世界に咲く花

短編(No.24)

ご三家×ヒスイ

※「世界に春がやってくる」直前のお話となりますっ。
子供達が全く登場しませんが・・・林間学校にでも行ったという事で・・・はい(汗)



 一家の棲む森。
 赤い屋根の屋敷。

メノウの部屋は日常的に散らかっている。
 几帳面なコハクと違い、メノウはむしろゴチャゴチャと散らかっているぐらいの方が落ち着くのだ。

 「あ・・・」
 (アレがない)
 「やべー・・・鴉にでも持っていかれたかな」
窓脇の机上。朝食前は確かにあった筈のモノがない。
それは・・・珠。
エクソシストの任務で捕らえた、夢魔サキュバスの魂を凝縮させたものだった。
本来ならば任務完了後すぐ教会に提出すべきものなのだが、メノウはそれをすっかり忘れていた。

 窓は開けっ放しになっていて、机の上に鳥の足跡らしきものが点々と。


メノウの管理杜撰が招いた事件の始まりだった。


 同じ頃。

 「ふぁぁ〜・・・お腹いっぱいで眠い・・・」
ひとり裏庭を歩くヒスイは大欠伸。
 目指すはお気に入りの昼寝スポット、桜の木の根元だ。
 行き着くと本を枕に寝転がり、即、夢の世界へ。

 同じ頃。

 桜の木の上空を一匹の鴉が飛んでいた。
 嘴に咥えられた、珠。
それがポロリと・・・落下。そして。

 「う〜・・・ん。むにゃ。むにゃ。おにぃちゃぁ〜・・・ゴクンっ!!」

 口の中へ、ホールインワン。
 寝惚けていたヒスイはそのまま飲み込んでしまった。


 「ヒスイ!?」
 愛妻の異変を感知し、コハクが裏口から顔を出した時には・・・

 サキュバス化。

サキュバスは、夢の中で男を誘惑し、精を吸う女夢魔である。
その魂と同化したヒスイの肉体は変化し、少し成長した姿で、悪魔的羽根と尻尾が生えていた。
・・・服は、何故か着ていない。
 何より、胸が大きくなっているのがコハク的には衝撃だった。

 「ヒ・・・ヒスイ・・・その姿は・・・」

 愛しき貧乳の名残もなく、いつものように(可愛いぃぃぃ〜!!)と叫べない由々しき事態だ。
 (とにかく捉まえてサキュバスを祓わないと!!ヒスイの胸が!!)
サキュバス化したヒスイに自我はなかった。
 同化というよりは乗っ取られている状態に近い。
 「ヒスイ!待っ・・・」
ヒスイが飛んで逃げようとしたので、コハクも羽根を広げた・・・そこで足止めとばかりに。
 数メートル上空から、蝙蝠の群れを扇動し、コハクへ攻撃を仕掛けてきた。
 「どれどれ。ちょっと力量を・・・」
ヒスイが相手じゃなかったら、けしかけられた蝙蝠など焼き払っている。
 避けられる攻撃でも、あえてくらってみせる、性癖。

 最初は胸を貸すつもりで、余裕たっぷり・・・ところが。
 (!?早いっ!!)
 無数の蝙蝠に視界を遮られる中。
サキュバスヒスイは、コハクの懐へ突っ込んできた。
 体を半回転させ、プリッとしたお尻を向け。
 「え?ヒス・・・」

ヒュッ!!バチィィン!!

 細い尻尾が信じられない力を発揮し、熾天使コハクを叩き飛ばした。

ぐふっ・・・!!
 (痛いけど・・・イイぃ〜!!)

ヒスイの暴力に・・・密かな快感を覚えるコハク。


 「・・・変態め」


トパーズが現れた。
 「SのくせにMに目覚めるな、馬鹿」
そう吐き捨て、ヒスイの尻尾を掴み。
 「あっ!こらっ!ヒスイに乱暴は・・・」
 「知ったことか」
コハクの注意も聞かず、力任せに手繰り寄せ、両腕で囲う。
 抵抗するヒスイと揉め合った末・・・

 ドカッ!!

トパーズの股間にヒスイの膝蹴りが決まった。
 「ぐっ・・・」
まさに悶絶。堪らずトパーズが蹲る。
 「お前・・・元に戻ったら・・・何倍にもして・・・く・・・」

トパーズ、戦闘不能。


 「おおっ!アレが必殺タマ蹴り!!」
いい技持ってるなぁ〜と感心したコハクは、トパーズへ向け、ほくそ笑んだ。
 「アソコ蹴られて終わりなんて、男として格好悪いねぇ」




 『・・・煉獄の炎よ・・・我に宿れ・・・』



 男二人の事情は無視。ヒスイの攻撃が再開される。
 武器に魔法を付加する事はよくあるが、サキュバスヒスイは直に肉体へ攻撃魔法を取り込み、灼熱になった肌でコハクへ体当たり。

