短編(No.17)
“闇”属性の精霊、ボージー
※時間軸設定は「世界に咲く花」後、「世界に春がやってくる」前。しかもベースは「世界はキミのために」です。
「・・・一緒に来て欲しい所がある」
「どこ?」
「精霊の森だ」
窓辺でのやりとり。
どうしてもヒスイと二人で行きたい理由があった。
コハクの監視下にあるヒスイを連れ出すのは容易でないとわかっていても。
駄目なら攫っていく覚悟で、オニキスはヒスイを誘った。
「契約をしている精霊の元へ・・・」
オニキスと契約をしている闇属性の精霊、ボージー。
“闇”の最高位にして最年長。
離れていても会話はできるが、直接会いたかった。
「ちょっと待ってて。お兄ちゃんに訊いてくるから」
「・・・・・・」
外出の許可を取る為にヒスイが奥に引っ込んだところで・・・溜息。
(コハクが許す筈もない)
ところが・・・
オニキスの元へ戻ったヒスイはおでかけ準備を済ませていた。
「気をつけて行っておいで、ってお兄ちゃんが」
「コハクが?」
(また何か企んでいるのか・・・)
コハクに限って、“善意”など有り得ない。絶対裏がある。だが・・・
(・・・アイツと知恵比べをするだけ無駄か)
かつての妻でも、今や人妻で、子持ち。
甘い展開など全く期待できないが、それでもヒスイと二人きりの外出は嬉しかった。
この際コハクの思惑はどうでもいい。
「さ、いこっ!!」
「ああ」
屋敷に残ったコハクとメノウ。
「よく行かせたなぁ〜」
感心、感心、とメノウは窓から二人を見送った。
「ヒスイが行きたいって言うんだから仕方ないでしょ」
コハクは少々ふて腐れた様子でそうボヤいた。
「ヒスイなりに一生懸命なんですよ。愛に愛で返せないから」
「あ〜・・・そうかもなぁ・・・」
「それでも何とか報いようと、ああ見えてもちゃんと考えているんです」
「なるほどね。それであんなに張り切ってたのかぁ、ヒスイ」
感慨深げにメノウが頷いた。
「万が一僕に何かあった時・・・」
そんな事はまずないですが、と、前置きしてから、コハクが話を続ける。
「ヒスイの支えになるのはオニキスしかいない」
「眷族の存在をお前が黙認してるのって、それが理由?」
「ええ、まぁ」と、コハクは白々しい作り笑いを浮かべた。
「放っておいてもオニキスの気持ちがヒスイから離れる事はないでしょうがいかに自分がヒスイを愛しているか再認識させる機会を持たせないと。逆にヒスイは、離れていた分まで僕のことが恋しくなるハズだし」
ノロケを交えながら、作り笑いはいつしか含み笑いに。
「やっぱりお前、悪だな」
軽快なメノウの笑い声が響く。
「ははは!オニキスも承知の上でのせられているんですから、大した罪でもないでしょう」
うぇぇぇん!!びぇぇ〜っ!!
そこで、子供達の泣き声が響いた。
「っと、いけない。あやしてきます。母乳がないんで、粉ミルクお願いできますか、メノウ様」
「オッケー!」
森の奥地。
並の精霊使いでは辿りつけないとされる聖地にそびえ立つ塔。
「へぇ〜・・・これが“闇の塔”」
ヒスイが感嘆の声で仰ぐ。
オニキスはヒスイを連れ、塔の最上階を目指した。
上に行けば行くほど、闇が濃くなる不思議な塔だった。
「ボージー」
「オニキス・・・ああ、こちらへ」
オニキスの呼び声に、深みのある女の声が返ってきた。
暗闇にやっと目が慣れてきたヒスイは、声の主に焦点を合わせた。
「え・・・?」
(黒豹??)
