番外編(お題No.06)
天使の献血
“コハク×ヒスイの昔話”ヒスイ6歳。コハクの子育て奮闘記です。
「おめでと?!!」
コハクが拍手をした。
テーブルの上には手作りのケーキとごちそうが並んでいる。
「・・・何のお祝いなの?」
ヒスイが訝しそうな顔でコハクを見た。
6歳のバースディパーティはついこの間したばかりだ。
コハクは怖いぐらいの笑顔・・・余程嬉しいことがあったのだろう。
「今日はねぇ、秘密のお祝い♪」
「・・・なにそれ」
コハクの言葉も意味深な笑いも全く謎だ。
やたらと記念日を作りたがる兄。
いつものことかとヒスイは深く追及しなかった。
コハクの作るケーキはどこの店のものより美味しいのだ。
ヒスイは何も言わずにケーキを口に運んだ。
『光よ、永遠なれ。闇よ、無限なれ。すべては愛し子のために』
お腹がいっぱいになったヒスイが昼寝するのを待って、コハクは呪文を唱えた。
(ついにこの日がきた・・・)
あまりの喜びに武者震い。
(ヒスイにガブリと噛まれて、血を吸われる・・・あぁ!幸せ・・・!!)
“銀”の吸血鬼は生後約5年で牙が生えると言われている。
ヒスイは発育が悪く、6歳の誕生日を迎えてはじめてその兆しが現れた。
自分で吸うことのできない幼少期はミルクに血を混ぜて飲ませていた。
コハクがイチゴミルクと言い張る飲み物をヒスイは6年間疑いもせず飲み続けた。
(そんなヒスイも可愛いけど・・・やっぱりコレでしょ!)
呪文に反応し起きあがったヒスイは、目が虚ろで人形のようだ。
コハクが軽々と抱き上げる。
「さぁ、その牙で僕に噛みついて・・・好きなだけ吸っていいから」
邪な期待が膨らむ。
ヒスイの理性を無効化する呪文なのだ。
この呪文を唱えれば吸血鬼の本能だけで動く美しい人形が出来上がる。
(・・・はずなんだけど)
ヒスイはコハクの首筋から顔を背け、牙を剥く気配すら見せない。
(・・・嫌がってるのか?これは・・・)
口を開かせて牙を確認・・・ヒスイは大人しくしている。
白く輝く小さな牙。特に問題があるようにも思えない。
(やっぱり天使の血は嫌いなのかな・・・)
そう考えると落ち込む。だからと言って、諦める性質でもない。
コハクは近くにあったぺーパーナイフで指先を切った。
「ほら・・・ヒスイ・・・飲んで・・・」
血の滲む人差し指をヒスイの口元に近付ける・・・
プイッ。
またもや顔を逸らされた。
「・・・・・・」
(・・・飲んでくれない・・・)
天使の血が吸血鬼の本能に拒絶されている。
「・・・僕の血は・・・大丈夫だから・・・ね?」
プイッ。
「・・・・・・」
説得も虚しく、この日、コハクの夢は叶わなかった。
「・・・お兄ちゃん。これ・・・なに?」
翌日のおやつの時間。
出てきたものは真っ赤なゼリーだった。
コハクのブラッドレシピ・・・材料は血液とゼラチン。
生クリームでデコレーションしてある。見た目は美味しそうだ。
「さくらんぼのゼリーだよ」
(とにかく免疫をつけて・・・僕の血は安全なんだということを体に教え込む!次こそは何としてもヒスイに噛みつかれたい!)
