パラレルストーリー

メノウ、コハク、コクヨウ、サルファー、トパーズ他

密着!ストーン警察24時

文:ぷっつん様


1話「メノウ署長」

俺はストーン警察の捜査官メノウ。
どんなアリバイ工作もちょちょいと見破り、科捜研に配属されても通用する天才。そして実は……ここの署長でもあるんだ。
おっと、これは内緒ってことで。
「メ、メノウ先輩。泥棒を逮捕しました」
「やるじゃんか!って……ネコ!?」
「はい。魚屋でサンマ奪ったとこを現行犯で」
意気揚々と走ってきたこいつは、俺のことを先輩と慕ってくれるラピス。可愛い奴なんだけど少し頼りなくて。でも本人は初手柄に大満足の様子だからさ。
「初犯ってことで説教して釈放」
「はい!」
真剣に諭し始めたラピスと眠そうなネコを残し、うんうんと頷いた俺は署内の見回りを続行する。
署長たる者、そう簡単に新人を怒鳴ったりしない。
褒めて伸ばすのが俺の信条なんだよね。

だけど俺の頭を悩ませる奴は多い。
ほら、噂をすれば。
通路を曲がったところで、さっそく捜査一課の問題児と遭遇だ。
「アクア刑事、他の連中は?」
「知らなぁ〜い。アクア、こくよ〜のとこ行ってくる〜」
「ちょっ……行っちゃった」
今のは小悪魔的な性格が魅力のアクア刑事。コクヨウってのは優秀な警察犬で、彼女のお気に入りってわけ。まぁ、コクヨウの態度は素っ気ないんだけど、この名物コンビは犯罪防止ポスターのモデルにも抜擢されてるんだ。
で、すっかり諦めて取り調べ室の前を通ったんだけどさ。
「白状しないなら永遠にベタ塗りだ」
「ここは普通の刑事がいないのかぁぁぁ」
「あ、ちょっと動かないで」
わざわざ覗かなくても怒り狂った容疑者の声でわかる。サルファー刑事が尋問そっちのけで漫画を手伝わせ、スピネル刑事が可愛くしちゃってるんだろう。
よしよし、頑張ってるな。
この調子なら数日以内に自供する、と踏んで素通りしたんだけどさ。
今度は別の取り調べ室から声が聞こえたんだ。
「お、やっと言う気になったか」
「ごめんなさい。針金で鍵を開けましたぁぁ」
「すげ〜。ピッキングできんの!?」
わざわざ覗かなくても泣きそうな容疑者の声でわかる。麗しくも凛々しいシトリン刑事にピシピシされ、友好的なジスト刑事に懐かれちゃってるんだろう。
ま、いいや。ちゃんと仕事してるし。
俺って寛大だよなぁ。うん、一課は今日も平和だ。

と思うのは……甘かったらしい。他の課にも顔を出して一課に戻ったら、署内イケメンコンテストで常に上位キープの連中が集まってて……。
「古株のジジイならトップに顔も利く」
「僕が署長室に特攻をっ」
「待て。オレが出向いて冷静に話す」
俺のことジジイって呼ぶトパーズ刑事と、妙に鼻息の荒いコハク刑事は犬猿の仲でさ。
いつもオニキス刑事が仲裁に入ってるんだけど、今日は三人仲良く机を囲んでたもんだから驚いちゃって。それに自分が話題に出てると気になるだろ?
「お前ら、何やってんの?」
「「「ヒスイを×××××××!」」」
声かけるんじゃなかった。
取り囲まれてもみくちゃにされるし、一斉に喋るから聞き取れないし。ぶっちゃけ嬉しくない歓迎を受けて、こいつらの言いたいことも理解できたけどね。
「交通安全週間くらい我慢しろよ」
「絡まれて泣いてるかもっ!僕のヒスイがぁぁ」
いや、泣いてるのは運転手だろ。
多忙な交通課からの要請で応援に駆り出され、乗車してても駐車違反キップを切るヒスイ刑事は、乙女座りで凹んでるコハク刑事の恋人で俺の娘でもあるんだ。
これがもう、俺に似て可愛くてさ。
同じく娘に惚れてる二人―――いつもコハク刑事と独占合戦を繰り広げるトパーズ刑事と、遠くから見守ってるオニキス刑事も覇気がない。
どうやらヒスイを一課に戻せって直訴する相談してたらしくて。ホント……こういう時だけは一致団結するんだよなぁ。
「もう戻ってるよ。シトリン刑事と撮影中」
「交通安全ポスターの撮影って今日だったんですか!?」
「そっ。特別仕様の超ミニでね」
俺は見てしまった。コハク刑事の輝く瞳を。
署長室に特攻は困るから話を逸らせようとしたんだけど、つい口が滑っちゃったぜ。
「見る!見よう!見たい!見るべきっっ!」
「オレは……お前を逮捕したい」
がしっとコハク刑事に肩を掴まれたオニキス刑事がぽつり。うん、俺も同感。
だけど、やっぱり本能には抗えなかったみたい。
「一服してくるか」
「僕も休憩してこよっと」
「……………」トパーズ刑事が先陣を切って、コハク刑事が猛然と走り出したら、しばし熟考してたオニキス刑事もそそくさと一課を出て行って。
あいつら、減給だ。
個性的な連中を抱えるストーン警察署は、毎日がこんな感じで騒がしい。
まぁ、退屈しないからいっか。



