短編(No.11)

冬至の夜。



冬至の夜。
家からサンゴを連れ出した。

吸血鬼のサンゴは昼間外に出られない。
だから、デートは専ら夜で。

今夜は特に、一年でいちばん長い夜だから。
ずっと、この夜を待ってた。



「まずはここ」
メノウはサンゴを洋服屋へ連れ込んだ。
「サンゴ、ロングのドレスばっかじゃん。たまにはこういうのも着て」
「・・・え?これ・・・を、ですか・・・」
ほとんど命令に近いカタチで手渡されたのは、丈の短いワンピース。
「とにかく着てみなよ。絶対似合うから」
「あの・・・でも・・・私・・・」
露出の高い服など着たことがないサンゴは弱々しい口調で抵抗を試みた・・・が、話を聞かないメノウに無理矢理試着室へと押し込まれてしまった。


「・・・・・・」
鏡の前で服を当ててみる。
淡いライトグリーンの生地に白いレースとリボン、胸元に薔薇の花飾りが付いている可愛らしいデザインの服だった。
(こんな・・・人間の若い女性が着るような服を・・・私が?)
「サンゴ〜?まだ〜?」
カーテンの向こうでメノウが待っている。サンゴに選択の余地はない。
「メノウさまがご所望なら・・・」
と、サンゴは心を奮い立たせ、いつものロングドレスを脱いだ。


「サンゴ?着替えた?」
「あっ・・・待ってくださ・・・」
シャッ!
サンゴの返答を待たず、メノウがカーテンを捲った。すると・・・
「きゃあぁぁっ!」
試着室から大きな悲鳴。
「お客様!?どうかされましたか!?」
当然店員が飛んでくる。
「あ〜・・・俺達夫婦なんだけど」
自分は断じて怪しい者ではない、と慌てて結婚指輪を見せ、弁解するメノウ。



(きゃあぁっ・・・って・・・夫婦でソレはないよな〜・・・)
茶目っ気で、ちょっと覗いてやろうかと思っただけなのに。
下着姿のサンゴに悲鳴で拒絶され、微妙に傷心。
肉体関係を持っても、サンゴのこういうところは全く変わらなかった。


「す・・・すみません・・・メノウさま・・・」
「いいよ。いいよ。俺も悪かった」


冬至の夜に毎年開催される音楽会。
生の演奏をサンゴに聴かせてやりたくて。
軽く正装をして家を出た。
ワンピースのプレゼントは、サプライズ企画の一端として以前から計画していたことだった。

試着をしたワンピースは、メノウが会計を済ませ、そのままサンゴのものになった。

「うん。やっぱり良く似合う。サンゴは足が綺麗だから」
ヒールの靴を履いたサンゴは益々背が高くなっている。
「もうこんだけ身長差があったら、見栄張るだけ無駄だし」
考え尽くしたコーディネート。
サンゴは思い描いた通り、美しかった。



夜の学校に忍び込んで、目指すは屋上。
「ごめんな、ホントは会場まで連れてってやりたかったんだけど」
銀の吸血鬼は目立ち過ぎる・・・
悪魔に対して、人間が敏感になっている時代だった。

気持ち的にはここが会場。演出にもこだわった。
「ここなら見晴らしもいいし、音も良く聞こえるからさ・・・って、サンゴ?」
店を出てから、サンゴがどうにも落ち着かない様子で。
「またこんなに高価なものを・・・先日首飾りをいただいたばかりなのに・・・」
思い詰めた顔で、更にこう続けた。
「いただいた分は、働いてお返しします」
「・・・・・・」
メノウ、絶句。
(おいおい・・・そりゃないだろ〜・・・)


ロマンチックな音楽会の夜よりも。
着せられたワンピースの値段が気になるサンゴ。


(やっぱズレてる・・・)



