短編(No.34)

ヒスイ×オニキス



某日。赤い屋根の屋敷。


 「んっ?何これ?」
と、ヒスイはリビングの床に落ちていた一冊のメモ帳を手に取った。
 「お父さんのだ」
そこにはメノウオリジナルの呪文がいくつか記されていて。
そのうちのひとつがヒスイの目に留まった。
 (これ、何の呪文だろ?)
 効果が全く予測できない呪文・・・興味本位でヒスイはそれを唱えてみた。が。
 「?」(何も起こらない???)
 「ま、いっか」この時は良かった。しかし。

 屋敷を訪れたオニキスと顔を合わせた瞬間。
ヒスイの体に、呪文の効果らしきものが如実に現れた。

 「ヒスイ」
オニキスに名前を呼ばれただけでドキン。大きく胸が鳴る。
 「オ・・・オニキス?あれ???」
(なんだかすごくカッコ良く見えるのはなんで??)
キュンとしたり。ドキドキしたり。
それは、恋する乙女の症状に似て。顔まで火照る。
 「ヒスイ、どうした?」
ヒスイの心臓のリズムが狂えば、当然オニキスは心配する。
どうしたものかと、ヒスイに身を寄せる・・・が。
 「なっ・・・なんでもないっ!!」
 真っ赤な顔で逃げ出すヒスイ。
 「おい・・・」
オニキスが引き留める間もなく、リビングを出ていってしまった。
 (何だ?)両腕を組み、軽く首を傾げるオニキス。と、そこにメノウが現れた。
 「今ヒスイとすれ違ったんだけどさ〜、真っ赤な顔してたから」
メノウはいつにも増して悪戯な笑みを浮かべ。
 「もしかしてさ、あの魔法にかかったんじゃないかって」
 「・・・あの魔法とは何だ」
 悪い予感を抱きつつ尋ねる。
メノウは、再び床に落とされたメモ帳を拾い上げ、一言。


 『ホレ魔法』


 呪文を唱えた後、一番最初に見た異性を好きになる・・・メノウはそう説明した。
 「つまりさ、ヒスイはお前に惚れちゃったってコト」
コハクの存在を忘れるくらい、お前に夢中になってるよ。と、言い足され。
 「・・・・・・」眩暈を覚えるオニキス。
 「コハクは・・・」
 「出掛けてる」
コハクには度々総帥セレナイトのお呼びがかかるのだ。
 「ヒスイを連れてかなかったってコトは裏の仕事じゃん?」
と、メノウ。
理由はどうあれ、コハクがいないのは幸いだ。
どうすれば魔法は解けるのか、オニキスが問うと。


 『キス』


もちろん唇に、とメノウはまた笑って。
オニキスが困るのを楽しんでいる。
 「・・・・・・」
(さっさと済ませるか)
魔法の力でヒスイの愛を得ても、嬉しいとは思わない。
オニキスはすぐヒスイの後を追った。
魔法にかかっていることを本人に理解させることはできないという。
と、すると問答無用でキスをするしかないのだが、当然気乗りはしなかった。



ヒスイは裏庭の桜の木の下にいた。

 「ヒスイ」
 「なっ・・・なにっ!?」
オニキスが声をかけると、ヒスイの鼓動は再び跳ね上がり。
 声が、緊張で震えている。
 可愛くも、気の毒で、早く魔法を解いてやらねば、と思う。
 「・・・すぐ終わる。じっとしていろ」
 「ちょ・・・オニ・・・」
キスから逃げられないように、オニキスは両手で軽くヒスイの頬を包み、唇を寄せた・・・が。

 「っ・・・!!」

ぎゅっと両目をつぶり、俯くヒスイ。
真っ赤な顔で抗う姿に、愛しい気持ちが膨らんで。
決心が・・・鈍ってしまう。
 「・・・・・・」
コハクが戻るのは夕方ときいていた。
今はまだ昼過ぎで。
時間は、ある。
(少しの間、借りるぞ)



オニキスはヒスイから手を離し、言った。
 「どこか行きたいところはあるか?」
するとヒスイは「病院」と、答えた。
それから深刻な顔で。
 「さっきから、私ちょっと心臓が変なの。なんか熱っぽい気もするし・・・って、何笑ってるのよ」
 「心配いらん。それは病気ではない」
 「病気じゃなかったら何なの?」
 「それは自分で考えるんだな」
 少々むくれ気味のヒスイに、オニキスは手を差し出して。
 「散歩でもするか」
 「ん・・・いいよ」
ヒスイはまだ赤い顔のまま、オニキスの手を握った。



モルダバイトの城下にはいくつか公園があり、今日は居住区の方まで足を伸ばしてみようという話になった。
 「ここにくるの、久しぶりだね」
 「ああ、そうだな」
かつて王と王妃だった頃、視察にきたことがあるのだ。
高台に続く階段に沿って、アパートが建ち並んでいる。
外装が統一された集合住宅なので、景観も悪くなかった。
この地区の名物でもあるワゴンの花屋の前を通り過ぎる度、香りを楽しんで。
二人は公園までのんびり歩いた。

階段を登りきった先に、憩いの公園がある。

はずなのだが・・・
「・・・・・・」「・・・・・・」
オニキスもヒスイも言葉を失う。
憩いの公園はカップルだらけだった。
 「昔とずいぶん違うな」と、オニキス。
 「うん。なんかそういうトコロになっちゃったみたいね」
と、ヒスイ。
高台の景色が自慢の公園は、いつしか恋人達のデートスポットに。
あっちでもこっちでもイチャイチャ・・・こういう場所だと、カップルでない
二人は落ち着かない雰囲気になるものだが・・・
キスをするカップルを、ヒスイ、ガン見。
男の手が女の尻を触ったり、胸を揉んだりしているのを立ち止まって凝視していた。
そして自問自答。

 (私も・・・こんな風にオニキスに触ってもらいたいって思う?)

