世界に愛があるかぎり

シンジュ×ローズ+メノウ

影の協力者

文:ナギ様

[ 1 ]

「ふむ、興味深いね」
モルダバイト城の一室で、人類史上最強と言われたエクソシスト、メノウが言った。
メノウの目の前では、ヒスイがそうでしょうと言わんばかりに目を輝かせていた。
ヒスイは、コハクと家に帰る前、メノウに相談を持ちかけていたのだ。
その相談とは、ローズがシンジュに恋をしていると言う事と、シンジュもまんざらでもなさそだという事だった。しかし、シンジュのあの性格ゆえ、進歩が全然見られないとヒスイがため息混じりに言ったのだった。
 「シンジュはプライドが人一倍高いからねぇ。しかも相手は人間となると、尚更だね。でもさ、まんざらでもないって事は、可能性は十分あるよ。わかった、オレにまかせて」
メノウは自分の胸をこぶしで叩くと自信気に言った。
 「お父さんありがとっ!」
ヒスイはメノウに抱きつくと、お礼を言ってコハクと仲良くモルダバイトを去っていった。
 「さてと、まずは2人の観察からだね」
 残されたメノウはクスクスと笑いながら自室を後にした。


メノウが2人を観察し始めてはや数日、休日はメノウの所に入り浸っていたシンジュが、顔を出すだけになったという所は、ローズの努力の賜物と言えたが、はっきり言ってローズの一方通行だった。
 休日も、2人で部屋に篭りっきりで、何をしていたかというと将棋を指している・・・。
あっ・・・。一回デートに行ったみたいだったなぁ。
でもその後はずっと将棋・・・・。
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!
もっとこうグッといっちゃえよシンジュもさぁ!!!!
自分の事を好きでいてくれる人と2人きりなんておいしすぎるのに!!!
人間の事をなんとも思っていないって言ってたけど、この状況では奥手過ぎる、というか鈍過ぎる!!!!!
だからヒスイが頼んできたんだ・・・・。
はぁ〜〜〜。
メノウは大きなため息をついた。
 今日もメノウは2人を観察すべく、2人のいる図書館に忍び込んでいた。
 2人の座る机に一番近い本棚の裏に気配を消して忍び寄り、そっと2人の会話に耳を傾けた。
 「ねぇシンジュ、デートしよ!」
ローズが机に身を乗り出して、かわいい声音で言った。
 「いやです」
 容赦の無いシンジュの一言で、その会話にピリオドが打たれた。
―――いってあげなよそ・れ・く・ら・い!―――
メノウは心の中で突っ込んだ。
 「あうぅ。じゃあね、今度の連休にデザートフェスティバルが開催されるじゃない。その初日に行われる『スイーツ大会』に、私参加するの。だってお題がお饅頭なんだもん。だから、応援に来てくれないかな?だめ?」
 「行きませんよ。あんな混みそうな所」
シンジュは冷たく言い放った。
 「そっかぁ、そうだよね。この大会って人気あるからすっごい人が集まるもんね・・・。無理いってごめんね」
ローズは見ていられないほど痛々しそうな作り笑いを浮かべた。
 隠れて見ていたメノウも、この時ばかりは今すぐにも飛び出していって、シンジュに説教の一つや2つ、いやそれ以上言ってやりたい気分だった。
しかし、ここで飛び出したら怪しすぎる・・・。メノウはぐっと堪えた。
 「まぁ、優勝したら、なにかプレゼントを差し上げますよ」
シンジュもさすがに胸を痛めたのか、頬をかきながらぶっきらぼうに言った。
 「大会でつくったお饅頭があまったら、私にもくださいね」
 「うん!わかったわ」
ローズはすぐに目を輝かせてうれしそうに返事をしたが、ずうずうしいなぁとメノウは思った。
 「ところでシンジュ。今日は、仕事早く終わりそうだし、一局いかが?」
 彼女のすごさは、そのへこたれなさだとメノウは数日観察していて思った。そうでもなければ、あのシンジュにアタックし続ける事なんて出来ない。
しかし、一局と言ったローズの目が一瞬光ったように見えたのは、気のせいだったのかな・・・。
 「ん〜、一局ですか・・・。もしかして、賭けあり・・・ですか?」
シンジュは不満そうに言った。
 「もちろんよ。もしかして、今回も私に負けるかもって思っているの?」
クスクスと笑うローズの言葉に、シンジュの負けず嫌いな性格に火がついた。
 「私がこれ以上負け続けると思っているのですか?いいでしょう、受けて差し上げますよ!」
 威勢よく言ったシンジュは、開いていた本をバタンッと閉じると、いきますよとローズに言った。
 「ちょっと待って!?私まだ終わっていないわ!」
 「それくらなら明日出来るでしょう?」
 慌てていったローズにシンジュはそう言うと、ローズの手をグイグイ引っ張って出て行ってしまった。
 賭けとはいったい・・・。残されたメノウはう〜〜んと唸った。観察していたのに、見逃していたみたいだ。2人の秘密に一歩近づいた気がして心臓が高鳴る。
 一局とは、多分将棋の事だよね。となると、勝負がつくのが大体これくらいで・・・。その後に、なんらかの賭けが催されると・・・・。その頃に、シンジュの部屋へ行ってみようかな。
メノウは楽しくて仕方がないという風に、軽い足取りで自室への道を歩いていった。