 「わ・・・っちゃぁ!!」

コハクの衣服は一瞬で灰になった。
 魔法耐性の強い肉体は無事だが・・・いきなり全裸。
 何とも格好悪い展開に。

 「見事な露出だ」

 蹲ったままのトパーズが嘲笑った。



 屋敷二階。

 「うっわ〜・・・ヒスイ、アレ飲んじゃったのかぁ」
 騒々しい裏庭の様子を窓から見下ろすメノウ。
 「それにしても、あいつ等、何やってんだよ・・・」
 (親子で下ネタ漫才?)
コハクもトパーズもサキュバス化したヒスイに翻弄されっ放しだった。

 「ったくも〜・・・しょうがないなぁ」

 一応は責任を感じるらしく、頼りない二人に代わり、メノウが捕獲に乗り出した。



その後、サキュバスヒスイと男達の間で一時間にも渡る捕り物劇が繰り広げられ・・・やっと。

 屋敷前。

 「・・・・・・」
ヒスイと“吸血”の約束を交わしていたオニキス。
 玄関前でコハク達と鉢合わせになり・・・絶句した。
 目の前に立っているのは、全裸のヒスイを背負う全裸のコハク。
“神”トパーズも“天才”メノウもボロボロで。
 今回ばかりは状況を把握しかねる。
とりあえず・・・コハクにツッコミを入れるしかない。

 「お前・・・ついにそこまで・・・」



 一階。客間にて。

サキュバスの珠。
 出所はうやむやにしつつ、今後の対策をメノウが語る。
 夢魔だけに、決着は夢の中でつけるしかない、と。
 「今は心身共に眠らせてあるけど、夜になればこの内の誰かの夢に姿を現すハズ・・・」
 夢魔の対象は“男”。
どのみち屋敷には男しかいない。
 「夢ん中追いかけて、俺が捉まえるから。そんな心配しなくていいよ」
 「・・・ヒスイの胸が」
コハクはいつになく暗い表情で。
 「あぁ、ヒスイぃ〜・・・」
 何をそんなに思い詰めているのか理解に苦しむ。

 「ヒスイは巨乳じゃダメなんです!」

コハクはヒスイの貧乳に並々ならぬ思い入れがあるらしい。
 「サキュバスを祓ったら元のカラダに戻るんですよね?」
 「まぁ、そうだけどさ〜・・・キレイじゃん。俺は別にこっちでも・・・」
やたら幼児退行の激しい娘の成長を見るのは父親として嬉しい、が。

 「お前等はどう思う?」

オニキスとトパーズに意見を求めてみる。
 「年相応でいい」と、答えたのはトパーズだ。
“年”とは精神年齢の事を言っている。

つまり、トパーズも巨乳を否定。
 黙って頷くオニキスも同意見だ。

 「・・・・・・」
 (揃いも揃ってロリコンかよ・・・)
しかも、ヒスイ限定。
 (ひとりぐらい喜ぶかと思ったのに)
ヒスイの肉体の変化を快く思う者はいなかった。
メノウを除いては。



 屋敷に夜が訪れる。

ヒスイが眠る客間のベッドの前で。
 眠れずにいるのは・・・コハク。
メノウもまだ起きていた。

 「ま、どうせお前んトコには出ないよ」
 「何でですか?」

 「サキュバスは“若い男”と“禁欲的な男”が好きなんだ。お前どっちもダメじゃん」
 「・・・・・・」
 (くやしい・・・)
しかし、反論の余地もなく。
 「夢魔はさ、夢精させる事で精を得る。実際ヤル訳じゃないんだからイイだろ?」
 「あまり・・・認めたくないですけど」
 夢でも、ヒスイが他の男に抱かれるのは御免だ。できる事なら阻止したい。
 「そんくらい大目に見てやれよ。あいつ等がどんだけ我慢してると思ってんの?」
 「・・・・・・」
 俺が許す!と。
ヒスイの父、メノウの許可が下りて。



“若い男”トパーズ。夢。

 「・・・なぜオレの所へ来た?」
 「若くて、精がありそうだから」

サキュバスの珠により夢を渡る能力を得て。
ここにいるのは、ヒスイ。
 夢魔の本能に侵されていても。
 仕草や声のトーン、アホっぽいノリはヒスイならでは。

 「・・・賢明な判断だ」
 「好きにしていいよ。夢だし」
 「夢・・・か。それなら徹底的に犯るが?」
 「うん」



 夢なら。傷つける事もないだろう。


 現実ではどうにもならない関係。
これ以上、なんて望めない。


だったら。夢でもいいから。


 触れたい。



 切なさとは裏腹に、憎々しく歪むトパーズの口元。


 「・・・声が枯れるまで喘がせてやる」



“禁欲的な男”オニキス。夢。

 「なぜオレの所へ・・・」
 「たまってそうだから」
 「・・・・・・」
 否定できないあたりがつらい。
 「ここでしか・・・許されないの」
ヒスイの手がオニキスの頬を撫でた。
 「夢は・・・罪じゃないわ。全部受け止めるから・・・抱いて」