獣とはいえ気品漂うその姿に見入ってしまう。
「・・・精霊は必ずしも人型とは限らない」
「そうなんだぁ〜・・・」
「・・・連れてきた」
と、オニキスがヒスイを前に出した。
「あなたが“ヒスイ”・・・」
話の流れが掴めないまま、ヒスイはとりあえず頷いて。
「ふたりでゆっくり話がしたいわ」
オニキスは黙って席を外した。
「会えて嬉しい・・・ヒスイ。もっと傍へ」
穏やかすぎる口調や仕草が、年齢を感じさせるボージー。
もう自分では動くことさえままならないのだと言った。
「少し・・・昔話をしていいかしら?」
「契約をしたのは、あの子が16の時」
「16・・・」
当時のオニキスの様子など想像もできない。
ヒスイと出会った時はもう25になっていた。
「あの子はね、私を生かす為に契約をしてくれたの。精霊としての能力も殆ど残っていない役立たずだというのに」
「・・・・・・」
(オニキスらしいわ)
「あの子とよくあなたの話をしたわ。もうずいぶん昔の話・・・あの頃は・・・あなたと国を守っていくと、希望に満ちた瞳をしていた」
「・・・・・・」
それを言われると耳が痛い。
「探しても探してもあなたを見つけることができなくて。いつしか聞き分けのいい大人になって。あなたの話をすることも少なくなってしまった」
ボージーは闇に浮かぶ金色の眼でヒスイを見据えた。
「でもね、今はあの頃と同じ瞳をしている」
「・・・・・・」
ヒスイは何一つ言葉を返すことができなかった。
「私としてはあの子の想いが報われることを望むけれど・・・」
「・・・・・・」
「これもあの子が選んだ道・・・あなたがいれば・・・大丈夫ね・・・」
「ボージー?」
「オニキス!ボージーが・・・」
最上階から数階下った先でオニキスは待っていた。
「・・・眠っているだけだ・・・行くぞ」
塔を離れると言って、先を歩き出す。
「でもなんか・・・」
寝息が細く弱々しかった。鈍感なヒスイでも感じる死の気配。
「・・・一度お前に会わせると約束していた」
「・・・まさか・・・」
「・・・・・・」
無言で瞳を伏せるオニキス。
「いいの!?このまま別れてっ!!」
「・・・覚悟はできている。死に行く様を見せたくないという、あいつの意志を尊重したい」
「またそんな事言ってっ!!オニキスはどうしたいの!?傍にいたくてここにきたんでしょ!!」
すっかり感情的になったヒスイが怒鳴り散らした。
「お母さんみたいに思ってたくせにっ!こんな時に意地張ってどうするの!?」
「その我慢癖直した方がいいよ。大人ぶって損してばっかりじゃない」
勝手な事を言いまくるヒスイ。
「いいからいってきなさいよっ!!」
涙の横顔。
・・・何かを失う時、ヒスイはいつも隣にいて。
オレの代わりに、泣く。
「・・・大丈夫だ。精霊の死は消滅ではない。自然に還るだけだ」
「それでまた生まれ変わるの?」
「ああ、そうだ」
“また会いましょう”
ボージーは微笑んで逝った。
ひとりで逝かせていたらどんな顔をしていただろうと考えると背筋が寒くなる。
「・・・・・・」「・・・・・・」
手を繋いで森を歩く。
父親を失った時もそうだった。
眩しい日の光が目に染みて。
感じるのはヒスイの手のぬくもりだけ。
「おかえりなさい」
森の番人オパールに迎えられ、オニキスはやっと我に返った。
「ボージーも・・・いい最期だったと思うわ」
それだけ言って、オパールは湿っぽい空気を払拭した。
「弔いに今夜はここへ泊まってゆきなさいな。散らかっていて、一部屋しか空いていないのだけれど、二人一緒でいいわよねぇ?」
「うん」と頷くヒスイの頭上からオニキスに向けて片目をつぶるオパール。
「・・・・・・」
(一部屋しか空いていない?そんなことがあるものか)
「・・・どいつもこいつも悪巧みが好きな奴ばかりだな・・・」
