World Joker/Side-B

番外編

キミをさらう

バスルームで繰り広げられる親子戦争。


赤い屋根の屋敷。脱衣所。

そこに潜伏しているのは、アイボリーだ。
ヒスイにフラれ続けて・・・11才になっていた。
右手には、銀玉鉄砲。
駄菓子屋で買った子供用のおもちゃだが、なかなか本格的なつくりになっている。
銃弾は、石膏を5mm程度に丸めて固めたものだ。
銀色で着色した、まさに銀玉である。

「・・・あーくん、やめておいた方がいいよ」
と、そこでマーキュリーが警告した。
大抵の悪戯には協力してきたが、今回ばかりは反対だ。

「だったら、俺ひとりでやる!まーは見てろ!!」と、アイボリー。
「今日こそ ―」

「コハクを倒してヒスイをさらう!」

バスルームでは。
薔薇と石鹸の香りに包まれながら、楽しそうなヒスイの笑い声。
当然、コハクも一緒だ。
オシャレなバスタブの中で、二人、泡だらけになってキスをしていた。

「コハク!覚悟しろ!!」

・・・そこに乱入する、アイボリー。
コハクに狙いを定め、いきなり発砲する。
パンッ!パンッ!パンッ!

「今日はずいぶん手荒な悪戯だね」

本物の銃弾でさえ見切れるコハクにとっては、難なく避けられる攻撃だ。
何発撃たれても、すべてその手で掴み取る。

「・・・・・・」
(銀玉?確かに子供のおもちゃだけど・・・)

殺傷力は皆無に等しいが、痛痒いくらいの症状は出るだろう。
ヒスイに当たりでもしたら大変だ。

(幸い、あーくんの狙いは僕だけみたいだし)

玉切れさせるのが手っ取り早いと考えたコハクは、アイボリーを挑発するため、泡風呂の外に出た。
が、その時。

「!!」

アイボリーが銃口をヒスイに向ける・・・
コハクの全神経がそこに集中し、一瞬の隙が出来た。

「フェイントだっての!ヒスイを撃つわけないじゃんか!とりゃぁぁぁ!!」

と、アイボリーの体当たり攻撃。
戦闘能力の高いコハクが避けられないはずがないのだが・・・

「!?」
(滑っ・・・)

泡まみれの体はとにかく滑るのだ。
コハクが体勢を崩したところに、アイボリーが飛び付き。
その勢いで、仰向けに倒した体に馬乗りになる。

「・・・・・・」
(あーくん、今日も元気だなぁ・・・)

相手は11才の我が子だ。
戦況を覆すのは簡単だが、コハクは動かず。

(まあ、ヒスイさえ守れれば・・・)

アイボリーは、コハクとの勝負に夢中で。
ヒスイが・・・さらう予定の相手が、バスタブから消えていることに気付いていなかった ―

「今日こそ貰ったぜ!!」

コハクの肩口に銃口を突き付けるアイボリー。
コハクは両手を挙げ、降参のポーズで。

「撃っていいよ。僕の負けだ」
「・・・あとでお仕置きとかしないよな?」
「くすっ、しないよ」
「そんじゃ!遠慮なく!」

勝利を確信したアイボリーが、トリガーを引こうとしたところで。

「待ちなさい!!」
「ヒスイ・・・」
(うまく逃げてくれたと思ったんだけどな)

わざわざ戦場に戻ってきた。
コハクもビックリだ。
ヒスイは両手で鉄砲を構えている・・・ただしこちらは水鉄砲である。

「お兄ちゃんを解放して!じゃないと・・・撃つわよ」
「へっ!撃てるもんなら、撃ってみろよ」

所詮は水鉄砲と、アイボリーは高を括り。

「だったら後悔するといいわ!!お兄ちゃんに銃を向けたことを!!」

そして、次の瞬間・・・

「冷てぇぇぇ!!!」
「そうよ、冷水入れてきたんだから!」

真冬の冷水攻撃。
ヒスイにしては善戦した方かもしれない・・・が。
しかし、これがまずかった。
発砲された水の冷たさに驚いたアイボリーが、コハクの上から転がり落ちた拍子に。
うっかりトリガーを引いてしまい、なんと。
・・・銀玉が、ヒスイの胸に命中した。

「あんッ!!」

ヒスイもまた驚き。
子供の前で出してはいけない声を出してしまう。

「〜っ!!!」

それが恥ずかしかったらしく、ヒスイは顔を真っ赤にして。

「あーくんのばか!えっちっ!!」

そんな捨て台詞を吐いて、バスルームを飛び出す。

「えっち・・・って・・・俺のせいなのかよ・・・」
(この展開はやべぇ・・・)←アイボリー、緊迫した心の声。

地雷を踏んだことはわかっている。
恐る恐る振り返ると、コハクは危険度MAXのスマイルで。

「いけないなぁ・・・お母さんにえっちなことしちゃぁ・・・」

落ちていた水鉄砲を拾い、アイボリーに銃口を向けた。

「つ・・・冷たい水が出るだけだかんな!撃たれたって、どうってこと・・・」
「へぇ、そう」と、コハク。

ビシュッ!!アイボリーの斜め上を撃つ。

「・・・なんで壁に穴開いてんだよ」
「水圧を高めただけだよ」

そう言って、改めて、銃口を向け直す。

「水は水だよ?あーくん」
「!!やっぱ撃つなぁぁぁ!!!」

 

赤い屋根の屋敷。玄関。

「あ、オニキスっ!!」
「・・・・・・」

ヒスイに借りた本を返しにきたのだが。
裸で廊下を走っている意味がわからない。
しかも、あちこち泡だらけだ。

「どうした?」
「お兄ちゃんとお風呂に入ってたら、あーくんに襲撃されて・・・」
「・・・そうか」

ギャーギャーと、バスルームの方が騒がしい。

「・・・コハクは忙しいようだな」
「え?ちょっ・・・オニキス???」

オニキスは、服が濡れるのも構わず、裸のヒスイを抱き上げ。

「ならば、さらっていくとしよう」

冗談交じりにそう言って、笑った。
そして・・・国境の家。
 
「ママ、どうしたの?」
と、スピネル。
ヒスイとトラブルはいつもワンセットで訪れる。
オニキスが事情を説明し。

「すまんが、体を流してやってくれ」
「うん、わかった。行こう、ママ」

スピネルはヒスイの手を引き、バスルームへと連れていった。
服を着せられ、ヒスイがリビングに戻ってきた、丁度そのタイミングを見計らったかのように。
コン!コン!コハクが窓を叩いた。

「お兄ちゃん!!」

窓を開けたヒスイが、コハクに抱きつく。

「どうもお世話になりました。お礼はまた改めて」

コハクは、窓辺でオニキスに挨拶を済ませ、飛び立った。
しっかりとヒスイを腕に抱いて。

「くすくす、またさらわれちゃったね」

肩を竦めるスピネル。

「ああ、あいつは ―」
「ヒスイをさらうのが趣味だ」

オニキスは、苦笑いで空を仰ぎ。
国境の家に降り注ぐ熾天使の羽根を眺めながら呟いた。

「・・・オレも人のことは言えんがな」

 

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