世界に咲く花

オニキス・トパーズ

Sincerely

文:朝日様


シトリンから言付けを聞いた。
 言付けの主は、トパーズの養父でありモルダバイトの王、オニキスからだ。
 明日の午後にオニキスの離宮に来てくれ、とのことだった。
 自分の体が灰になり、熾天使であったシトリンの体と混ぜ、神となってからほぼ一年が過ぎた、そんな時の呼び出しだった。
 赤い屋根の、現在寝屋にしている屋敷を出る前、ヒスイに呼び止められた。
 薄い生地の膝丈のワンピースから、白い手足が伸びている。
ヒスイはトパーズに駆け寄った。
 「あれ?出掛けるの?」
 「…あぁ」
 「どこに?」
 「父上のところだ」
 「オニキスね!そっか、分かった。いってらっしゃい」
オニキスの名前が出た瞬間、ヒスイが笑顔で手を振る。
…その姿に思うところが出来たトパーズは、ほんの一瞬ヒスイの唇を掠めとってから、王城へ向かった。

 *

 離宮へと赴けば、既にオニキスが、用意された席についていて、テーブルを挟んだ向かいにはもう一人分席が設けられていた。
 「久しいな、トパーズ。変わりないか?」
 「はい。変わりありません」
トパーズはテーブルの元へ近づき、空いた席へつく。
 「今日は一体どうしたんですか?」
 「少し、待っていろ」
と言ってオニキスは部屋を出て行った。
 一体何なんだろうか。
 自分のことか。国のことか。ヒスイのことか。それともジストのことか。
なんとなく予測は出来ても、確定事項にするには決定打に欠ける。
 出掛ける前に会った、何か知ったようなヒスイの様子も気になったが、それもオニキスが戻ってくれば分かるだろうと、トパーズは待った。
 「すまない。待たせたな」
 戻ってきたオニキスの片手には、チーズや軽食の乗った皿、もう片方の手にはボトル。
オニキスは、テーブルの真ん中に、その皿とボトルを置く。
 「日が遅れたが、トパーズ、誕生日おめでとう」
 椅子の側に佇んだまま、オニキスが少し微笑んでそう言った。
…誕生日?
…言われてみれば、数日前は誕生日だった気がする。
 近年はヒスイたちがパーティーの準備をしたり、双子の妹であるシトリンからプレゼントを受け取って、実感する日であった。
しかし今年は、そんな前振りがなかった。
なぜならば今年は、トパーズ自身が今時期に高校の仕事と教会の仕事が重なって忙しく、あまり家にも寄りつけなかったからだ。
そういえば、高校での仕事中にやってきたシトリンに、言付けと共に何か物も受け取っていた気がする。
 誕生日なんてすっかり忘れていた。
 「その様子だと、忘れていたみたいだな」
オニキスに笑われる。
トパーズはバツが悪く、顔を反らした。
そんなトパーズの様子に、オニキスは笑みを深くしてボトルの栓を開け、元いた席につく。
トパーズ側のグラスに、ボトルを傾けた。その後自分のグラスにも注ぐ。
その様子を、トパーズは未だ少しバツの悪い顔で見ていた。
ボトルの中は白ワインのようだ。グラスの中が半透明な色で埋まっていく様子をみる。
ボトルがオニキスの手から離れて、ラベルが目に入った。
―――ワインの年が、自分と、シトリンの生まれ年だった。
 「二十歳になったら、ずっとこうやってお前と酒を酌み交わそうと思っていた」
オニキスの、父の、顔を見る。
オニキスは慈愛に溢れた顔をしていた。
 「早いものだな。小さかったお前たちが、もう成人だ」
 母親―――ヒスイに預けられ、自分は、この人の子どもとして、オニキスの愛を受け、生きてきた。
 「兄、になるのかも知れないが…実質は、お前ももう、父親だ。子どもの手本になるような大人であれ」
まだ幼い早くに自分の感情に目覚め、シトリンのような子どもらしい子どもではなかった。
 父と同じ人をすきにもなった。
それでも、やっぱり、オニキスの子どもで良かったと思う。
それを口には、決して乗せないけれど。
 「おめでとう、トパーズ」
オニキスの持ち上げたグラスに合わせ、トパーズもグラスを上げる。
―――今まで、ありがとうございます。父上。
カチンと鳴ったグラスが、子ども時代の終わりと、これからの始まりを、告げていた。

+++END+++


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