World Joker/Side-B

番外編

夜の蝶



[ 1 ]


赤い屋根の屋敷。
ある夏の日の朝。

「おはようございます。メノウ様」

と、コハク。
欠伸をしながらキッチンの椅子に腰掛けたメノウに、ミネラルウォーターを運ぶ。

「夕べはよく眠れましたか?」
「それがさー・・・」

「“贈り物を見つけて”って、サンゴが言うんだよなー・・・」

夢の中の話、だが。

「コハク、お前、なんか知らない?」

メノウは、探るような眼差しをコハクに向けた。

「残念ながら」

何食わぬ笑顔で返すコハク。
と、その時。

「なんの話?」

ひょっこり、コハクの後ろからヒスイが顔を出した。
コハクの背面にくっついていたのだ。

「なんだ、ヒスイ。そこにいたの?」

気が付かなかった、と、声をあげて笑うメノウ。

「なんてことない夢の話、ってヤツだよ」

それだけ言って、席を立った。

「俺、これからすぐ出かけるから、朝メシはいいわ。んじゃな」

こうして、メノウが去ったあと。

「・・・お兄ちゃん」
「ん?」

そういえば私も〜と、ヒスイが話を切り出す。

「今朝早くね」

夢か現か・・・目覚めかけの微睡みの中。

「銀色の蝶が、肩に止まって。“贈り物を見つけて”って声が聞こえたの。不思議だよね」
「そうだね」

コハクはヒスイの頭を撫でながら、窓の外に目を遣った。

(銀色の蝶・・・か。サンゴ様が戻ってきているのかもしれないな)

ヒスイとメノウが、同じ声を聞いたのは偶然ではなく。

(贈り物って、もしかして、あの時の・・・)

「探してみようかな。本当に見つかったら、お父さんびっくりするね!」
と、ヒスイ。そうは言っても、手掛かりはなく。

「ん〜・・・」

コハクの背中に頭を擦りつけ・・・・・・閃めいた。

「あ!そうだっ!!」

ヒスイは一旦コハクから離れ。
階段を駆け上がると、懐中時計を持って戻ってきた。
タイムトラベルを可能にするレアアイテムだ。
ヒスイはそれをコハクに見せ、大胆なアイデアを述べた。

「お母さんに直接聞いてみるとか、どうかな?」
「サンゴ様に?」
「うん!」
「・・・・・・」

コハクはしばらく考えた後。

「それじゃあ、行ってみようか」
「うんっ!!」



そして二人は過去へと旅立った ―しかし。

「・・・どういうことだ?これは」

時空を超えるとなると、必然的にもうひとり・・・
ヒスイの眷属であるオニキスが同行することになる。
休日出勤で職場にいたのだが、そこから突然消える羽目になった。

「・・・・・・」
(オレの都合は無視か)

とはいえ、今に始まったことではないので、怒る気もしない。

「オニキス、あのね・・・」

ヒスイが事情を説明すると。

「そうか、わかった」

オニキスは、惚れた弱みで断れない。
それを見越していたのが、コハクだ。

(この世界には“僕”がいるからなぁ・・・)

コハク自身は行動を起こしにくい。
そのため、オニキスをヒスイの護衛に付ける算段だった。

「お兄ちゃん、ここは?」

夕暮れの、モルダバイト城下。
今とはずいぶん街並みが違う。
時代背景をヒスイが尋ねると、コハクはこう答えた。

「サンゴ様が初出勤した日、かな」

当時の赤い屋根の屋敷 ―コハク。

「お仕事・・・ですか?」と、主の妻であるサンゴを見る。

「はい。何かありませんか?」と、サンゴ。

「メノウ様から、高価な品物をいただいてばかりなので、お返しがしたくて」

身一つで嫁いだサンゴに、メノウは、ありとあらゆる品を買い揃えていた。
それはもう・・・度が過ぎるほどに。
プレゼント責めなのだ。

「メノウ様のアレは、愛情表現のひとつですから。気にすることはないと思いますけど」

若くして実力で手に入れた莫大な財産。
余りある、そのごく一部を使っているだけだと、サンゴに言い聞かせるも。

「私が稼いだお金で、メノウ様にプレゼントしたいものがあるんです」

それがせめてものお礼・・・思い出の品となれば。
サンゴは、いつものおっとりとした口調でそう話した。しかも。

「・・・・・・」
(メノウ様には内緒で・・・っていうのがなぁ・・・)