パチッ
 ローズのその一手にシンジュの動きが止まった。眉間にはしわがよっている。
 「・・・ありません」
 「私の勝ちね、シンジュ」
シンジュはがっくりと肩を落とし、ローズは歓喜の声をあげた。
どうして勝てないのか・・・。
シンジュはため息をついた。しかし、最近は負けても以前より屈辱に震える事はなくなった。
いつかローズに勝って、いじわるなお願いをしてやろうと思っているのに一向に勝てないでいた。
ローズを見ると、すごくうれしそうに駒と将棋盤を片付けている。
 「さぁ、お望みはなんですか?」
 「そんなの決まっているじゃない」
ローズはいたずらっぽく片目をつむって言った。
シンジュがしぶしぶという風に大人の姿になると、自分の服の留め具に手をかけて、一つ一つ外していく。
 程なくして、パサリと上着が落ちると、白くキメ細かな胸板があらわになった。
ローズはその姿に目を細めると、こくりと喉を鳴らした。
 「下もよ」
ローズは、容赦のない一言をシンジュに浴びせた。
こういう時のローズは、普段見せない攻撃的な一面を見せたりする。
シンジュは頬を染め、ゆっくりとズボンを脱いだ。
 「まだ一枚残っているじゃない。もしかして、私に脱がせて欲しいの?」
ローズはシンジュに歩み寄り、自分よりも背の高いシンジュを上目使いで見上げると、自分の唇を舌で舐めた。
その姿が16歳とは思えないほど艶かしくてシンジュはドキリとした。
 無言のまま立ち尽くすシンジュを余所に、ローズはそのキメ細かな胸板に舌を這わせた。
 「あっ・・・・」
 即座に声をあげたシンジュに、ローズは満足そうな笑みを浮かべると、舌を這わせ続けた。



 「そろそろかなぁ?」
メノウは自室の椅子から立ち上がった。
 「なにが行われているのかナァ?」
うれしそうにメノウは言うと、シンジュの部屋へと向かった。
 「シンジュ、入るよ〜」
コンコンッとノックすると、返事を待たずに扉を開けた。
しばしの沈黙。
 「あれ?」
シンジュの部屋は暗く、人のいる気配も、先程までいた気配さえも無かった。
 「もしかして・・・。ローズの部屋かな」
う〜んとメノウは唸った。
この時間に女性の部屋へ行くっていうのもどうかと思うし。
 「せっかく賭けがなんなのかわかると思ったのにな」
 夜の闇が広がる窓の外をみてため息をついた。
 「でも・・・・。ここで待ってたらシンジュ帰ってくるもんね」
ふと考えて居座る事にし、部屋の窓際に置かれているソファーに寝そべった。
それに、いつかえってくるのか分かるしね。
いつ帰ってくるのかなぁ。もしかして、朝方だったりして〜。
 様々な憶測が頭を駆け巡り、メノウはにやけてくる顔を抑える事が出来なかった。



 「あ・・・。メノウ…様?」
シンジュが自室に戻り小さな光を灯すと、メノウがソファーの上で丸くなっている姿が暗闇の中、ほのかに浮かび上がった。
 「メノウ様、こんな所で寝ていたら風邪を引きますよ」
シンジュは慌てて駆け寄ると、メノウの体をやさしく揺すった。
 「う・・・ん」
メノウは眠たげに瞼を持ち上げた。
 「シンジュ・・・遅い」
メノウは気だるそうにゆっくりと上半身を起こすと、シンジュを睨んだ。
 「えっ!?あっ・・・す・・すみません・・・。ローズの部屋で将棋を打っていて・・・あっ・・・。そっそれで、一局のつもりが白熱してしまって・・・・。夜だというのに・・・長居してしまいました・・・」
メノウと目が合うとびくっと体を硬直させたシンジュは、慌てて言い出したが、最後は消え入りそうな声となった。心なしか、頬も赤い気がする。
 夜遅くに帰ってきた事がバレてバツが悪いのか、何かあってバレるのを必死に隠そうとしているのか・・・・。
まぁ、後者だろうなぁ。これだけローズが普段纏わせている香りを持って帰ってきているんだから。ただ将棋を打ってましたじゃ、こうはならないんじゃないのかな?シンジュ?
 今にも口に出して問いただしたい所だけど、観察しながら何があったのかを推測するのも面白いかも。
こんな邪まな気持ちでごめん!でも、応援はしてるんだよ!
 「メノウ様?」
シンジュが、不振げな顔でこちらを見ていた。
 「ごめんごめん。ホントは怒ってないよ」
もしかして、顔にでちゃってたかなぁ。危ない危ない。
 片手をひらひらと振って、愛想笑いをする。
 「今度の休みに開かれるスイーツ大会に行きたいから案内して欲しいんだよね。だからその日は空けておいて欲しいんだ。ただ、それが言いたくてね」
メノウが言い終わると、途端にシンジュの眉間にしわが寄った。明らかに行きたくないという意思表示だ。
 事実、シンジュは人混みが苦手だったが、それよりも、ローズの誘いを断った手前気まずいという気持ちの方が大きかった。
 「最近は全然オレの所に来てくれないしさ、たまにはいいじゃん」
 両の頬を膨らませて拗ねている姿にシンジュは小さく息を吐いた。
 「わかりました。付き合いますよ」
シンジュは約束を破らないから、約束を取り付けてしまえばこっちのものだ。
 「約束だからね!」
しぶしぶ言ったシンジュの肩を軽く叩くと、メノウはおやすみと一言言い残してシンジュの部屋を出て行った。
ヒスイ、なんだかんだ言って2人はうまくやっているみたいだよ。
 交わる事をあんなにも嫌悪していたシンジュだったけど、やる時はやるんだねぇ。
どんな風にあのシンジュが答えているのかが気になる所だけどさ。
 今日は悩まずに寝れそうだなぁ。
メノウは一度だけシンジュの部屋を振り返り満足げに目を細めると、また足を進めた。


