World Joker/Side-B

番外編

ウエディングフォト


事の発端は――『熾天使被害者の会』。

丸テーブルに、メンバーそれぞれが着席している。
プラズマこと、アザゼル。テルリウムこと、アスモデウス。
アンデット商会幹部、スモーキー。そして…新規参入のマモン。
ベルゼブルとアバトンも参加しているが、何十年か前、熾天使の親子喧嘩に巻き込まれ、死んだも同然・・・肉体の再生も果たせぬまま、蠅一匹、蝗一匹となって、足繁く会合に通っていた。
本日の参加者はこの6名である。
それぞれ、尽きない不幸自慢をした後のことだった。
「熾天使に“花嫁”!?」と、マモン。声が裏返っている。
「そうであります!花嫁のヒスイたんは、世界一の美少女でありますぞ!!」
興奮気味にプラズマが続く。
テルリウム・・・愛称テルルは自身の髪を弄りながら。
「何人じゃったか?ずいぶん子を産ませておったの」
「熾天使に“子供”!?」新参者には驚くことばかりだ。
「・・・似ているでありますよ」プラズマが呟く。
なにせ、熾天使の息子が親友なのだ。家族構成くらい知っている。
「・・・・・・」
恨みこそあれど、その恐ろしさを知っているだけに、復讐などと考えるメンバーは一人もいない。
マモンは純粋に、熾天使の“家族”に会ってみたいと思った。
「じゃったら、主、自慢の庭園にでも招待すればよかろう」
テルルは顔を近付け、更にこう述べた。
「我の下僕※ウィゼのことです※の話によるとじゃ。熾天使の奴、花嫁の前ではやたらと優しい男を演じておるようじゃ。昔のように半殺しにされることもなかろう。我も何度か顔を合わせたが、この通り無事でおる」
「そうかな。でも、来てくれるかな」
強欲の悪魔とは思えぬ、モジモジぶり。
するとそこで、プラズマの眼鏡の奥が光る。
「大丈夫であります」


「なぜなら、ヒスイたんは、果物が大好物でありますから!!」



こうして、熾天使一家は、スフェーンにあるマモンの庭園へ招待されることとなった。
何とも贅沢な、ヴィーナスの林檎狩りだ。
コハクとヒスイ。子供達8名全員+メノウ。大所帯で押し掛ける・・・
「お誘いありがとう」
マモンに対し、にこやかに、手土産を渡すコハク。
その背後に控える“家族”に、マモンは声を失った。
「・・・・・・」
事前に聞いてはいたものの、これでもかと、美形揃い。
まばたきすら忘れて、見入ってしまう。
中でも一番目を惹くのは、プラズマも大絶賛のヒスイだった。
袖フリルの膝丈ワンピースに、リボン付きのつば広帽子・・・その姿に、マモンの視線が数秒注がれただけで。
コハクの手が肩に置かれ、ビクッ!恐る恐る見上げるマモン。
「綺麗でしょ?僕の“花嫁”なんだ。よろしくね」

「すごく美味しそうだよ!お兄ちゃん!」
林檎を目にしたヒスイは大はしゃぎだった。
少し離れたところから、満面の笑みでコハクに手を振る。
コハクも笑顔で手を振り返した。

「これでどうだ?母上」「ん!」
ヒスイの身長では、当然手が届かないので、シトリンに抱き上げて貰い、林檎を掴む。
母娘仲良く、樹の下で、まずは味見だ。
一方で。やんちゃ少年アイボリーは樹に登り、ヴィーナスの林檎、取り放題。
「あーくん、少しは遠慮したら?」という、マーキュリーの警告を無視して。
抱え切れないほどになっている。
ひとつくらい腕からこぼれても不思議ではない・・・従って。
「あ、やべ・・・」

ヒュー・・・ゴンッ!!