 翌朝。

いつまでも起きてこないトパーズを心配し、メノウが部屋へ足を運ぶ、と。
 「あはは!よっぽどいい夢見たんだなぁ」
トパーズは露骨な衰弱ぶりで。
 床に魔除けの陣を描き、その中で死んだ様に眠っていた。
 「一体何やったんだ?」
 興味津々にメノウが覗き込む。
 (あ〜・・・こってり絞られたな、こりゃ)
どういう理由からかわからないが、トパーズはサキュバスを夢から追い出していた。
 「おもしれ〜・・・やっぱ若いっていいよな」

 爆睡トパーズ・・・ゲッソリでも満足気な寝顔だった。



 「さて、コッチはどうかな?」
わざわざ屋敷に一泊させたオニキスの部屋へ寄る。
オニキスは、少し疲れた顔で力なく溜息。
 (これは・・・ヤッたな)
 「気にすんなって。お前だって男なんだからさ!」
すかさずメノウがフォローする、が。
オニキスの耳には届いていない。

 「・・・・・・」

 愛されていないとわかっているのに。
 夢魔ヒスイの誘いに応じてしまった。


 夢だから、許される?


 (そうかもしれないが・・・)


 夢でしか愛されないのも悲しくて。


 口から出るのはやっぱり溜息。
はぁ〜・・・っ。



それから客間にて。

 「メノウ様。捉まえる気あるんですか」
 「一夜目の夢魔捕獲はしくじった」と、報告を受け、コハクが疑いの眼差しを向ける。
 「今晩はしっかりやるからさ」
 慰安のつもりで、昨晩は夢魔を追わなかった。
トパーズが一晩で放棄したので、今宵の出現場所はオニキスの夢に限られるが・・・

(夢に入るなんて野暮な事、ホントはしたくないんだけどなぁ)



 二夜目。

 「あ・・・あんっ!オニキス・・・もっと・・・あ・・・」

 喘ぐ声。
 背中に食い込む爪。
ヒスイの体温。

 恐らくそれは現実のものと違わず。

 (ここで・・・違うものがあるとすれば・・・)

・・・心。

 「あっ・・・あぁんっ・・・うっ・・・」
 「・・・・・・」

ヒスイの脚が腰を締め付けてくる。



 愛される、夢。
 愛されない、現実。



どちらに価値がある?



 精を絞られながら、考える。

ヒスイの愛がもしここにあったら。
 欲しいものは・・・
毎朝の「おはよう」と笑顔。
そして、キス。



 夢でも現実でも。


ヒスイとしたいのは・・・セックスだけじゃない。



 (この夢は駄目だ。拒絶しろ・・・)


 「んっ・・・オニ・・・キス?」


そこで、ひとつの夢が終焉を迎えた。



“夢魔に敬遠される男”コハク。夢。

 「やっと来たね。待ってたよ」
トパーズとオニキスの夢から閉め出され、仕方なく訪れた夢。
 (なんだろうけど)

 「僕はもう若くないし、禁欲ともほど遠い」

それでもいいの?と。
 皮肉っぽく笑って、夢魔ヒスイを見つめる。
 「うん。お腹が減ったの」
 「じゃあ・・・おいで」





 「・・・なんて。嘘」





 「ヒスイの心を持たない君にあげる精はないよ」

そう言って。
コハクは迷わず拒絶し、翡翠色の瞳の奥を見据え、呼び掛けた。



 「ヒスイ。戻っておいで。お兄ちゃんとえっちしよう」



 「お・・・にぃ・・・ちゃ?うく・・・っ!」
コハクの誘惑に反応したのは、真のヒスイ。
 眠っていた自我が目覚め、肉体に混入した“異物”に気付く。
 「うぇ・・・っ・・・」
ヒスイは飲み込んだサキュバスの珠を吐き出した。



 夢が・・・醒める。



 「ゲホ・・・ッ!!」
すると現実のヒスイも同様に珠を吐き出し。
 「はぁっ・・・はぁ・・・」
みるみる体が縮んだ。
 「あ・・・れ?おにい・・・ちゃん?」
 同じ部屋のソファーで眠っていたコハクも飛び起き。
 「ヒスイっ!!」

ぎゅうぅぅっ!!

ヒスイと貧乳への愛を再確認。
 「ひぁ・・・!?おにいちゃん!?」


 「あはは!最後はやっぱりお前かぁ」


コハクがヒスイを堪能している、その隙に。
 珠を拾ってポケットへ。

 心の中で、ヒスイとその被害者達に詫びを入れつつ、笑う。



 「これにて一件落着だな」


+++END+++


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