短編(No.16)

サルファー×ヒスイ



少年の自立。


それはサルファーがエクソシストの寮で新生活を始めようとした矢先の出来事だった。


 大人の悪巧み。メノウとコハク。


 「え?入れ替わりの呪文を二人に・・・ですか?」
 「そ。ヒスイとサルファー、ちょっと仲悪すぎだろ。お互いの事がわかれば少しはマシになるかもしれないじゃん?」
 「う〜ん。僕はあんまり気が進まないなぁ」
 腕を組んでコハクが渋る。
 「一晩や二晩ヤれなくたって我慢しろよ」
 「う〜ん・・・」
 (それこそ一晩や二晩入れ替わったぐらいで、あの二人が和解するとも思えないけど・・・)
 物事を都合良く解釈してしまうのは親子の性か。
 (ヒスイとメノウ様って似てるの顔だけじゃないんだよな・・・)



そして翌朝。エクソシストの寮にて。


 「むにゃぁ〜・・・おに〜ちゃぁ〜・・・」
もぞもぞ・・・ちゅ〜ぅぅっ!
まだ重い瞼を閉じたまま、甘えた声で、おはようのキス。
いつもならコハクがキスを返してきて、半分寝たままえっちに突入するのだが。
 (あれ・・・なんかいつもとノリが・・・)
 不思議に思ったヒスイが瞳を開けると・・・
「・・・え!?」
 (ジストぉ!!?)
 息子の顔が間近にあって、驚く。
 「むにゃぁ〜・・・ヒスイ〜・・・ん?」


おわぁぁっ!!


 「サルファー!?何すんだよぉぉっ!!」
 目覚めたジストが奇声をあげた。
 引っ越しの手伝いで、夕べは家に帰して貰えなかった。
ジストは、そのままサルファーの部屋に泊まり込んでいたのだ。
 (え?サルファー?)
 「オレっ!!そういう趣味ないからっ!!ヒスイ一筋だからっ!!!」


どんっ!


ジストに突き飛ばされた衝撃で意識が鮮明になった。
 「・・・・・・」
 (サルファーになってる・・・)
 誰かと入れ替わったり。
 誰かに乗っ取られたりするのには慣れている。
 今更狼狽えることもなかった。
 犯人もすぐに特定できた。
 (この呪文を使えるのは、お兄ちゃんか・・・お父さん!!)
 「サルファー!?どこ行くんだよ!?」


 隣接したメノウの部屋へ飛び込むが、当然もぬけの殻。


 「サルファー?何してんの?じいちゃん今行方不明だろ?」
 行方不明状態のメノウを探し出すのは至難の業だ。
 (っ・・・やられた・・・)
これで犯人はメノウであると確信した。
 「な!それよりさ!朝風呂しよ〜ぜっ!」
 立ち直りの早さは流石というところ。
 兄弟に唇を奪われたぐらいでジストはメゲない。
 「えっ・・・ちょ・・・」
 「オレさ、寮の大浴場に一度入ってみたかったんだよな〜!」
ヒスイinサルファーの腕を引いて、目指すは大浴場。
 「サルファーだって楽しみにしてたろ?」


 早朝のため、大浴場に人気はなく、嬉しい貸し切り。
 「・・・・・・」
 実は“ヒスイ”だ、と打ち明けるタイミングを逃してしまった。
 (も・・・いいわ)
 朝っぱらから大騒ぎは御免だ。
ヒスイは適当に、サルファーになりすますことに決めた。


 「サ・・・サルファー??」
 鏡の前で仁王立ち。
 (フン。大したコトないわね)
ピンッ!と指で弾くは、サルファー少年のイチモツ。
 (こんなんでエラそうな口叩くんじゃないわよ)
それからジストの股に顔を近づけて・・・
(まだジストのほうが見所あるわね)
 「???」
 度重なるサルファーの奇行に首を傾げるジスト。



 「サルファー・・・お前、今日変だよ・・・」




 一方、赤い屋根の屋敷では・・・


「ん・・・」
 目覚めればそこは、夫婦の部屋。
 「おはよう“ヒスイ”」
 「とっ・・・父さんっ!!?」
コハクはいつものジーンズで上半身は裸。
サルファーの発言をわざと聞き流し、微笑む。
 「“ヒスイ”。夕べはよく眠れた?」


 (ヒスイ!?)