渦巻く邪念を胸に秘めコハクはにこやかに微笑んだ。
「う?ん・・・さくらんぼってこんな味だったっけ・・・」
ヒスイは首を傾げながら、それでも全部食べた。
「う?ん・・・やっぱり変な味」
ゼリーの感想を不思議顔で述べる。
(・・・変な味・・・かぁ・・・)
密かにショックだ。
「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん」
椅子から飛び降りた小さなヒスイがコハクのシャツを引っ張った。
「ん?」
「ヒスイ、公園でブランコ乗りたい」
「ブランコ?」
「うん!」
コハクは窓から外を見た。
真夏日。蝉時雨。
地面にはジリジリと太陽の光が照りつけている。
「・・・今日はだめ。お家で遊ぼう」
「なんで??ヒスイ、お外で遊びたい」
「日に焼けちゃうから・・・」
「いいもん!日焼けしたって!」
「日に焼けると肌がヒリヒリしてすごお?く痛いよ?」
コハクが脅かす。
「それから全身が痒くなって皮がベロッと剥けるんだ。そうしたら、うんと滲みる薬を塗るからね?」
「う・・・」
ヒスイが怯えた顔でコハクを見上げた。
「全身包帯でミイラみたいになっちゃうよ?」
「ミイラ・・・」
ヒスイは包帯でぐるぐる巻きになった自分の姿を想像した。
「・・・お家で遊ぶ」
コハクは優しく微笑んでヒスイの頭を撫でた。
「日が暮れてもう少し涼しくなったらお散歩にいこうね」
「うんっ!」
「・・・お兄ちゃん。これ・・・なに?」
3時のおやつに続き、夕食にも見慣れないものが並んだ。
鉄分いっぱいの真っ赤なスープ。
匂い消しにあれこれと加えた為、なんともいえない味になっている。
「チリトマトスープだよ」
「チリ・・・トマト?」
とりあえずスプーンで掬って一口。
「・・・変な味だよ・・・お兄ちゃん・・・」
心配顔のヒスイ。
コハクの料理はいつもほっぺが落ちるほど美味しいのだ。
それが一日にして変わった味の料理へと変貌を遂げてしまった。
赤・赤・赤・・・その後もジャムやジュースと称したコハクの血が食卓を妖しく彩った。
(あと・・・何だ・・・血をベースに作れるものは・・・)
料理の度に手首を切るので回復が追いつかなくなってきた。
過度の貧血・・・しかしここで引き下がる訳にはいかない。
(ヒスイにガブリとされる為ならば・・・!!)
ヒスイの牙が首筋に食い込む瞬間を夢見て、湯水のように血を使う。
その血は、有限であることを忘れて。
「お兄ちゃん!?」
コハクが貧血で倒れたのは当然の結果だった。
何も知らないヒスイがコハク以上に青い顔をして駆け寄る。
「お兄ちゃんっ!お兄ちゃんっ!!!」
揺すっても返事がない。
「どうしよう・・・お兄ちゃんが死んじゃうよぅ・・・」
6歳のヒスイはパニックに陥った。
「どうしよう・・・どうしよう・・・そうだ!お医者さんを!」
(だけど・・・この村にはお医者さんがいない・・・どこかに探しに行かなくちゃ!!)
ヒスイは立ち上がった。
「絶対お医者さんを見つけてくるから!待ってて!お兄ちゃん!!」
猛暑真っ只中。記録的な真夏日。
強い日差しの中へヒスイは走り出した。
「・・・あれ?僕・・・」
(ひょっとして倒れた・・・?)
一時間ほどしてコハクが意識を取り戻した。
「・・・ヒスイ?」
呼んでも返事がない。気配もない。
(!?まさか外に!?)
玄関に走り出る・・・ヒスイの靴が一組消えていた。
「まずい!この炎天下じゃ・・・」
「ヒスイっ!あぁ・・・なんてことだ・・・」
森を抜けた先の原っぱでヒスイが倒れていた。
全身が熱を帯びている。
抱き起こすとヒスイは苦しそうに息を吐いた。
はあ。はあ。
うわごとでコハクを呼ぶ。
「お・・・にいちゃん・・・しんじゃ・・・やだ・・・」
「ごめん・・・っ!ヒスイ!」
コハクは火照ったヒスイの体を抱き締めた。
(下心いっぱいの僕を・・・許して・・・)
噛みつかれたい一心で、こうなることを予測出来なかった。
(考えなくてもわかることなのに)
「無理に慣れさせなくても・・・今までみたいに少しずつ飲ませればいいじゃないか」
自分にそう言い聞かせ、コハクはヒスイを屋敷に連れ帰った。
日焼け後の肌に効くといわれる紅茶のお風呂。
ヒスイの体をそっと浸す。
「・・・ごめんね」
コハクは反省の意を込めてヒスイの額にキスをした。
ヒスイの肌は内側から熱を持ち、真っ赤に腫れていた。
真夏の太陽は吸血鬼の天敵なのだ。
その中へヒスイを踏み出させたのは貧血で倒れた自分・・・
幼いヒスイにはまだ太陽の光に対する抵抗力がないというのに。
「・・・僕のせいだ・・・」
自責の念を抱いたまま、自然な流れで下へ移行・・・コハクは無意識にヒスイと唇を重ねた。
「・・・あ・・・キス・・・しちゃった・・・」
熱にうなされるヒスイからこっそり奪ったファーストキス。
(やわらかいなぁ・・・ヒスイの唇・・・)
自分も初めてだ。素直に感動。ほんのり赤面。
「どれ・・・もう一回・・・」
反省心はどこへやら、コハクの理性はいともたやすく欲望に押し負けた。
その瞬間・・・指輪が光を放つ。
右手の中指に嵌められた指輪。
邪な思いでヒスイに触れようとすると体が動かなくなる呪文が込められている。
もう数え切れないくらいこの指輪に体の自由を奪われてきた。
そして今日も・・・
「・・・やっぱり・・・だめ・・・なのか・・・?」
体が呪文に拘束されて全く動かない。
(さっきのは・・・まぐれ!?)
