世界に春がやってくる

番外編(お題No.26)

穢れなき乙女の行方

“トパーズとジストのお出かけ話”親子でささやかな冒険です。


[前編]


トパーズの朝。
 
「・・・・・・」
 
珍しく早起きしたのが仇になった。
 
夫婦の営みを見るのは、極力避けてきたというのに。
 
飲料水を求め、1階へ降りたのが間違いだった。
 
 
 
 
 
「ほうら、甘いよ?」
 
 
 
リビングの暖炉の前で。
 

※性描写カット
 

「ん・・・あまい」
 
 
 
それは、午後3時の顔。
 
おやつを頬張る時と同じ表情をしているヒスイ。
 
 
 
嬉しそうなのが、トパーズの勘に障る。
 
この不愉快な感情は“嫉妬”だとわかっていた。
 
こんな時。
 
理不尽なのは自分の方でも、出て行って、殴りたくなるのだ。
 
・・・コハクを。
 
 
 
 
 
※性描写カット
 
 
 
 
 
・・・その先は見ていない。
 
 
 
最悪の朝。
 
よりにもよって、この後ヒスイと出勤しなければならないのだ。
 
エクソシスト本部。
 
総帥のセレナイトから二人へ、直々にお呼びがかかっていた。
 
「トパーズ!お待たせっ!」
 
制服を着ればいつものヒスイ。
 
先程の姿は見る影もなく。
 
「じゃ、いこっ!」
 
無邪気な笑顔で近づいてくる。
 
傍に寄れば寄る程、石鹸の匂いが強くなった。
 
今更ではあるが、そんな事にも腹が立つ。
 
 
 
今朝もたっぷりと愛し合ったので、コハクは上機嫌。
 
総帥への手土産を持たせ、二人を潔く送り出した。
 
「気をつけていっておいで。総帥によろしく」
 
 
 
 
 
道すがら。
 
 
 
「・・・・・・」
 
トパーズは当然の如く不機嫌で。
 
「トパーズ?どうしたの?機嫌悪い?」
 
能天気なヒスイが下から覗き込む。
 
不機嫌には気付いても、その理由を悟る気配は微塵もなかった。
 
特に会話もなく、二人は一路エクソシスト正員寮を目指した。
 
 
 
エクソシスト正員寮。
 
 
 
寮の最上階にある司令室にて。
 
机越しの椅子が回転した。
 
腰掛けているのは、温厚な顔立ちの紳士だ。
 
 
 
特例エクソシストのトパーズと、仮パートナー“春夏秋冬”のヒスイ。
 
 
 
「君達を呼んだのは他でもない」
 
 
 
静かな語り口。そして。
 
 
 
「顔が見たかったから」
 
「・・・・・・」「・・・・・・」
 
「私はね、君達がこんなに小さな頃から・・・」
 
身振り手振りで得意になって話す、昔話の好きなこの男こそが、エクソシスト総帥セレナイトだ。
 
メノウ・コハクと旧知の仲で、それこそヒスイが産まれる前から縁があるのだ。
 
本人は“人間”と主張するが、かれこれ100年以上も30代前半の姿のままである。
 
「さっさと用件を言え」
 
トパーズに軽くあしらわれ、苦笑い。
 
 
 
「君達に頼みたい事があってね」
 
 
 
「え?ユニコーンの角?」
 
ヒスイが怪訝な顔で繰り返した。
 
「魔法医師協会からの依頼でね」
 
ユニコーンの角は魔法薬の材料として使われてきたが、近年は入手困難な状態が続いており、その価値は高騰する一方だった。
 
「だってユニコーンは穢れなき乙女にしか・・・」
 
心を開かない、と言われている。
 
美しい外見の馬だが、気性は獰猛なのだ。
 
穢れなき乙女・・・つまり処女でなければ近づく事さえできない。
 
「近頃は面喰いのユニコーンが増えてね、ヴァージンというだけではなかなか・・・」
 
入手困難の原因はその辺りにあるようだ。
 
「それで?コレのどこが“穢れなき乙女”だ?」
 
ヒスイを「コレ」と称すのは・・・トパーズ。
 
ペシペシと上からヒスイの頭を叩いて言った。
 
 
 
「こいつは使えない」
 
 
 
