世界に咲く花

シトリン他

愛しくて、愛しくて

文:ハルヒナノ。様


[ 1 ]


「絶対にいやだからなぁー!!」

モルダバイト城に女性の大声が響き渡る。それと共に、

「シトリン!!あっ!こら逃げるんじゃないー!」

若い男の声も響き渡る。バッタンバッタンと大きな物音。そして、

「にゃー!!」

いきなり大きな猫の泣き声。すると、

「シトリンが逃げたー!」
「つかまえてー!おにいちゃん!」
「あ、こらっ!シトリン!」

それを、追いかけるように、男と女の乱れる大声。その後はバタバタと人が走り回る音。
お城であることがまるで嘘のような、騒々しさ。

「っち。あいかわらず騒がしいな」

そんな中、不機嫌な顔にくわえタバコをした銀髪の男が、やれやれとばかりに城のホールに立っていた。

愛しくて、愛しくて・・・

「・・・ジンのやつ!最悪だ!なーにがドレスは、最低でも3回は変えなきゃ。だ!1回だって嫌なのに。そんなにたくさん誰が着るんだ!?私はお人形か!?」

モルダバイト城の屋上の小さな砦の穴のなか、ぶつぶつと声がする。

「それに、母上も母上だ!ばかジンの云うことに賛成してー。・・・それに一番最悪なのは・・・あの男!!なあにが、『それじゃ、それぞれ一枚づつドレスを選ぼう』だの、『そしたらヒスイもドレスを変えなきゃね』とか! 母上はその場に居ないんだぞ。あの男の頭の中は、わけがわからん!!」

ジンが高級洋服店で取り寄せた華やかなドレスの山の中で、あれやこれやとヒスイのドレスを探す、嬉々としたコハクの姿が思い浮かぶ。
猫シトリンはギラリと鋭い爪を出しながら、怒りのあまりブルブルと震えていた。

「・・・フン。簡単な話だ。あの男の頭の中は、常にヒスイのことだけだ」

はき捨てるような声が、シトリンの足元から聞こえた。

「兄上!!」

そのとたんシトリンの手から爪が引っ込み、尻尾がぶんぶんと嬉しげに揺れる。

「どうしたんにゃー。いつ、来たんだにゃー」

さっきまでの不機嫌な表情は一変。ついでに口調も猫化。シトリンはトパーズの肩に跳び乗った。

「・・・ヒスイに呼ばれた」

そのまま砦の壁にもたれかかり、トパーズがつぶやく。

(あー。やっぱり兄上は母上が好きなんだにゃー)

いつものトパーズの冷たい口調が、少しだけ優しく変化している。遠くを見つめるきつい視線も少しだけ穏やかになる。
いろいろと問題は複雑であまり喜んでもいられないのだが、
トパーズが以前より少しだけ優しくなったのがうれしい。・・・・少しだけ幸せそうなのがうれしい。
シトリンは

「にゃー」

と鳴いてへばりつている、トパーズの肩に顔を擦り付けた。

「ところで一体なんで逃げてる」
(うっ!あんまり話したくないにゃー)

「・・・言え」
「う・・にゃーー!」

トパーズがシトリンの首を掴んで自分の目の前にぶら下げる。
手も足も尻尾も耳も下に落ちて情けないことこの上ない。

「シトリン?」
「にゃー!!」

妙に優しげなトパーズの口調に恐怖を覚えシトリンは白状した。

「こ、今度の月の始め、この城で大きな会議が開かれるんだにゃー。各国の王族も集まることだし、結婚式を前にジンを私の婚約者として紹介することになったんだにゃー。それは、そのいいんだけど・・・。で、その・・・その時のわたしの・・・」

