世界に春がやってくる

番外編

愛せるようにできている

シトリン×ヒスイ他

「どうしよう・・・」


豪華な個室でひとり、姿見の前に立つヒスイ。※諸事情により大人ver.※
お披露目用のロングドレスに、思いっきり紅茶を溢してしまった。
その上、本日の目玉である、ガラスの靴・・・ならぬ、宝石で作られた靴が片方ない。


――ここは、マーキーズ。義理の息子であるジンカイトの実家だ。


この度、ジンの姉がファッションブランドを立ち上げることになり、そのオープニングセレモニー・・・大々的な社交パーティが行われることになったのだ。
ジンの姉は、シトリンの母ヒスイの“銀”の美しさに以前から魅了されており、自社製品のイメージモデルとして起用したいと言い出した。
シトリンの手前・・・また、長男のジンを婿に貰った負い目から、協力的にならざるをえなく。
一度だけ、という条件で引き受けた。
ちなみに・・・モルダバイト前王オニキスも、裏方として働いている。
当然、コハクも同行しているが、スタイリングの監修を任されているため、ヒスイの仕上げを終えた後、不本意ながらも、もうひとりのイメージモデル、トパーズの元へ向かわなければならなかった。
産まれたばかりのアクアをベビーカーに乗せ。
「トパーズの方は適当に済ませてくるから、いい子で待っててね」と、コハク。
ヒスイを大人の体にするところから始まり、何気に大忙しだったりする。
キスをして別れ、それから間もなく・・・
心遣いで、メイドが紅茶を運んできた。

皮肉にも、それが、今回の事件の引き金となったのだ。

メイドが退出した後、一息のつもりで、カップに注がれた紅茶に口をつけたのだが・・・
「熱ぅっ!!」
コハクが淹れるものに比べ、格段に熱かった。
驚いたヒスイは、その勢いのまま、ティーポットを倒してしまった。
たちまちドレスに染みが広がる・・・
「なんか拭くもの・・・っ!!わ・・・!?」
慌てて立ち上がり、今度は転ぶ。
「え?あれ???」(靴が・・・片方ない・・・)
転んだ拍子に脱げたようだが・・・四つん這いで辺りを探しても見つからない。
「・・・・・・」(まずいことになったわ・・・)


――そして現在に至る。


「母上!準備できたか!?」
シトリンが、部屋に入ってきた。オニキスも一緒だ。
「母上のことだ!さぞかし美しかろ・・・ん?」
母親を自慢できる喜びから一転。
「は・・・母上ぇぇ!!何があった!?暴漢にでも襲われたか!?」
顔色を変えて駆け寄るシトリンに。
「ちょっと転んだだけで・・・暴漢とか、そういうのじゃなくて・・・これ、自己責任っていうか・・・うん、自己責任よね」と、ヒスイ。
「・・・・・・」
オニキスはおおよその事情を察していた。ヒスイがやらかしそうなミスだ。
「・・・とにかく着替えを」
フォローに回ろうとするオニキスの傍ら。
「もう時間がないぞ!!」シトリンが騒ぎ出す。
「靴は私が探す!母上は急いで着替えてくれ!!」
「だ、大丈夫だからっ!」と、声を張るヒスイ。
続けてこう言った。


「魔法で何とかする!!」


「・・・・・・」←オニキス。
こうなるともう、嫌な予感しかしない。

そして・・・

「ほらっ!何とかなったでしょ!?」
得意気に、ヒスイが姿見の前に立つ。
事件前と全く変わらないドレス。魔法で作った靴も馴染んでいる。
珍しく上手くいっているように思えた・・・が。
聞こえたのは、オニキスの溜息。
「・・・後ろを見てみろ」
「後ろ?あ・・・」
“再構築”という、高位魔法で復元を試みたはいいが。
バックのデザインが記憶に残っていなかったため、ただの白い布だ。
「遅れても仕方があるまい。やはり着替えを・・・」
そう言うオニキスを振り切って。
「時間ないから行くっ!!これはこれで前衛的よ!!」
ヒスイが走り出る。
「!!おい、待てヒスイ――」




入場扉前。

「トパーズ、お待たせっ!!」
「・・・・・・」(やりやがった、この馬鹿・・・)
エスコート役のトパーズも言葉を失う。
背面がどう見ても怪しい。
“そういうデザイン”で誤魔化すのは、無理がある程に。
「靴はどうした」
「・・・・・・」
神の目は欺けない。
片方無くしたため、それを魔法で作ったのだと、ヒスイは話した。
「失敗と決めつけるには、まだ早・・・」
「これを失敗と言わずに、何と言う?」
トパーズに頬を引っ張られるヒスイ。
「あぅぅ〜・・・ほにひゃく、うひろがみへなひよふに、らって!」

訳:とにかく、後ろが見えないように立って!





