世界に春がやってくる

短編(No.)

ヒスイ×サルファー



「と〜ちゃん。と〜ちゃん」
ジストの小声。
 「ん?」
コハクが顔を寄せる。
 「もうすぐ“母の日”でしょ?ヒスイにプレゼントあげたいんだけど何がいいかなぁ・・・」
ワクワク。ソワソワ。
この時期になるといつも張り切るジスト。
 母の日。誕生日。クリスマス。
“ヒスイにプレゼントをする”のが毎年楽しみで仕方がないのだ。
お小遣いはそのためにしっかり貯めてある。


 密かに期待・・・お礼のキス。しかし貰えた試しがなかった。


 「くす。そうだねぇ。じゃあ、午後から町まで行ってみる?」
もちろんヒスイには内緒で、と付け加えて片目をつぶるコハク。
 「やったっ!サルファーも行くだろ?」

 「行くわけないだろ」
 大好きな父とのショッピングは魅力的だが、ヒスイのためというのがどうにも気にくわない。


 母の日?お母さんいつもありがとう?
 冗談じゃない。口が裂けても言うもんか。


 学校ではしきりに“母の日”へ向けての授業が行われていた。
 貴重な美術の時間に“母親の顔”を描かされ。
ジストはスケッチブック一冊使いきるぐらい、たくさんのヒスイを描いた。
 (・・・下手なくせに)
サルファーはたったの一枚。


へのへのもへじ。


 更に憂鬱なのは授業参観が近い事。
 今回初の試みとかで、担任のルチルが意気込んでいた。
 「ちゃんとヒスイ連れて行くから、楽しみにしててね」
と、コハク。喜んでいるのはジストだけだった。



 「ホントに・・・あった」
サルファーは一冊の本を高く掲げた。
 『性格を変える魔法』が記された魔法書。
 忍び込んだ“ヒスイ図書館”。
ヒスイがこれまでに集めた本がズラリと並ぶ書斎だ。
 「これであの女の性格を変えてやる・・・」


 母親らしく。
それが目的だった。


 「じゃあ、行ってくるね、ヒスイ」
 「うん〜」
ちゅっ。
コハクのシャツを着て見送る。
 「ふあぁぁ〜・・・えっちするとやっぱり眠くなっちゃう・・・」
 休日の朝は大抵えっち。それは今日も同じで。
ヒスイはいつものようにリビングで昼寝をはじめた。


 「・・・・・・」
 (今がチャンスだ!)
コハクのシャツを着ている時は、100%えっちの後。
それは子供でもわかる。
 (こういう時はいつにも増して起きないんだ)
 「よしっ!やってやる!」
サルファーは特殊なチョークで床に魔法陣を描いた。


 「むにゃぁ〜・・・おに〜・・・ちゃぁ〜・・・ん」
ぐ〜すか寝ているヒスイを引きずり、魔法陣の中心へ。


 「・・・・・・」


こんな風に寝てばっかりじゃなくて。
もっと優しくて!
 料理裁縫ができて!
 胸が大きくなれ!!


 母親とは豊満な胸を持つ生き物と、勝手に思っていた。
 脳裏に浮かぶは、友人ヨルムンガルドの母、サファイア。
あんな感じに・・・あんな感じに・・・
 ブツブツブツ・・・
 もっとああで!こうで!
もっと!もっと!もっと・・・っ!!!
 今こそ不満を爆発させて。
ヒスイ改造計画発動。


ボンッ!!
 「わぁぁっ!!」
ドサッ!!


 「!?なにっ!?」
 大きな音で目を覚ましたヒスイ。
サルファーが床に倒れている。
 「サルファー!?どうしたの!?」


 「・・・母さん?」
 意識を取り戻したサルファーの口から信じられない単語が出た。
 「えっ・・・」
 「母さんっ!!大好きっ!!!」
 「はぁぁ〜っ!!?」


その時、床に落ちていた魔法書が目に留まる。
 「あれは・・・性格を変える魔法が載ってる・・・」
 (・・・なるほどね)
ヒスイもこれでサルファーの性格を変えてやろうと思っていたのだ。


“願い事”が多すぎて、呪文失敗。
 性格を変える魔法は、実はかなりの高等呪文だった。
 失敗した呪文は、何倍にもなって術者に返ってくる。


 突如マザコン化したサルファー・・・
(気味が悪いわ・・・)


