世界に愛があるかぎり

番外編(お題No.13)

1/365の恋人

“オニキスと魔剣”


一年。365日。

そのなかで、ヒスイと共に過ごせる日は何日あるだろう。

  

「オニキス?」

ヒスイが覗き込む。

Tシャツにだぼだぼのズボンという格好で。

「ねぇ、見て。似合う?」

両手をポケットに突っ込んでくるりと一回転。

長い銀の髪がふわりと舞った。

「なぜわざわざオレの服を着る・・・」

「だって、こういうの持ってないもん」

サイズの全く合わないウエストをベルトで無理矢理締めて、裾は何重にも折ってある。あまり見栄えがいいとは言えなかった。

「それならメイドに言って、女物を・・・」

「いらない」

ヒスイは笑顔で否定した。

「別に洋服なんて欲しくない」

それから背伸び。

瞳を閉じて、唇を窄める。

「欲しいのは、変わらない愛だけ」

「・・・・・・」

キスをねだるヒスイに応じてオニキスが顔を寄せる。

二人は唇を重ね、長いキスをした。

  

オレは・・・夢をみている。

365日。朝から晩までヒスイと共に過ごす夢。

白昼夢。夢と現実の狭間。

コレは日に日にヒスイへと近付いていく。

コハクに押しつけられた魔剣フェンネル。

  

数日前。

『フェンネルが近くに・・・』

魔剣マジョラム。

しわがれた老人の声でコハクに語りかける。

世界最古の魔剣でコハクとは長い付き合いだった。

「そういえば、魔剣同士って共鳴するんだっけ」

『・・・所有者を求めておる』

「フェンネルって確か一番若いコだよね?」

『そうじゃ・・・あやつは主人が決まらなくての』

「一癖あるもんなぁ・・・」

『・・・誰かおらぬか?』

「え?ファンネルの主?」

『姿形に囚われず、真実を見極めることのできる者・・・』

「・・・ふむ」

コハクは腕を組んで少し考えた後、言った。

「いいよ。一人適任がいるから。斡旋しよう」

ヒュユーッ・・・サクッ!

コハクが快く引き受けた瞬間、上空から魔剣が降ってきた。

大剣マジョラムとは対照的な細い刀身の剣が地面に突き刺さる・・・

「危ないなぁ・・・空から来ることもないのに・・・」

『空蝉・・・己を見失っておる。残っているのは魔剣の本能のみ』

「本能・・・ね」

『主が必要だ』

「その願い・・・叶えよう。彼なら大丈夫だ」

  

モルダバイト城。

「と、いう訳で面倒見てあげてくれませんか?」

「・・・・・・」

オニキスの手には既にフェンネルが握らされていた。

「なかなか便利なんですよ。使いこなせれば」

ゴリ押しするコハク。

「とにかく、鞘から抜いてみてください」

「・・・・・・」

凝った装飾の割には軽い剣だった。

オニキスは魔剣フェンネルを鞘から抜いた。

スウゥ〜・・・ッ

目映い光が洩れる。

「!!!」

「あ、やっぱり」

鞘を抜き去った瞬間だった。

オニキスの右手には剣の柄ではないものが握られていた。

ヒスイの手だ。

視線を顔に移す・・・やはりヒスイだ。

瞬きもせず、オニキスをじっと見上げている。

「・・・ご主人様?」

ヒスイに化身したフェンネルの口が動いた。

「あっ!ズルい!ヒスイに“ご主人様”って」

「・・・ヒスイじゃない」

「けどコレ、あなたの願望ですよ?」

「・・・・・・」

「へぇ〜・・・ふぅ〜ん。こういうヒスイが好みなんですか」

王妃ヴァージョン。

オニキスの母親のドレスに身を包んだヒスイ。

真っ直ぐな姿勢で、背中の羽根を大きく広げている。

その姿は幻想的に美しかった。

「フェンネルはね、主の望む姿に変化するんです」

「・・・・・・」

「性質的にはシンジュに似ています。想いが強ければ強いほど、本物へと近づく」

「・・・・・・」

「どう使うかはあなた次第ですが・・・気をつけた方がいい。これで心を喰われるようではフェンネルの所有者にはなれない」

  