あまりいい予感はしないが。

「わかりました」と、コハクが返事をする。

「女性で夜のお仕事となると、だいぶ限られてしまいますが・・・」

するとサンゴは、迷いのない笑顔で。

「どんなことでもします」

 
そして、こちら。
もうひとりのコハクの下で。

「お母さんの初出勤?何のお仕事なの?」

コハクは手描きの地図をヒスイに渡し。

「オニキスと、このお店へ行ってごらん。僕はそこの宿で待ってるから」
(色々と準備もあるしね)
 
出発前にコハクに着せられた上着のフードを被り、銀の髪を隠して歩く。

「オレから離れるな」

ヒスイの肩を深く抱き寄せ、オニキスが耳打ちした。

「ここは治安が悪い」

娼館や、酒場や、賭博場・・・ヒスイには馴染みのない店が並ぶ。

「モルダバイトにも、こういうところあったんだね」
「どこの国にも裏社会は存在する。ところで、お前は大丈夫なのか?」
「お母さんのこと?」

サンゴはヒスイを産んで間もなく息を引き取った。
母と娘の、思い出らしい思い出は、ひとつもない。

「だからかな、お母さんって言っても、知らない人と会うみたいで・・・ん?」

・・・と、いうことは。

「そうだ、私、人見知りだった・・・」

勢いでここまできてしまったが。今になって緊張してくる。
また、そういう時に限って、すんなり到着してしまうのだ。

「えーと、ここだよね?」

店名は・・・『Night Butterfly』



[ 2 ]



「お兄ちゃんっ!!」

宿屋の一室にヒスイが飛び込んできた。

「お店に入れなかったんだけど!!」

“20歳未満はお断り”と、追い返されたのだ。
見た目こそ幼いが、ヒスイはとうに20歳を超えている。

「なんなのよ!もうっ!」

納得がいかないと怒るヒスイを前に、コハクは笑うばかりで。

「・・・・・・」
(こいつ・・・始めからわかっていたな)←オニキス、心の声。

「ちょっとっ!お兄ちゃん!何笑ってるのよ!!」
「ごめん、ごめん」

それから、

「おいで」

と、ヒスイを抱き込むコハク。
一方で、オニキスに隣の部屋の鍵を投げ渡す。

「お店に入れるようにしますんで。しばらくお時間頂けますか?」
「・・・わかった」


「ちょっ・・・おにいちゃ・・・!?」

二人きりになった途端、コハクが綺麗な顔を近付けてきた。
色気たっぷりの瞳で見つめられると、身動きが取れなくなり。


※性描写カット
 
 
[ 3 ]



「お待たせしました」

コハクに連れられ、オニキスの前へ現れたヒスイは、息を呑むほど美しい大人の女になっていた。
目立ってしまう銀の髪は、栗色に染められ。ふんわりカール。
夜の街に相応しいドレスアップも済んでいる。
皮肉にも、オニキス好みに。

「後はお願いします」と、コハク。
「・・・ああ」

オニキスはヒスイをエスコートし、宿を出た。
目的地は無論『Night Butterfly』だ。
そこでは夫婦のフリをすると決めて。

「お母さん、20歳未満は入れないお店で、何やってるんだろ?」
「・・・・・・」

疑問を抱くのが、だいぶ遅い。
オニキスは察していたが、

「酒を扱う仕事だろう」

とだけ言った。

こちら、『Night Butterfly』。

“上質なお酒を嗜み、女性接客員との会話を楽しむ”を、コンセプトとした店で、女性客も歓迎している。
・・・場所柄、男性客がほとんどだが。

「お客様のグラスにお酒を注いで、お話するだけでいいんですか?」

仕事内容を確認するサンゴ。

「まあ、だいたいそんなところかと」

と、用心棒のコハクが答える。
ここは、メノウの知人が経営しており。
事情を話したところ、快く協力してくれた。
サンゴは、接客向けの衣装・・・胸を強調したロングドレスに着替え。
見事に髪を盛っている。完璧な仕上がりだ。
あとは先輩に付いて、おおまかな仕事の流れを覚えるだけである。

そして―

「いらっしゃいませ」

入店したオニキスとヒスイを迎えたのがサンゴだった。

「!!」
(いきなりお母さん!?)