だんだん語尾が小さくなって何を言っているのかわからない。しかし、

「・・・衣装か」
「・・・・にゃん」

肯定を表す小さな鳴き声。
トパーズにはシトリンが何から逃げ出したのか、よくわかった。

「なるほどな」

うな垂れるシトリンを片手で胸元に抱き、歩き出す。

「どうせドレスは着なけりゃならないんだろ」
「そうだけどー。ジンも母上も・・・あの男も、ここぞとばかりドレスをあっちこっちから取り寄せ、部屋の一室なんかドレスの海だ!ドレスなんか、一枚でいいのに・・・。あれだこれだと。ついには衣装替えをしようとかいいだすしー。あいつらきっと私で遊んでいるだけなんだにゃん!」

フーっと毛を逆立ててご立腹な様子のシトリン。

「父上はなんと言ってる」
「・・・オニキス殿は何も言わない。私の好きにしたらいいと・・・」

この頃その会議に向けて、あちらこちらと忙しく出払っていることが多いオニキス。今日も城には居ない。しかし、誰よりもジンとの婚約を喜び、忙しい中ジンとの家族とも交流を深め、シトリンには今まで以上に優しくあれこれと、気を配ってくれる。こんな時、オニキスが居たら、ドレスなんか着なくてもいいぞ。と言ってくれるに違いない。

 「オニキス殿に頼んでみようかにゃー・・・」
 「・・・・・・」

小さな頃からシトリンは城では男の格好ばかりしていた。
オニキスにはない、黄金色の髪を真っ黒にして、男勝りなことばかり・・・。
勉強が嫌だとか、女の格好が嫌だとか、色々なことを言っていたが、本当は。
オニキスの側に居たかったからだ。女の格好をしていては、王たるオニキスの仕事を側で手伝うことなど出来ないからだ。
多分、オニキスは気に病んでいる。シトリンを本来の姿で、普通の王家の姫として暮らせてあげられなかったことを・・・。

(どっちも気を使いすぎだ)

トパーズはそっとタメ息をついた。

「やっぱり、はしゃぎすぎたかな」

色とりどりのドレスを眺めながら、ジンがつぶやく。

「んー。シトリンって照れ屋だからね」
「んもう。ちがうでしょ!おにいちゃんが、わたしのドレスなんか選びだすから!」
「だーって、こんな素敵なドレス見てたら、ヒスイのだって選びたくなるでしょ」

コハクはにっこり笑いながら、ふくれっつらのヒスイの頭をなでる。

「・・・そーだけどー・・・」

頭をなでられると何も言えなくなるヒスイ。

「・・・シトリン怒ってたね」
「んーん」

さすがに、はしゃぎすぎたかと、反省するコハク。

「・・・いい、きっかけだと思ったんですけどね」

ジンがコハクを見て苦笑い。

「んー」
「・・・王が、ずいぶんと気になさってるんですよ」
「オニキスが?」
「シトリン・・・ずっと髪を黒く染めてたし、普段から男の格好してましたから。人間に戻れるとわかってからも、城内では髪を黒く染めようとしたんですよね。王はそのままで良いっておっしゃってくれて、シトリン一応は納得したんですけど、やはり、他の王族の前に出る時は・・・って考えてたみたいで。でも、王はそのままのシトリンでいて欲しいんですよね。けど、それをあまり強く言うのもシトリンに悪いと思ってるみたいで・・・」

コハクとヒスイは黙り込んでしまった。

「これね、王が選んだんですよ。シトリンの髪に栄えるだろうって・・・」

ジンが手に持ったドレスはシトリンの瞳と同じ菫色。光沢があり光にあたる部分と影の部分が、同じ菫色でも違った色を放つ。
形は首元まで襟があり、袖と裾は先にいくほど布が幾重にも重なり広がっている。とてもシンプルなドレスなのだが、黄金色の髪とスタイル抜群のシトリンにはさぞかし似合うことだろう。
そもそもは、自分たちが蒔いた種なのだ。
二人に対していつも明るく接するシトリン。気づけば彼女からはなんの恨みごとも言われていない。
そればかりか、当たり前のようにヒスイに「母上」と接し、コハクにだって憎まれ口はきくが、本当に憎んでいる様子もない。