 早起きをしてしまったメノウは、眩いほどの朝日を浴びながら、中庭を散歩していた。
 朝、雨でも降ったのだろうか、木々の葉にはうっすらと水滴がついていた。
 庭園まで来ると、その中で見慣れた女性が花の手入れをしているのが目に映った。
 「おはよう、ローズ」
 「あっ、メノウ様!おはようございます!」
ローズが振り返ると、彼女の髪に乗っていた花びらがふわりと舞った。
 「いい所で会ったよ。後で君の部屋へ行こうとしてたんだ」
 「私の部屋へですか?」
きょとんとした顔でローズがメノウに尋ねた。
 「実はね、週末にあるお祭りにシンジュと行くからローズも一緒にどうかと思ってさ」
 行けない事は図書館で盗み聞きをしていたから知っていたが、シンジュが行くという事を強調する為に、メノウはあえてそう言った。
 「シンジュもですか!?・・・でも、私そのお祭りで開催されるスイーツ大会に出場するので一緒には行けないんです。折角のお誘いなのにすみません」
 最初こそ驚きを見せたものの、ローズはすぐに申し訳なさそうに言った。
 「いいって、こちらこそ突然だったし。それに、出場するなら応援にいくよ」
 「ありがとうございます!断然やる気が出てきました」
そう言って元気よく返事をしたローズだったが、心の中は複雑だった。ローズにとっては、あんなに嫌がって断ったシンジュが一緒に行くというのが信じられなかったのだ。しかし、冷静に考えるとすぐに納得した。主であるメノウの誘いを断る訳がないというのは、今までのシンジュの行動をみていれば嫌でもわかる事だった。
 所詮、私とメノウ様とでは違いすぎるのだわ。
ローズは段々と悲しくなってきた。
 「シンジュったらさ、最初誘ったらすっごい嫌な顔したんだぜ?オレが折角誘ってやってるのにひどいと思わない?」
そんな雰囲気を察したメノウが大げさに言った。
 「えっ!?メノウ様のお誘いなのに??」
 「うん。最近誰かさんと遊ぶのに夢中で、俺にかまってくれないからワガママ言っちゃった」
 目を大きくして訊ねたローズに、メノウは悪戯っぽく片目をつむって言った。
 途端、ローズの顔が真っ赤になった。もちろん耳も首も、見えるところ全部。
あ〜あぁ、こんなに慕われちゃって、罪な男だねシンジュは。
メノウは心の中で毒突いた。
 「あいつもすみに置けないね。昨日の夜シンジュと一緒にいたみたいだけど、うまくいってるみたいじゃん」
どんな言葉が返ってくるのか、わくわくしながらメノウは言った。
 「メノウ様が思っているのとは違うと思いますよ。だって、私が一方的に付きまとっているだけですから・・・・。でも、その大会で優勝したら、シンジュがなにかプレゼントをくれるみたいなので、がんばっちゃいます!」
ローズはそう言って、両手をあげて握り拳を見せたが、その言葉には憂いが含まれていた。
じゃあ昨晩の事はどういうことなんだろう?
もしかして・・・・思い過ごし?
いやいや俺が間違える訳ないし。
となると・・・・夜の行為があっても、シンジュが乗り気じゃないとか・・・・。
 毎回毎回マグロ状態・・・・とか。
あり得るっ!?あり得るよこれ!?
でもそれがホントなら男として情けなさ過ぎる!
って、シンジュは女にもなれるけど、そんな事今はど〜でもいい!!
それじゃ彼女が可哀相だし、愛しさも嬉しさも楽しさも半減の半減だ!
なにか手を打たないと!!!
「俺、がんばるよ!」
ローズの手を両手で握って言ったメノウの目はキラキラと輝いていた。
何を頑張るのだろうとローズは思ったが、メノウの気迫に押され、コクンと一つ頷いた。


[ 2 ]


