ダイヤ×エリス他
その華、無垢と出会いて、咲き誇らん
文:沙羅様
[前編]
「今日はぁ、コハクさんのお家に行くんですよぉ」
いつもの日曜日。
エリスはいつもと同じように起きて、いつもと同じように長い髪を櫛で梳きながら小鳥達と会話していた。
「コハクさんの“お願い”を叶えに行くんですぅ」
いつもと同じ間延びした口調。
「ダイヤさんが迎えに来てくれるんですよぉ」
いつもと同じ間延びした口調……でも、さっきの声とは潜んでいる色が少し違う。
その色が持つ意味に、まだエリスは気付いていない。
とある晴れた日。
小鳥も軽やかに歌いだしたその時……1人の精霊が世界に生まれ落ちた。
彼女は『エリスライト』と名づけられた。
エリスは花の精霊。
彼女が歌えば鳥達は羽を休め、共に歌った。
彼女が願えば力を無くし枯れる一途を辿っていた植物も綺麗な姿に生まれ戻った。
そんな彼女は他の精霊達にとても愛された。
時には親となり、時には兄弟となり、日々成長していった。
しかし……そんな成長も急に止まる事となった。
まだ精霊としての力が弱かった彼女は……自らのキャパシティを越える力をいつしか使うようになっていた。
全ては……綺麗な花を咲かせるため。
全ては……花を見て喜ぶ小鳥や虫を見るため。
全ては……自らを愛してくれた他の精霊達に褒めてもらうため。
そして……彼女は自らの力を花の種に変え……花の成長に費やし……自らの成長を止めることとなった。
そんな彼女でも成長する箇所があった。
それは『髪』……今では自らの身長を越え、あげくには自分で髪を踏んで転ぶという芸当まで出来るようになった。
何故、髪が成長するのかはわからない……エリスにも他の精霊にもわからなかった。
それでも……日々、エリスは生きていた。
大好きな歌を歌い、大好きな花を見て、大好きな小鳥達と会話した。
そして今……エリスの周りには自らの成長を見ていてくれた精霊以外の友人がいっぱい出来た。
どうして出来たのかは……たった一つの出会いがキッカケだという事にエリスは気付いている。
でも、エリスは気付いてない。
その時出会った子に……自らがこれまで抱いたことのない感情を持っていることに。
時間は数日前に遡る。
「私と? 市場に? ダイヤと?」
「そう。オレ……イマイチそういうのわかんねーし」
そういうの……って何買いに行くつもりなんだろ?
ヒスイはコハクの淹れてくれたハーブティを片手に考える。
急な訪問者のダイヤ。
そんな彼の前にコハク特製クッキーとハーブティを置いた途端の一言。
『ヒスイ……悪いんだけど、オレと市場に行ってくれない?』
……なんで私?
「市場って確か今度の日曜日に開催されるアレだよね?」
一緒に話を聞いていたコハクがダイヤに笑う。
「そう、アレ。色々と掘り出し物出るって噂」
「私とじゃなくエリスと行ったら?」
「だ、だから! そう、じゃなくて……つーか、えーと……あ、あれだ……えー……なんてゆーか……」
あ。
ピンときてコハクに視線を送ると……やっぱりいつもの微笑みを返すコハク。
未だに慌てふためくダイヤに聞こえないようにこそこそとヒソヒソ話。
「もしかしてダイヤって……」
「うん。エリスに買いたい物があるんだよ」
「私を誘った理由は……」
「自分じゃわからないからじゃない? やっぱり女の子の意見ってあるし」
「それにダイヤだもんね……」
恋に奥手だという事実がわかってる今、自分に助けを求められた以上断るわけにもいかない。
ほっとけないもんねぇ……ダイヤを見てると。
特にエリス関係に関しては。
そっとしておきたい反面、あまりにも進歩しない関係にこっちが息詰まってくる。
「うん、いいよ。一緒に行って選んであげる……髪飾りとかがいいと思う、私は」
「そうだね、買い物に行ってる間、エリスはウチに来てるといいよ」
「やったぁ! うん、エリスを連れてくるよ」
喜ぶダイヤに聞こえないようにまたまたヒソヒソ話。
「お兄ちゃん?」
「エリスに頼みたいことあったんだ」
「何? 知りたい!」
「まだ秘密」
こうして……エリスとヒスイに内緒の作戦が始まった――――
[後編]
「お邪魔しますぅ」
コハク宅のリビングに間延びした甘ったるい声が響き渡る。
早速出てきたのは、コハク特製のハーブクッキーとハーブティー。
そして……小さな白い袋だった。
「これ、ですかぁ?」
そもそも今日の目的は……少なくともダイヤは『自分がヒスイと出かけている間、コハクにエリスを託す』のが目的だった。
しかし……コハクはダイヤがヒスイに約束を取り付け帰っていった後にこっそりとエリスに連絡していた。
それが……このエリスの掌の中にすっぽり納まる大きさの白い袋だった。
「中身、見てもいいですかぁ?」
「どうぞ」
小さく細い指が器用に紐を解く。
そして、袋を逆さにして……中身をその掌で受け止める。