驚きで硬直するヒスイ。

「とてもお綺麗な方ですね」

サンゴが言うと。

「そんなことないよ。おか・・・あ、あなたの方が・・・」
 

「おっぱい、大きいし」
(・・・あれ?私、今、変なこと言っちゃったような)

コホン!と、そこでオニキスの咳払い。

「妻は、こういうところへくるのが初めてなものでな。少々・・・はしゃいでいるようだ」
「まあ、そうなんですか」

サンゴは、女神さながらの微笑みで。

「どうぞこちらへ。ご案内します」
「・・・・・・」

サンゴの隣に座ったものの・・・ヒスイは動揺していた。

(何しに来たんだっけ・・・)

考えをまとめようと必死になって。

「・・・あっ!そうだ!」

思わず、声に出る。

「贈り物のあり・・・むぐっ!!」

途中、オニキスがヒスイの口を手で塞ぎ。耳元で。

「落ち着け、ヒスイ。その質問は不自然だ」

過去と未来は本来交わってはいけないものだ。
正体を悟られずに、それとなく聞き出さなくてはならない。
自ら課したとはいえ、口下手なヒスイには難易度の高いミッションだ。

「世間話でも何でも構わん。とにかく会話に慣れろ」
「え、でも私、何話していいのか全然・・・」
「モルダバイトの歴史を思い出せ」
「それって時事ネタってこと?」

オニキスとヒスイがヒソヒソ話をしていると。
サンゴの方から。

「新婚さん、ですか?」
「えっ!?ううんっ!!熟年だよ!!子供も6人いるし!!」

ヒスイは慌てて。
本当のことを言ってしまった。

「6人・・・なんて素敵」

と、両手を重ねるサンゴに。

「えっと・・・あなたは、結婚してるの?」

ぎこちない口調で、ヒスイが尋ねた。

「はい」
「こ・・・子供は?」
「早く欲しいんですけど、できにくい体質みたいで」

と、自身のお腹に手を置くサンゴ。
その姿はどこか寂しげで。
ヒスイは努めて明るく・・・自爆に近い質問をした。

「男の子と女の子、どっちが欲しいの?」
「どちらでも」

と、サンゴ。

「ただ願うだけです」

「生きる強さ。愛される自信。私が持っていないものを、すべて持って産まれますように、と」
「・・・大丈夫だよ、きっと」

ヒスイが口を開く。
そして、サンゴにこう告げた。

「あなたの子供は、太陽の下でしぶとく生きてる」
「・・・え?」
「あっ!これはそのっ・・・ただの勘だけどっ!」
「妻の勘は当たる方だ。何も心配することはない」

オニキスがそう言うと。
サンゴは喜ぶように笑って。

「・・・・・・」
(お母さんって・・・)

美人でも、気さくで、話しやすい。
それに気付くと、自然に次の言葉が出た。

「どうして、夜のお仕事始めたの?」
「夫に贈り物をしたくて」

そのための金銭を得るために。

「一晩だけ、こちらで働かせてもらうことになったんです」
「何を・・・贈りたいの?」
「実はもう決めてあるんです ―」

サンゴの口から、贈り物の在処を聞き出すことに成功した、その時。

「何、やってんの?」

不機嫌な声で、サンゴの腕を掴む人物・・・メノウだ。

「!!」
(この時代のお父さん!?)

メノウは周囲に目もくれず、サンゴを問い詰めた。

「お仕事をさせていただいています」
「・・・なんで?」
「お金が欲しいからです」
「・・・金で女を買う趣味はないけど、しょうがないか」
「メノウ様?何をおっしゃって・・・」

するとメノウはサンゴの顔を覗き込み。

「サンゴの値段」

「一晩いくらか、って聞いてんの」

 

[ 4 ]



「メノウ様!?きゃ・・・」

ブラックカードをテーブルに投げ捨て、裏口からサンゴを連れ出すメノウ。

「ちょっ・・・お父さん!?」

2人を追って、店を出るヒスイ。

「!!待て」オニキスがヒスイの後に続く・・・が。
「はーい。そこまで」

慣れた手つきで、コハクがヒスイを捕まえる。
すっぽり、腕の中だ。

「だめだよ、過去に介入しすぎちゃ」
「離してっ!いくら事情を知らないからって、お母さんをお金で買おうとするなんてあり得ないでしょ!?」
「メノウ様が、本気でそんなことすると思う?」と、コハク。

暴れるヒスイの頬にキスをして、上手に宥める。

「大丈夫だから、ここで見ててごらん」
 

路地裏にて。

 

「びっくりした?」

サンゴの手を離し、メノウが悪戯に笑う。

「は、はい」

サンゴは息を弾ませ、胸元にうっすら汗をかいていた。

「あんなの、冗談に決まってんじゃん。サンゴを金で買えるなんて、思ってないよ」
「メノウ様・・・」
「そんなカッコして、こんなトコいるから、ちょっと脅かしてみただけ。コハクが付いてるからいいけど、そうじゃなきゃ結構アブナイ仕事だし」
「ご心配をおかけして、すみませんでした」
「・・・ま、なんか理由があんだろ?」
「はい。今夜だけはどうしても」
「だったらいいよ。店に戻りな」
「はい」