そして週末・・・。
朝日が差し込む中、祭りの日を知らせる花火の音によって、メノウは目を覚ました。
 「ん〜。いい天気」
メノウは背伸びをすると、ベッドから降り、窓を開けた。
外を見渡すと、朝だと言うのに城から見える城下の道々には人が溢れていて、爽やかな風と共に、人々の嬉々とした声が聞こえてきそうだ。
 「ローズなら、優勝するよね」
 人々に投げかけるように言うと、メノウは着替える為に部屋の奥へと向かった。

 「メノウ様、起きていらっしゃいますか?そろそろ朝食の時間ですよ」
扉をノックする音が聞こえたかと思うと、シンジュが顔を見せた。
 「おはようシンジュ。朝食の前に、ローズにエールを贈りに行こうか?」
 「彼女なら予選があるとかで、先程出かけられましたよ」
 「あ〜出遅れちゃったかぁ。予選、通過するといいな」
 「ローズなら通過するでしょ。早く朝食済ませて行きますよ」
シンジュはキッパリと言い切ると、急かすように、さっさと部屋を出て行ってしまった。
行きたくないとか言っておきながら、ホントは気になって仕方ないくせに。
長生きしてても、恋にはホント不器用なんだから。
まっ、俺がちゃ〜〜〜〜んと気持ちを表せれる様に段取り作ってあげるからさ!
その為には、ローズがいい成績を収めてくれないといけないんだけど・・・・。
ローズの腕はかなりのものだけど、今回の大会は強豪が多く出場するということで有名だってメイドのおばちゃんが言ってたしなぁ。
でも、ローズの腕は城のシェフのお墨付きだし。
 「心配しても仕方ないから、ご飯食べてさっさと出かけよっと」
メノウは、部屋を出るとシンジュの後を追いかけた。

 朝食を終えた二人は、さっそく大会の開催される場所へと向かった。
 会場までの道の両端には、沢山の屋台が軒を並べ、人々がこぞって列を成していた。
メノウも朝食を食べたばかりだと言うのに、すでに屋台で買った物を頬張っていて、シンジュを驚かせたりした。
 程なくして、会場となる広場へと着いた2人だったが、その人の多さには驚かずにはいられなかった。広場はかなりの広さがあると言うのに、埋め尽くさんばかりの人・人・人。
とくに女性の数は男性の数と比べてみても明らかに多かった。
 後ろを振り返ると、子供サイズのシンジュが女性に埋もれながらも必死に着いて来ていた。
 大会の会場となるスペースまで辿り着くと、まだ開催される時間でもないからか、ある程度空いていた為にホッと一息つくと開いている場所に腰を下ろした。
 「つっかれたぁぁぁぁ!こんなに人がいるなんて聞いていない!」
 「だから来たくなかったのに・・・」
メノウの叫びに、むっつりとしていたシンジュが毒付いた。
その言葉を聞き流しながら、メノウは辺りを見回した。会場の周りには、スイーツの有名処の屋台が所狭しと並んでいた。
なるほどね、それを目当てに集まっているんだ。
だからなのか、集まっている人が圧倒的に女性というのも頷けた。
 「ローズ、いないね」
メノウは、会場となるステージを見回して言った。
 「それはですね、参加人数が多いので、違う場所で予選を行うみたいですよ。その上位5名がこのステージで戦うみたいです」
シンジュは、メノウに説明した。
 「なんでも、最初はお菓子業界が、新作の発表会として開催していたものだそうですよ。その内に、お菓子業界の新人さんが競い合うというものになり、一般の人も参加出来る様になったのが最近らしいです」
 「へ〜〜。そういう歴史があるんだね。誰に聞いたの?」
 「ローズですよ。なんでも優勝商品を狙っているみたいで、すごく気合が入っているんですよね。今朝も出かけるまで練習してましたし」
 「練習してたんだ、頑張るねぇ。てか、シンジュも一緒にいたんだ?」
ふ〜〜んという顔でシンジュを見ると、シンジュが一瞬息を呑むのが分かった。
 無意識に言ってしまったとは言え、突っ込まない訳には行かないからねぇ。
 「朝起きて散歩していたら、厨房から何やら音がしたので見に行ったらローズがいて・・・。塩饅頭を作っていたから、作り立てをもらおうと待っていただけです」
 言いながら、段々と顔が赤くなっていくシンジュ。ど〜してそこで赤くなるんだよ〜。
シンジュって、以外と照れ屋なのかな・・・。
 「ねぇ、その優勝商品って何?」
 「優勝者には、今人気急上昇中のホテルのペア宿泊券で、準優勝は、そのホテルのディナー券みたいですよ」
 「へ〜〜〜。そうなんだ。ローズは優勝したら、誰と行く予定なんだろうね?」
メノウは、その疑問をシンジュへと投げかけた。ローズが誰と行くかなんて分かりきっているんだけど。
 「そんな事、私が知るわけ無いでしょう!?」
 声を荒げて背を向けてしまったシンジュの行動が、照れ隠しみたいで可愛くて仕方がなかった。自分が誘われるって分かっているんだろうね。その証拠に、微かに見える耳が赤くなっているのだから。
まったく、そんな反応をするから、余計に苛めたくなっちゃうんだよね。
それに、俺にとっても、商品がそれだからこそ、ローズには勝って欲しいんだよね。
 勝ってくれれば、それからは、俺の出番なんだし。
 頑張れよ、ローズ。
ローズの予選通過を願った時、会場に設置されていた太鼓が、盛大に鳴り響いた。
すると、屋台に並んでいた人達も、食べながら喋っていた女性達も、一斉にステージに視線を集中した。
 程なくして、司会者とおぼしき男性が一人ステージに現れた。
 「この度は、スイーツフェスティバルに足をお運び頂き、真に有難うございます。ただ今、このフェスティバルの催し物の一つであります、スイーツ大会の予選通過者が決定致しましたので、この場をお借りして発表したいと思います」
その言葉に、会場から歓声があがった。
メノウもシンジュも次の言葉が楽しみで仕方がない。
 「今回は、全体的にレベルが高く、審査員も頭を悩ませました。そして5名が決定しました」
そう言った司会者は、次々と通過した者の名前を呼び、所属している店の名前も発表した。
 発表された店名は、聞いた事のある名前ばかりだった。
ここで4名が決まった。残る枠はあと一人。
 「そして、最後の一人は、なんと一般参加者の通過です!」
その言葉に、メノウとシンジュは顔を見合した。もしかしたら、ローズかもしれない!
そして、その思いは本当となり、2人は歓喜の声をあげた。
 「すごいよローズ、予選通過だ!」
 「当たり前です。ローズの作るお菓子は絶品ですから」
 興奮の冷めないメノウとは反対に、当たり前だと言わんばかりの態度でシンジュは言った。
 「へ〜〜。シンジュが、人をほめるなんて珍しい」
メノウは意味ありげな顔でシンジュを見下ろした。
 「事実を言ったまでです!」
シンジュはぴしゃりと言うと、そっぽを向いてしまった。
だからぁ、顔赤いんだってば。
シンジュの耳は、またもや赤くなっていた。
こんなにも態度に出ちゃってるのに、気持ちを伝えてないんだもんなぁ。
 素直になればいいのにさ〜。
メノウは心の中でため息をついた。
そして、太鼓の音が会場に響き渡ると、出場者がステージに上がってきた。
 会場中から歓声が沸き起こる。
 「ローズがんばれぇ〜〜〜」
メノウも負けじと声を張り上げた。隣にいるシンジュに応援しようよと促しても、声をあげる事もなく、ただローズをジッと見ているだけだった。
それでも、ローズは2人を見つけたらしく、顔いっぱいに笑顔を溢れさせると手を振ってくれた。
そして、開始の合図と共に、お題の「塩饅頭」作りが始まった。
しかし、いくら度胸のあるローズでも、この大きな会場で、さらには有名な店の若手シェフと混ざっての試合だ。緊張しないわけがなかった。事実、材料を混ぜる手が震えていた。
ローズの視線は、自然と客席にいる大好きな彼の姿を探していた。これだけの観客がいるというのに、シンジュをすぐ見つけられた事も嬉しかったが、何よりも、自分の事を見ていてくれるという事実に胸が疼いた。
シンジュは、不安そうなローズの視線を感じると、たった一回だけ頷いた。
 些細な事だったが、ローズにはそれだけで十分だった。
さっきまで震えていた手も既に止まっていた。
ローズは、材料に視線を戻すと、作業を再開させた。