 「思うわ・・・」
 (ということは、このドキドキってもしかして・・・)
 意外にも早く、病気の正体を悟る。
 「おい、あまりじろじろ見るな・・・」
のぞき魔と化したヒスイをオニキスが回収しようとした、その時。
ヒスイは思い詰めた顔でオニキスを見上げ。


 「わたし・・・っ!オニキスのことが好きかもしれない」


いきなりの告白。
オニキスは少々驚きつつも、ヒスイの目を見てハッキリと答えた。
 「ああ、オレもお前が好きだ」
 「ホントっ!?」
その時の、ヒスイの嬉しそうな顔といったら。
 力いっぱい抱きしめてしまいたくなるほど、愛おしく思えるものだった。
 「好きだ。お前が」オニキスは繰り返し言った。
いつもならスルーされてしまう愛の告白も、今のヒスイにはしっかりと届くのだ。
 「えっと・・・じゃあ、これってデート?」
 身を寄せ、オニキスの服を掴むヒスイ。
 言動がいちいち可愛くて・・・困る。
そんな自分に自嘲しながら、オニキスは
「そういうことになるな」
と、相槌を打った。
するとヒスイは満面の笑みで。
 「だったら私っ!行きたいトコあるの!」




 場所を変え・・・モルダバイト第三図書館。

 「ジンくんも素敵なこと考えるよね、図書館の屋上をお花でいっぱいにしちゃうなんて」
モルダバイト第三図書館は、城下から離れた場所にあるため、利用者が少なく、存続を危ぶまれていたのだが、今では屋上植物園の花を目当てに訪れる者も増え、館内も賑わっているのだという。
本日は休館日なのだが、そこはコネで。
 「わ・・・きれい・・・」
 園内は様々な花が咲き乱れ、蝶が舞い。
 誰しもが息を呑む美しい場所だった。
 「ここにね、一輪だけ青い花があるの」
と、ヒスイはオニキスの手を引いて。
 「シトリンが教えてくれたんだけど・・・あ!あった!」


 『この花の前でキスしたカップルは、ずっと一緒にいられるんだって』


 「・・・そうか」
 「ずっとだよ?ず〜っと!」
ヒスイは花の前で熱心にジンクスを語り。
 「だから・・・その・・・」
 「・・・したいか?」
 「うん、したい!オニキスとずっと一緒にいたいから!」
 「・・・・・・」

キスをすれば、魔法は解ける。
けれどヒスイは、そのキスが欲しいと言う。

 「・・・お前が望むなら」
 両目を閉じて、キスを待つヒスイ。
オニキスはヒスイの肩にそっと手をのせ、顔を近付けた。
 「ずっと一緒だよ・・・」唇を塞ぐ寸前、ヒスイが呟き。
 「ああ」
短く返事をして、オニキスはヒスイと唇を重ねた。



キスをして。魔法が解けても。



この誓いは残るだろうか。



“ずっと一緒だよ”





・・・こうして魔法を解き、オニキスは静かに唇を離した。

 「あれ?今・・・何かした?」
 「いや・・・」
ヒスイの記憶は断片的に抜けていて。
 「公園に行ったところまでは覚えてるんだけど・・・」
告白やキスをしたことは忘れていた。
急に胸が楽になった、と、ヒスイは不思議そうに。
それは、気持ちが完全にコハクのところへ戻った証拠だった。
 「・・・帰るか」
 「うんっ!」



そして・・・赤い屋根の屋敷。

 「おかえり」
二人を出迎えたのはメノウだった。
 「送ってくれてありがと」
礼を述べ、一足先にヒスイは中へ。
玄関にはメノウとオニキスが残った。
 「今度こそ攫ってくと思ったのに」
と、メノウはニヤニヤ笑いながら言った。
 「キスさえしなきゃ、ヒスイはずっとお前のこと好きだし。それにさ、キスしなくたってセックスはできる、だろ?」
 「まあ、そうだが」
オニキスはメノウの冗談に付き合ってから。
 「・・・ヒスイが愛しているのはオレではなくコハクだ。これからも、ずっと」
と、続けた。
 「その間にオレが少しずつ狂っていったとしても・・・」


ヒスイの一番の幸せは何なのか。


 「それだけは見失わないようにと、肝に銘じているだけだ」
 「あ〜・・・そんでいつもヒスイをコハクんとこ帰すワケね」
うんうん、両腕を組んでメノウは頷き。
 「・・・ま、そのうちお前にもいいことあるよ」


たとえば今日みたいな、と笑う。


オニキスも苦笑いを浮かべ。
 「ああ・・・そうだな」



+++END+++

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