世界に春がやってくる

短編(No.27)

ヒスイ×ご三家他

※【世界に春がやってくる】の後日談U『world color』後、間もなくのお話です。



お兄ちゃんが熱を出した。
お父さんも、トパーズも、ジストも、サルファーも。みんな。



ある春の日。
 屋敷の男達がまとめて原因不明の病に倒れた。
 「はぁ、はぁ、ヒスイにお願いがあるんだ・・・」
わざとらしいくらい息も絶え絶えのコハク。
 「何!?お兄ちゃん!何でも言って!!」
ヒスイは熱っぽいコハクの手を握り、耳を傾けた。


 「看病は・・・ナース服でしてくれたら・・・元気になるかも」


ヒスイの為に作っておいたものだ。
パンツがチラチラ見える、超ミニ丈のデザインで。
 (この時を待ってたんだ!!)
ヒスイが健康で自分が病気というシチュエーションはなかなかない。
このチャンスを逃してなるものかと、コハクはナース服も看病の一環である事を主張した。
そして。

 「おっ!似合うじゃん!」と、赤い顔のメノウ。
 「ヒスイ可愛いっ!!」と、逆上せ気味のジスト。
トパーズとサルファーはノーコメントだ。

コハクを始め、メノウ、トパーズ、ジスト、サルファーは大部屋のベッドにそれぞれ横たわっていた。
1階奥。誰もそこに来客用の大部屋がある事を知らなかった。
・・・屋敷の主、メノウを除いては。
 屋敷には異空間に繋がる部屋などもあり、その全貌は今だに謎である。
そんな中、メノウの提案で病気の男達が一カ所に集まったのだ。
 無免許ナースのヒスイを加え、そこは病院の一室と化していた。

ジストは益々頬を上気させ、皆が集まった事を喜んでいた。
 「病気でも、なんか楽しいっ!」
 向かいのベッドで相槌を打つメノウも同じく上機嫌だった。
 本当に病人なのか怪しいくらいだ。
 (でも、みんな熱が・・・)
ナースヒスイは人数分の魔法体温計とカルテを用意し、ベッドを巡回。
 「お兄ちゃんが39.2度で、お父さんが39.5度でトパーズが・・・・・・あっ!サルファーが40度も熱ある!」

 「ヒスイぃ〜」「ヒスイ」「ヒスイっ!」

ここぞとばかりに甘えようとする男達の声は全部スルーで。
ヒスイは最も高温を記録したサルファーの元へ。
 「熱が高い順に回るから待ってて!」
 (熱が高い順!?)コハク、以下トパーズとジストが反応した。
 (熱上がれ!!)無茶に奮起する親子三代。
ナースヒスイを我が元へと必至に魔法体温計を咥える。
あっちこっちでピピッ!ピピッ!魔法体温計の音が鳴った。

 「お兄ちゃん?トパーズ?なんでそんなに熱ばっかり計ってるの??」

 「39.8度だ」トパーズが報告する。
 「なんの!39.9!」コハクが張り合う。
 「オレっ!40度になったっ!」ジストもちゃっかり参加して。
 「競りみたいだな」と、メノウが笑う。

 「ええと・・・」
 次から次へと報告が入り、カルテ記入が間に合わない。
 「ヒスイぃ〜!」「ヒスイ」「ヒスイっ!」
 「ちょ、ちょっと待って・・・」
 紅一点のヒスイはてんてこまい。
そんなこんなでナース二日目の夜。
 (も・・・無理だわ、一人じゃ・・・)
そう悟り、念ずる。


 『オニキスっ!!助けてぇ!!』




 救援要請を受けたオニキスは・・・即、参上。
 実に忠実な眷族だ。
 「・・・お前、いつから看護婦になった」
ピンクのナース服。しかも異様に丈が短い。
 着せ替え好きなコハクにより、ヒスイの服はコロコロ変わるが、今回はまた一段と趣味に偏っていた。
 「何だかよくわからないけど、これ着たらみんな元気になるからってお兄ちゃんが・・・」
 「・・・・・・」
 (相変わらずしょうもない奴だ)


その夜遅く。
 病室を抜け出し、忍び足で台所に向かうのは・・・コハクだ。
 (まずい・・・熱が下がってきた)
もう少しナースヒスイに看病して貰いたい。
しょうもない下心から。
 (醤油を飲むと熱が出るらしいけど・・・試してみるか)
それにしても・・・
「ヒスイ・・・ちゃんと寝てるかな」


ひとりで眠れなかったらおいで。


 病室の明かりが消される前に、こっそりヒスイを誘った。
 暗闇の中、ヒスイがベッドに潜り込んでくる事を内心期待していたのだが・・・ふられてしまったようだ。
 (ん?台所に明かりが・・・)
そこには先客がいた。トパーズだ。
 手には醤油入りコップ。
どうやら同じ境遇、その上同じ事を考えたようだ。
 「・・・・・・」「・・・・・・」
 熾天使のコハクに対し、トパーズが吐き捨てた。
 「人間じゃあるまいし、こんなものが効くか」
 神のトパーズに対し、コハクも負けじと皮肉る。
 「そういう君だって、自分の立場忘れてない?」
 「・・・・・・」「・・・・・・」
 睨み合い。そして二人は張り合うように、家中の醤油を飲み干した。

