世界に春がやってくる

短編(No.20)

ジン×メノウ

※「世界に春がやってくる」14話後のお話となります。


モルダバイト城。プライベート用応接室。

 「ごゆっくりどうぞ」

メイドのジョールがテーブルにティーカップを置いた。

 「サンキュー」
 軽く礼を述べ、メノウが話を続ける。
 話題はコハクとヒスイの夫婦喧嘩。

 「・・・で、コハクがキレちゃってさ〜」
 「それで夫婦喧嘩に?」

コハクが失踪すること二週間。
 今は家に戻り、以前と変わらぬえっち三昧の日々だというが。

 「ヒスイさん、大変だったみたいですね」
 申し訳ない事をした、とシトリンに代わって謝罪。
 「でも、あの、シトリンも悪気があった訳じゃ・・・」
 当然フォローも忘れない。
 「そんなのみんなわかってるって」

とにかく事情が複雑な一家なのだ。

 「それでトパーズは・・・」
 「フラれた。まぁ、しょうがないよな」
 「・・・・・・」

 義兄。トパーズ。
 (オレは“親友”だって思ってるけど、あいつはどうかな・・・)
 親友として。
 大きな声では言えないが、応援している。
 人道に背いていても、コンドームを差し入れたシトリンと正直同じ気持ちだった。
 「辛く・・・ないんですかね・・・その・・・」
 「コハクとヒスイがヤってるトコ見て?」
 「はい」
 「そりゃ面白くはないだろうけどさ。夫婦がヤるのは当たり前だし。その辺は諦めるしかないじゃん」
 一息にメノウが言った。
 「そんな身も蓋もない・・・」
 (メノウさんの言っている事は正しい。でも・・・)
トパーズに同情してしまう。


そこからはもう殆ど独り言で。


 「産まれた時から運命の相手が決まっていて。お互い目に見える印がついてたら・・・誰も迷わずに済むのになぁ・・・トパーズも王も・・・」
 (こんな事考えるなんて、いい年して子供っぽいかな、オレ・・・)
 呟いて、今度は恥ずかしくなる。
 「最初から最後まで1:1ってこと?」
 不意にメノウに切り返され、頷くジン。
 「ん〜・・・それじゃ味気ないかもよ?お前だってオニキスの事を好きなシトリンを好きになったんだろ?」
 「仰るとおりです」
 前言撤回を余儀なくされ、ジンは苦笑いで答えた。


 (だけどわざわざ傷つきたい奴なんているのかな)


“考えが甘い”とよく周囲からも指摘を受けるが。

もし本当に印が見えたら。

 (もっと早くシトリンと出会えたかもしれないし)




 「ま、お前らしいよな」と、メノウが笑う。


 『1:1になれなかったとしてもさ、無駄な愛なんてない』


 「・・・って、思いたいワケ。俺はね」
 「メノウさん・・・」
 「あいつらは、あれでいいんじゃないの。オニキスも含めて。ま、あくまで俺個人の考えだから」
 適当に聞き流してくれ、と、言い。
 「トシ取るとどうもな〜・・・うんちくが長くなるんだよ」
ジンより遙かに若い外見で、自身にぼやくメノウ。

それからトパーズの“10年宣言”の話をして。


 「10年後、ヒスイとヤリまくってる予定なんだってさ」


 笑いながら平然とそんな事を言うメノウに。
 (メノウさんって結局誰の味方なんだ?)
 複雑な思いを抱きながらも。

 「本当にそんな日が来るといいな。トパーズ・・・」
ポロッと本音を洩らす・・・が。
 (あ!いやっ!すいませんっ!!コハクさん)
 急にコハクに申し訳ない気持ちになって、心の中で平謝り。
 結局どっちつかずになってしまうジン。

 「ところでさぁ、シトリンにコンドーム教えたのお前だろ。ヤるとき使ってんの?」
 子供大好き!おじいちゃんとしては推奨できないなぁ〜と。
メノウが冗談っぽく笑う。
 「あ、はい実は・・・」
ジンは真相を語った。
 「復学させたいんです。シトリンを」
ジンの性格からして、厳しくは言えない。
 避妊はささやかな意思表示だった。


 「王に随分勉強をみて貰ってやっと入った高校だって・・・それを途中で辞めて しまうのは勿体ないかな、って」

 王は「シトリンの好きにするといい」って言ったけど。
シトリンの高校入学を誰よりも喜んでいたのは・・・王。

 「シトリンひとりの力で入学した訳じゃないから・・・勢いで辞めてしまうのはちょっとどうかと・・・」

そもそもトパーズがひとりで教育機関を総括していたのは、シトリンを落第させない為だし。
色んな人の想いがあって、女子高生のシトリンがいたんだ。



 「だからできれば・・・高校は卒業して欲しい」



 「なるほどね〜」
“明るい家族計画”に、こんな理由があったとは。
 「お前ってホント・・・善人だな」
 「コハクさんみたいに強引になれたらいいんですけど。なかなか・・・」
 「んじゃ、あやかりにいくか」
 「はいっ!」



コハク達の暮らす森へ。
 弟子らしくメノウの一歩後を歩くジン。

 「移動魔法使えば一発なんだけど、できるだけ歩くようにしてるんだよ。魔法使いは運動不足になりやすいからさ〜。ヒスイにもそうしろって言ってるのに、ありゃ絶対サボってるな」
 文句を言いつつも笑顔なところに親馬鹿ぶりが窺える。
 「家ではコハクが何でもやっちゃうだろ。いつかデブデブになるんじゃないかって今から心配でさぁ〜・・・想像してみろよ、太ったヒスイ」

 「太ったヒスイさん?」



 「おに〜ちゃぁぁ〜ん」野太い声。
ドスドスドス・・・重い足音。
 腕も足もパンパンになったヒスイ。



・・・ぷっ!
 異彩を放つツンデレ系美人なだけに、横に伸ばすと衝撃だ。

 「な?笑えるだろ?」
 「はい」



 閑かな森。
 聞こえるのは二人の笑い声だけ。



 (楽しい人だなぁ・・・)

 悪戯好きで、世話好きで。
よく笑うメノウ。

 (でも・・・)



メノウさんはもうずいぶん前に奥さんを亡くしたって聞いた。

 行き場のない想いを抱えるトパーズも。
 孫を息子として育ててるコハクさんも。
 恋の呪いにかかったままの王も。

みんな少しずつ胸に痛みを抱えて。
それでも幸せに暮らしてる。


 (生きていくってこういう事なんだな〜・・・)


 避けられない別れや、届かない想いに泣くこともあるけど。
どうせなら。めいいっぱい笑って生きていきたい。オレも。



そう決意した途端、笑いが込み上げてきた。

 「ジン?何笑ってんの?」

 気持ち悪いくらいの笑顔だ、と、メノウが不審がる。

 「シトリンの料理に笑い茸でも入ってた?」
 「あ・・・」

ハッとするジン。
 有り難迷惑な事に、シトリンは今、料理にハマっているのだ。

 昼食時、確かに妙な色をした茸のソテーを食べさせられた。

 (え・・・じゃあこれって・・・)

あははははは!!
ひ〜っひっひっひ!!

お腹を抱えて笑い出す。

 「おい、おい、マジかよ〜」
つられてメノウも大笑い。

 笑って。笑って。笑い転げて。
 息も絶え絶えな二人。

 「じ、人生笑いが肝心ですよね・・・メノウさん」
 「そうそう。ことわざであるだろ・・・あれだよ、あれ」



 笑う門には福来たる。



+++END+++


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