2話「コハク刑事」

僕はストーン警察捜査一課のコハク。
今は愛するヒスイを交通課に奪われて仕事も手につかないけど、柔道は黒帯!キレ者!イケメンコンテストで不動の一位を確立している超美形!誰かさん以外には優しい!と四拍子揃った優秀な刑事だ。
で、何を急いでるのかって?
ポスター撮影に臨んでいるヒスイが、緊張してるんじゃないかと心配で。
今、嘘っぽいとか思わなかった?そうさ。僕は……ミニから覗く生足が見たいんだっ!
「トパーズ刑事、喫煙所は向こうだけど?」
「お前の休憩とやらもハードだな」
息切れは全力疾走の名残。
途中で注意されて早歩きにしたけれど、やっと追いついた宿敵の皮肉返しが少し悔しい。
しかもオニキス刑事がヒタヒタと距離を縮めてきて……。
「僕を逮捕したいとか言ってなかった?」
「……気のせいだろう」
涼しい顔で2分前の話をすっとぼけるとは。
「「「…………」」」無言のまま横並び。いつしか早歩きは競歩になり、階段に差し掛かったとこころで全力ダッシュに。
明日、筋肉痛になるかも。
しかしシップ臭くなろうと構わない。
僕はヒスイの生足を励みに力の限り走り、大会議室前に張られた心のゴールテープを一着で切った。
愛の勝利だぁぁぁ。
「ヒスイ〜!調子はど………」
うぉぉぉぉぉぉ。
指示を出してはシャッターを切るカメラマンと、レフ板や機材に囲まれてポーズを決めるヒスイ達を発見っ。
か、可愛いぃぃ。スタイル抜群のシトリン刑事も様になってるけど、やっぱり僕の目に一番可愛く映るのはヒスイなわけで……。
銃を持って屈ませたいっ!
沸々と欲望が押し寄せてきたけど交通安全ポスターだし、ヒスイのパンツを見られるのは僕だけの特権だから我慢。
今度二人っきりの時にやってもらうことにした。
何故なら、僕には他の使命があったから。

まずは見物署員が構える持参カメラや携帯の前に、ビョコビョコ顔を出して僕の姿を思い出に焼きつける。
次に華麗なフットワークを宿敵二名に見せつけ、ヒスイに集中できないよう気を散らして差し上げた。
ふっ……欠点は僕も見られなかったことかな。
しかぁし!僕には嬉しいご褒美が待っているのだ。
「お兄ちゃ〜ん。恥ずかしかった」
「よく頑張ったね。すごく似合ってるよ」
撮影を終えて駆け寄ってきたヒスイと熱〜い抱擁。
あ、お兄ちゃんって呼んでるけど実の兄じゃないからね。
歳の差こそあれ家が隣同士で、よく一緒に遊んであげたんだ。
僕が遊んでほしかったという説もあるけど。
念願の恋人になれて、同じ刑事という道を志し……。
「僕とラブワールドに旅立とう!」
「ラブっ!?……きゃっ」
特別仕様の制服ヒスイを堪能することこそ最大の使命!
メノウ刑事ごめんなさい。未来の息子は我慢の限界を突破しましたっ。
僕は宿敵達の隙をついてヒスイを抱き上げ、古い書類ばかりで滅多に人が来ない第一資料庫へ逃走を図った。
ふっふっふ。署内の穴場も調査済みなのさ。
「ヒスイ、僕を寂しがらせた分を今ここでっ」
「制服汚したら怒られ、あ……ん」
机の上に座らせてシャツのボタンを外し、ネクタイを緩めて首筋にキスしただけでヒスイが声を出して。
くぅぅ。すっごくイケナイことをしている気分〜。
まさか署内でこんなことをできる日が来るとは。実は……狙ってたんだけど。