アイボリーの落とした林檎が、ヒスイの頭に見事命中した。
「!!!!」
ヒスイは食べかけの林檎を落とし、フラフラ・・・それから。


『ここはどこ?わたしはだれ?』


・・・記憶喪失の定型文を口にした。
同時に、シトリンの影に潜んでいたトパーズが動く。
呆けているヒスイを抱えあげ。
「ヒスイ!?」
コハクが異変に気付いた時には、二人の姿は消えていた。
後に残るは帽子のみ・・・だ。
「やっぱトパーズって、すげぇな。攫い慣れてるぜ」と、アイボリー。
「そうだね・・・」と、マーキュリー。
(でも今はそれどころじゃないよ、あーくん・・・)
怒りのオーラ全開のコハクが、すぐ傍まできていた。


「・・・これはどういうことかな?あーくん」





トパーズがヒスイを連れ去った先は――銀の血族の故郷でもある、魔界の城。

当然、今はもう誰も住んではいないが。
かつては、サンゴが暮らした地。
ヒスイ達にとっては、里帰りの場といえなくもなかった。
「・・・・・・」横目でヒスイの様子を窺うトパーズ。
林檎1個で記憶が飛んだらしいヒスイは、しきりに首を傾げながらも、大人しくしている。
忘れ具合は、誤って薬を飲んだ時の比ではない。
自分が何者かさえ謎のようだ。
ただし、こういった単純症状の場合、同じ衝撃を与えれば記憶は戻る・・・ことになっている。作品上。
そもそも神の力を使えば、ヒスイの記憶など、どうとでもできるのだ。
意味がないとわかっているから、しないだけで。
しかし今回は不可抗力。流れに任せて楽しむつもりでいる。
「ねぇ」と、そこでヒスイ。
じっとトパーズを見上げ。
「あなた誰だっけ???」
ヒスイ曰く、覚えているのは、頭に林檎が落ちてきたことだけらしい。
それが原因で、現在記憶を失っている旨をヒスイに説明するトパーズ。
ヒスイはすぐに納得した。
納得したが・・・目の前にいる人物が、やはり誰だかわからない。
自分と同じ銀髪で。自分と同じ瞳の色をした男。
血縁であるのは間違いなさそうだが・・・
「もしかして・・・お兄ちゃん?」
「違う」(アイツと一緒にするな)
「じゃあ・・・お父さんとか・・・」
「それも違う」(オレはそんなに老けてない)
若干ムッとする発言が続く・・・そして。
「あ!それなら弟とか!?」
ボケた回答で期待の眼差し。ヒスイはやっぱり、ヒスイなのだ。
弟ではないことを告げた後、“トパーズ”とだけ名乗り。
何度ヒスイに問われても、正体は明かさず。
代わりに、銀の一族の掟について話して聞かせた。
つまり、そういう関係である、と――

ヒスイと共に入城し、復元魔法でワンフロアだけ蘇らせる・・・
そこは、銀の一族が純血の子を成すために使われていた場所だった。
過去の歴史を繰り返すかのように。
向き合う、銀の男女。
「“ヒスイ”それがお前の名前だ」
そう言って、上着を脱ぎ捨てるトパーズ。
いつものヒスイなら、この時点でパニックに陥るところだが。
「わかった」と、口にしたきり、動かない。
そのままベッドに押し倒されても、だ。
「・・・・・・」
ヒスイの上に乗り、前髪を手のひらでよけて。
幼い額を愛でながら、喉元へと吸い付く。
服をすべて脱がせ、思うがまま素肌に指を滑らせても、ヒスイが嫌がる様子はなく。
小さく息を吐いて、素直に受け入れる。
その姿は、可愛い。可愛いが・・・
「・・・・・・」
全く抵抗されないと、物足りない。
「もしオレが嘘を言ってたら、どうする」
トパーズは、ヒスイの顎を掴み、首筋を舐め上げながら、そう煽った。
すると、ヒスイはくすぐったそうに笑って。
「それはないと思う。だって、なんとなく――」