「・・・う・・ごめ・・ごめんね。ごめんね」

ヒスイは耐え切れず、自分の洋服を両手で強く握り締めポロポロと涙をこぼした。

 自分がどんなに愚かな母親だったかのか、今になってわかる。
トパーズがヒスイに直接、ぶつかって、良くも悪くも自分のしでかしたことを、実感させられたからだ。
けれど、それはシトリンに対してもそうなのだ。
 彼女は何も言わないけれど、きっと母親を恨んだことも、憎んだこともあっただろう。それなのに・・・。
ヒスイの涙にジンがあわてる。

「あっ!すません!ぼく、あの・・・」
「いいんだ。ジン君」

コハクは涙を流すヒスイをそっと抱き寄せた。

「ごめんね。ヒスイ。辛い思いさせたね」
「ち、ちがう。お、おにいちゃんは・・・悪くない」
「それは、違うよ。違う。・・・・僕がヒスイをお母さんに、したくなかったから。僕のわがままなんだよ」

コハクの表情が硬くなる。
ヒスイも涙を浮かべてコハクの言葉を待つ。

「・・・オニキスのところに子供を預けても、本当ならいつでもヒスイを行かすことは出来たんだ。なのに・・・僕はヒスイをオニキスの側に行かせなかった・・・。僕のわがままだよ」
「ち、違うよおにいちゃん!」

ヒスイの強い否定にコハクは首を左右に振る。

「・・・だからね、トパーズのことも、元はといえば僕の責任なのかもしれない」

コハクの言葉に絶句するヒスイ。

「・・・・だからヒスイ、自分を責めないで・・・」

コハクはぎゅっとヒスイを強く抱きしめ、涙を零すヒスイを慰めた。
普段明るい二人がこうまで落ち込んでいると、こっちまで暗くなってしまう。それではいけないとジンは力強く言った。

「でも!!二人のおかげで、シトリンとトパーズは産まれたんです!それに、王だって幸せだったと思います。じゃないと、シトリンのことだって、こんなに気をつかうことはないでしょ。王はシトリンとトパーズが側にいて幸せだったと思いますよ」

ジンの言葉が二人の心に響く。

「うん・・・。そうだね。・・・そうだといいね。ありがとう。ジン君」
「それに・・・ヒスイさん。今、お母さんをしてるじゃないですか。・・・ジスト、サルファー、そしてスピネル。立派なお母さんですよ」

ヒスイのお腹をにっこりわらいながら眺める。

「・・・ありがと・・・」

ジンの優しい慰めに、ヒスイは照れたように笑った。と、

「にゃー!!兄上の嘘つき〜!」

シトリンの大声とともに部屋のドアがバタンっと開き、不機嫌な顔のトパーズと逃げようと暴れるシトリンが現れた。


[ 2 ]


「「「トパーズ!」」」

三人の声がトーンを変えて重なる。

「どうしたの?子供たちになんかあった?」

コハクが驚いて声をかける。
今日のように二人が出払っている時は、必ず子供たちの側にいるトパーズ。にもかかわらず、ここに来るのは不思議な気がする。

「ばかか」

トパーズの冷たい声にコハクが反応。

「・・・ばかとはなーに。その・・・」
「あっ!わたしが呼んだの!」

ヒスイの声。

「え〜なんで?」

不満顔のコハク。

「うん。・・・えーっと」

ヒスイはご機嫌斜めのシトリンの顔をみながら、何か言うのをためらっている。
そんなヒスイの様子を横目でみながらトパーズがシトリンの首を持ち上げた。

「どれでもいい。決めてしまえ」
「にゃ〜。きたくなーいにゃん!」

首を掴まれながらもフンっと顔をそむけるシトリン。

 「・・・父上が喜ぶぞ」

その一言にシトリンの表情がかわる。

「喜んで・・・くれるのかにゃ」
「ああ。絶対だ」

トパーズはフッとシトリンに微笑んだ。

「・・・・じゃあ、きてみようかにゃ〜」

(なんか・・・思いのほかスムーズじゃないか?)