―――それから○○とか×××とかして。

ついにヒスイが降参。
その時、乱れた制服姿に萌えていた僕は気付かなかったんだ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ」
「ラピスっ!?ちょっと待っ…だぁぁぁ」
「いやぁぁぁぁぁ」
免疫なし新米刑事が絶叫。鼻血の滝に僕も絶叫。濡れ場を見られたヒスイも絶叫。
今日も元気でやんちゃな相棒を出した瞬間、僕らのラブワールドは………壮絶な光景と化した。
おのれ。今一歩のところでお約束な登場を。
しかも絶叫を聞きつけた刺客、オニキス刑事とトパーズ刑事まで現れて。
「先輩ぃ。わいせつ物陳列罪ですぅ」
「適用外だな。公然わいせつ罪で逮捕する」
ぷぷっ、お笑いコンビ誕生。ラピスがかました渾身のベタなボケを、トパーズ刑事があっさりねじ伏せた……って笑ってる場合じゃない。
早く鼻血を止めないと罪が重くなりそうで、つぶらな懇願モードの瞳でオニキス刑事を見つめた僕だったけど。
ガチャガチャガッチャン。
「……はい?」何故に手錠が!?
「猛省を。行くぞヒスイ」
「お、お兄ちゃ〜ん」ヒスイぃぃぃ。
紳士の異名を持つオニキス刑事は鬼だった。
机の脚金具に繋がれた僕は、連れ去られるヒスイをなすすべもなく見送り―――鼻血ラピスと二人っきりに。
「先輩……チャック閉めて下さい〜」
「君も……鼻栓した方がいいんじゃないかな」
負けるな僕っ!頑張れ僕っ!
次は鍵をかけられる穴場を見つけるぞっ!



3話「警察犬コクヨウ」

オレはストーン警察署内にある訓練所の警察犬コクヨウ。
尻尾の先まで毛並みは最高、犯人を容赦なく追跡する能力は天下一品、受賞回数も数えきれない優秀犬だ。
犬種?……知らねぇよ。
だけど人間の言葉はちゃんと理解してるんだぜ。
賞状やトロフィーもらっても嬉しくねぇし、指図されるのも大嫌いだけどな。
なんで警察犬やってるか?
この訓練所にいたい理由があんだよ。追い出されると困るから、仕方なく捜査も協力してやってんだ。
別に……仕事熱心なわけじゃねぇぞ。
「おはよう。よく眠れた?コクヨウ」
お、待ってたぜ。
今日は気分いいから特別に紹介してやる。
この警察犬訓練所の所長で、オレの担当訓練士でもあるサンゴだ。
美人だろ?
オレが大人しくしてるのはサンゴの為。
膝に乗せた頭を撫でてもらいながら昼寝したり、制服のボタンも吹っ飛びそうな胸に顔をすり寄せたり、訓練所にいる間はオレが独占してスキンシップを満喫してる。
一課のメノウが旦那ってのはムカつくが……。
オレが人間だったら、サンゴは間違いなくオレを選ぶ筈だ。
王子のキスで姫が人間に戻る童話みたいに、サンゴとキスしたらメノウなんぞ足元にも及ばないイケメンに……なんて乙女な妄想に浸ってる場合じゃねぇ。
「サンゴしょちょ〜、犯人逃げちゃった」
また邪魔なのが来やがった。
「あらあら。コクヨウが捕まえるから大丈夫よ」
「ご褒美はアクアのキスだよ〜」
ふざけんな!
下手くそな尾行や張り込みで逃げられるたび、オレに尻拭いさせやがって。
しかも毎日サンゴとのスキンシップタイムを邪魔しやがる。
サンゴと親戚関係にあるとかで顔は似てるが、真顔で結婚を迫ってくるこいつは苦手な奴1位に君臨中だ。
「やぁぁん。こくよ〜のえっち」
離せって言ってんだろ!
抱きつかれて暑苦しいから押し返そうとしてんのに、全力で踏ん張っても前足は巨乳の弾力に押し戻される。
喜ばれて脱力したオレが抵抗をやめた時だった。
「ふふっ。いつも仲良しさんね」
「そうだよ。アクアとこくよ〜は相思相愛なの」
嘘つくんじゃねぇよ。
「訓練士に向いているわ。資格を取ってみない?」
サンゴ!なんて恐ろしいことを。
「受かったらいつも一緒にいられるよね。アクア頑張る」
真に受けるんじゃねぇぇ。
やはりバシッと意思表示しておく必要がある。
オレは腕を振りほどいて尻を向け、蹴り出した芝と土を標的めがけて浴びせてやった。それなのに―――
「大切なものは埋める習性があるのよ」
「そっかぁ。やっぱり相思相愛〜」
サンゴ……どう解釈したらそうなるんだ?
巨乳窒息攻撃、もとい頭に草をつけたトラブルメーカーの抱擁再び。
「いってらっしゃい。気を付けて」
二人で困難を乗り越えて愛を深める。
意味不明な理由で同行を断られたサンゴに見送られ、ポジティブすぎる会話に疲れたオレの足取りは重い。