 諸々の事情でベッド脇にキャスター付の大きな鏡が置いてある。
 覗き込むと、そこにはヒスイが映った。
 「!!!」
 (僕が・・・僕じゃなくなってる!?)
 「ねぇ、ヒスイ」
 「はいっ!!」
 反射的に返事をしてみたものの、サルファーはかなりの緊張状態だった。
 「朝ご飯の前にお風呂入ろうか。夕べは帰るのが遅かったからシャワーで済ませちゃったし」
 闇に巣くう悪魔が相手なだけに、エクソシストの仕事は深夜が多い。
 「こう夜の仕事が続くとヒスイの肌に良くないね」
コハクはベッドからヒスイの体を抱え上げ、浴室まで運んだ。



 (くっ!!あの女の体なんかっ!!)
 見るものか!と目をつぶり・・・モジモジ。
 元々服を着ていなかったので、これ以上脱ぐものはない。
 「ヒスイ、おいで」
コハクは再びサルファーinヒスイを抱き上げて、バスタブを跨いだ。


ちゃぷん・・・


「いいこだね・・・」
 湯船の中で優しく抱擁。
 今よりもっと幼い時分にこうしてお風呂に入れてもらったことを思い出し、サルファーの胸がキュンと締め付けられた。

 (父さん・・・)

 父親にして世界一憧れの存在であるコハク。
サルファーにこのシチュエーションはおいしすぎた。

 (だからって・・・何でこんなにドキドキするんだよっ!!)


とくん。とくん。とくん・・・


行き過ぎたトキメキに自分を疑いたくなってくる。



 (だけどもし一生元に戻らなかったら?)

サルファーのアブナイ妄想は止まらない。



 女として。父さんの妻として。



 (い、いいんじゃないか?)
 微妙にその気。
 (僕だったらもっと父さんに尽くす!!)


しかしそこでサルファーは、驚くべき夫婦の日常を垣間見ることになるのだった。


 「ヒスイ、頭洗おうね〜」
とコハクが取り出したのは・・・シャンプーハット。
 「えっ!?そ、それ・・・」
 「うん?どうしたの?いつも使ってるでしょ?」


 髪を洗い。体を洗い。
トリートメント・フェイスパック・爪切りに至るまですべてコハクがやっていた。
更にマッサージのオマケも付いて。
 (信じられない・・・)
この甘やかしぶりは、尋常じゃない。



 思い起こせば・・・

食卓に並ぶおかずはヒスイの好きな物が一番多く。
 (ジストも兄さんも文句言わないもんな)
 野菜は無農薬の取れたてのみ。
 紅茶の葉にもこだわって。
かなり高価なものを使っている。

すべて、ヒスイのために。

 (父さんの世界はこの女中心に回ってるんだな・・・)



 風呂上がりには冷たいレモン水。
コクコクと喉を潤している間に、ヒスイの長い銀髪をコハクが丁寧にタオルで拭く。
 「ん?おかわり?」
サルファーinヒスイはレモン水をあっという間に飲み干してしまった。
 「ちょっと待っててね」
と、コハクがキッチンへ向かった所で・・・

 バンッ!ダダダダ!!

 「サ〜ルファァァ!!お兄ちゃん返して!!」
ヒスイinサルファーがリビングに転がり込んできた。
 「しかもソレっ!!私の服でしょ!!」
 「僕だってこんなの着たくて着てる訳じゃない!!お前こそ返せ!!」
サルファーの体にヒスイの服。
ヒスイの体にサルファーの服。
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
お互い猛烈に睨み合って。
 「あ!そうだ!」「何だよ」
 急にヒスイが何か思い出したような声を上げ、さっきまで自分が着ていた
 サルファーの服のポケットを漁った。
 「これサルファー宛にきてたよ」