ヒソヒソと三人で言葉を交わす。

(ええ。なんていうか・・・オレ、ちょっと自信なくすかも・・・)
((シトリンブラコンだから!))
(ここぞとばかり、声を揃えないでくださいよ〜!)

わかっていたことだが、こうまであっさりシトリンを素直にさせる、トパーズにモヤモヤとした気持ちになる。

(ごめん!ごめん。ああ。だからトパーズよんだの?)

コハクが顔をヒスイに近づける。

(うん!シトリン。トパーズのいうことならきくかなあって思って)

ヒスイはご褒美をねだるように、コハクに笑いかけた。さらりと銀色の髪がゆれる。
先ほど、泣いて腫れた瞳も、すっかり今は元通り。

(・・・さすがお母様です)

ヒスイの満面の笑顔にジンも笑う。コハクもにっこり笑ってヒスイの頭をなでた。

「・・・でもな兄上・・・。この中からどうやって選べというんだにゃ〜」

たしかに、シトリンじゃなくても弱音を吐きたくなるドレスのやまだ。
トパーズはぐるりと部屋を見渡し、部屋の隅で固まっている三人を見て、

「ジン」

と手を出しながら声を掛けた。

「え。ああこれ」
「ああ」

トパーズはジンの持っていた菫色のドレスを掴み、

「これでいい」

シトリンにかぶせた。
その瞬間黄金色の髪が部屋に舞い、白い裸体が現れる。

「「「ああ!」」」
「わー兄上!!急に人にもどすな!!」

白い裸に菫色のドレスを巻きつけ、顔を真っ赤にしたシトリンが叫ぶ。

「フン。しばらく猫にはなれないぞ。恥ずかしいならさっさと着替えろ」
「うううう。兄上の人でなし〜」

シトリンはしぶしぶ、部屋の片隅にある衝立に隠れた。

「あ。シトリン。手伝うよ」

追いかけるようにヒスイが衝立の中に入る。

「ありがたい。母上」

なさけないシトリンの声が小さく聞こえた。

「ええっと、ご苦労様かな」

ジンが苦笑いでトパーズに語りかける。

「貴様は何をしている。たかだかドレス一枚で」

たばこを咥えながら冷たく言い放つ。

「いや〜。あれもこれもと考えたら・・・。ねコハクさん」
「え。あ、ああ。うん。なんだかね」

二人で顔を合わせて苦笑い。

「ジンく〜ん。靴があったかなあ〜」
「あ。靴は隣の部屋です。・・・とってきますね」

ヒスイの声にジンが答えあわてて部屋を飛びだした。

「それにしても、よくあのドレスに目をつけたよね」

コハクは部屋中にあるドレスを見ながらそう言った。

「・・・・ジンが持っていたからだ」

あいかわらずの冷たい返事。

「でもさ。ほら、この目の前にあるのなんか、すごくいいじゃない」

コハクは淡いピンクの色をしたレースのドレスを差し出した。

「・・・・シトリンには甘すぎる」

的確に評価するトパーズに思わずニヤリとコハクが笑う。

「一度、聞きたかったんだけど。君、よく、自分のやってた城での仕事、ジンくんにまかせたね。出会ってからあんまり日がたってなかったんでしょ」
「・・・・・・」
「それに、はじめから、ジン君に、シトリンとくっ付けさせようと応援してたんだって?」
「・・・・・・」
「本当は、ジン君のこと知ってたんじゃない?というか選んでた。シトリンの相手に」
「・・・・・・」

もくもくと、黙ってたばこを吸うトパーズ。が、かすかに眉間にしわがよっている。
そんなトパーズを見て、

「君って、・・・結構シスコン?」

ニヤリとコハクは笑う。
その言葉にも無反応のトパーズ。だが、

「・・・・元祖シスコンには言われたくない」

そう煙とともに呟いた。

「元祖・・・!」

コハクは一瞬絶句して、そのまま大きな声で笑った。

「・・・くくく。はっははは」

否定をしないトパーズ。
それが、彼にとってのシトリンに対する思いなのかもしれない。
そして、オニキスに対しても・・・。
さきほどのジンの言葉、ヒスイの言葉、自分の言葉がよみがえる。

