World Joker/Side-B

セレvsコハク

V.S

文:野咲様


出不精のヒスイが珍しく外を指定したので、今日はお出かけデートである。
行き先は、突然エクソシスト寮。
確かに息子たちもいることだし理解できる。できるのだが―――
『お兄ちゃんも来るのっ!来なきゃだめっ!』
―――あれほど真剣な目で一緒に行くことを強要されたのは初めてだ。流石のコハクも首を傾げた。
(まあ、そんなヒスイもかわいかったけど…)
にやける顔を誤魔化しながらも一応、気になる。
それに、先ほどから一体どこへ向かっているのかいまいち掴めない。人でも探しているようにキョロキョロしてはいるのだが、誰かの部屋を訪ねるでもない。
まあヒスイのことだ。何か面白い理由があるのだろうと、なにやら決意顔でずんずん進んでいくその小さな手にコハクは黙って引かれていた。
―――と。
「あっ、いた!お兄ちゃん、やるよっ!」
(…え?)
ヒスイが視界に捕えたのは多分『彼』だが―――その途端にコハクに手を伸ばし、何かを求めるようにぎゅっと唇を閉じ目を輝かせる理由が分からない。
「え?あの…ヒスイ?」
「合体よ!お兄ちゃん!」
「が、合体??」
「肩車っ!はやく!」
コハクは目を瞬かせながらも口元をにやけさせてヒスイを抱き上げた。こんなに真剣なヒスイの願いを聞かないわけには行かない。
(あれ、でも肩車って…今日スカートだし…)
だが、そう。今日のヒスイはワンピースにミュールという夏スタイルだ。勿論日焼け対策はばっちりで頭には大きな帽子を被っている。
コハクは一瞬躊躇って抱いたままのヒスイと視線を合わせた。
「お兄ちゃん?抱っこじゃなくて肩車がいいの。お願い、お兄ちゃん!」
おねがい、おにいちゃん。おねがい、おにいちゃん。…逆らえない響きにコハクは裾に気をつけつつひょいとヒスイを頭上に上げる。
淡い脚の感触が首元をくすぐり、ふわりとヒスイの匂いがする。頭にはぎゅっと腕が回る。…肩車なんて久しぶりだ。
ヒスイの温もりで脳が蕩けそうなコハクに、「発進よ!」と元気な号令がかかる。
向かう先は間違いなく『彼』だろうが…。
ああ、コハクはようやく理解する。
『彼』―――セレナイトへの対抗策として思いついたのがこれというわけか。
(竹馬よりも安心、だけどね)
ふふっと笑いながらコハクがセレナイトへと近づいていく。セレは大人だが最近は二人きりにするには抵抗のある相手だ。他の誰かに肩車を求められては困るが、コハクに乗ってくれるのならこの方法は悪くない。
「セレ!」
ヒスイが少し得意げに声をかける。セレは軽く眉を上げてからゆるりと微笑んだ。
 「やあヒスイ。今日はやけに大きいね」
 「そうでしょ?ふふん、セレより大きいんだから!」
 「見上げるというのは首が疲れるね。知らなかったな。今度からは抱き上げてあげようか」
 「私は子どもじゃないの!」
 「ああ、では私がしゃがんであげよう。そうだ、飴があるよ」
 「子どもじゃないったら!今日は大人の話をしにきたんだからね!」
セレはコハクが乗り物であるのを承知したのか完全にコハクを無視している。コハクもそのつもりなのか沈黙してヒスイの感触を楽しんでいる。
 「おや、ヒスイ」
…その言葉があるまでは、だったが。
「ピンク色だね。愛らしい」
セレがふと視線を落として言った台詞にコハクは顔を凍りつかせた。
―――今日の下着、コハクチョイスは確かにピンク色である。フリルでいっぱいのお姫様仕立てだ。
普段なら切りかかってもおかしくないところだが今日は両手でしっかりとヒスイを支えている。
その上、「うん!」と妙に嬉しそうにヒスイが答える始末だ。
「ヒ、ヒスイ!!?」
「なに、お兄ちゃん。悪いけど今日はセレと一対一で決着をつけたいから黙ってて」
明らかに既に一対一ではないのだが、ヒスイの中では現在サシの勝負!中らしい。
ヒスイには何も言えず、コハクはセレを睨む。セレはにこにことしながらヒスイを見ていた。
「いや、本当に可愛らしい爪だね。ペディキュア、と言うのかな」
―――ペディキュア?
きょとんとしたコハクにセレの視線がふっと微笑む。
…ヒスイと同時にコハクもからかうつもりだ。手も口も出せないコハクと絶好の遊び相手ヒスイ。セレからしてみれば合体した方が弱体化している。
「コハク。私は女性の下着の色を臆面もなく口にするほど恥知らずではないよ」
ふっと笑ってセレが言う。
ぐ、とコハクが奥歯を噛む。その上でヒスイが足をばたつかせた。下着が見えるなど考えてもいない動きである。
「セレ!お兄ちゃんじゃなくて私と話すの!」
「ああ、しかしもう首が疲れてしまったよ。普段慣れないものでね。だからほら、こちらへ来ないかい?」
セレがにこやかに腕を差し出す。抱っこしてあげよう、と言ったところだろうか。
「過保護なコハクでは乗り物にはなれまい?私の腕に来れば万事解決だ。さあ、一対一で話をしようじゃないか」
にこやかに言い放つセレナイトにヒスイが「望むところよ!」と言って白い手を差し出す。くすくすと笑いながらその手を取ろうとするセレに、…足がめり込んだ。
コハクの脚は長い。軽く背中を後ろへ傾けてヒスイを遠ざけつつ、腹へ足。ぐふっ、とセレが息を吐かされる。
「ああ、すいません。ちょっと前進しようとしたら」
「そういえばサルファー君のところで見たよ。超合金ロボはそういう動き方をするね」
「ええ、今僕ヒスイのロボットなので」
「はは、君は随分前から甲斐甲斐しいメイドロボじゃないか。もう少ししとやかな歩き方がいいのではないかね」
ばちばちと火花が飛んでいるが、二人とも顔は笑っている。
ヒスイからすると二人ともやっぱり仲良し、危ない!というところで―――
「ヒスイ」
とん。ロボから下ろされる。
「ちょっと先に帰っていてくれるかい?僕はどうもこの怪獣と決着をつけなければならないようだから」
「おや、私は操縦士のいない君と遊ぶ気はないのだが」
「ちょっと黙っていてください。ね、ヒスイ。分かるね?」
お兄ちゃんからもセレと二人きりになろうとするなんて。ヒスイは軽くショックを受けたがおとなしくこくんと頷いた。
いい子いい子、とコハクに頭を撫でられる。
「さ、行きましょうか」
「ヒスイ、今度来るときにはケーキを用意しておくから一人でおいで」
「い・き・ま・しょ・う・か!」
HAHAHA、とセレの笑い声が去っていく。
一人残されて、ヒスイ。
(めいどろぼってなんだろ…)
サルファーに聞いて帰ろ。そう頷いて妙な知識を手に入れるのは―――また別のお話。

+++END+++


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