さっさと片付けてサンゴとの時間を取り戻す。
現場到着後、それが最善の道と悟ったオレはやる気モードに。
ビニールに入れられた証拠品に意識を集中した。
「手掛かりがね〜。はい、犯人の靴」
へぇ、ずいぶん高そうな革靴履いてんじゃねぇか。……うっ!?
その距離およそ60センチ。
それでも目に沁みる強烈な匂いは、鼻を突っ込んで嗅いだらアウトだと警告していた。
当然、危険を感じたオレはつま先部分を咥え、砲丸投げの如くグルグル回って投棄。
「こくよ〜、後で遊んであげるから」
このバカ、拾ってくんな。
「ちゃんと嗅がないとダメだよ。ほらぁ」
お前、オレの嗅覚の鋭さを知った上での仕打ちか。
虐待で訴えてやる!
―――忌まわしい香りを嗅がされ、意識が遠のいたのは言うまでもねぇ。
メラメラと燃え盛る怒りを抱えながら追跡開始。
草むらに隠れていた犯人を簡単に見つけ出したオレは、ザ・トラブラーの手を離れてそいつを追い回してる最中だ。
「助けてくれぇぇ!痛っ!ぎゃぁぁ」
尻に頭突き。吠えまくり、スピードを落として精神的にじわじわ追い詰める。
おらおら、こんぐれぇでびびってんじゃねぇぞ。
地獄を見たオレの怒りを食らえ!
「うぎゃぁぁ」
ズボンの裾を噛んで引き倒し。
そして仕上げは、転んだ犯人の上で勝利のマウンティングポーズだ!
「こくよ〜、アクアの為にそこまで」
んなわけあるかよ。
だけど、追いついてきたこいつのキスを顔中に浴びて、ちょっとだけ思ったわけだ。
ストレス解消法を見つけたから、振り回されても……ってな。
まだ異臭で頭が鈍ってんだ。
首を振り、オレはそう思うことにした。



4話「サルファー刑事」

はぁ……疲れた。
溜息を吐きながら日誌を書いている僕は捜査一課のサルファー。
親友ジストやスピネルと一緒に試験を受けて合格し、配属された一課で知り合ったコハク先輩を心から尊敬し、大好きな漫画を描きながら充実した毎日を送っている。
だけど、今日は散々な目に遭った。

配属二年目で新人が入ってきても雑用は頼まれる。
別に嫌ってわけじゃない。ベテラン刑事だって通ってきた道だから。
だけどコハク先輩をデレデレにするあの女……ヒスイ刑事に警察手帳を届けるとなれば話も別だ。
ずっと交通課にいればいいのに。
でもコハク先輩も異動しちゃうだろうな。
わかりきっている事実に消沈。
所用があったトパーズ先輩の車に途中まで同乗し、徒歩で交通課の取り締まり現場に向かった僕は、忘れ物女王の頭上に手帳を落とした。
「届けてくれたの?ありがと」
「ドジ。お前のせいで貴重な時間が潰れた」
「お前じゃなくて先輩でしょ!」
「先輩なら僕の足を引っ張らないでくれ」
「く、くやしい〜」
一課では恒例の皮肉たっぷり口喧嘩。
だけど交通課の連中が驚いたように振り返り、気まずくなった僕らが肘での小突き合いに切り替えた時だった。
ピッ!ピピィーーーッ!!
スピード違反で路肩に停車するよう合図した車が、笛と制止の声を振り切って猛スピードで走り去る。
「乗って!追うわよっ」条件反射。
なんで僕が……と反論もせず、呆然としていた僕は慌ててミニパトに乗り込んでいた。
信号無視で必死に撒こうとする逃走車。
サイレンを鳴り響かせ、隅に寄った車の脇を走り抜けるミニパト。
そして心の中で絶叫している僕。
減速なしで曲がるたび遠心力で投げ出されそうになり、車外の景色もぼやけて見えず……僕は乗車してしまったことを即後悔した。
「スピード落とせよ!仮にも刑事だろっ」
「仮って何よ。追跡中に安全運転してどうするの」
「こっち向くな!前見て運転……危な」
ごつん!
いきなりサイドブレーキを引いてドリフト方向転換。
高等テク……あ、侮れない。痛い。
「話しかけるからよ!署に無線でナンバー確認してっ」
う、運転すると人格変わる典型!?
思いっきり窓にぶつけた頭の中で、感心と痛みと驚きがぐるぐる廻って。
何が何だかわからなくなった僕は、シートベルトを掴みながら無線も手にする。
「こちらS17。EPB−96の車輛確認を」
【了解………盗難届が出てますね】
「だから逃げたのね。私を撒こうなんて甘いわ」
無線を切ったと同時に、運転席からギュッとハンドルを握る音がして。
これ以上は……だけど……。
「降ろせ!お前なんかと自爆したくな、うわぁぁ」
分解しそうな音を発しているミニパトのアクセル全開。まさにカーチェイス映画……僕は騒動に巻き込まれた悲劇のヒロイン気分を味わう羽目になった。