・・・・・よかったんだよ。ヒスイ。
オニキス。シトリン。トパーズ。
きっとみんな、幸せだったんだ。

・・・・・・・・・・・・・・だから、よかったんだよ。
コハクは大声で笑いながら、そう思っていた。

「できたよ〜」

ヒスイの声が衝立の前から聞こえた。

「あ」
「これは・・・」
「・・・・・・・」

男三人それぞれ息を呑む。
菫色のドレスがシトリンの体にしっとりとなじんでいる。
細く長い首元から美しく計算されたかのような形の鎖骨、豊満な胸、絞られた腰。
本当にシンプルなラインのドレスがからこそ、体の線の美しさがくっきり外に現れている。
そして、輝くばかりの黄金色の髪が、ゆったりとそのドレスにかかり、きっと歩く度に金色の残滓を周りに撒き散らすことだろう。
もともと顔の造りなら、誰もが納得する美しさなのだ。だが、いままでそれを隠すかのように、生きてきただけなのだ。

「・・・・へ、へんか?」

誰も何にも言わない事態に、自分が可笑しいのかとシトリンの菫色の瞳がくもり、背中を丸める。

「ち、ちがうよ!あんまりにも、綺麗だから・・・。ああ、シトリン本当に綺麗だよ」

ジンがあわてて、かけよる。あまりの美しさに、シトリンに触れることができない。

(ああ!綺麗だ!・・・・ああもう、もっと伝えたいけど・・・綺麗しか言えないよ〜)

ジンの瞳が興奮気味にキラキラと輝く。

「・・・・うん。本当に綺麗だよ。シトリン」

にっこりとコハクも答える。

(・・・なんというか、ここまでのプロポーションだと父親といえども、体に目がいくなあ・・・)

困惑気味に苦笑いのコハク。

「ね〜すごく綺麗でしょ」

ヒスイまでもが何故か興奮。

「女の人だったお兄ちゃんみたい!ほら、コンテストに出たことあったじゃない?あの時も綺麗だなあって思ったけど、・・・・・・綺麗だね」

ヒスイの目がきらきらと輝く。
懐かしい女性版コハクを思い出しうれしいのだ。

(・・・そんなこともあったね)

