世界に春がやってくる

裏部屋T No.02

絶対、イケナイ




セックスと呼べることをしているのかもわからない。

1年に1回の再会。

産まれた日に、産まれた場所へ、還る。

「誕生日、おめでと〜!」

今、オレが住んでいる場所はヒスイしか知らない。
明けない夜の国。銀の吸血鬼の城。

 

 

 

「今年はね、プレゼントもちゃんと・・・」
「さっさと脱げ」

ヒスイの言葉に耳も貸さず、求めるのはカラダ。

「あ、うん・・・」



※性描写カット


  
還りたい。

還っておいで。

そんなことを言ったって
還れるのは、カラダのほんの一部分だけで。

「あ、あうっ、ん、っ!」



※性描写カット



トパーズ・・・態度は冷たくても、温もりはちゃんとある。
その温もりを両手で抱き締めて。



※性描写カット

 

ベッドの上。
3度目の性交を終え、心地よく、ぐったりとしているヒスイに放り投げられる服。

「?」
(もう用済みだから、帰れってことかな・・・)

トパーズは一足先に服を着て、煙草を口に咥えていた。

「・・・ついてこい。そろそろ月下美人が咲く時間だ」

 

魔界のフルムーン。
かつて銀の一族が棲んでいた土地は、特に人間界に似て、時節も月の明るさも慣れ親しんだものと何ら変わらなかった。
夜桜の咲き乱れる道をトパーズと並んで歩く。
花びらと、煙草の煙。

(こうしているとさっきまでの時間が嘘みたい)

トパーズの澄ました横顔。

(えっちかと思ったら、素っ気なかったり。この年頃はムズカシイわね・・・)

「・・・べつに・・・やることしか考えてないわけじゃない」

ヒスイの心の声を聞いてか、トパーズが自分からそう言った。

「・・・ほら」
「うんっ!」

なんとなくその言葉が嬉しくて、ヒスイは大きく頷いた。
差し出された手をしっかりと握って歩く。

「あれ?でも、月下美人が咲くのってこの時期じゃないよね?」

以前本で読んだ。
開花時期は初夏から秋口にかけて、と記されていた。

「・・・改良させた。ジンに」
「くすっ。そうなんだ」

 

「わ・・・っ・・・綺麗だねぇ・・・」

月光が降り注ぐ丘に咲く、月下美人。
その名の通り、誇らしく、美しく。

一晩だけ咲く、花。

「ヒスイ」
「ん?あ・・・」

名前を呼ばれて見上げると、すぐ傍にトパーズの顔。
唇が触れ合う・・・本日最初のキス。

「・・・順番、おかしいよ?」

ヒスイが笑う。

「・・・これでいいんだ」
「・・・ん・・・」

再び唇を塞がれて、トパーズの言っていることは正しいのかもしれないと思った。
セックスとは結びつかない、純粋で、優しいキス。
なぜか、このキスが下半身の繋がりよりもココロを揺らす。

そして、目覚める想い。
春先のまだ少し冷たい夜風に、やっと正気が呼び醒まされて。

それでもなお・・・
繰り返されるキスと、濃厚な月下美人の香りで眩暈がした。
たぶん、月下美人を見る度にこの夜のことを思い出す。

「・・・っ・・・」

涙が出るほど、罪悪感でいっぱいなのに。
どうして求めてしまうのか。

この髪も、この瞳も、この牙も。
トパーズと私は同じものでできている。
だから、えっちしても数に入らないって、思ってた。

トパーズの子供を妊娠するまでは。

繋がってしまえば、親も子も関係ない。
それはもう、ただの男と女で。
現に私の内側は、新しい命の素を一滴残らず搾り取ろうと、きつく締まるの。

たとえそれが息子のものであっても。
快感を与えられた本能は、それが息子かどうかなんてわからない。
ただひたすら、役目を果たすだけ。

だから、これは、イケナイこと。
避妊したって、罪は罪。
わかっているのに。

(・・・なんで、毎年ここに来ちゃうのかな)

「・・・私、帰るね」

月下美人はまだ、咲いている。
だけど・・・
この花の最期を共に看取ったら、帰れなくなってしまうから。

「・・・ああ、帰れ」

トパーズは引き留めなかった。
唇が離れたと同時に走り去るヒスイの姿を黙って見送る。
現地解散。

1年に1回の逢瀬もこれで終わり。
花の命より短い時間かもしれなかった。

 

 

魔界の城で、ひとり。

「・・・・・・」

ヒスイがいないと喫煙量が劇的に伸びる。
別れてからずっと吸いっ放しだった。
吸い殻で山盛りになった灰皿。
2個目を探して、立ち上がった時だった。

ガサッ。

何かが足に引っかかり、視線を落とす。

(・・・プレゼント・・・)

「・・・そういえば、来た時にそんなことを言っていたな」

紙袋から、丁寧にラッピングされた箱を取り出す。
かなり大きい。

「・・・なんだコレは・・・」

(おどるハニワか?)

箱の中身は紙粘土で作られた置物だった。
それも二つ。大と小。
ちゃんと色も塗ってある・・・が、とにかく不可解な造形。
宇宙人のようにも見える。

添付のメッセージカードには

 

誕生日、おめでとう。

トパーズをイメージして、ジストと一緒に作りました。

似てるでしょ?

 

「・・・・・・」

(・・・これが、オレ・・・)

よく見ると、マジックで眼鏡が描いてある。
口からは煙草らしきものがニュッと突き出して。

ぷっ・・・くくく・・・

「あいつらの美的感覚はおかしい」

さしずめ大きい方はヒスイ作、小さい方はジスト作。
トパーズは声をあげて笑いながら、机の上に並べて置いた。

「しかも、親子揃って不器用だ」

しみじみと眺めては、苦笑い。
それから・・・

ひとすじの涙が頬を伝う。

かつて求めていた“母親”とは違う生き物。
けれども確かにヒスイは愛をくれたのだ。

「好きだ」とオレが気持ちを伝えたら。

ヒスイはたぶんこれ以上ないってくらいに、困った顔をするだろう。
許されない想い。
ヒスイは父上が愛して大切にしてきた女だと、産まれた時から知っていた筈なのに。

わかっているのに。
どうして求めてしまうのか。
オレ達の関係を祝福する奴なんて、世界中にひとりもいない。

はぁっ。はぁっ。

地面に積もる桜の花びらを踏みしめて。
辿り着いたのは、魔界の出口。人間界の入口。
この先で、本来愛すべき人達が待っている。

歪んだ自分の想いから、逃げるように走ってきた。
もう“親子”じゃない。
だけど“男と女”にもなれなくて。

私達は、一体何を求め合っているんだろう。
トパーズは、大好きなお兄ちゃんとの間に産まれた実の息子なのに。
普通の幸せから遠ざかるようなことばかりさせて。

「・・・ごめんね」

オレ達は。私達は。
周りを傷つけることしかできないから。

『一緒にいちゃ、いけない』

別々の場所から、同じ月を見上げて。

「・・・ばいばい」

また・・・来年。
 

+++END+++

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