 「母さんっ!」
 「な・・・なによ」
 「母さんは世界一綺麗だっ!!」
 「・・・・・・」
 悪寒。鳥肌。
 (でも・・・)
 免疫が付いてくると、なかなか悪くない気もしてきた。
あのサルファーが無邪気な笑顔で懐いてくる・・・
“母さん”と呼ばれたのも初めてで。
 (うん、まぁ・・・可愛くないことは・・・ないわね)
 少々困った微笑みを浮かべながらも、まんざらでもないヒスイ。
 「母さん!散歩に行こう!」
マザコン化したサルファーはジストよりずっと強引だった。
ヒスイの手をグイグイ引いて、ねだる。
 「ちょっと待ってて。今着替えるから」
 「うんっ!!」



 「たっだいま〜!あれっ?ヒスイがいない」
 「サルファーもいないみたいだ」
 町から戻ったジストとコハク。
 「まさか・・・外で決闘とかしてるんじゃ・・・」
こうしちゃいられないと、ジストが二人を探しに出ようとした矢先・・・


玄関でヒスイ&サルファーにバッタリ出くわす。
 「ヒスイっ!?サルファー!?何やってんのっ!?」
なんと二人は手を繋いでいた。
 飛び上がって驚くジストの背後で苦笑いするコハク。
リビングで例の魔法書を発見し、状況を察していたのだ。
くすくす・・・
「さぁ、3人ともおいで。おやつにしよう」


むぅ〜・・・。
サルファーにすっかりヒスイを取られてしまった。
おやつと聞いてもジストは不機嫌。
 「ヒスイ〜・・・」
 負けじとヒスイに甘えようとして・・・
「僕の母さんに触るな!」
 伸ばした手をサルファーに叩かれる。
 「何だよ!急にっ!!いつもヒスイのこといじめてるくせにっ!!」
 「なんだとぅ!!」
 「オレのほうがずっとヒスイのこと好きだもんっ!!」

ちゅっ!

 思わずヒスイの頬にキス。

 「僕だってっ!!!」と、サルファーも。

ちゅっ!

 反対側の頬にキスをして。

 「ジスト!?サルファー!?ちょ・・・こらっ・・・」

 取り合って、縺れ合って、床に倒れ込む3人。
それでもジストとサルファーはヒスイから離れず。
 「くすっ。愛されてるねぇ・・・ヒスイ」
 微笑みを浮かべたコハクが上からヒスイを覗き込む。
 「でもこれは・・・」
ヒスイの頬を両手で包んで・・・
「僕の特権」
 唇と唇を重ねる。
 「ん・・・」
 長く濃厚なキスを子供達に見せつけて、勝ち誇った笑い。
 「う〜・・・」「むぅ〜・・・」
これには子供達も黙るしかない。
コハクには敵わないと、ちゃんとわかっているのだ。


 「いいなぁ〜・・・と〜ちゃんは。ヒスイとキスできて」
ジストが羨んで。サルファーも相槌。
 「ジストもサルファーも“一生にひとり”の女の子を見つけたら
 たくさんキスをするといい」
 「でも・・・ヒスイがいい」
 「うん、母さんがいい」
はははは・・・
 まいったなぁ、とコハクが頭を掻く。
 「じゃあ、今夜一晩だけヒスイを貸してあげる」
 「「わ〜いっ!!」」
 「ちょ・・・おにいちゃんそんな勝手に・・・」
 「まぁ、まぁ、たまには“愛のお返し”しないと、ね?」


 翌朝。
 「・・・・・・」
ヒスイの隣で目覚めたサルファーは顔面蒼白。茫然。
 昨日の出来事が次々と思い出され・・・
今にしてみると何故あんなに「好き」だったのか全くわからない。
 (まさか呪文に失敗したのか???)
 「「ん〜・・・おはよぉ〜・・・」」
ヒスイとジストが同時に起き上がる。眠そうに目を擦る仕草まで一緒だ。
 「あれっ?今日はヒスイにくっついてこないの?」
そう言ったジストはヒスイにべったりとくっついて。ご満悦。
 「く、くっつくもんかっ!!」
 魔法が解けた今、愛より憎しみだ。
 「僕はっ!そんな女嫌いだっ!!!」


ダダダダ!!


ふあぁぁ〜・・・
捨て台詞を吐いて走り去るサルファーをヒスイは欠伸で見送った。



 (うん。やっぱりこのほうがいいわ)
マザコン版サルファーの相手は疲れる。
 一晩で懲りてしまった。


 悪口はしっかり言うが、基本的には“我、関せず”。


 (そのほうがずっと気楽だし)


 「サルファーの性格変えるのはやめよっと」


 +++END+++

 
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