そんなヒスイを見てコハクはさらに苦笑。さすがにわが娘。びっくりするほど顔は似ている。が、体つきがまったく違う。
断然シトリンのほうが女らしい。

(・・・て女なんだけど・・・。なんか意味もなく照れてしまうのはなんでだろうなあ。女の子の父親ってこんな感じなのかなあ)
なぜだか、しみじみしてしまうコハクだ。

「ね。トパーズもそう思うでしょ!」

今だになんの言葉も発しないトパーズにヒスイが声をかける。

「・・・・・・」
「だ、だめか?兄上?」

何も言わないトパーズにますますシトリンは、表情が曇り、美しいドレス姿を隠そうと、身を小さくする。

「・・・・悪くない」

ぶっきらぼうにだが、トパーズにしては最大級の賞賛の言葉。

「そうか!・・・良かった」

その言葉に、シトリンの曇り勝ちだった表情が、一変。菫色の瞳を輝かせながら、
黄金色の笑顔をみんなに向けた。

「賑やかな声がするな・・・」

と、そこに・・・・帰ってきたオニキスの声がした。

「・・・・シトリン・・・・」

眩いばかりの娘の姿に、動きが固まる。

「わあ!・・・オニキス殿!」

突然のオニキスの登場に慌ててシトリンはジンに背中に隠れるようにすがり付く。が、

「ぐぇ!!・・・シトリン!く、くび・・・い、いき!」

思い切り首にすがり付いた為、ジンの呼吸ができない。

「ジン君!」

あわてて、ヒスイがジンの元に行く。

「わあ!あ、ごめん!ジン、大丈夫か?」

ゴホゴホと咳き込むジンの背中をシトリンとヒスイがさする。

「シトリン」
「え。・・・・あ」

オニキスがそっとシトリンの腕を引き上げ、優しく顔にかかる黄金色の髪をかきあげる。
その指先にシトリンの赤かった顔がますます真っ赤に染まった。

「良く似合うな。・・・綺麗だ」
「・・・・そ、そうか」
「ああ。・・・・綺麗な黄金の髪だ」

手を滑らすように髪を何度もゆっくりとオニキスはなでた。

「・・・・・すまなかった」

この髪をずっと自分のために黒く染めさせていた。
この綺麗な姿をいつも男装の中に隠していた。

「ちがう!わた・・・」
「シトリン」

遮るようにオニキスがシトリンを呼んだ。

 「これからは、ずっとこのままの姿でいてくれ。・・・ありのままの姿で」

オニキスは黒い強い瞳でシトリンと見つめる。

「・・・・いいのか。・・・このままだと、色々言われるぞ」

苦しげにシトリンの眉根が歪む。

「ああ、かまわん。言わせたいやつには言わせとけばいい」

にっこりとオニキスは微笑んだ。
モルダバイトのいつまでも若い黒い髪の王と伝説の銀色の髪の王妃の話題はいまだ、各国の興味の対象だ。
そしてその二人の間の金髪の跡取り娘。・・・・スキャンダルを狙う者にとって格好のネタになる。

 「・・・・ある年齢になると金髪に変わることにしろ。もともと不思議なことに事欠かない国だ、王家がそういえば納得せずとも、深くは追求できない。ついでに双子の兄は病弱の為王位を継げない事にしたらいい」

トパーズが壁にもたれながら、静かに二人に話しかける。

 「そんな、兄上」
 「・・・・それでいいんだなトパーズ」
 「王位はシトリンが継ぐ。・・・決まってることだ」

コハク、ヒスイ、そしてジン。
三人のやり取りに入り込むことも出来ずじっと黙っている。けれど思うことは同じだった。

(愛されてるなあ。シトリン)

「・・・ありがとう。オニキス殿。兄上」

シトリンはうっすらと涙を溜めた瞳で、ニッコリと笑った。

「ああ!ジン大丈夫か?」

シトリンは涙をこぼす前にジンのことを思い出し彼のそばに寄ってくる。
すっきりとしたシトリンの美しい表情に愛しさが爆発。

「わああ!何をする!」

「愛してるよ。シトリン!」
ジンはぎゅうとシトリンの体を強く抱きしめた。
「わあ!よせ。ジン!」

「くすくす。・・・ジン君ったら」
「くっくっ。シトリン、ジン君に放してもらえないだろうなあ」
「・・・ヒスイ」

にこやかに二人の様子を見ていたヒスイとコハクに向って、オニキスが話しかける。
 
「オニキス!良かったね」

ヒスイは嬉しくてオニキスの腕を掴む。

「・・・・・ありがとう」

自分の腕にかかる手を、優しく握り締めながらオニキスが言った。

「・・・なんで?わたし、なんにもしてないよ」

オニキスの言葉に困惑気味のヒスイ。

「オレに、・・・・・・大事な娘と・・・・・息子をくれて」

オニキスの黒い瞳がシトリンとトパーズにやさしく向けられる。
 
「・・・・・・・・」

トパーズの視線も穏やかにオニキスに交わる。

「・・・オニキス・・・」
「オレは幸せだ。ありがとうヒスイ。・・・コハクお前にも・・・」

涙で潤むヒスイを見ながらオニキスは笑った。
そのやりとりを聞いていたトパーズは、そのままそっと部屋を後にした。
愛しくて、愛しくて、どうしようもなく愛しい花がここにある。
その花を守る為に、きっとオレ達は花を愛し続けるんだ。
愛し方はそれぞれで、きっとみんな違うのだけれど・・・・・。