「はっはっは。ヒスイ刑事もやるなぁ」
「笑い事じゃないよ。トパーズ先輩の方が安全運転だ」
「捕まえたんだからいいじゃないか」
あれからジェットコースターを超える恐怖を数十分も味わい、ふらつく足で署に戻ってきた僕はシトリン先輩に愚痴っていた。
先輩なんだけど“堅苦しいのは抜き”って言われてさ。すっかり打ち解けて、今じゃ何でも気軽に話せるいい人なんだ。
「パトカーが自動操縦なら安全なのに」
「自分で作ればいい。手伝うぞぉ」
「いいね。ついでにロボット変形するとかさ」
「おぉ。じゃあまずは設計図だな」
漫画ならともかく作る技術なんて持ってない。冗談ってわかってても、こういう話に乗ってくれるのが嬉しくて。僕の疲れも一気に吹き飛んだ。
「武器もいるな。ミサイルとか剣とか」
うんうん。カッコイイ。
「署に経費請求するとして、どこで買えるんだろう」
さすが。そんな細かいことまで。
「待ってろ。どんな手を使ってでも用意するぞ」
えっ!?
「ちょっと待って!あぁ……いないっ」
後を追って部屋を飛び出したけど、もう姿は見当たらない。
僕は冗談のつもりだった。もちろんシトリン先輩もそうだと思っていた。
だけど……どうやら本気だったらしくて。
どんな手を使ってでもって、何をする気なんだ?
ロボットは無理でも、そんな完全武装パトカーに乗ったら僕が逮捕されるっ!
「シトリン先輩ー!シトリン先輩〜っ」
泣きながら母を探す迷子気分。
外出しそうだったら足止めしてくれと受付に頼み、すれ違う署員にも見つけたら教えてくれと声をかけ―――僕はようやく休憩室でシトリン先輩を発見した。
「おいおい、お前ら暴動でも起こす気?」
「サルファーは正義の為に立ち上がる戦士なんだ!」
嘘だろ。話がでかくなってる。
ミサイル購入を持ちかけられたメノウ先輩の顔が、引きつってるのは気のせいじゃない。
「上に相談してみるよ……一応」
「やはり頼りになる。よかったなサルファー」
ははっ。うん……そうだね。
そうか。トップにまで話がいっちゃうのか。
これがあの女だったらメッタ切りで言い返すけど、好意で進言してくれたシトリン先輩が相手じゃ何も言えなくて。
購入却下は間違いないけどさ。

何を書いたらいいんだろう。
思い出したくもない一日を振り返り、僕は日誌と睨めっこを続けている。



5話「トパーズ刑事」


楽しそうな笑い声が聞こえ、ふと顔を上げて窓の外を見る。
オレは初対面でメノウ刑事をジジイと呼び、コハク刑事を睨みつけて宣戦布告した捜査一課のトパーズ。
礼儀を知らないわけじゃない。何かと面倒をみてくれるオニキス刑事には敬意を払い、妙に懐いてしまったジスト刑事もオレなりに可愛がっている。
あの初対面挨拶には理由があった。
今、視線の先には署に戻ってきたヒスイがいて、その姿を追っていたオレは数年前のことを思い出していた。