セレナイトとは長い付き合いなのだ。
 
一族の内情を知らない筈がなかった。
 
普通に考えれば、わざわざ自分達二人に与えるべき任務ではない。
 
「大本は最初に述べた理由だよ」と、セレナイト。
 
“二人の顔が見たい”
 
それが一番の目的であって、頼み事はオマケのようなものだ。
 
ヒスイが穢れなき乙女かどうかなど最初から問題ではなかった。
 
ついでの任務。
 
だが、その内容は案外難易度が高かった。
 
 
 
入手方法は問わないが、平和的に。
 
 
 
最後にそう念押しされ、二人は司令室を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
部屋を出てすぐの廊下で。
 
 
 
 
 
「どうしよっか、おにい・・・あ」
 
 
 
 
 
ヒスイはパートナーの名前を間違えるという大失敗をした。
 
(ま、間違っちゃった・・・まずいわ)
 
じんわり冷や汗。
 
この失言は確実にトパーズを怒らせる・・・それくらいはヒスイでもわかる。
 
「ごめん。トパーズ」
 
訂正。謝罪。恐る恐る上を見上げる、と。
 
「・・・・・・・・・」
 
怒りが露骨に表面化していた。
 
「あ・・・えっと・・・」
 
ただでは済まない気配を察し、逃げ腰になるヒスイ。
 
「そうそう!親子で出掛けるのも久しぶりよねっ!」
 
・・・また口を滑らせた。
 
“親子”という単語にピクッ。
 
「親子・・・だと?」
 
相次ぐヒスイの失態は今朝のイライラに上乗せされ、トパーズの眉間に寄った皺が更に深くなった。
 
 
 
 
 
「オレはお前を母親とは思えない。これからも、ずっとだ」
 
 
 
 
 
「・・・うん。ごめんね」
 
トパーズの言葉を受け、ヒスイの表情が曇る。
 
「・・・誤解のないように言っておく」
 
「え・・・?」
 
トパーズはヒスイの顎を掴み、ギリギリまで唇を寄せた。
 
 
 
キス、寸止め。
 
 
 
「・・・こういう事、だ」
 
妙な勘違いをされると困る。
 
それは男女の恋愛感情という意味で。
 
昔のような確執があるわけではないのだ。
 
 
 
熱い息がかかる距離。
 
 
 
だが、ここで一線を越えたらまた騒動だ。
 
今は我慢するしかない。
 
「・・・は・・・離して」
 
ヒスイが視線を逸らした。
 
「・・・・・・」
 
自制心に比例する意地悪心。
 
欲望を抑えようとすればする程、鬼畜な気分になって。
 
トパーズは逃げようとするヒスイを捉まえ、指を二本口へ突っ込んだ。
 
 
 
 
 
「んむっ!?」
 
「・・・ほうら、甘いよ?」
 
 
 
 
 
ヒスイの耳元で、コハクの口調を真似て、ニヤリ。
 
「!!!」
 
(見てたの!?)
 
動揺したヒスイは頬を真っ赤に染めた。
 
「同じようにやってみろ」
 
「あ・・・えぅ・・・」
 
トパーズは指先でヒスイの口内を愛撫し、淫らな唾液を溢れさせた。
 
「けふっ・・・やめ・・・」
 
今にも泣き出しそうなヒスイ。
 
どうにもならない関係の憂さ晴らしに。
 
(このまま泣かせてやる)
 
そう思った矢先・・・
 
 
 
ガブッ!!
 
 
 
「・・・・・・」
 
思いきりヒスイに指を噛まれた。
 
窮鼠猫を噛む。そんな状態で。
 
切羽詰まったヒスイが精一杯の抵抗をした。
 
どのみち、泣かせる事はできても、イカせる事はできない。
 
トパーズはヒスイの口から指を抜いた。
 
 
 
「意地悪っ!!」
 
 
 
口元の涎を拭い逃げ出すヒスイを・・・追いかけない。
 
嬲って、気が済んだ。
 
「さっさと片付ける」
 
ついでの任務に妊娠中のヒスイを連れて行く気はなかった。
 
城の方向へ逃走したので、シトリンのところにでも行ったのだろう、と。
 
むしろその方が都合が良かった。
 
 
 
「とりあえず屋敷に戻るか」
 
“穢れなき乙女”の調達も面倒だ。
 
可能性は低いが、魔法医師のメノウならユニコーンの角を持っているかもしれない。
 
運が良ければ、骨を折らずとも入手できる。
 
そう考え、トパーズは一旦屋敷へ引き返す事にした。
 
 
 