「ずっと前から、愛してた気がするから」




「・・・バカ」
思いがけないヒスイの言葉。この際、愛の種類はどうでもいい。
「トパー・・・ズ?」
ヒスイの上体をベッドから抱き起こし、両腕に力を込めるトパーズ。
「わ・・・」
やわらかな光と共にヒスイが身に纏ったのは、純白のウエディングドレス。
これぞまさに神の・・・愛の力だ。

と、そこで。

「写真、撮ってやるよ!」聞き慣れた声。
そして、二人に向けて、シャッターが切られ。
「よっ!」続くいつもの挨拶・・・メノウだ。
神出鬼没は伊達ではなく。
しかも、トパーズの元への出現率がなぜか昔から高いのだ。
「今頃コハクがキレてるだろうけどさ。俺はお前の邪魔するつもりないし」と、笑うメノウ。


「好きな女に、ウエディングドレス着せたくなんの、当たり前じゃん」


それに――と言って、記憶喪失中のヒスイを見る。
「こんな時じゃなきゃ、着せらんないもんな」
「・・・・・・」
「オニキスもコハクもヒスイと結婚式挙げてるけど、お前まだだし」
「・・・・・・」
「“兄”として、よくやった方だと思う。だからこんくらいは協力してやるよ」
外を指すと、窓からひらり、降り立ち。
片足で地面を踏むメノウ。その背後に教会が現れた。
例えるならそれは、飛び出す絵本を開いたような、一瞬の出来事で。
「ほら、来いよ」
「・・・・・・」
トパーズは花嫁仕様のヒスイをベッドから抱き上げ、教会へと向かった。
「え?トパーズ???」
「・・・・・・」
現実には何の誓約もなく。記憶が戻れば、ヒスイは忘れるが。
永遠の愛を誓ってみるのも、悪くないと思った。

しかしそこで。

「そこまでだ」コハク乱入。
トパーズは軽く舌打ちして、ヒスイを降ろすと。
その頭に、記憶を奪った因縁の林檎を落とした。
「痛っ!」の後、「あれっ?」
「なんでウエディングドレス着てるの???」
再び首を傾げるヒスイを、問答無用でコハクが取り返す。
「おにい・・・ちゃん?」
「そうだよ、ヒスイ」
ホッとしたのも束の間・・・トパーズの反撃。
指を鳴らすとウエディングドレスが消えて、全裸。そこには鮮やかなキスマーク。
「・・・これはどういうことかな?」
「見ての通りだが?」
「え・・・ちょっ・・・お兄ちゃん!?トパーズ!?」

・・・そしていつもの親子喧嘩勃発だ。

「ったく、結局最後はコレかよ」
サンゴの故郷で暴れられちゃ、困るんだよな。笑いながら、メノウが言って。
マモンの庭園へと全員送還。
言うまでもなく、そこは戦場となり。
止めようとする者。加担する者。一家入り乱れての大バトルとなった。
瞬く間に、庭園は壊滅・・・
『熾天使被害者の会』での、マモンの不幸話がひとつ増えることになるのだった――





後日。3階建ての家にて。


「ジジイ、やってくれたな」
トパーズお得意のヘッドロックが決まる。
「だから悪かったって!」
懲りないメノウの笑い声が響く。
「おかしいよな、俺、天才なのに」
カメラの扱いには慣れていなかったらしい。
ヒスイが記憶をなくした、あの日の写真・・・
ウエディングドレス姿のヒスイと一緒に写っているはずの、トパーズの姿がない。
正確には・・・顔が写っていないのだ。
これではパッと見、誰だかわからない。
「ま、これは置いてくからさ。ヒスイよく撮れてるし」
トパーズの腕からするりと抜け出して。
大事にしろよ、と言い残し、去りゆくメノウ。
「・・・・・・」
確かに、ヒスイの写り具合は完璧で。



たった一枚の、ウエディングフォト。



それが今、自分の手元にある。


「なかなかの収穫だ」


トパーズは瞳を伏せて笑い、写真の中の花嫁にそっと口づけた――

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