世界に愛があるかぎり

番外編(お題No.02)

召喚のススメ

“熾天使召喚”のお話です。


子供ができた。と、19になった娘が言った。

相手は・・・俺が召喚した天使だ。

   

『神なんて信じない』

『だけどもし神がいるなら、奪ってやる。お前の宝を』

神に愛想が尽きる出来事が何度か続いた夜だった。

そう思い立って描き始めた魔法陣。

「よし!完成!!半月もかかっちゃったけど、これで完璧なはずだ」

分厚い書物を片手に長い呪文を唱える・・・。

「・・・我が呼び声に応えよ・・・天界最強の天使セラフィム・・・!」

サラサラと天から光りが降り注ぐ・・・。

(やっぱ大物だけあって登場の仕方も他と全然違うな)

メノウは本を閉じて上空を見上げた。

夢と錯覚してしまいそうなほど、美しい光景だった。

長い金の髪の天使・・・翼が6枚ある。

顔立ちも何もかも、息を飲むほど美しい。

「・・・へぇ・・・いいじゃん」

「あなたは・・・人・・・間・・・?」

初めて二人が交わした言葉。

「・・・天使の召喚は禁忌と知って・・・?」

「禁忌も何も、神なんていないだろ。この世界には」

「・・・ええ。いません」

「仕える神がいないなら、俺に仕えなよ」

「・・・・・・」

セラフィムはふわりと宙に浮いたまま、メノウを見下ろした。

(・・・人間・・・か。儚い生き物だ。神がいない今、人間を裁く理由もないし、この少年の行く末でもみてみるか。暇つぶしに)

自分を召喚した時点で、ただの少年ではないことは明らかだ。

そして、天使顔負けの美形・・・恐れを知らない力強い瞳をしている。とても少年とは思えない太々しい態度に、ほんの少し興味が沸いた。

「・・・いいでしょう。あなたを主と認めます。・・・契約を」

「うん。俺、メノウ。お前は・・・?」

「特にありません。不便なようでしたら、お好きなように呼んでいただいて構いませんよ」

「ふぅ〜ん・・・じゃあ、コハク」

「“コハク”ですね?わかりました。では今後はそのように」

感情のない機械のような受け答えだ。

美しい微笑みもまるで温かみがない。

「何でかわかる?」

「・・・さぁ」

「お前の髪がそんな色だから」

「・・・・・・」

(・・・天界一と言われるこの金髪が・・・琥珀色?・・・まぁ、いいか)

「退屈そうな顔してるな、お前」

突然、メノウが言った。挑むような微笑みで。

コハクは少し驚いた顔をして、それからゆっくりと瞬きをした。

口元が笑いを堪えるように歪んでいる。

「・・・あなたこそ」

  

 

“退屈な者同士の生活が、退屈じゃなくなるなんて夢にも思わなかったけど。今にして思えば、こいつが最初の家族ってやつだったのかもなぁ。”

  

 

(こいつと契約してから女と遊ぶ回数、減ったな・・・)

家に帰れば、美味いメシが出来てるし。

3時には温かいお茶が出る。

(天界最強の天使が・・・家政婦みたいだ)

「お前って潰しが利くタイプだったんだな」

夕飯を食卓に並べるコハクにメノウが声をかけた。

「いやぁ、それほどでも」

コハクの表情は柔らかい。

メノウとコハクは意外なほど気が合った。

(こいつ・・・かなり愉快な性格してるし)

メノウがそう思う一方でコハクも思っていた。

(この少年は本当の意味での天才だ)と。

   

「あ〜・・・なんか俺、昔を思い出しちゃった」

「・・・僕もです」

20年前と同じ場所、同じようにして向き合う二人。

見た目はお互いほとんど変わらない。

近くのソファーでヒスイが寝息を立てている。

メノウはコハクのいれたお茶を啜って、出来たての甘いお菓子をつまんだ。

「お、これ美味いじゃん」

「うん。イケる」

口にいれる度、無意識に言葉を発する。

エプロンをしたコハクがその様子を見て笑った。

   

奪うことしかしてこなかった僕でも、与えられるものがある。

たとえばそれは、美味しい食事だったり、あたたかい食卓だったり。

何も特別なことじゃない。

だけどそれがあるとないとでは大違いだ。

メノウ様と暮らしてそれに気付いた。

だから・・・ヒスイにはこれでもかってほど与えた。

僕が与えられるものすべて。

そして、僕もヒスイからたくさんのものを貰った。

与えたものも与えられたものも数え切れない。

  

ヒスイを見ると、どうしても顔が緩む。

(・・・ああ・・・幸せ・・・)

「幸せそうな顔してるな、お前」

メノウが口をもぐもぐさせながら言った。

「・・・メノウ様こそ」

  

「20年・・・ここで人と変わらない暮らしをして、色々なことを知りました。今ならもっとたくさんのものをあげられますよ。メノウ様に」

少ししてから、コハクが言った。

「・・・かもね」

(新しい家族までくれるんだから、たいした天使だよ。お前は)

嬉しい苦笑い。

「・・・やるよ。娘」

「はい。ありがとうございます・・・ってソレ結婚する前に言ってくださいよぉ〜・・・」

あはは!メノウは言葉じゃなく笑いで返した。

それから席を立ち、ヒスイの側に寄った。

お腹はまだそれほど目立たない。

コハクもメノウの隣に立って眠るヒスイを見守った。

  

「このなかにお前の子供がなぁ・・・」

軽くヒスイのお腹に触れてメノウがしみじみと言った。

「メノウ様と・・・サンゴ様の孫ですよ」

見ている方がとろけそうな笑顔でコハクが答えた。

  

受け継がれた俺の血とサンゴの血。

可愛い娘のヒスイの血。

そして・・・こいつの血を持つ子供だ。

 

来年の春には産まれる。

 

すっげ〜楽しみ!!

 

これで俺も“おじいちゃん”か・・・嬉しいけど、ちょっと複雑。


+++END+++


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