そして現在。

「・・・オニキス」

離れたオニキスの唇をフェンネルの唇が追いかける。

二人は再び唇を重ねた。

「・・・・・・」

フェンネルをヒスイだと思っていた訳ではなかった。

ヒスイと顔を合わせていない日がいい加減続いて、少しひねくれた気分になっていただけだ。

長い刻を生きていればそんなこともある。

「こんにちは〜。どうですか、調子は・・・っと」

バルコニーからコハクが様子を窺いにやってきた。

「・・・出直したほうが良さそうですね・・・」

「いや、構わん」

オニキスはフェンネルから離れ、コハクと向き合った。

「すっかり“ヒスイ”ですねぇ〜・・・」

「・・・・・・」

「あなたも気付いているでしょうが、フェンネルは“自分”を見失ってしまった“病気”の魔剣です。自我を持たない空蝉の魔剣・・・そう呼ばれています」

「空蝉・・・か」

感慨深げにオニキスが繰り返す。

「魔剣は所有者によって様々な能力を発揮しますが、個々に“性格”があって。当然向き不向きもあります」

「・・・どうやら、そのようだ」

「オニキス〜」

ぽふっ。

フェンネルが後ろからオニキスに抱き付いた。

「・・・・・・」

(なんかヤだな、この構図・・・)

「主を喜ばせようとしているだけだ。“意味”はわかっていない」

複雑そうな表情のコハクを尻目に、オニキスは皮肉っぽく笑った。

  

宵月夜。

「乾杯っ!」

二人並んで月見酒。

とは言っても、フェンネルのグラスに入っているのはミネラルウォーターだ。

「いいの。月を飲むから」

水面に丸い月を映しては飲み干す。

いい飲みっぷりだった。

くすくす・・・。

「ねぇ・・・月で酔える?」

魅惑的な瞳でオニキスを見上げ、服を引っ張る。

「・・・酔えるな」

誘われるまま、オニキスは瞳を伏せてキスをした。

(フェンネルはたいした魔剣だ・・・オレの心の奥から“ヒスイ”のイメージを取り込み、なりきっている・・・恐らく、オレの知るヒスイよりもヒスイに近い形で・・・)

「え?あれ??」

「・・・ヒスイ」

オニキスとフェンネルの前にヒスイが立っていた。

羽根を持っていても飛べないヒスイは、バルコニーの端に描かれた小さな魔法陣から移動魔法で現れる。

その為、いつも突然だった。

「変ね・・・ソコに私が見えるわ・・・」

ヒスイは目をごしごしと何度も擦った。

「・・・気のせいだ」

「そう・・・よね」

(連日の寝不足が祟ってるのかも・・・ここんとこお兄ちゃんとえっちばっかりしてて・・・あんまり寝てないのよね・・・)

ヒスイはあっさり納得した。

元々、物事を深く考えるタイプではない。

「・・・何の用だ?」

「喉渇いてる頃かと思って来たんだけど・・・」

「・・・間に合っている」

「そう?じゃあ帰るね」

(とにかく寝ないと・・・幻覚が消えない・・・重症だわ)

3ヶ月ぶりでも会話はこれだけだった。

ヒスイは魔法陣まで引き返すと「喉渇いたら呼んで」

とだけ言い残して消えてしまった。

「・・・・・・」

そういう女だとわかっていても寂しくなる。

ずっと逢いたかったのに。やっと逢えたのに。

引き留めなかったことを後悔しても遅い。

「オニキス・・・」

凶悪なまでに“ヒスイ”のフェンネルが言い寄る。

「・・・忘れさせてあげる。じっとしてて・・・」

フェンネルはオニキスの正面で跪き、ズボンのチャックを下ろした。

そこに指を入れる。

「・・・こういうのは好かん。やめろ」

オニキスは下半身に顔を寄せるフェンネルを制止した。

「主人の望むものになりきろうとするお前の気持ちは嬉しい」

「オニキス?何を言って・・・」

「お前は忠誠心が強く、主人を思いやる心を持った魔剣だ」

「魔・・・剣?」

「思い出せ。お前自身の姿を」

「わ・・・たし自身?」

「戦いたくないのならそれでもいい。お前は・・・戦いに向かない」

「戦い・・・そうだ・・・人を傷つけるのが嫌で・・・」

フェンネルが両手で頭を抱えた。

「“魔剣”だからといって、戦いの業を背負うことはない。自我を持って生まれたならば、生き方も自分で選べるはずだ」

「生き方・・・?選ぶ・・・そんなことが・・・」

「できる。オレが主なら許す。お前は・・・どうありたい?」

「わ・・・たしは・・・命を奪う剣ではなく・・・人を支える・・・杖に・・・なりたい」

ピシッ・・・

亀裂の音。

ヒスイの体が瀬戸物のように砕け散る・・・

「・・・いい夢をみせてもらった・・・感謝する」

  