 
 
 
 
赤い屋根の屋敷。
 
 
 
ジストの朝。
 
「と〜ちゃん、おはよぉ」
 
くしゃくしゃの寝癖頭でジストが二階から降りてきた。
 
サルファーは家を出て、子供は今ジストひとりだ。
 
じきもうひとり増えるが、少し寂しい。
 
「おはよう、ジスト」
 
エプロンをしたコハクがにこやかに迎えた。
 
 
 
「あれ?ヒスイは?」
 
「出掛けたよ、トパーズと」
 
 
 
「・・・え?」
 
一気にジストの眠気が吹き飛んだ。
 
「兄ちゃん・・・と、ヒスイが・・・何で?」
 
「総帥に呼ばれたんだ」
 
それよりも・・・と。
 
コハクが話題を変えた。
 
「そろそろメノウ様を起こしてきてくれる?」
 
 
 
 
 
屋敷2階。メノウの部屋。
 
 
 
「うわ・・・じいちゃんの部屋相変わらずゴチャゴチャ・・・」
 
屋敷で唯一片付かない部屋。
 
今日は特にひどい。
 
あらゆる物が散らばっていて、足の踏み場もなかった。
 
「じ〜ちゃん?」
 
ベッドの上にメノウの姿はなく。
 
ゴソゴソ・・・音がした。
 
どこかにいるようだが、メノウの部屋は広く、何ヵ所も棚で仕切られているので見通しも悪かった。
 
ジストが見たこともないような道具や古びた書物。
 
割れ物なんかも混ざっていて。
 
(踏んだらやばそう・・・)
 
爪先立ちで歩くジスト。
 
「じいちゃん?どこ?」
 
 
 
「ん?なんだろ・・・」
 
メノウを見つける事ができないまま、ジストは向かいの棚でキラキラ光るものを発見した。
 
「カツラ?」
 
見事な銀髪の。
 
昔、メノウがヒスイになりすます為に使用していた物だった。
 
「ヒスイの髪みたい」
 
それもその筈。ヒスイの髪を培養し、製作したのだ。
 
「綺麗だな〜・・・」
 
自分も同じ銀髪なのだが、そんな事は頭になく。
 
後は好奇心とちょっとした出来心で・・・装着。
 
 
 
その時、部屋の扉が開いた。
 
 
 
 
 
「おい、ジジイ・・・」
 
「え!?に、兄ちゃんっ!?」
 
 
 
 
 
両者ビックリ。瞳を見開き、一瞬固まった。
 
「オレっ!そういう趣味ないからっ!!」
 
我に返ったジストが慌てて弁解・・・だが。
 
「丁度いい。そのまま被ってろ」
 
「え?え?」
 
「・・・スピネルに負けない美人だ」
 
いかにも企みがありそうな褒め言葉。
 
「協力しろ」
 
 
 
トパーズはジストを屋敷から連れ出した。
 
 
 
 
 
 
 
モルダバイト城下。
 
 
 
「ユニコーンの角?穢れなき乙女?」
 
「そうだ。お前がやれ」
 
“穢れなき乙女”役。
 
顔立ちの良さは当たり前の事として。
 
「処女も童貞も似たり寄ったりだ」
 
要は、未経験なら。
 
少なくともヒスイよりは見込みがある、と。
 
街角の洋服屋で適当なワンピースを購入し、ジストに押し付ける。
 
「え!?こんなの着るの!?やだよっ!オレ、男だもんっ!!」
 
「着ろ」
 
問答無用と睨み付けるトパーズ。
 
 
 
 
 
「お前は・・・弟だ」
 
「そんなの・・・わかってるよ」
 
 
 
 
 
親子でも。兄弟として生きると決めた。
 
とはいえ、簡単に割り切れるものでもなく。
 
密かに思い悩むジストをよそに。
 
「・・・少ない脳ミソで考えるだけ無駄だ」
 
トパーズが言い放つ。
 
 
 
 
 
 
 
『弟は、兄に従え』


[後編]



引き続き・・・モルダバイト城下。
 
 
 
 
 
「待って・・・っ!トパーズってば!」
 
 
 
 
 