まだ警察学校で研修を受けていた頃のこと。
可愛い子がいる。
つるむのが嫌いだったオレの耳にも届くほど、校内で噂になっている同期の女がいた。
名前はヒスイ。女同士でキャアキャア騒ぐでもなく、図書室で本を読んでいることが多い。
恋人がいるらしく、告白した連中は片っ端から断られている。
同期といっても大勢いて、研修はグループ別だから顔も知らない。
それなのに情報通。
いつも自由時間は寮でゴロゴロしているオレが、わざわざ図書室まで足を運んだのは興味本位だった。
そして、部屋を見回しただけで……こいつだとわかった。
幼く見えるが噂になるのも頷ける。
ただ、独特の雰囲気があり、積み上げられた本が境界線に思えて声もかけられず。
その日からオレの調子も狂い始めた。
「トパーズ君、運動したいのデスカ〜?」
「!?」
グラウンドで実習中のヒスイをぼんやり眺め、仁王立ちのサファイア講師に注意されることもしばしば。
印象付けようと合同訓練では必要以上に張り切り、見かけると無意識に姿を追っている。その意味を考えたくなかった。
―――それから卒業まで一度も言葉を交わす機会はなく。
交番勤務を経てストーン警察へ異動が決定。
出勤初日、会議中だから待っててと案内された部屋で、オレは明るく笑うようになっていたヒスイと再会した。
「今日から着任するヒスイです。初めまして」
初めまして……だと!?
「先輩。私は何をすればいいですか?」
同期だ……馬鹿。
名前は知らなくても顔くらい。
そんな淡い期待を裏切られ、当時の努力も無駄だったと知って密かに愕然。
無性に意地悪したくなったオレは、ポケットにあった飴を放り投げた。
「大人しく食ってろ。ガキ」
「子供扱いするならフルーツ飴にして」
「じゃあ返せ」
ガキ呼ばわりと一発で眠気も覚める飴。どっちに機嫌を損ねたのかわからないが、膨れっ面で口調も変わったヒスイが慌てて飴を口に入れる。
「あ〜辛いっ!すっごく辛い〜!!」
「食うなら文句言うな」
手加減してヘッドロック。必死にもがくヒスイの姿を楽しみながら、オレは少しばかり拍子抜けもしていた。たかが飴一個で普通に喋れるじゃないか、と。
接し方がわからず、見つめているだけだった当時が悔やまれる。しかし―――意地悪を満喫していたオレは、いきなり背後から奇襲攻撃を受けた。
「君は完全に包囲されている。人質を放せ」
「お兄ちゃん!お父さん!」
「ヒスイ〜。やっと一緒に仕事できるね」
隙をついて脱出したヒスイが嬉しそうに抱きついた男。こいつが例の恋人か……ピンときて不機嫌になったオレに、近づいてきたメノウ刑事が止めを刺した。
「プロレス技とは大胆過激。エロい新人だなぁ」
「黙れ、ジジイ」
「僕はコハク。よろしく」
「お前には負けない」
これが初対面挨拶の真相。接し方を学習して喜んだのも束の間、同じ職場にライバルがいると知って叩きつけた挑戦状だった。

あいつとオニキス刑事とオレの戦いは続行中。それでも、あの頃より研鑽を積んで接し方にも変化が出ていた。
「ただいま〜」パタパタと走ってくる音がして振り返ると、眩い笑顔を向けてくれるヒスイがいて……自然とオレの顔にも笑みが広がる。
「面白いことでもあったの?」
「まぁな。今日も無駄に違反キップ切ったか」
「やってないわよ。失礼ね」
怪しいもんだなと肩を竦めて渡したのも……フルーツ味の飴。オレのポケットは右も左も飴ばかり。もちろんヒスイ専用だ。そして餌付けだけでなく、しっかり行動も起こしている。
「おい、遊んでやるから日曜は空けておけ」
「お兄ちゃんと遊園地行くから無理」
「ちっ……じゃあ次の日曜だ」
「お兄ちゃんと映画観る約束してるから無理」
その翌週はショッピング、そのまた翌週はドライブと果てしなく断られ―――
「ちょっと見せろ」
痺れを切らして手帳を覗き込んだオレは、不覚にも開いた口が塞がらなくなった。
土曜、日曜、夏季、正月。
休暇という休暇が、お兄ちゃんと○○で埋まっていたのだ。
あいつ……シメる。
いつも一歩先を行くオレのライバルは手強い。


+++END+++

※このお話はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません(笑)

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