次の瞬間、ヒスイの姿は失われ、床に一本の杖が残った。

木彫りの地味な杖だった。

「おめでとうございます。これであなたはフェンネルの正式な主だ」

「コハク・・・」

タイミングを見計らったようにコハクが現れた。

「真の姿を取り戻すこと・・・それが契約条件でした。あなたは見事それを果たした。フェンネルは見た目こそパッとしませんが、膨大な魔力を秘めた杖です。あなたにぴったりだと思いますが?」

「・・・そうだな」

「今のフェンネルは真っ白な状態だ。属性すら決まっていない。これからどう育てるかは、あなた次第ですよ」

コハクは床からフェンネルを拾い上げ、オニキスに手渡した。

「それにしても・・・良かったんですか?」

「何がだ?」

「あなただけの“ヒスイ”だったのに」

「オレには必要ない」

「・・・あなたの想いを叶えるヒスイでも?」

「当たり前だ。その時点でもうヒスイじゃない」

「まぁ・・・もっともですけどね」

ジーンズの後ろポケットに両手を突っ込んでコハクが笑った。

「つくづく変わった趣味ですね、あなたも」

「腹が減っていた方が、飯は美味い。それだけだ。常に腹いっぱいのお前にはわかるまい」

「我慢して、我慢して、ほんの少し報われた瞬間が幸せ?なんか・・・“マゾ”っぽくないですか?」

「“エロ”よりマシだ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

しばしの沈黙の後、コハクが呟くように言った。

「・・・別に“腹いっぱい”じゃないですよ?ヒスイのこと、好きで、好きで、食べても、食べても、食べ足りないんで。むしろ飢えてます」

「・・・贅沢だ。馬鹿」

「さぁ〜て、帰って愛を確かめるとしますか。今夜も眠らせないぞ〜!」

  

ふぁぁ〜っ。

「お兄ちゃんの馬鹿・・・あんなに激しくすることないのに〜・・・」

翌日、朝早くヒスイは家を出た。

(結局ほとんど眠れなかった・・・また幻覚が見えたらどうしよう・・・)

向かうはモルダバイト城。オニキスのところだ。

裏庭に直通魔法陣がある。ヒスイはその上に立ち、移動の呪文を唱えた。

  

「オニキス!」

「ヒスイ?」

露骨に驚く。

まさかこれほど早く会えるとは思っていなかった。

「あ、ひょっとして忘れてる?今日、誕生日だよ。オニキスの」

「・・・・・・」

(誕生日・・・そういえば・・・)

「その顔は・・・忘れてたわね?だめじゃない。も〜・・・私が覚えてないとホントにわかんなくなっちゃうよ・・・」

文句を言いながらオニキスの傍に寄る。

「あ、でも手ぶらで来ちゃった。何か欲しいものある?」

「別に・・・」

「お兄ちゃんのプレゼントは・・・ああ、これかぁ」

ベッド脇に立て掛けてあるフェンネルをまじまじとみつめるヒスイ。

「一日早くあげてきたって言うから・・・」

(プレゼント?あいつまさか最初からそのつもりで・・・)

「私も何かプレゼントしたいんだけど・・・」

「・・・ならばキスを」

「え?」

「そんな顔をするな。鼻でいい」

くすくすくす。

「何を笑っている」

「だって、はじめて鼻にキスした時、オニキス真っ赤な顔して照れたの。覚えてる?アレはホント忘れられないわね」

「・・・・・・」

7歳の時の話だ。返す言葉もない。

「はい、屈んで〜」

ちゅっ。

ヒスイは笑いながらオニキスの鼻の頭にキスをした。

「誕生日おめでと」

   

誕生日が楽しみになったのはヒスイに出会ってからだ。

今日という日。

1/365日でもオレを想ってくれるなら。

オレはお前を・・・365日、愛そう。


+++END+++


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