――銀髪の美男美女の登場に、会場が沸き立つ。

ジンの姉が、マイク片手にブランドコンセプトを説明する中。
首から下に視線がいかないよう、ヒスイはとびきり美しい表情を作っている。
モルダバイト王妃時代に培ったものだ。
「・・・・・・」(この調子で上手くいけば良いが・・・)
オニキスが影から見守ること十数分・・・
「!?」(なんだ?)
突然、ヒスイの体が縮み始めた。
ごく僅かずつではあるが、周囲に気付かれるのも時間の問題だ。
これには、ヒスイも、トパーズも、驚く。
(なんで!?)ヒスイ、心の声。
コハク曰く、パーティの間は充分もつとのことだった。
(あ!そうだ!魔法っ!!)
産後間もない体で、あべこべに魔法を使ったせいだと、すぐに思い当たった。
(どうしよう・・・このままじゃ・・・)
娘シトリンの顔に泥を塗ることになると考えたヒスイは、いきなり逃走を図った。
出口を求め、人混みを正面突破してゆく。
「あの馬鹿・・・」
怒るというより、呆れた様子のトパーズが、暴走したヒスイの回収に向かおうとした矢先・・・
「まあ、そう言うなって!」
メノウが、背後から呼び止めるように声をかけた。
「ヒスイが心配だから、見てこいってコハクに言われてさぁ」と、メノウ。
「やっぱやらかしたか」ヒスイの後ろ姿を見て、笑う。
こんな事態に陥っても会場が騒ぎにならないのは、トパーズが幻覚魔法を使ったからだ。
今でも会場には、イメージモデルのトパーズとヒスイがいるのだ。完璧な姿で。
「手間かけさせやがって」
トパーズの言葉に、メノウは再び笑い。
「けどさ、そーゆートコが好きなんだろ?」


完璧じゃないから。
こうして補うべき欠点があるから。



だからこそ、愛おしい――。



「そういうモンだよ。お前だってわかってるだろ。欠点なんてのは、愛せるようにできてる」
「・・・・・・」
「さて、んじゃ、こっからは“王子様”に任せるかな」




「はぁっ、はぁっ」
中庭に続く大階段を、ドレスの裾を持ち上げつつ、駆け下りるヒスイ。
魔法で作った靴は消え、片方は裸足だ。
「はぁっ・・・はぁっ・・・あ」
大階段の半ばで、躓き。そのままヒスイが落ちそうになった時だった。
「母上ぇぇぇ!!」
シトリンが猛スピードで突っ込み、ヒスイを抱き止めた。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫・・・だけど・・・」


「ごめんね、大事なパーティ、台無しにしちゃった」


母親として、何一つ満足にできない――。
さすがのヒスイも反省し、俯く。
するとシトリンが。
「母上、足を」
「足?あ・・・」
シトリンが手にしているのは、無くしたはずの宝石靴。
「シンデレラみたいだな」と、言って、ヒスイに履かせる。
「うむ!似合うぞ!母上!」
シトリンは知っていた。
ヒスイが、自分のために、無理をしてここにいるのだということを。
「・・・母上の、楽天的すぎるところに、度肝を抜かれることもあるが」


「なぁに、欠点のひとつやふたつ、愛せるようにできているんだ!」


「え?」(欠点?私の???)
よくわからない会話の流れに、ぽかんとしているヒスイを、抱きしめるシトリン。
それから、再度こう口にした。
「母上のすべてが――」




愛せるようにできている。




「シトリン・・・」
感動もそこそこに。ヒスイが気付く。
(ん?それって私が欠点の塊ってこと???)




・・・ま、いっか。

+++END+++

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