愛しくて、愛しくて。

どうしようもなく愛しい花を。・・・・・・守る為に・・・・。


[ 3 ]

「ふうー・・・。今日は疲れたにゃー」

しなやかな身体を優美に伸ばしながら、猫シトリンは大理石でできた湯船につかった。

「ごくろうさま」

そんな、猫シトリンの体をマッサージしながらジンは優しく笑う。
さすがに今日のドレス選び騒動には、疲れた。
トパーズはいつの間にか帰っていたけれど、ヒスイ、コハク、オニキス、ジン、シトリン。
みんなでゆっくりと食事をして、楽しいひと時を過ごした。
後半、ヒスイがあまりにも仲良くオニキスと話すものだから、コハクが嫉妬してヒスイを拉致して帰っていったが・・・。

「あいかわらずだな。母上とオニキス殿とあの男は・・・」

見せ付けるようにヒスイにディープなキスをして、あっという間に消えた二人。
そんな二人にオニキスは穏やかに苦笑していた。

「まあ、いつもの三人ってことなんじゃないかな」
(彼らにとっても今日はうれしい日だったんだ。きっと)

いつもより、明るい三人の姿を思い出す。

(まあ、オレも・・・ハイテンションなんだけど)

いつの間にか日課となった二人での入浴。シトリンにとってはリラックスできる、幸せな時間だ。
もちろん、ジンにとっても幸せな時間なのだが・・・・・。

「ねえ。シトリン」
「うにゃー」

シトリンはジンの膝にちょこんと乗りながら、視線をジンに向ける。

「・・・・そろそろ、人型でいっしょに入らない?」

そう。シトリンは一度として人間の姿では一緒に入ってくれないのだ。

「やだににゃん」

ぷいっとそっぽを向いてシトリンが答える。

「なんで〜同じでしょ」
「違うだろ!猫と人では。・・・・は、恥かしいだろ。裸なんだからにゃー・・・」

猫シトリンの表情はわかりづらいが、照れているのはわかる。

(ん〜初めての裸というわけでは、ないんだけど・・・)

「シトリン」
「にゃ」

自分を見上げるシトリンにちゅっとキスをする。

「・・・ごめん」

猫の身体にそっと手をかざす。

「え・・・ええええ」

人型に戻ったシトリンを逃がさぬようがっしっと抱きしめる。

「な、な、なんで〜」

ジンの腕から逃げようともがくシトリンだが、さすがに男の力にはかなわない。


『ご褒美だよ』

そう言ってコハクはジンにある呪文を授けた。猫化を解除する呪文。

『ヒスイを幸せにしてくれたから』



「シトリン。好きだよ」

ジンの声が耳のすぐ側で響く。

「うっ。そ、そこで喋るのはやめろ〜」

シトリンの力がぬける。

(くす。シトリン耳弱いもんね)

真っ赤に染まる頬に口付けしながらジンは囁いた。

「逃げないで、シトリン。・・・恥ずかしがらなくてもオレしかいないよ」
「お、おお前がはずかしいんだろ〜」

すべらかな肌にジンの手がゆっくりのぼる。

「こっち見て」

しぶしぶ、シトリンは上目遣いでジンを睨む。しかし真っ赤な顔ではちっとも怖くない。

「っく。そんな目でみないの。・・・・シトリン。綺麗だね」

ジンは湯気で湿気を含み、顔に張り付くシトリンの髪を丁寧にはらう。
ほのかに朱色に染まる頬と唇。菫色の瞳は少し驚いたように見開かれている。

「・・・お前、今日はそればっかりだな」
「ん〜ごめんね。語学能力低いよね。こんなことなら、もっと勉強しとくんだった」
「そんな問題か!」

シトリンの突っ込みもなんのその、ジンは一人で悩んでいる。

「今日もさ、あんなに綺麗なシトリンだったのに。綺麗だとしか言葉がでないし・・・他に気の利いた言葉も浮かばなかったよ」

相変わらずジンの片手はシトリンの背中を優しく上下にさする。もう片方もシトリンの頬を撫でたり、髪を触ったり。
シトリンは自分が人に戻っている事も忘れて、うっとりとした表情でじっとしている。
猫の時もジンはこうして優しくシトリンに触れていた。
こうしてジンに触られるのはすごく好きだ。ずっとずっと触れてほしくなる。