まぐれでも指輪の監視の目を抜けた。
コハクにとっては大きな収穫だった。
(まぁ・・・いいか。今日のところは。とにかくヒスイの火傷を治さないと・・・)
「回復魔法はあまり得意じゃないんだけど・・・」
コハクは、ヒスイの浸かった浴槽に手を翳した。
傷を癒す呪文が液体を通してヒスイの体に浸透してゆく・・・
「おにい・・・ちゃん・・・?」
ヒスイがうっすらと瞳を開ける。肌の炎症は治まっていた。
「だい・・・じょう・・・ぶ?」
「うん・・・心配かけてごめんね」
「よかったぁ?・・・お兄ちゃん?・・・」
「ヒスイ?・・・よかった?・・・」
二人は抱き合ってお互いの無事を喜んだ。
トン。トン。トン。
キッチンにリズミカルな包丁の音が響く。
ブラットレシピはとりあえず封印して、ヒスイの好きな野菜サラダの準備をしている。
キュウリを刻みながら最高に上機嫌。
(ヒスイとキスしちゃったもんね?・・・むふっv)
触れた唇の感触が今もまだ残っている。
含み笑いが止まらない。
トントン・・・ザクッ!
「いて・・・」
刃物の扱いが得意で、目をつぶっても包丁が使えるコハクが指を切った。
有頂天になるあまり手元がおろそかになったのだ。
ヒスイが絡むと自分でも信じられないミスをする。
「お兄ちゃん!指切っちゃったの!?」
キッチンに顔を出したヒスイが流血しているコハクの指に飛びついた。
ぱくっ。
「・・・え?あれ??」
ヒスイは躊躇いもせずコハクの人差し指をくわえた。
「怪我したらこうやって消毒するんでしょ?」
「うん、まぁ、そうなんだけど・・・ヒスイ、僕の血、平気?」
「?平気だよ?」
傷口から流れ出す生の血をヒスイの舌が舐め取っている。
「あれ・・・でも・・・血ってこんなに甘かったっけ・・・?」
「甘い?僕の血が?」
ヒスイの言葉に胸が脈打つ。
「うん。私・・・味覚がおかしいのかな・・・」
(これは・・・ひょっとしてイケる!?)
諦めかけた夢が驚くほどの早さで復活。
コハクはヒスイが眠るのを待って呪文を唱えた。
『光よ、永遠なれ。闇よ、無限なれ。すべては・・・愛し子のために!!』
パチッ。とヒスイが瞳を開けた。
「・・・おいで」
コハクが腕の中に迎え入れる。
「さ・・・吸って」
「・・・・・・」
表情のないヒスイがコハクの首筋を舐めた。
小さく愛しいヒスイの牙が、皮膚を貫き、肉に食い込み、血管を探り当てる。
「ぅ・・・・・・」
たとえようのない心地よさ。
コハクはうっとりと瞳を閉じた。
愛するヒスイに血を吸われる快感が全身へ広がってゆく・・・
「お兄ちゃん?」
美しく血に染まった唇でヒスイが覗き込む。
「・・・何年経っても変わらないなぁ・・・」
昔を思い出してコハクが笑う。
「すごく気持ちがいいんだ。吸われる度にイキそうになる」
「やだ・・・また変なこと言って・・・」
20歳になったヒスイが照れる。
「ホントのことだよ」
コハクがヒスイの手を取って、硬くなった場所に触らせた。
「・・・ね?」
「・・・ん・・・」
ジーンズの上からヒスイが指先でなぞる。
「なんでかなぁ・・・私、吸ってる時ってちょっとえっちな気分になっちゃう」
「うん・・・僕も・・・」
コハクがヒスイを見つめて笑った。
「いつもだけどね」
自分でそう付け足す。
「もう・・・お兄ちゃんってば・・・」
ヒスイも笑う。
「・・・する?」
「うん!するっ!」
あの日と同じ真夏日。蝉時雨。
貪るようなキスをして・・・血と汗と、すべてのものが混ざり合う。
僕達の間にはもう境界なんて存在しない。
心も体も繋がっている・・・いつも。
「ヒスイ」
「ん?」
「終わったら・・・ブランコ乗りにいく?」
「うんっ!いくっ!お兄ちゃん・・・大好き!!」
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