「兄ちゃんっ!ヒスイだよ!何で無視すんの!?」
 
「・・・・・・」
 
 
 
ヒスイの声は聞こえないフリでやりすごそうとするトパーズのシャツをジストが引っ張る。
 
「はぁっ!はぁ・・・やっと追いついた・・・」
 
「・・・何でお前がここにいる」
 
「“穢れなき乙女”って言うから、ジョールに協力して貰おうかと思って」
 
逃げ出したその足でジョールの家に行ったのだという。
 
しかしジョールは留守で。
 
「イズとデートしてるのね、きっと」
 
諦めて屋敷に戻ろうとしたところ、偶然トパーズを見つけたという状況だ。
 
虐めを受けた事はもう忘れている。
 
「あれ・・・?」
 
毎度のことながら気付くのが遅い。
 
女装したジストの存在をやっと認識し、しげしげと眺めるヒスイ。
 
「・・・どこかで見た顔ね」
 
スピネルと初対面した時と同じ台詞を口にした。
 
「オレだよっ!オレ!!」
 
「・・・ジスト?あ、そっか」
 
馬鹿っぽくても馬鹿ではない。
 
ジストが“穢れなき乙女”役と理解し、ヒスイは無邪気に笑った。
 
「よろしくね、ジスト」
 
「え!?あ、うん」
 
あまりその気はなかったのだが、ヒスイの笑顔に負け・・・
 
「任せといて!!頑張るよっ!オレっ!!」
 
 
 
 
 
マーキーズ国。エルフの森。
 
 
 
太さ、長さ、密度や鮮度、そういったものでユニコーンの角もランク付けされる。
 
この森に棲むユニコーンの質が最も良いとされていた。
 
ちなみに“エルフの森”とは近隣に住む者達による俗称である。
 
 
 
「ここから先はお前一人で行け」
 
 
 
美しく茂る森。
 
一層緑が濃くなったところで、トパーズとヒスイは足を止めた。
 
この先がユニコーンの住処なのだ。
 
「え・・・兄ちゃんも一緒に・・・」
 
「行けるか、馬鹿」
 
残る二人は処女でも童貞でもない。
 
共に進んだところで、ユニコーンは姿も見せないだろう。
 
(そうだ、兄ちゃんはヒスイと・・・だからオレがいるんだもんな・・・)
 
ちらっと。
 
ヒスイのお腹を見る。
 
まだ目立たないが、そこには新しい命が宿っている。
 
(まさか・・・兄ちゃんの子だったり・・・)
 
休日は決まって、昼寝をするヒスイの傍で本を読んでいるトパーズ。
 
ヒスイにしょっちゅうちょっかいをかけているのも知っていた。
 
(だめだ!そんな事考えちゃっ!!ヒスイは「してない」って言ったんだから!!疑うなんて最低だ!)
 
思考が正常に戻ると同時に、自分への罰。
 
木の幹に額を強打し・・・
 
「ジスト!?何やって・・・」
 
「ごめんっ!!ヒスイ!!」
 
「は?」
 
ヒスイの両手を握り、勝手に詫びを入れた。
 
「いってくるっ!二人はそこで待ってて!!」
 
 
 
 
 
「何だ、アイツ」着火する予定のない煙草を咥えるトパーズ。
 
「さぁ?」ヒスイも首を傾げ、弾む銀髪を見送った。
 
 
 
 
 
 
 
森の奥。
 
 
 
「は〜っ!空気がうまいっ!」
 
ユニコーンの住処とされる場所でジストは大きく深呼吸をした。
 
十数年に一度生え替わるユニコーンの角。
 
ユニコーンは抜けた角を隠す習性があるらしく、気に入った“穢れなき乙女”にしかその在処を明かさない。
 
 
 
澄んだ泉のほとりで。
 
「オレ、ちゃんと女の子に見えるかな」
 
水面を鏡代わりに覗き込む。すると・・・
 
額に角を持つ白馬が水面に映った。
 
(きたっ!!)
 
緊張でジストの鼓動が早くなる。
 
 
 
“目があったらとにかく微笑め”
 
 
 
トパーズから教えを受けていた。
 
振り返り、道中何度も練習した乙女スマイルでまず一頭。
 
ブルル・・・
 
ユニコーンは大いにジストを気に入った様子だった。
 
 
 
“寄ってきたら首筋を撫でてやれ”
 
 
 
それもトパーズの入れ知恵だ。
 
普通の馬より一回りは大きい。
 
雄々しく、高潔な一角獣、ユニコーン。
 
「・・・美しき乙女よ。お相手願えるか」
 
(しゃ・・・しゃべった!!)
 
