世界に春がやってくる

3天使、メノウ、トパーズ、オニキス、3花嫁

最強無敵の必殺技

文:ぷっつん様


柔らかな光が差し込む、赤い屋根の屋敷。

「これが例の?まず感想を聞きたいところだけど」
「オレも見ていない。一緒に、と思ってな」

コハクが手にしている何の変哲もないビデオテープは、“最強無敵の必殺技”を会得した男が残したとされる幻の記録映像。
ふらりと散策していたオニキスが、怪しげな露天商に強く勧められるまま購入し、何かの参考になればと実力者を集めて上映会を開催したのだ。
リビングにいるのはコハク、メノウ、トパーズ、ラリマー、イズ。
残酷なシーンがあればヒスイに見せたくない。
先に見てしまっては感動が薄れると考えたオニキスも内容を知らない為、今回はこのメンバーに限定したのである。
言葉で語り尽くせる代物じゃないと、露天商が絶賛していただけに寄せられる興味と期待。

「では、始めようか」

見やすいようにと遮光カーテンを引いた薄暗い室内。
オニキスが再生ボタンを押すと、紅茶片手にくつろいでいた一同は画面に注目した。
ザァァァァ……B…A…@。

「ずいぶん凝っているな」

カウントダウンから入るこだわりようにオニキスは感心。
しかし………。
パッと映像が切り替わった途端、数名の口から紅茶が噴き出した。

「△×□※!?……こ、これはっっ」

がつんとテーブルに頭を打ちつけたオニキスも呻く。
大画面に登場したのは、男に組み敷かれて喘ぐ美女の姿。
そう―――“最強無敵の必殺技”とは、男が苦難の末に編み出した“女性を一撃必殺で快楽に落とす最強無敵の体位”。
すなわち、エロビデオだったのだ。
確かに言葉では語り尽くせない。と言うか、おおっぴらに語れる者はいないだろう。

(くっ、やはり確認するべきだった)

共に鑑賞して感動を分かち合おうとしたことを激しく後悔。
何やら言いたげに微笑んでいるコハクと視線がぶつかり、オニキスは無言のまま引きつった笑みを返した。

(言うな。わかっているから何も言うな)

かなり切実なオニキスの祈りは天に……コハクに通じたようだった。

「僕の方が上だね。参考にはなると思うけど」
「まさか、これをヒスイとする気か」
「僕には僕の愛し方がある。あくまでも参考ってこと」

にこにこ〜っ。

眩い笑みが怪しすぎる。
すでに禁断の映像はアクロバティックな域に達しており、小柄なヒスイが筋肉痛に泣くのは明らかだ。
参考にもさせるべきじゃない。
しかし、オニキスは上映会を中止に持ち込めなかった。何故なら……。

「すみません父上。仕事が残っていまして」
「待ちなよ。こういうのも勉強だよ」

いつの間に所有権が移ったのか。
退散しようとするトパーズを引き留めるメノウの手に、しっかりとリモコンが。
ねっ?と同意を求められ、何も言えない心境に陥ったオニキス。
くすっとコハクに笑われ、負けず嫌いが発動して座り直すトパーズ。
親子の間に微妙な空気が流れる。
一方、イズは苦しそうに咳き込むラリマーの背中を擦っていた。

「大丈夫?」

まったく大丈夫ではなかった。ルチルと関係は持っていても、披露される数々の技は知識の範疇外。
それでも冷静になろうと努めるラリマーだったが。

「勉強……なった?」
「知りませんよ!こんな……こんなっ」

真顔で聞かれて狼狽し、顔を覗き込まれて目を泳がせる。
平然と眺める者、精神統一を図る者、固まって動けない者。
この時点で様々な反応に別れていた彼らに―――新たな悲劇が襲いかかった。

バタンッ。

「じゃーん。ケーキ買ってきたよ」

皆が集まることを聞きつけてお茶会を計画したヒスイが、こっそり誘ったルチルとジョールを伴って現れたのだ。

「!?」

飛び上がる男性陣と、硬直する女性陣。
ただでさえ寒々しかった室内が凍りつく。

「イ、イズさんが、そんなっ」ショックを受けたジョールが赤面逃走。
「待って!ジョールさん」キッとラリマーを睨んだルチルが追走。
「……トイレ?」状況を呑み込めないイズが不思議そうに首を傾げ……。
「話を聞いてくださいっ!」ラリマーがイズの腕を慌てて掴む。

四人の足音は、やがて小さくなって消えた。

そして微妙な顔ぶれになったリビング。
お茶でもしませんかとジョールに誘われ、遊びに行ったヒスイがこんなに早く戻ってくるとは……不覚。
しかもどこで集まることを知ったのか、恐るべき情報網だ。
床に落ちたケーキの箱を見つめるヒスイの表情は髪に隠れて見えず。

「ヒスイは気が利くな〜。うん、おいしい」
「…………」

箱を拾い上げたコハクは、形の崩れたケーキをパクリ。
クリームをつけた指を口元に運んだ。が、ヒスイは俯いたままだ。
これはもう、正直に話すしかない。

「いや〜、どうしてもってオニキスに誘われて…」
「そこで切るな!これには深い事情が」

ははっと爽やかに笑うコハクの省略発言は、あながち間違っているわけでもない。
即否定しつつ、どう説明したものかとオニキスは焦る。
そんなオニキスの名誉の為、援護に回ったのはトパーズだった。

「見入っていたのはジジイと奴だ」
(売られたっ!?)

「お父さん!お兄ちゃん!」
「み、見入ってないよ。ね、メノウ様」
「まぁ俺はね。達観した位置から見てただけだし」
(メノウ様、僕のフォローは?)

「さ、紅茶を淹れ直してケーキ食べよう」

呆然とするコハクから箱を受け取ったメノウがキッチンに。
何やらヒスイに耳打ちしたトパーズも、申し訳なさそうな顔をしているオニキスを促して後に続く。

「………お兄ちゃん」
「な、何?」
「こんなの参考にしなくていいからっ!!」
(また売られたっ!?)

今まさにクライマックスを迎えようとしている美女の喘ぎ声と、ヒスイの大声がリビングに響き渡った。

この日の夕食、ヒスイの大好物がたくさんテーブルに並んだ。
それから甘いエッチ。もちろん……最強無敵の必殺技は参考にしていない。
一件落着。
ただ、トパーズに二度も売られたコハクが、ささやかな復讐を誓ったのは言うまでもない。


→ ささやかな復讐
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