World Joker/Side-B

セレvsコハク、姉妹

V.S

文:野咲様

たまに会いに来てみれば、珍しく今日のヒスイは外出中らしい。シトリンはそれは心配そうに声音を強めた。
「一人でか?大丈夫なのか?」
「行き先が行き先だからね。多分大丈夫だよ」
コハクが心なしか強がっている風なのがシトリンの心配を煽る。
そう、コハクは現在我慢のときなのだ。
『もうっ、お兄ちゃんは心配しすぎ!お兄ちゃんがいるとセレとちゃんとお話できないでしょっ!』
―――そんなヒスイの言葉の所為である。
セレことセレナイトのことは人間としてもエクソシスト総帥としても立派だと思っているし、尊敬もできれば信頼もおける。だがヒスイについては別問題である。セレが男である以上そういう方面での信頼は100%ではない。
まあ、そういうことをするなら正々堂々コハクから奪ってからで、卑怯な真似はしないとは、…おそらく、多分、ある程度は…思うのだけれど。
それにヒスイの言葉は建前だということも分かっている。今日のコハクは多忙で、ヒスイに構っていてはいけないのだ。それでもヒスイはコハクがいると甘えたくなるしコハクもヒスイがいると甘やかしたくなるし―――昨日一日が既にその理由で潰れているのをヒスイは知っているのだ。
とはいえ、それをシトリンに言うべきことではない。コハクがふう、と哀愁漂う溜め息を吐き出す。今回の頼まれごとは期限が短い上にコハクの能力の高さを持っても時間がかかる。ただし報酬はヒスイにものすごく似合いそうなドレスなのだからやるしかない。
「あまり母上を一人にするな。首輪でもつけてしまえ」
シトリンはといえばコハクの葛藤も知らずにそう言って、急に顔を赤くした。首輪をつけたヒスイを妄想したのだ。
白い肌に映えるのは―――瞳と同じ翡翠色か、それとも赤、黒…
「え〜、ママいないのぉ?」
そんな中で聞こえた声にシトリンは過剰に反応して物凄い速さで振り返った。アクアは想定内だったのかそれには特に反応せず「やっほぉ〜」とひらひら手を振る。
「なんだぁ、久しぶりにママで遊ぼうと思ったのにぃ」
「おい…母上で遊ぶとはどういうことだ」
「だからぁ、首輪つけちゃったり、尻尾もつけちゃったりぃ?」
な、とシトリンがさらに頬を染める。コハクは一応釘を刺した。
「アクア、尻尾は禁止だよ。耳にしなさい」
「はぁ〜い。パパは何耳がいい〜?アタシはぁ、ママにはタレミミウサギもいいと思うんだけどぉ」
コハクは爽やかな微笑みで質問をかわす。その心中は不明である。
それからしばらくして、不意に手を動かし始めながらコハクは言った。
「二人ともヒスイに会いにきたのなら丁度いい。ちょっと様子を見てきてくれるかい?」
アクアのお駄賃はぁ〜、という間延びした声が家の中に響いた。

 **

「…お、おにいちゃん…」
こちら、セレとヒスイ。
―――赤面したヒスイが発した言葉にセレはふっと笑みを浮かべた。
「ヒスイ、もう一度?」
「…おにい、ちゃん…」
傍から見れば危うく、コハクが見れば問答無用に剣を取り出す場面である。
シトリンとて呆けなければ鎌を構えていたはずだ。(コハクには残念なことに)上手く頭がついていかなかったが。
…アクア、シトリン両名はベンチに腰掛ける二人を覗いている。
行きがかり上である。
「その、セレ。やっぱりこんなの…」
「ヒスイ…もう一回だけ。もう少しだけでいいから」
でも、と渋るヒスイだが、セレが哀しい表情を作って見せると再びおにいちゃん、と口にする。
『お、おい、どういうことだ!』
『いいなぁ〜、アクアもあんな風に恥ずかしそうにおにいちゃん、って言われたい〜』
『そういう問題じゃないだろう!!?』
器用に小声で怒鳴るシトリンに、アクアは自分だって呼ばれてみたいくせにぃ、と鼻をつついて気づかせた。
他所では通じない常識だが―――ヒスイのお兄ちゃん、は愛情たっぷりに呼ばわれる恋人以上の存在の名前である。シトリンとて少し呼ばれてみたい気もする。
(く、恥ずかしそうな母上もかわいいぞっ!!)
その上微かに頬を赤らめた顔まで加われば―――最強だ。
シトリンはがばりと立ち上がった。
「母上っ!」
「えっ!?シトリン!!?」
「母上、あいつもやめろと言いたいところだが他の男はもっと駄目だ!どうしてそいつを兄と呼ぶ!?」
「私のことも呼べばいいだろう!?」
「こ、こらっ、アクア!私はそんなこと言わないぞ!声真似は止めろ!」
「アクアまで!?」
ヒスイは嬉しそうに立ち上がったが、急にはっとして顔を赤らめた。“おにいちゃん”を聞かれたのが恥ずかしいのだ。
「あ、あのね、二人ともちゃんと聞いてね?実はセレがね、えっと」
昔なくなった妹さんを思い出して寂しくなっちゃったんだって!
ヒスイの言い分、終了。
妹の変わりにお兄ちゃんと呼んで励ましてあげようと思った…というか、呼んでくれと言いくるめられたのだ。セレの顔を見ればシトリンでさえ分かる。
「母上…多分騙されているぞ」
「ママ騙されやすすぎ〜」
「二人ともそんなこと言わないの。セレはとっても悲しかったんだから!」
ね、とヒスイが振り返るとセレはこれ見よがしに悲しい顔をする。ヒスイはほらねっ!と何故か誇らしげだ。
「…アクア」
「了解〜」
シトリンはそんなヒスイも可愛いと思いつつも溜め息をついて、合図。
「えっ、えっ、何?私まだセレと―――」
アクアと共に両側から抱えて、連行する。
「セレ!今日はやさしくしてあげたけど、次こそは大人のお話だからね!」
長身の娘二人に浚われながら残した棄て台詞にセレは笑って手を振った。

…と。ふとそのその笑顔が微かに緊張する。

「トパーズ、久しぶりだね」
剣も鎌もなかったが―――現在首筋に煙草。
「いい加減にしておくんだな」
そこに加わる手短な言葉。これ以上言わなくても分かるな、とその言葉に含まれた鋭い棘が告げている。
「はは、すまないね。あまりに騙されてくれるものだから」
「あまりやると本気で死ぬぞ」
「そうだね。ヒスイは魅力的だから命くらいはかけないといけないかな」
トパーズの眉間に皺が寄る。本気か?嘲笑うような声で彼は言う。
「さあ、どうだろうね」
いつもの台詞が返ってくると、彼もまた来たときと同じように気配もなく消えていった。
ヒスイの消えた方角を見つめながら、セレはふっと笑って呟く。

「障害あいてが多いほど燃えてしまうのは、いけない男の性質だね」

同時刻、娘に耳やらふわふわの手やらを装着させられているヒスイは、当然その言葉を聞くこともなくまた懲りずにセレと決着をつけようと思っているのだった。


+++END+++


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