 「あ〜〜あ、ローズの作った塩饅頭食べたかったなぁ」
 夕暮れ時、メノウはがっくりと肩を落としながらトボトボと歩いていた。
 「仕方ありませんよ、食べられるのは審査員だけなのですから」
 「シンジュはいいよな、だって、朝から食べたんでしょ」
 「時間があれば、いつでもつくってあげますから」
メノウの半歩後ろを歩いていたシンジュが言い、その横にいるローズが、すかさずフォローを入れた。
 「絶対だからね!」
 「はい。約束です」
メノウの言葉に、ローズはクスクスと笑っていった。
 「でもさぁ、準優勝って納得いかないんだけど!審査員達みんな絶賛だったじゃないか!あの反応を見る限りじゃ、絶対ローズのが美味しいって思ったに違いないよ!」
メノウは、2人を振り返るなり断言した。
 「まぁ、一観客である私達には調べようが無いですからね」
こればっかりは・・・・。とシンジュが言った。
 「だったら次回からは、観客にも食べさせるべきだよ!」
まだ納得がいかないと言いたげなメノウは言ったが、そんなに作ったら参加者が大変じゃないというローズの言葉に唸った。
 「私は、準優勝でも満足してるのよ?だって、初参加なのに、有名な店のシェフの3人に勝ったんだから。それだけでも快挙なのよ?」
ローズの顔には、やり終えたと言う達成感が滲み出ていた。
ローズ自信も、本当にここまでの成果が出せるなんて思ってもいなかったし、それ以上に、シンジュが応援してくれた事が嬉しくて仕方がなかった。
ローズは、心から、シンジュを連れてきてくれたメノウに感謝した。
 「でも、準優勝だから、シンジュからのプレゼントが貰えないのが残念なんですけれどね」
ローズは小さく笑った。
 可能性がないとわかってはいても、万に一つと期待してしまっていた自分が、少し寂しかったから、それが二人にバレない様に、ローズは笑顔を絶やさなかった。
 「準優勝の商品って、どっかのディーナーの招待券だったよね?」
 「はい、今女性に人気のあるホテルで、高台にあるので夜景がとってもキレイなんですよ。もちろん、料理も一流なんですよ」
メノウの質問に、情報通のローズはすらすらと答えた。
 「そんなにも美味しい料理なんですか?」
シンジュは、ローズの手にあるチケットを覗き込みながらローズに聞いている。
そんな姿を見ながら、メノウはあの手この手と考えを張り巡らせていた。
 準優勝でもなんとかなるかな・・・。
 「シンジュ、明日にでも一緒に行ってあげたら?」
メノウのその一言に、シンジュはすぐさま顔をしかめた。
 「どうして私が・・・・」
 「優勝したら、プレゼントをあげるって約束したんだろ?結果は準優勝だったけど、俺の見る限りでは、ローズが優勝なんだよね。だから行って来なさい」
ぶつぶつというシンジュに対して、メノウは自分が法律だと言わんばかりに言い切った。
そんなメノウの言い分に、シンジュはしぶしぶ承諾した。
こういう時のメノウには、何をいってもダメなのだと、シンジュは知っていたからだ。
それに、一流と言われている料理にも興味があったし、ローズの事もあった。
 優勝は出来なかったにせよ、大健闘を見せたのだから、これくらいなら付き合ってもいいと思ったのだった。
しかし、そこがメノウの戦略だという事をシンジュは気付いていなかった。
 「さ〜て、俺は用事があるから離脱させてもらうよ。2人は先に帰っててよ」
そう言うと、メノウは人混みに消えていった。
 「用事ってなんだろう・・・」
 残されたローズとシンジュは、首を傾げた。