パラパラ……乾いた音を立てて袋から零れ落ちたのは、小さな赤い種だった。
「これはぁ……」
「うん、100年くらい前の種かな」
「じゃ、少し前ですねぇ」
一瞬だけ、コハクの表情がピキッと固まる。
それも一瞬だけで、すぐにコハクはいつもの表情に戻る。
そうだった……この子、見た目が幼いせいで忘れてたけど……800年以上生きてるんだった。
「これ、どうしたんですかぁ?」
「メノウ様から頂いたんだけど、昔の種のせいか普通に植えたぐらいじゃ咲かないんだよね」
「ですねぇ。この子からは何も感じませんからぁ」
掌の小さな種を、その細い指で愛おしそうに撫でる。
「これを咲かせて欲しいんだ」
コハクの両手には植木鉢と土、スコップにぞうさん型ジョウロ。
「はいぃ、わかりましたぁ」
かくして、園芸作業が開始された。
「こんなもんかな、土と水は」
「はいぃ。これで大丈夫ですぅ」
そう言ってエリスは植木鉢をその胸にぎゅっと抱き寄せた。
その途端……エリスの周囲に小さな光が徐々に集まりだした。
そして……ふわり、と長い髪が浮かびだす。
その後は……不思議な光景の連続だった。
小さな唇から発せられるのは……花の精霊特有の言語による歌。
ふわふわと宙を彷徨う髪は、歌に合わせて踊っているようにも見える。
「……源は髪、か」
「あ、トパーズ起きた?」
不機嫌そうなトパーズにコハクは相変わらずの笑みで返す。
「うん、僕もそう思うよ……だから体の成長が止まっても髪だけが伸びるんだと思う」
本来ならば、体内に蓄えるべき力。
それがエリスの場合、体の成長が止まると同時に力の保有力も失われてしまった。
行き場の無い力は……このままでは体内でキャパシティを超えることになり……小さなキッカケで暴発してしまう。
その前に……力は、自らの居場所を求めてエリスの体内を探し回り……その結果――――
髪にその居場所を求めた。
「おそらく、髪がピンク一色ではなくグラデーションになってるのもそのせいだと思うよ」
エリスの髪は毛先に向かうに従って濃いピンクになっている。
それも……力が毛先の方に向かうほどより強く保有されているからである。
「歌……」
「ん? あぁ、彼女は歌声で力を発揮するからね。ダイヤの話では何も無くても歌ってるらしいよ」
「……あそ」
そういえば、音楽教師が今いないんだったな……。
エリス、就職先内定である(笑)。
夕方……ダイヤはエリスを自宅へと送りに行くその道中――――
「エリス……ぁ、あのさ…」
「はいぃ?……きゃん!」
振り返ったと同時に……自分で髪を踏んでその場で転ぶ。
「あ、エリス!」
慌てて駆け寄り……その小さな身体を抱き起こす。
「怪我は?」
「大丈夫ですぅ」
エリスは踏んでしまった髪を指で手繰り寄せ、労わるように撫でる。
「あ、あのさ……これ」
カサッ――――その手にはリボンがあしらわれている袋。
「これはぁ?」
「エリスに……どうかなって思って」
袋から出てきたのは、色とりどりの球体がピンで幾つも留められたヘアゴム数個。
そして、綺麗な布で作られたバレッタ数個だった。
「エリスに合うかなぁって。あ、ヒスイに選んでもらったんだけど!」
慌てた様子のダイヤとは対照的に落ち着いた微笑みを浮かべるエリス。
「嬉しいですぅ、ありがとうございますぅ」
そう言って……少しだけダイヤに向かって背伸びする。
ちゅ――――
「お礼ですぅ」
頬を手で押さえて呆然と立ち尽くす純情少年。
「コハクさんがぁ、教えてくれたんですよぉ」
ほんのちょっぴり……距離がまた縮まった瞬間――――
その頃、コハク宅では……。
「もう少しで咲くの!?」
ウキウキと興奮のあまり落ち着きの無いヒスイを後ろから抱きしめるコハクが苦笑する。
「うん。エリスがね、ヒスイが見られるようにって咲く時間を調節してくれたんだよ」
そう言った途端……何も無かった植木鉢の中心が少し盛り上がった。
「あ、そろそろかな?」
ゆっくりと……それでも、普段では絶対に見ることの無い花が咲き誇る瞬間。
少しずつ開かれていく双葉。
その合間から新しい芽が生え……先端に小さな蕾をつけた。
そして……徐々にそれが膨らみ始める。
時間にして30分後……それは甘い香りを放ちながら綺麗に咲き誇った。
「うわぁ……白くて大きいね!」
「うん、古い種だったから心配だったけど……エリスはさすが花の精霊だね」
「綺麗……でも、枯れちゃうのがもったいないね」
そう言ったヒスイの笑顔があまりにも綺麗で……思わず唇を重ねた。
大丈夫……花は枯れてなくなるけど。
咲き誇った思い出は消えて無くならないから。
そして……エリスも。
ダイヤと出会ったことによって、もっと綺麗に咲き誇るだろう。
永遠に枯れない……微笑みと共に――――
With an important daughter … In an important friend.
+++END+++