番外編
お仕置きは、またあとで
アイボリー、不毛(?)な恋の行方は・・・
赤い屋根の屋敷。
ある朝、事件が起きた―
「ああ・・・ヒスイ・・・っ・・・」
いつになく取り乱すコハク。
らしからぬ動揺ぶりである。
朝食の準備を済ませ、愛しの姫君を起こしにきたら。
頬の一点が、ぽちっと、赤く腫れている・・・なんと、ニキビだ。
「あり得ない・・・こんなこと・・・」
ヒスイの食生活は、徹底的に管理している。
甘い物もそれなりに食べさせてはいるが、許容範囲内だ。
体へのリスクが少ないよう、材料にもこだわっている。
それは、ヒスイを餌付けするトパーズもアクアも同様、気を付けている筈なのだ。
考えられる原因としては、菓子類の過剰摂取・・・だが。
ヒスイ本人にも心当たりはないようで。
それが本当か嘘かは、目を見れば一発でわかる。
(嘘じゃない・・・一体ヒスイの身に何が・・・)
「コハクー・・・腹へったー・・・朝メシまだー?」と。
夫婦の部屋に顔を出したのは、アイボリー、14歳。
「お兄ちゃん、大袈裟だよ。私もお腹へった〜」
そう言って、ヒスイがベッドから飛び降りた。
「待って、ヒスイ。今、魔法治療を・・・」
「朝ごはん食べてからでいいよ。お兄ちゃん、早く来てね」
アイボリーと連れ立って、階段を駆け下りる。
「・・・・・・」
どうにも納得がいかないコハク。
「おのれ・・・アクネ菌・・・」←怒りの矛先がおかしな方向へ。
(ニキビなんて・・・ニキビなんて・・・)
ヒスイじゃなくて、僕にできればいいのに!!
場所を改め・・・リビングにて。
「ニキビ?」
まじまじと、患部を見るアイボリー。
「こんなの・・・」
絨毯にぺたんと座っているヒスイの肩を掴み、顔を寄せる ―
「舐めときゃ、治るんじゃね?」
「あーくん???」
至近距離で、アイボリーが舌を伸ばした、その時。
「はい、そこまで」
アイボリーの頭部に、スパーンと、コハクのフライパン攻撃が決まる。
「いって・・・あのなぁっ!!」
アイボリーはコハクを見上げ。
「いいじゃんか!ニキビのひとつやふたつ!」
「どんなに綺麗でも、ヒスイは人形じゃないんだから」
「生きてる証拠だろ!!」
「・・・へぇ、いいこと言うね」と、コハク。
「まあな!」アイボリーは得意気に鼻の下を擦った、が。
「・・・で、君は何か知っているのかな?随分と、ニキビの味方をしているようだけど」
コハクに微笑みかけられ、露骨に声が小さくなった。
「し・・・しらねぇし・・・」
「・・・・・・」
(あーくん・・・バレバレだよ・・・)
行儀良く、食卓から傍観しているのは、マーキュリーだ。
そう―これもまた、アイボリーの悪戯のひとつなのだ。
正確には、悪戯が招いた結果、だ。
朝食の席で、コハクが言及することはなかった。
アイボリーはそれですっかり安心したようだが・・・
「・・・・・・」
(現行犯逮捕されるのも時間の問題だよ)
マーキュリーはこっそり溜息を漏らした。
「よっしゃ!今日もやるぜ!」
学校帰りに双子が寄ったのは、駄菓子屋。
数多の菓子が、激安価格で手に入る。
アイボリーが大量に買い込んだのは、五円玉をモチーフとしたチョコレートだ。
「・・・いい加減、やめておけば?」
マーキュリーが、一応釘を刺すも。
アイボリーは聞く耳持たず。
「早く帰ろうぜ!」
と、帰宅を急ぐ。
行動を起こすのは、夕食前・・・
ヒスイが居眠りをしていて、尚且つ、コハクが傍にいないとき。
「寝ながら食えるって、特技だよな〜・・・」
ヒスイの唇の隙間に、次から次へと、チョコレートを入れてゆくアイボリー。
「貯金箱みたいじゃね?」
ヒスイは眠ったまま、もぐもぐ、口を動かしている。
「・・・もう知らないよ。どうなっても」
と、マーキュリー。
ここ何日か、コハクの外出が続いていたため、集中してこの悪戯が行われていた。
しかし、さすがに無理がある。
「・・・むぐっ!!?」
この日、異変を感じたヒスイがついに目を覚ました。
「・・・あっ!!」
(ニキビの原因ってこれ!?)
口の中いっぱいに広がっている、チョコレートの味。
寝ている間に食べさせられていたのでは、当然、記憶には残らない。
「あーくん、なんでこんなこと・・・???」
アイボリーの場合、悪戯の理由は・・・“気を引きたい”。
これに限る。
「・・・ヒスイ、コハクのことばっか見てんじゃんか」
「ちょっとでいいから、こっち見ろよ」
アイボリー決死の口説き文句に。
「そんなこと言われても・・・私、お兄ちゃんが好きなんだもん」
「俺だって!ヒスイが好きだ!何回言わせりゃ気が済むんだよ・・・好きなんだって」
「・・・うん。あ!じゃあ、お兄ちゃんは!?」
「だから、なんでそこにコハクが出てくんの?まあ、好きか嫌いかって言われたら、好きだけど・・・」
「だったら!お兄ちゃんにもチョコレートあげて!ねっ!」
「・・・・・・」
(話が通じねぇ・・・アホか!?ヒスイはアホなのか!?)
こちら、張り込み中のコハク。
笑いを堪えるのに、ひと苦労だ。
(あーくん、空回りしてるなぁ)
「・・・餌付けも悪戯も、愛あればこそ、か」
(それはわかっているんだけどね)
ヒスイの美容に悪い、この悪戯ばかりは、繰り返されては困る。
「さて、どうするか・・・」
すると、そこで。
「コハク!どこだ!?」アイボリーの声。
「ここだよ、あーくん」コハクが返事をする。
アイボリーは走り寄り、コハクに一握りのチョコレートを突き出した。
「コハクも嫌いじゃないから、やるよ!今日は特別!」
「ありがとう」(あーくんって、結構素直なんだよね)
コハクはそれを、一個口に入れて笑った。
(お裾分けのチョコレートに免じて・・・)
お仕置きは、またあとで。