 城までの帰り道、ローズは隣にいるシンジュに言いたくていえなかった言葉を言った。
 「あのね、今日の大会・・・。応援に来てくれてありがとね」
 「メノウ様に付き合わされただけですから」
 「ん、わかってる。それでも言いたかったの」
ローズはシンジュの手を握った。嫌がるかと思ったが、すんなりと握り返してくれたのが嬉しかった。
 「最初は行く事が嫌だったけど、見に行ってよかったって思っています。あなたが頑張っているのを見て、ドキドキしました」
そのドキドキしたというのが、ただ、勝負の行方という事を言っているというのは分かっていたが、ローズには、くすぐったく感じた。
 「まるで、あなたになった様な緊張感を感じました」
あの時を思い出すように、シンジュは自分の胸に手を当てた。
 「しかし、私なんかと食事にいっていいのですか?他にも友達はいるでしょう?」
 「何言ってるの?シンジュが来てくれなかったら、私、実力の半分も出せなかったと思うわ。だからね、それでもらえたディナー券なんだから、シンジュには一緒に食べる権利があるのよ」
メノウ様が言ってくれなくたって、自分で誘うわよ!と、その後、ぼそっと聞こえたローズの言葉にシンジュは小さく笑った。


[ 3 ]


次の日の夕刻、ローズとシンジュは、高台の上にある目的の場所へと続く階段を登っていた。
 体力の無い人なら悲鳴をあげてしまいそうな程の階段の数を、2人は黙々と登っていた。
 半分ほど登った所で、少し先を行くシンジュは、後ろにいるローズを振り返った。
 「大丈夫ですか?」
シンジュは一言だけローズに言った。
 「大丈夫よ。少しだけ歩きにくいけどね」
そう言って、ローズはワンピースの裾を少しだけ持ち上げてみせた。
 白を基調とした少し長めのワンピースだが、所々に、黒のレースやリボンがあしらわれている。なんでも、朝、メノウがお祝いにとプレゼントしてくれた物だとか。
シンジュはチラリとローズを見た。
 今日のローズは、いつもと化粧の仕方が違うからなのか、いつも下ろしている髪をアップにしているからなのか・・・・。以前のデートの時は、勝負に夢中で気にしていなかったけれど、今日の彼女はいつも以上にかわいいと思った。
 城の中でも、使用人達から、ローズは結構もてると聞いた事があった。実際、シンジュもその現場を見たことがあった。もちろん、ローズはきっぱりと断っていたが。
シンジュが目撃したのは1回だけだったが、見ていない所ではもっとあるのだろう。
 今日の待ち合わせでもそうだった。先に待ち合わせ場所に着いていたローズは、2人組みの男にナンパされていたのだ。そこから連れ出して町を歩いている時も、よくよく回りを見てみれば、ローズに好意の目を向けている人達が目に付いた。なんとなく、それが面白くなかったし、ガラス越しに映る自分達を見ると、ローズよりも背の低い自分が不釣合いに見えた。
 「どうしたの?黙っちゃって」
 突然考え込んでしまったシンジュを、ローズが心配そうに見つめた。
 「大人の姿でこればよかった」
 今のシンジュの姿は、ローズより階段1段分上にいても、まだローズより背が低かった。
 女性をエスコートして階段を登っていく周りのカップルを見て、シンジュはため息混じりに言った。
そんなことをいうシンジュが珍しすぎて、ローズは一瞬唖然としたが、すぐに笑顔になって言った。
 「どんな姿だろうと、シンジュはシンジュじゃない。たとえ赤ちゃんになってしまっても、私はあなたが好きよ」
ローズは右手をシンジュに向けて差し出した。シンジュは正面きって好きと言われて嬉しいような、くすぐったい様な、そんな気持ちがこみ上げてきて、うっすらと頬を染め俯いた。
シンジュは、そのままローズの手を取ると、さっさと歩きだしてしまった。
ローズにとっては、もう少しゆっくり歩いてくれると嬉しかったが、力強く握って引っ張っていってくれている事の方が、遥かに嬉しかったから、何もいわずについていった。