「今日は、よかったね」

ジンがにっこり笑ってシトリンに声をかける。
シトリンが今日、どんなに嬉しかったのかわかって言ってくれる。
オニキス殿がどれだけ自分を気に掛けてくれているのか分かった。
トパーズもちゃんと自分を気に掛けてくれている。
ヒスイもコハクも、みんなみんな。

「・・・うん」

そしてきっと、誰よりもこの男が。
シトリンは嬉しくてぎゅっとジンに抱きついた。

「!」「?」

ジンの脚を跨ぐ格好で湯船につかるシトリン。シトリンの太ももに硬いものがあたる。
ジンの顔をみると、いつも優しげに自分を見つめる瞳がじっと自分を見ている。

(う。やばい!)

シトリンは思わず又逃げようとする。

「逃げないの」

ジンは自分から逃れるように体を離すシトリンに口付けた。

「・・・ん・・あ」

自分の唇を塞ぐジンの呼気が熱い。
あの瞳はまずい。あの瞳で自分を見るジンからは決して逃げられない。逃がしてくれない。いつもは逃がしてくれるけど・・・。
深く、深くジンの口付けは続く。触れられる手の感触が先ほど撫でられたより、もっと違うものになる。

「・・・シトリン・・・好きだよ」

キスの合間にジンが甘く囁く。

「ん・・じ・・ん」

シトリンの羞恥をなだめるように何度も髪をなでながら、もう片方の手であふれるほどの豊満な胸を優しく触る。

「・・・っあ」

ジンの指先にシトリンの胸の先が触れると自分でも驚くほど甘い声が漏れる。
そんなシトリンの反応に思わず笑みがこぼれた。
こんなシトリンを知っているのは自分だけだ。

「あ・・ああ!」

シトリンの体の隅々まで知っているのも自分だけ。
シトリンと出会って、シトリンを抱きしめて。初めて知った自分の感情。
誰にも何にも沸くことがないと思っていた。
狂おしいほどの独占欲。

「じ・・・ん」

甘いシトリンの声が心地いい。

(・・・トパーズと王に煽られちゃったなあ)

ジンの口付けはますます深まり、指先もシトリンの感じる場所をさぐり触れる。

「んんん、ま、・・・まっ・・・て・・ジン」
「・・・だめ」

シトリンがジンの手を押さえるが、その手は離れない。

「ちが・・・・う。の、のぼせ・・・」
「シトリン!」

お湯にのぼせたシトリンがガックリとジンにもたれかかった。

「ん〜」
「シトリン!」

冷たいものが額に乗せられシトリンは目を覚ました。

「ごめん!ごめんよ!大丈夫?」

ジンが心配そうに自分を見ている。

「ん」
「お水飲んで」

そっと自分の背中を支えてジンはお水を飲ましてくれる。

「ごめんよ。シトリン。調子に乗りすぎたね」

済まなそうに自分を見つめる瞳はさっきまでのジンとは違う、いつもの優しい瞳だ。

「疲れてたのに・・・ごめんよ」

ああ、ジンが好きだなあ。

どこまでも優しいジンが好きだ。
自分をいつも見守ってくれるジンが好きだ。

「シトリン・・・」
かつてないほど、自分を凝視するシトリンに驚くジン。

「ジンが好きだ」
「!シトリン」
「ジンがな、大好きだ」

そう言ってシトリンは、こぼれるように笑ってジンにキスをした。
母上。父上。兄上。オニキス殿。ありがとう。

私はとっても・・・幸せだ。


+++END+++


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