そこで今度はヒスイのアドバイスを思い出す。
 
 
 
ユニコーンはね、綺麗な女の子とお喋りしたいの。
 
自分達は滅多に森から出ないから、外の様子を聞きたがると思うわ。
 
 
 
しばしのトークデート。
 
そのお礼に角が貰える・・・入手手順はだいたいそんな感じらしい。
 
 
 
それから小一時間。
 
ジストは鬣の立派なユニコーンと共に過ごした。
 
元々、人懐こく、話し好きであるため任務という意識もなく、心から会話を楽しんだ。
 
相手のユニコーンは感激し、お礼の品である角を惜しみなくジストに与え・・・何もかもが上手くいく予定だった。
 
ところが。
 
穢れなき乙女の美しさと、明るい笑い声に他のユニコーンも集まってきたのだ。
 
その数は10頭を越え・・・
 
「美しき乙女よ。お相手願えるか」
 
同時に申し込みが殺到し、勃発する乙女争奪戦。
 
 
 
みるみるうちに積み上がるユニコーンの角。
 
 
 
先を争うユニコーン達が、乙女の気を引こうとありったけ持ってきた。
 
「角は全て捧げる」「私とて」「乙女よ、私と」「いいや、私だ」
 
「ちょっ!ちょっと待ってよっ!」
 
段々と、ユニコーン達の間に不穏なムードが広がる。
 
しまいには、あちこちで雄同士の戦いが始まってしまった。
 
口喧嘩ならまだいいが、角を武器に互いを傷つける争いにまで発展し、いつもは静寂な森が騒然となった。
 
「なんでこうなっちゃうんだよ・・・やめてよっ!!」
 
ジストが叫んでも、乙女獲得に夢中な雄達は耳を貸さない。
 
そしてついに・・・
 
 
 
 
 
「“穢れなき乙女”なんかじゃない!オレ!ホントは男なんだっ!!」
 
 
 
 
 
ジストの口から“男”という単語が飛び出し、一斉にユニコーン達の動きが止まった。
 
「アレだってちゃんとついてるよ!!」
 
ワンピースの裾を両手で捲り上げる・・・と、トランクス。
 
計12頭のユニコーンが顔を近づける。
 
 
 
股の間に、乙女にはない筈のものが・・・確かに。
 
 
 
 
 
 
 
「ジスト、大丈夫かな」
 
予定時刻を過ぎてもジストが戻ってこないので、ヒスイは心配顔で。
 
「・・・何?この音」
 
地鳴り。それから直ぐ。
 
 
 
 
 
「わぁぁぁぁ!!!」ドドドドド!!!
 
 
 
 
 
ジストが現れた。
 
怒り狂ったユニコーンの群れを引き連れて。
 
「ジストっ!?」
 
「ち・・・あの馬鹿。性別バラしたな」
 
プライドの高い種族なので、穢れなき乙女が男と知り、逆上していた。
 
先頭のユニコーンの角で尻を突かれ、飛び上がるジスト。
 
「わっ!いてっ!!」
 
狙われ体質で、追いかけられることに慣れているジストでも、この事態には当惑していた。
 
 
 
「・・・止まれ。馬」
 
 
 
トパーズの一言。
 
それは呪文だった。
 
ジストを追いかけ回していたユニコーン達の時間を止めたのだ。
 
森に静寂が戻った。
 
 
 
「拾ってこい」
 
「うん」
 
 
 
トパーズからヒスイへ。
 
まるで手下にでも命令するかのように。
 
静止したユニコーン達の間を抜け、ヒスイは森の奥へと進み、山積みされた角を袋に詰め始めた。
 
「え?ソレ持ってっちゃうの?」
 
騙し取ったみたいで、どうにもジストの良心が痛む。
 
「これは・・・」
 
いつもの偉そうな態度で、トパーズがもっともらしい理由を述べた。
 
「入手困難なユニコーンの角に代わる物質を開発する為の研究材料として使われる。抜けた乳歯のようなもので、本来奴等には必要のないものだ」
更にヒスイが付け加える。 
「開発に成功すればハンターに狙われる事もなくなるわ」
  
