる音が消えた。
辺りがしんとなってはじめてヒスイは我に返り、両手で口を押さえて真っ赤な顔をした。

「やだ・・・私、今歌ってた・・・?よね?」
「誰しも取り柄のひとつぐらいはあるものだな」

と、オニキスはヒスイを褒めた。

「うぅぅ〜っ・・・。恥かしい〜・・・。歌うのは好きだけど、お兄ちゃん以外のヒトの前でなんて・・・」

ヒスイにしてみればとてつもない失態だったようだ。
しまいには耳まで赤くなり、両手で顔全体を覆ってしまった。

「・・・人前で歌うのは初めてなのか?」

ヒスイが小さく頷いた。

「・・・そうか」

オニキスが柄にもなく嬉しそうな顔をした瞬間、偶然ヒスイと目が合った。

「あれ・・・?」
(なんか嬉しそう??)

オニキスはぷいっと顔を背け、ピアノの蓋を閉めた。

「それにしても意外だなぁ・・・オニキスがピアノ弾けるなんて」
「・・・このピアノは生まれた頃からここにあったが、昔は何の興味もなかった」
「じゃあ、なんで?」
「・・・聴かせたい女ができた。歌の上手い女だった」
「そのヒトのために弾きはじめたの?」
「そうだ。ピアノは・・・その女の為にしか弾かないと決めている」
「へぇ・・・。あ!それって例の初恋のヒト??」

ヒスイはにやにやと笑ってオニキスを見た。

「・・・・・・」

オニキスは横を向いたまま、その質問には答えなかったが、ヒスイは気にせず続けた。

「ねぇ、どんなヒトなの?オニキスをそこまで夢中にさせるヒトなんてちょっと想像できないなぁ・・・」
「・・・馬鹿な女だ」
「馬鹿・・・なの??」
「ああ、そうだ。救いようのない馬鹿」

オニキスが自棄になって言う。

「なにそれ」

ヒスイはケラケラと笑った。

「でも、好きなんでしょう?」
「・・・ああ」
「・・・オニキスの想いが届くといいね」

ヒスイは立ち上がった。
そしてぺこりと頭を下げた。

「ありがとう。そんな特別なピアノ、聴かせてくれて。オニキスの音が何であんなに優しいのかわかった気がする」
「・・・いや」

オニキスは返答に困った。
そこまで曲解されてしまっては、説明のしようがない。

「気にいったのなら、また弾いてやる」
「え・・・?いいの?だって・・・」
「・・・いいんだ。お前を見ているとその女を思い出す」

オニキスはそう告げるのが精一杯だった。

「え?似てるの?」
「ああ。馬鹿なところが」
「・・・馬鹿ですいませんね」

からかわれたと思ったヒスイは、小さくあかんべをしてオニキスの元を去った。
オニキスは目を細めてヒスイの後ろ姿を見送った。

“今”のお前はオレを知らない・・・。

逢いたい。
あのときのお前に。

いつか・・・逢えるだろうか。
オレのために歌う、お前に。



+++END+++

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