・・・人間ならば、致死量だ。


 翌日。台所にて。
 「う〜ん」
テーブルの上にミキサーを用意したヒスイは、料理の本と睨めっこをしていた。
コハクの指示で、これまでは買い置きの果物をそのまま食事として出して
 いたのだが、ついにそれも底を尽き、何か作ろうという考えに至ったのだ。
 「・・・オレがやろう」
オニキスが隣に立った。
 「オニキス!?できるの!?」
 「お前よりはマシだ」
 「う・・・」
もう随分と前の話。
二人がまだ夫婦だった頃、寝込んだオニキスの為にお粥を作ろうとしたヒスイが爆発を起こした。
お互いに忘れられない思い出だった。
 「材料は・・・っと。あれ?お醤油がない??」
 調味料を一通り揃えようを棚の下段を探すが、醤油だけが見つからない。
 「確かお醤油はここにあったような・・・でもないわね・・・」
 首を傾げて立ち上がった途端、ヒスイの足元がふらついた。
 「はれっ??」
 「大丈夫か?」
すかさずオニキスが支える。
 「!?お前、熱が・・・」
 触れたヒスイの体はいつもより熱く。
 「休んでいろ」
 「大丈夫だよ。こんな時ぐらい私がしっかりしないと・・・あ」
オニキスは、首を横に振るヒスイを抱き上げた。
そのまま階段を昇る・・・ヒスイの部屋は知っていた。
 「大人しく寝ていろ。後はオレが看る」


 台所に戻ったところで、オニキスはある物を発見した。
ヒスイは気付かなかったようだが、流し台に空のコップが二つ。
 (醤油か?)
コップの底に薄く残った褐色の液体が独特の香りを放っていた。
 「・・・・・・」
 (醤油を飲んでわざと体調を崩し、兵役から逃れようとした者がいたというが・・・)
モルダバイトに兵役はない。
それは昔・・・級友であったグロッシュラーの王から聞いた話だった。
 「・・・・・・」
そもそも病人という割には、ヒスイにナース服を着せたりと、この状況を楽しんでいる節がある。
少なくとも醤油を飲んだ2名は仮病・・・オニキスは早朝の病室へ向かった。


 額に氷嚢をのせたまま、ジストとサルファーはぐっすり眠っていた。
オニキスは、子供達を起こさないよう気を遣いながら、容疑者コハクの傍らに立った。
 (眠っているようにも見えるが、恐らくそうではないだろう)
 寝たフリである事を前提に、少々大袈裟に言ってみる。


 「・・・ヒスイが倒れた」
 「ヒスイが!?」


それを聞くなりコハクは飛び起き、脇目も振らず病室を出ていった。
とても病人には見えない。
 醤油は、熾天使であるコハクには全く効果がなかった。
トパーズにしてもそうだ。
ヒスイが倒れたと聞き、トパーズも起きた。
醤油の件とは無関係のメノウも起きた。
熱はとっくに下がっていた。
結局、大人3人が、病人のフリ、寝たフリをしていたのだ。
 「まったく・・・親が仮病を使ってどうする」
 「最初から仮病って訳じゃないんだって」
ヒスイの看病に向かったコハクに代わり、メノウが明かす。


それは・・・家族でフリーマーケットに行った時のこと。


ちょっと目を離した隙にヒスイが買ってきた、謎の物体。
ヒスイはそれを果物と解釈し、「家帰ったらみんなで食べよ!」と言った。
 瓜のような形状で紫色の斑点があるソレは、食用かどうかも定かではない。
アヤシイと思いながらもコハクが包丁を入れ、ソレは食卓に並んだ。
 (コレはヤバイ)×5。
コハク、メノウ、トパーズ、ジスト、そして帰省中のサルファー。
ヒスイ以外は皆警戒し、皿の上の刺身を凝視・・・。
 「みんな食べないの?じゃあ私が・・・」
ヒスイがフォークを伸ばす。そこに。
 「ヒスイ!!」
サルファー除く男性陣が待ったをかけた。
コハクはフォークでフォークの進行を塞ぎ、ヒスイに言った。
 「僕が先に毒味・・・じゃなくて味見するから」
ヒスイの安全を確保するにはこれしかない。