「オニキスもこっちで寝れば?」
ご丁寧にベッドはひとつしかなく。
「・・・いい。こっちで寝る」
オニキスはソファーへと向かった。
「これくらいのケジメはつける」
「ケジメ?ふぅ〜ん・・・」
「それとも、襲って欲しいか?」
「できるものならどうぞ」
今日もまた冗談で流されて。
全く異性として認識されていないことが無性に悔しくなる。
「・・・ならば」
勢いで唇を奪ってみるが、ヒスイは瞳すら閉じずにオニキスを見上げている始末で。
「・・・・・・」
はぁ〜・・・っ。
キスがキスの意味を成していない。オニキスは深い溜息をついた。
「・・・こういう場合は怒れ」
「そうなの?」
抵抗されないと益々虚しい。
昔はまだ良かった。
付き合いが長くなればなるほど、恐ろしいくらい無防備になってゆくヒスイ。
「別に嫌じゃないし」
ヒスイの中ではもはやオニキスは“家族”の位置付け。
数に入らないレベルだ。
「・・・・・・」
“別に嫌じゃない”というヒスイの言葉は嬉しい。
が、逆に心配になり、顔を覗き込んで言い聞かせる。
「そんな事を言っていると、いつかコハクに“おしおき”されるぞ?」
“おしおき”という単語にぴくっとヒスイが反応した。
「そ、それは困るわ・・・」
「だろう?お前はもう少し男に対して警戒心というものを・・・」
自分でも何を言っているのかと思う。
(わざわざ敷居を高くしてどうする・・・)
「でも・・・今夜はひとりで寝ないほうがいいよ」
ヒスイはオニキスの腕を引いてベッドに連れ込んだ。
頭から毛布を被り、オニキスの背中に自分の背中を寄せて。
「ひとりで寝るのと、ふたりで寝るのじゃ全然違うから」
「こうしていれば、怖い夢も悲しい夢もみないよ」
「・・・・・・」
背中を伝うぬくもりと香り。
癒しと、安らぎと、慰み。
そして、静寂。
「ヒスイ・・・」
「ん?」
「・・・オレ達が生まれ変わった世界にもし、アイツがいなかったら・・・お前はオレを愛してくれるか・・・?」
「それは無理」
ザックリと容赦のないヒスイの返事。
「お兄ちゃんのいない世界には、私もいない」
くっくっく・・・
「?何笑ってるの?」
ここまで相手にされないと、かえって笑える。
嘘でも首を縦に振る場面で、嘘をつかないヒスイが好きだ。
無意味な期待を抱かせないことが、ヒスイなりの思いやりなのだと思う。
「・・・お前に会えて良かった」
「な・・・なによ突然・・・」
微かに早まった鼓動を感じながら、オニキスはゆっくりと瞳を閉じた。
「・・・おやすみ、オニキス」
(背中合わせのぬくもりしかあげられないけど)
「今夜はずっと、傍にいるよ」
翌朝。オパールのロッジの一室で目覚めた二人。
「おはよ。オニキス」
「おはよう」
ヒスイと連れ立って、オパールの待つ食堂へ。
するとそこには・・・
「やあ。おはよう」
これでもかと爽やかに微笑むコハクがいた。
「・・・・・・」
「お兄ちゃんっ!!」
コーヒーカップを置いて立ち上がったコハクが両手を広げると、すぐさまそこにヒスイが飛び込んで。
「ん〜・・・っ」
抱擁。のち、キス。
「結局こうなってしまうのねぇ」
頬に手をあて、いつもの調子でオパールが言った。
「夕べから居座っているのよ。もう落ち着かないの何のって。おかげでこっちまで寝不足だわ・・・」
と、更にオニキスの耳元で軽く愚痴って。
「・・・変わらないわね。あなたち3人も」
「・・・そうだな」
揺れる銀の髪。
去り際の、見慣れたヒスイの背中。
(だが・・・)
その背中は確かなぬくもりを残して。
見送るだけのものではないと教えてくれた。
遠ざかってゆく姿さえ、愛しいと思うから。
守り続けよう。
世界の・・・終わりまで。
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