深く一礼し、路地を引き返してゆくサンゴ・・・

 

「・・・え?これだけ???」

ヒスイは拍子抜けしたような顔で、ひとり佇むメノウを見ていた。

「納得してる訳じゃないよ」コハクは睫毛を伏せて笑い。

「でもね ―」

 

 

「喧嘩できるほどの時間が、あの二人にはなかったんだ」

 

 

「!!」
「だからメノウ様は、“贈り物”の存在を知ることができなかった」

どういう訳か、サンゴもこの夜に隠された真実を伝えぬまま亡くなってしまったのだという。

「・・・そっか。じゃあ早く教えてあげないとね!帰ろう!お兄ちゃん!」
「母親の方はもういいのか?」と、そこでオニキスが尋ねる。
「うん。ちょっとだけだけど、お母さんがどんなひとかわかったから。充分だよ」
「・・・・・・」

(死者に情を移しても、戻ったとき辛くなるだけ・・・か)

コハクが設定した、過去滞在時間。
母と娘を再会させるにしては、短かすぎると思っていたが。

(そういうこと、か)

 

 

 

現代に戻ったヒスイがまず探したのは ― サンゴの日記だった。

「あったよ!お兄ちゃん!オニキス!」

コハクとオニキスが見守る中、そこに挟まれた一枚の紙を抜き取り。

「あ、これだよね」

それは・・・オーダーメイド品の引き換え伝票だった。
受け取りに指定された日付は、何十年も前だが・・・
幸い今も、モルダバイト城下にある老舗のものだった。

「引き換えに行ってみます」と、コハク。
「私も行くっ!」

そう言ったヒスイが、コハクの腕に飛び込んで。出発。※当然空路。

 

・・・それから30分もしないうちに、2人は戻ってきた。

 

無事、引き換えできたらしく、10cm近く厚みがある正方形の包みを、ヒスイが大事そうに抱えていた。
ちょうどそこにメノウが帰宅し。

「はい!お父さん!」

ヒスイがそれを差し出す。

「お母さんの“贈り物”見つけたよ」
「どゆこと?」

コハクが経緯を説明すると。何よりメノウは、ヒスイが同じ“声”を聴いていたことに驚いたようだった。

「開けてみて!」

と、ヒスイ。
メノウが包みを開けると・・・

黒の表紙に銀色の蝶の刺繍が施された1冊のアルバムが現れた。

「これがサンゴの・・・」

メノウの言葉にコハクは頷き。

「メノウ様は生きて・・・思い出をたくさん作ってください、って、ことでしょう。産まれてくる子供と一緒に、ね」
「・・・だいぶロスしちゃったなぁ」苦笑いするメノウ。

その間、コハクはなんと30冊以上のヒスイアルバムを完成させていた。

「まだ間に合いますよ」と、コハク。

その場を離れたかと思うと、トパーズとジストを連れ、すぐに戻ってきた。
手には、ポラロイドカメラを持って。

「早速、家族写真でもどうですか?」
「お!いいじゃん!」
「それじゃあ、みんな並んで ―」

 

 

パシャッ!

 

 

「ヒスイ」
「ん?何?オニキス」
「先程の日記から、これが」

伝票の方にばかり気を取られていたが。
もう一枚、挟まれていたらしく。
オニキスはそれをヒスイに手渡した。

「え・・・これって・・・」

あの夜の、オニキスとヒスイらしき人物の似顔絵。
お世辞にも、絵心があるとは言えない出来だが、配色に間違いはなく。

そこには・・・

 

“ありがとう”

 

一言、そう書き添えてあった。

「・・・それはこっちのセリフだよ」ヒスイが呟く。

 

 

『生きる強さ。愛される自信。私が持っていないものを、すべて持って産まれますように』

 

 

まだ見ぬ我が子・・・ヒスイに。

(命がけの、祈りを捧げてくれたひと)

「ありがとう、お母さん」

 

 

 

窓辺に止まっていた銀色の蝶が、ふわり、飛び立つ。
ゆっくりと屋敷から遠ざかってゆくその姿を、ヒスイは長い間見つめていた。

死者の魂が蝶となり、一時、現世へと舞い戻る。

モルダバイトで古くから語り継がれている伝承である―

+++END+++


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