 「どう?おいしい?」
 「うん・・・まぁ・・・」

 無邪気なヒスイの質問にコハクは言葉を濁した。
 (毒あるんじゃないかな、コレ・・・)
ヒスイの料理に比べれば不味くはないが、嫌な予感のする味だ。
 (とにかくヒスイには食べさせないようにしないと)
 妊娠中のヒスイを危険に晒す訳にはいかない。
 顔を見合わせる男達・・・“ヒスイの口に入る前に平らげてしまえ!”
という捨て身の作戦で。大きく頷いたジストが動く。
 「ほらっ!サルファーもっ!」
 「何で僕まで・・・」
サルファーに至っては完全に巻き添えだ。
ヒスイがソレを食べようとする度、一人、また一人と犠牲になり・・・
発熱作用のある食物らしく、このような事態に陥ったのだ。


 「揃いも揃ってヒスイに甘すぎる」呆れた顔でオニキスが言った、が。
 「ヒトのこと言えんの?」と、すぐさまメノウに反撃された。

 呼ばれれば、何処からでも駆けつける。

ヒスイの“呼び出し”を心待ちにしているのだ。
メノウには見抜かれているのだろう。
 「確かに。違いない」
オニキスは両腕を組み、苦笑いを浮かべた。


その頃、ヒスイの部屋では。
 「ヒスイぃぃ〜!!ごめんね」
 「お兄ちゃん!?むぐっ!?」
ちゅぅぅ〜っ!!
コハクは怒濤の勢いで、熱を帯びたヒスイの唇を吸った。
 「元気になった・・・の?」
 「うん、今ので治った。今度は僕が看病するね」
 随分急だが、ヒスイは喜び、コハクの腕の中へ。
べったりとくっついて・・・甘える。
 「じゃあ・・・一緒に寝てくれる?」
 「もちろん」
 二人は共にベッドへと潜り込んだ。
モゾモゾ・・・ヒスイはコハクの懐で丸くなり、欠伸。

 「おやすみ、おにいちゃん」
 「おやすみ、ヒスイ」



・・・翌日。


 「母上が倒れたというのは本当か!?」


シトリンが玄関の扉を叩いた。ジンも一緒だ。
 「よっ!いらっしゃい!」
 出迎えたのはメノウ、これは珍しい。
リビングには、サルファーとスピネル。
サファイアとアレキ。
エクソシスト総帥セレナイトまでいた。
ただならぬ事態、と、シトリンが青ざめる。
 「容体はどうなんだ!?」
 大声でそう尋ねるも、せっかちなシトリンはメノウの回答を待たずに階段を駆け上った。
 「母上ぇぇぇ!!!のあっ!?何だこれは!」

 先客多数。

ヒスイの枕元で手を握っているコハク。
その前をジストがウロウロ。
トパーズは近くの椅子に腰掛けて本を読んでいる。
オニキス、カーネリアン、エクソシスト仲間のイズ、ダイヤは恋人エリスを連れて。
 花の香り漂う室内は、満員御礼だ。
 (母上・・・よくこれで寝ていられるな・・・さすがだ)


 1階。メノウ&ジン。
 「看病疲れでさ、ちょっと熱が出ただけなんだけど」
リビングに残されたジンに向け、メノウが答えた。
 「そうだったんですか」
ジンはさりげなく見舞いの品を手渡した。
 「お前等で9人目だよ」
ケラケラとメノウが笑う。
どうも話に尾ヒレがついているらしく。
 「ヒスイが死にそうだの、流産しただのって、血相変えてさ」
 勘違いした面々が次から次へと屋敷にやってきたのだという。
 噂の根源は・・・タンジェだった。
いつまで経っても寮に戻ってこないサルファーを迎えにきたタンジェ。
その時はもうサルファーは元気になっていて、代わりにヒスイが寝込んでいた・・・という訳だ。

“アマデウスが床に伏しておられますわ!!”

タンジェの口から城や学校へ広まり、妙な伝達ミスが連発して現在に至る。
 遅れてルチルとラリマーが到着し、屋敷はとんでもない大所帯となっていた。
 「ヒスイさん、起きたらビックリですね」
この事態にジンは笑うしかなく。
 「だろうね」
メノウも肩を竦め、一緒になって笑った。
 「でもさぁ・・・」



 「いいだろ。ヒトの集まる家って。ずっとさ、夢だったんだ」



笑いの合間にメノウの言葉が深く響いて。
 「・・・・・・」
メノウがどんな想いでこの家を買ったのか考えると、ジンは何も言えずに、
ただ、頷いた。
 「メノウさん・・・」
 「ん?」
 「・・・何かオレ、手伝える事ありますか?」
 「んじゃさ、外頼むわ」
メノウが庭を指差した。
 「コハクの奴、ヒスイに付きっきりだからさ」
 頼まれたのは、庭の植物の世話だった。
ジンは裏口から庭へと出た。
外から改めて屋敷を眺める。
台所にはジョールとルチル、娘のタンジェ。
2階からはシトリンとカーネリアンの元気な声が聞こえる。

 窓越しに見える顔は、みんな笑っていて。


 「・・・いい家だなぁ」


ジンは、太陽と笑顔の眩しさに目を細めた。
そして・・・・願う。



いつまでもここが、愛の集まる場所でありますように。



+++END+++


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