「でも・・・あ!そうだっ!」
 
閃きでジストの瞳が輝いた。
 
「あっちに花畑があるんだ!」
 
黙って持ってゆくのも気が引けるので、感謝の気持ちを込め、一頭一頭に花輪を贈りたい・・・そうジストが提案した。
 
「角に掛けてから帰ろうよ!」
 
 
 
「・・・まぁ、いいんじゃない」と、ヒスイ。
 
「勝手にしろ」と、トパーズ。
 
 
 
花畑へと場所を移し。
 
 
 
「「う〜ん」」
 
ジストとヒスイが同時に唸った。
 
二人ともあまり手先が器用ではなく、花輪はボロボロだ。
 
ちょっと持ち上げただけで、解けて、崩れる。
 
これではユニコーンにも花にも申し訳ないというもの。
 
「「う〜ん」」
 
「・・・お前は花を摘んでこい」
 
見かねたトパーズがジストに言った。
 
完成した花輪は10個。
 
編み上げたのはすべてトパーズだ。
 
「・・・指、痛い?」
 
「別に」
 
せっせと花を編むトパーズの指にはくっきりヒスイの歯形が残っていて、少し血が滲んでいた。
 
「ごめん・・・強く噛みすぎたわ」
 
「・・・・・・」
 
トパーズは何も言わなかった。
 
「可愛いね、ジスト」
 
少し先で懸命に花を摘んでいる。
 
 
 
 
 
「・・・もう一人産ませてやろうか」
 
 
 
 
 
もちろんそれは冗談ではなく、本気の誘いだった。
 
対してヒスイの返答は、実にあっさりと。
 
それでいて隙のないものだった。
 
 
 
 
 
「いい。お兄ちゃんに頼むから。次も。その次も。ずっと」
 
 
 
 
 
「クク・・・」
 
「何で笑うの?」
 
 
 
(成る程・・・)
 
 
 
父上もこうして玉砕し続けているのか。
 
 
 
今になってやっと、オニキスの気持ちが理解できる。
 
(相手にされないとわかっていても、離れられない・・・か)
 
自分も同じ道に踏み込んだと思うと、皮肉すぎて笑えた。
 
(まったく・・・酔狂だな)
 
 
 
 
 
「ホラ」
 
「え?」
 
 
 
 
 
ヒスイの頭にのったのは、花冠。
 
「・・・余った」
 
正確には「余る予定」なのだが、ジストが摘んでくる分を見越して。
 
丁度そこにタイミング良くジストが花を抱えて戻ってきた。
 
「わ・・・ヒスイ可愛いっ!!」
 
花の香りと夕焼けの色に包まれて。
 
ヒスイは素直に喜び、笑った。
 
 
 
「ありがと」
 
 
 
 
 
 
 
黄昏の帰り道。
 
森から一番近い村の教会へ向かう一行。
 
そこに往復仕様の魔法陣を開通させていた。
 
 
 
「・・・お前等、先帰ってろ」
 
 
 
教会目前の路上で、トパーズは一頭のユニコーンの気配に気付いた。
 
(角を取り返しに来たか・・・)
 
角をしこたま詰めた袋は自分が担いでいる。
 
夕飯のメニューの話題で盛り上がるヒスイとジストを先に行かせ、トパーズは一人その場に残った。
 
 
 
間もなく、一頭のユニコーンが現れた。
 
 
 
警戒心の強いユニコーンが住み慣れた森を離れる事は殆どない。
 
それが・・・穢れなき乙女の一行を追ってきた。
 
花輪をしていないので先程のユニコーン達とは違うようだ。
 
どことなく風格もある。
 
(群れの長か・・・)
 
“神”の身分を明かせば話は早いが、存在が広まるのも煩わしい。
 
人間界では一般の高校教師として生活したいのだ。
 
エクソシストという立場上、揉め事を起こす訳にもいかず、平和的に解決するには・・・交渉取引。
 
トパーズがそこまで考えたところで。
 
 
 
 
 
「先程は若い衆が失礼をした」
 
 
 
 
 
思いがけない贈り物に皆、喜んでいた。と、ユニコーンの長は続けた。
 
 
 