それは、一通の手紙。


 「!!よこせっ!!」
 乱暴にヒスイから奪い取り、即開封。
 手紙の送り主は以前漫画を投稿した編集社からだった。
 「・・・・・・」
サルファーが無言で俯いたままなので、ヒスイは恐る恐る手紙を覗き込んだ。
 「わっ!!スゴイ!!審査員特別賞じゃない!!」
 手紙の内容は作品を絶賛するものだった。が・・・
 サルファーの表情は暗く。
 身を翻し、早足で歩き出す。
 「ちょっと!?どこ行くのよ!?」
 「お前には関係ないだろっ!!」
 「忘れたのっ!?サルファーは今、私なんだよっ!!」
ピタッ。サルファーの足が止まった。
 敵に弱味を握られたくはないが、ヒスイの協力が必要だったのだ。
 「辞退しに行くんだよ。編集社に」
 観念したサルファーは、しおらしく「一緒に行って欲しい」とヒスイに頼んだ。
 「なんで辞退なんか・・・」
 「・・・父さんが描いたやつなんだ」
 「え?」
 「他の所と締め切りが重なって・・・どうしても間に合わなくて、父さんに頼んじゃったんだ」
 途中から任せっきりになってしまった作品なのだと、サルファーは正直に話した。
 「僕の実力じゃない」
 「だから辞退を?」
このまま受賞すればデビューが約束されるというのに。
 「そうだよ。父さんには悪いけど・・・」
 「・・・わかった。一緒に行く」
サルファーとして辞退を申し出るのはヒスイの役目だった。



その帰り道・・・


「まだ他の発表が残ってるんでしょ?」
ヒスイが柄にもなくサルファーを気遣って。
 「全部落ちた」
 「あ・・・そう・・・」


 「お兄ちゃん、昔から面白い話考えるの得意なんだよ。絵もすっごく上手いし」
 「知ってる。それくらい」

 嫌ってほど。

 「どうせ僕には父さんみたいな才能ないし」
 悔し泣き寸前のサルファー・・・
「・・・もっと自信持てば?サルファーはお兄ちゃんの息子なんだから」
ぶっきらぼうな口調ではあるが、ヒスイなりにそう励まして。
 「父さんの・・・息子・・・」
 「そうよ!私もできることがあったら協力するから!!何でも言って!!」



 「・・・って言っただろ」
 「それはそうだけどぉ〜・・・」

 入れ替わって・・・数日。
やっとこさメノウを捕まえ、二人はあるべき姿へ戻った。

そして、今、同人誌即売会の会場で。

 (何で私がオタクの片棒担がなきゃなんないのよっ!!)
コスプレ。サルファーのオリジナル漫画のキャラクターらしかった。
 衣装製作はもちろんコハク。
ヒスイの周りにはたちまち人だかりができた。
 本の売れ行きも好調だ。
 「は〜い。写真撮影禁止ね〜。見るだけ。見るだけ」
マネージャー気取りのコハクが仕切って。大繁盛。

 会場を出たらヒスイの事は綺麗さっぱり忘れる・・・そういう術式を事前に施しておいた。
その辺りはぬかりない。
 (ヒスイをみすみす飢えた男共の目に晒すもんか)
サルファーに協力するという名目で作った衣装。
このまま夜に持ち越す気満々だった。


 「ヒスイ・・・可愛いよ」
 「お兄ちゃん・・・」


ちぅ〜・・・っ。


 白昼堂々のキス現場に会場騒然。
 「後でえっちしようね」
 「うんっ!!」



 「・・・・・・」
 両親のイチャつきぶりに赤面しながらも横目で見守るサルファー。

 (やっぱりそうだ)

 父さんがあの女に向ける笑顔は特別。
 他で見せる笑顔とは全く種類の違うものだ。

 (あの女がこうして役に立つ事もわかったし)

まぁ、存在ぐらいは認めてやってもいいかな。



 「おいっ!“ヒスイ”!」
 「・・・え?今なんて・・・」



 「次はコレ着ろよっ!」


 +++END+++


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