「あのさぁ・・・夫婦なんだからそんなの当たり前じゃん。それに俺、サンゴに貢ぐの好きだし」
「でも私・・・何のお役にも・・・」
「いいんだよ。サンゴは俺の子供を産むんだから。専業主婦で」
「専業・・・主婦?」
「そ。子供と一緒に家で俺の帰りを待っててくれればいいの」
「子供と・・・一緒に?」
メノウの口から語られる“未来”を、サンゴはただ復唱するばかりで。
「任せとけって。ガッツリ稼いで、贅沢させてやるからさ。欲しいものは何だって・・・」


屋上いっぱいに月光が降り注ぐ。
楽器の演奏はもう始まっていて、町中が音楽で溢れていた。


『・・・ねぇ、サンゴ。“世界”をキミにあげようか?』


「太陽をブッ潰してさ」
月を背に、メノウが永遠の闇を仄めかす。


愛しいサンゴの為ならば。
世界から光を奪うことさえ厭わない。


この時はまだ・・・そんなことを考えていた。


「いいえ。夜明けのない世界など望みません。私が欲しいのは、たったひとつ」
初めて出逢った時と同じように毅然とした口調でサンゴが答えた。
「何?言ってみなよ」
「“メノウさま”です」
「・・・なんだ。そんなんでいいの?一番安上がりじゃん」
メノウは上目遣いに笑って、ネクタイを緩めた。



「“俺”で良ければ、今すぐあげるよ。はい、どうぞ」
「いえ、あの。そういう意味では・・・ないような・・・あるような・・・あぁ・・・私は何を言って・・・」
自分の言葉に照れて、しどろもどろになるサンゴ。
「くすくす・・・いいよ。わかってる」
身を捧げたところで、きっとサンゴは途方に暮れる。まだ性交に慣れていないのだ。
「いただきます」という事になる筈もなく。頬染めて、俯いて。
「・・・メノウさまの・・・お好きなように・・・」
「ん〜・・・じゃあ、キス、してくれる?うんと濃厚なヤツ」
「はい」



「んっ・・・」
サンゴの舌を迎え入れ、絡め合い、唇を吸って、吸われて。
“濃厚”と指示したので、サンゴは熱心にキスを繰り返した。
ギッ、ギギッ・・・
サンゴの唇が押し当てられる度に、寄り掛かっていたフェンスが軋む。
「んっ・・・サンゴ・・・」
「メノウ・・・さま」
二人、キスに溺れて・・・バキッ!
「・・・わっ、やば・・・」
ついにフェンスが外れ、地上へ向けて真っ逆さまに。

パサ・・・ッ。

宙に放り出されたと同時に、激突をどう回避しようかとメノウの頭が計算を始めたが、その必要もなかった。


「サンゴ・・・飛べたんだ・・・」
「はい」



サンゴの背中に見えるのは銀色の光を凝縮したような、目映い光を放つ羽根。
悪魔らしく、その輪郭は蝙蝠の羽根に似ている。
サンゴはメノウを抱えてふわりと地上に着地した。
「メノウさま、お怪我はありませんか?」
「うん。ありがと・・・って、サンゴぉ〜」
「はい?」
「自分が怪我してんじゃん」
フェンスに引っ掛けたのか、膝からは血が滲んで。
「ほら!早く!魔法で治すから、ココ座って」
芝生の上で向かい合って座り、擦り剥いたサンゴの膝を舐めながら、回復呪文。
「ありがとうございます。メノウさま」
細く長いサンゴの足は舐めるとなぜか甘くて。
「メノウ・・・さま?」
治療が済んでもまだ舐めていたい。



(このままヤっちゃおっかな〜・・・)


正直、体は求めている。でも。


(時間が勿体ないか。セックスはいつでもできるし)


それよりも、今夜はもっとサンゴに“世界”を見せてあげたい。



「メノウさま」
「ん?」
「帰ったらすぐ、日記を書きますね。とても・・・素敵な夜ですから」
「よしっ!じゃあ、今夜はとことん遊ぶか!」
「はいっ!」



手を繋いで走り出す。

今夜は二人で、いけるとこまでいこう。

一年で、いちばん長くデートができる夜だから。


+++END+++


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