角が欲しい時はいつでも森へ来るといい。
 
穢れなき乙女・・・もとい心優しき少年にそう伝えて欲しい。
 
 
 
一方的にそれだけ述べ、長は森へと帰っていった。
 
 
 
遠ざかる蹄の音が小気味良い。
 
ジストの気持ちが、伝わったのだ。
 
 
 
トパーズは煙草の先に火を灯し、笑った。
 
 
 
「・・・上出来だ」
 
 
 
 
 
 
 
屋敷裏口。
 
 
 
マーキーズで一服し、少し遅れて帰路に着いたトパーズ。
 
到着してすぐ、頭に花冠をのせたヒスイの後ろ姿が目に入った。
 
(まだ外をうろついてたのか)
 
「・・・・・・」
 
仄かな花の香り。
 
コハクに奪われてしまう前に。
 
 
 
 
 
(・・・ここまできたら親も子もない)
 
 
 
 
 
両手を伸ばし、ヒスイを捉える。
 
背後から強く抱き寄せ、これでもかと愛情たっぷりに耳を噛んだ。
 
 
 
 
 
「・・・10年待ってろ」
 
 
 
 
 
そのまま、耳元で甘く囁いて。
 
 
 
 
 
・・・ぎょっとする。
 
 
 
 
 
「に、兄ちゃんっ!?」
 
「・・・・・・・・・」
 
(やられた)
 
さっきまでヒスイが着ていた制服、そして、ヒスイに与えた筈の花冠。
 
それらをジストが身に付けていること自体、通常では有り得ない。
 
コハクが手引きしたに決まっている。
 
ヒスイよりジストの方が数センチ背が高いのだ。
 
同じ髪型でも、よく見れば間違える事もなかったのだが、花冠がのっていた事でヒスイと思い込んでしまった。
 
見事コハクの策略に嵌り、ジスト相手に大恥だ。
 
あまりの悔しさに言葉も出ない。
 
「何っ!?今の!?10年って!?」
 
噛まれた耳を押さえて騒ぐジスト。
 
ゴッ!!
 
黙らせるのに、とりあえず一発殴る。
 
このまま記憶も飛んでしまえ!と、思う。
 
 
 
「ってぇ!何すんだよっ!!」
 
「・・・ガキはクソして寝ろ」
 
 
 
 
 
 
 
その頃。室内リビング。
 
 
 
本物のヒスイはコハクの腕の中にいた。
 
何度もただいまのキスをした後で。
 
「ね、お兄ちゃん、何でわざわざ・・・」
 
ジストと服を交換しなければならなかったのか、ヒスイにしてみれば謎だ。
 
「今頃たぶん面白い事になってるよ」
 
コハクは、帰宅した二人を直ぐ着替えさせ、ジストに、後ろ向きで、裏口に立つよう指示した。
 
きっかけは・・・花冠。
 
(ヒスイに花冠って・・・可愛いけど!!)
 
トパーズからというのが許せない。
 
普段は意地悪なくせに、たまに優しくする。
 
(油断ならない奴だ!!)
 
沸々と、燃え上がるジェラシー。
 
そこへ。
 
 
 
「・・・ハメたな」
 
「あ、ハマった?」
 
 
 
美しく邪悪な笑みを浮かべるコハク。
 
次の展開に備え、ヒスイを避難させた。
 
 
 
 
 
「イケナイなぁ。人妻を口説いちゃ」
 
 
 
 
 
挑発されたトパーズが襟首を掴んだ瞬間に、頭突きで先制攻撃。
 
 
 
「溜まったモノは、僕が発散させてあげよう」
 
「余計なお世話だ」
 
 
 
怯まずトパーズもやり返す。
 
 
 
「・・・貴様、殺す」
 
「ははは!死ぬのは君だ」
 
 
 
「お?久々にやるかぁ」
 
審判役のメノウもリビングに顔を出して。
 
男3人が連なり、表へ。
 
「ヒスイっ!止めないの!?」
 
いつも以上に派手な喧嘩になりそうで、ジストはオロオロ・・・
 
 
 
「うん。だってお兄ちゃんいつも言ってるもん」
 
 
 
ヒスイは後を追う様子もなく。
 
たまに変な物が飛んでくるので、しっかりと窓を閉めて。
 
 
 
「あれがね・・・」
 
 
 
 
 
家庭円満の秘訣なんだって。


+++END+++


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