 2人が最後の階段に足をついた頃には、夕日が地平線へと吸い込まれていく所だった。
 「すごくキレイ・・・」
 「そうですね」
 2人はしばしその夕日を見ていると、後ろから声をかけられた。
 振り向くと、そこには、黒のタキシードを着た中年の男性が佇んでいた。
 「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
 「あっ、はい。インカ・ローズと申します」
ローズは少し緊張した声音で言った。
 「ローズ様ですね。ご予約を承っておりますのでどうぞこちらへ」
タキシードの男性は、そう言うと店の入り口へと案内した。
その建物は、レンガ作りの洋風の屋敷で、その周りには、色とりどりの花が咲いていた。
 奥には畑があり、料理で使うであろう野菜が育てられている様だった。
 「予約をしていたのですか?」
 店に入るなり、シンジュが小声でローズに訊ねた。
 「メノウ様がね、してくれたみたいなの」
ローズも小声で答えた。
シンジュは、店に入る前に辺りを見回したが、待っているとおぼしき人々が数組はいたのを見ていた。人気の店だから、多少待つくらいは仕方がないと思っていただけに、メノウの用意の良さには感心した。
 昨日、別れてからしてくれたのだろう。シンジュはメノウに感謝した。

 「こちらがお席となります」
 案内された席は、町が見渡せる窓際だった。
 段々と暗くなるにつれて、町に明かりが灯っていく様は、キレイの一言だった。
そして、料理の方も、人気があるのも頷ける程美味しかった。
 「お食事の方は如何でしたか?」
 料理に夢中になっていると、2人に向かって声がかけられた。
ローズとシンジュが声のした方を見上げると、黒のスーツを着た中年の男性が立っていた。胸のプレートを見ると、そこにはオーナーと書かれていた。
オーナーは、2人と目が合うと軽く会釈をした。
 「とても美味しいです。城の料理人に引けをとりませんね」
シンジュが賛辞を述べた。
ローズはというと、お勧めのデザートを食べている最中だった為、さっきから頬が緩みっぱなしだった。
その姿をみて、オーナーはうれしそうに目を細めた。
 「お褒めに頂き光栄です」
そういうと、オーナーは少し声のトーンを落として実は、ここだけの話・・・と語り始めた。
 「実は、今回の大会は、私も審査員として参加しておりまして、優勝者とローズ様の判定が甲乙つけ難かったのですよ。私としては、どちらも優勝としたかったのですが、ルール上そうもいかなかったものですから・・・・。ですので、ローズ様にも優勝者と同じく宿泊もして頂こうと思いますが如何でしょうか?丁度今日はキャンセルがでまして1部屋空いておりますし」
そのオーナーの提案に、ローズの目は一瞬で輝いたが、でも・・・と言い出した。
 「これから泊まるのにはちょっと無理があるわ・・・。明日からお勤めがあるの・・・」
 残念そうにいうローズにオーナーはそうですか・・・。と残念そうに言った。
 「ちょっとだけ待って頂けませんか?」
 2人のやり取りを見ていたシンジュが2人の会話に割り込むと、目を瞑った。
しばらくして、シンジュは目を開けると、
 「許可を貰いました。ローズ、明日はお休みですよ。ですから泊まっていって下さい」
 「えっ、誰に許可貰ったの?」
 突然言い出したシンジュに、ローズが何事かと不思議そうに聞いてきた。
 「メノウ様ですよ。メノウ様がオニキスに言ってくれるそうです。なのでゆっくりしていって下さい」
そう言うと、オーナーに向かってお願いしますねといった。
 「シンジュは?」
 「私は泊まりませんよ」
ローズの言葉にシンジュは言ったが、はっとしてローズをみた。
ローズはその言葉にショックを受けているらしく、目にうっすらと涙を浮かべ始めていた。
 「ローズ、よく考えてください。2人とも城を空けてしまったら仕事が回らないでしょう?」
シンジュの意見はもっともなのだが、ショックが大きかったローズにとっては、そんな事よりも、一緒に泊まってくれない事の方が重要なのだ。
 周りはカップルだらけの素敵なホテルなのに一人で泊まるなんて酷過ぎる。
 一人で食べるモーニングなんて絶対にイヤ!それだったら泊まらない方が何倍もマシだ。
 「シンジュは私と一緒に泊まるのが嫌なのね」
 「あの・・・。そういう訳ではなくて・・・」
 泣き出しそうなローズに見つめられたら何もいえなくなってしまった。
 「メノウ様にもう一度聞きますから、もう少し待っていてくれますか?」
そんなローズに、シンジュは珍しくやさしく言うともう一度目を閉じた。
  『メノウ様、大変申し上げ難いのですが・・・。私も泊まっていってもよろしいですか?』
  『へ〜〜。珍しいね。シンジュがそんな事言うなんて』
  『こちらにも、色々と事情があるんです!後はよろしくお願いします!』
あまり言いたくないらしいシンジュが会話を打ち切った。
そんな突然の打ち切りに、メノウは怒るどころか笑っていた。
な〜んだ、予定よりもかなり早く泊まる事になったんだ。でも、丁度いいタイミングかも。
それに、シンジュが一緒に泊まってくれないとオレの努力も水の泡だし、作戦が進まないじゃん。
 実は、予約を取りに行く際に、週末にキャンセルが出たら優先的に泊めてもらえるように、オーナーに頼み込んだのはメノウだったし、もちろん、部屋代もメノウが払った。
 「じゃあ準備をしにいきますか」
そういうと、メノウはなにやら液体の入った小瓶をカバンに詰めると、それを持って城の自室を後にした。



 「わ〜。素敵な部屋」
ローズは部屋の扉を開けるなり、周りを見渡した。
ローズの後に続いて部屋に入ったシンジュも、ローズの意見に賛同した。
 部屋の窓からは辺りが一望でき、町の明かりがキラキラと輝いていた。そして、明日の朝には、地平線から覗く朝日が見えるのだろう。周りに遮る物が無いから見渡せる絶景だ。
 「でわ、明日朝食のお時間にまたご連絡致します。ごゆるりとおくつろぎ下さい」
そう言い残して、案内してくれたオーナーは部屋を出て行った。
 「シンジュ〜。こっちにお風呂があるわ。後で一緒に入ろうよ」
シンジュに向かって笑顔で言うローズに、シンジュは曖昧な返事を返した。
 最近は、どうも彼女のペースに飲まれてしまっている気がする。
 誘いを断ったとしても、最終的には近くにいてしまう自分がいる。
 自分の言葉が彼女を傷付けたと分かると、罪悪感が残る。
・・・なんとなく、一緒にいると楽しいと思う自分がいる・・・
これじゃあ、メノウ様がワガママを言いたくなるのも頷ける。
 私の主はメノウ様なのに・・・・。
コンコン・・・。
シンジュが考え事をしていると、扉をノックする音が聞こえた。
 「はい、どちらさまですか?」
シンジュが扉をあけると、そこにはボーイがトレイにカクテルを2杯持って立っていた。
 「遅くなりましたが、ドリンクをお持ちいたしました」
 「え?失礼ですが、頼んでいませんよ?」
 「とある方からの贈り物だそうですよ。お部屋のテーブルまでお運び致しますね」
とある方とは・・・・と不振に思ったが、お酒好きのローズは大喜びだ。
 赤いカクテルが女性用で、白いカクテルが男性用ですというボーイの言葉を無視し、ローズは白いカクテルを一気飲みしてしまった。
 「シンジュ〜。このカクテル美味しいよ!シンジュも飲んだら?」
 「はぁ」
ローズには警戒心というものがないのですかと心の中で思いながらも、赤いカクテルを一口、口に含んだ。途端に甘い香りが口いっぱいに広がった。喉越しもよく、変な感じはしなかったので、シンジュも残さず飲み終えた。
 「もしもお酒が足りないようでしたら、棚にワインが置いてありますので、ご自由にお召し上がり下さい。でわ、失礼致します」
ボーイは、グラスを片付け、一礼すると部屋を後にした。

ボーイが部屋を出てくると、若い男性が近づいてきた。
 「どう、2人ともちゃんと飲んだ?」
そう言った若い男というのは、もちろんメノウだ。
 「はぁ、それが・・・・。言われていたのとは逆に飲まれてしまいまして・・・・」
それを聞いたメノウは危うく大声を出しそうになり、慌てて口元を押さえた。
 「ど・・・どうかなさいましたか?」
 不安そうなボーイに、大丈夫、ありがとうといって下がらせた。
 残されたメノウは、大きくため息をついた。
あのカクテルには、ちょっとしたクスリを入れておいたのだ。
 昨晩、徹夜して作った薬で、城から持ってきた物だった。
 白いカクテルには、攻撃的な気分になるクスリ。
 赤いカクテルには、力が抜けて敏感になるクスリ。
いつもマグロであるだろうシンジュの為を思って仕込んだ最後の策だったのだが・・・。
 裏目にでちゃった・・・・。
メノウはがっくりと肩を落とした。
ま・・・・まぁ、ローズなら、なんとかしてくれるよね?
 自分の中で完結させると、メノウはそそくさと店(ホテル)を後にした。
 残された2人がどうなったかは、2人しか知らない・・・。

+++END+++

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