裏部屋T No.07
ラブ>エロ
その日、ヒスイは保健室にいた。
保健医のエンジェライトは校内でも有名な草食男子だ。
薄い空色の髪と瞳、長めの前髪。襟足だけパーマという、ちょっとお洒落な青年だが、異性的な感じがしないため、何でも話しやすいと評判だった。
ヒスイがなぜ保健室にいるかというと・・・単純な話、保健委員だからだ。
委員決めの場で、たまたまくじを引き当てた、それだけだ。
今は、薬品の在庫整理を手伝っている。
「今日はもう帰っていいよ。体、弱いんでしょう?無理しないで」と、保健医エンジェライト。
「え?」ヒスイは瞬きをして聞き返した。
「体育の時間いつもいないから。気になってたんだ、君のこと」
校舎1階の保健室から、校庭がよく見える。
「生徒の健康管理が、僕の仕事だしね」
「あ・・・うん・・・」遅れて返事をするヒスイ。
(そういえば、トパーズとえっちするのって、昼休みか、体育の時間・・・)
黙っていれば、ヒスイは華奢な美少女・・・病弱で充分通せる。
そういうことにしておけば、サボリやすい、と。
トパーズの考えそうなことだ。
「ここでカウンセリングもしているから、悩みがあったらいつでも聞くよ」
声も語り口も穏やかなエンジェライト。まさに癒し系だ。
その優しい笑顔に、人見知りのヒスイでさえ和んでしまう。
と、その時。
「エン、明日の体育祭だが―」
学年主任のトパーズが保健室の扉を開けた。
「あ・・・」と、ヒスイ。
「・・・・・・」
トパーズは、(なんでお前がここにいる)といわんばかりの顔で。
一瞬、微妙な空気が流れる。
「保健委員の子に手伝って貰っていたんです。今帰るところだったんですよ」
保健室から退出し、ヒスイが廊下を歩いていると。
トパーズが早足で追ってきた。
周囲に誰もいないのを確認すると、ヘッドロックでヒスイを捕獲し。
「わ・・・トパっ!?」
「なにが“保健委員”だ。生徒会に立候補しろ、と言ったはずだ」※トパーズは生徒会顧問。
「だってそれは会長が・・・」
会長とはファンクラブの、だ。
生徒会役員はトパーズ狙いの生徒で異常なほど倍率が高かった。
応援してくれる友達がひとりもいないヒスイではお手上げだ。
「・・・・・・」
ヒスイを目の届くところに置いておきたくて学校に連れてきたが、ついに恐れていた事態が起こってしまった。
「エン先生って、優しいよね!私、保健委員で良かった!」
ヒスイは・・・一見優しそうな男が好きなのだ。
それを知っているからこそ、エンジェライトとの接触は何としても阻止したかった。
しかし、こうなってしまっては手遅れだ。
「・・・明日は体育祭だ。お前は校庭に出なくていい。保健室で待ってろ」
「保健室???うん、わかった」
翌日。
体育祭のため、通常の授業はない。
賑やかな校庭とは対照的に校舎は静寂に包まれていた。
保健医のエンジェライトも今日は屋外・・・万が一に備え、テントの下で待機だ。
誰もいない保健室で、ヒスイはトパーズを待っていた。
間もなく、トパーズがやってきて。
ヒスイを抱えあげた。
「今日は暇だ。たっぷり可愛がってやる」
ヒスイをベッドに放り込み、カーテンを引くトパーズ。
「!!ここでするの、やだっ!!」
ヒスイは保健室でのセックスを嫌がり、ベッドの端に逃げたが・・・
トパーズにたやすく組み敷かれてしまう。そればかりか。
「!!ちょっ・・・なにそれ・・・」
腕を押さえつけられ、ガシャン!と、手錠をかけられた。
ベッドのパイプ部分と右手を繋がれ。左手も同様に。2本の手錠で拘束だ。
ヒスイは驚きで口をぱくぱく・・・言葉が出てこない。
※性描写カット
「しばらくそれで遊んでろ」
トパーズはそう言い残して、保健室を離れた。
「え、ちょっ・・・」
拘束に続いて、放置・・・
「トパーズの・・・うそつきぃ・・・」
最初に暇だと言ったが、学年主任のトパーズが暇な訳がないのだ。
今頃、校庭で体操服の女子高生に囲まれている。
そんなことは、ヒスイでもわかる。
「はやく・・・もどって・・・き・・・あうぅんッ!!!」
30分後・・・
ヒスイは変わらぬ姿で待っていた。
シーツの滲みが濃くなっている点を除けば。
※性描写カット
「あ」ぴくん!ヒスイが反応する。
「さっさと孕め」と、耳元で囁くトパーズ。
孕ませて・・・もっと実感したいのだ。
ヒスイは、自分のものだということを。
「はぁはぁ・・・じゃあ・・・ちゅ〜して」
ちゅ〜してくれたら妊娠する気がする、と、ヒスイ。
キスで子供ができる訳がない。
「・・・・・・」(こいつ・・・)
馬鹿だ。阿呆だ。好きだ。
もう、愛しくてしょうがない。
「・・・ほら、口あけろ」
トパーズは指でヒスイの口を開かせ、舌を入れ。唇を重ねた。
※性描写カット
トパーズはヒスイの額にキスをして言った。
「30分待て」
しかし・・・その約束は果たされないのだった。
※性描写カット
保健室に戻ってきたのは、トパーズではなく、保健医のエンジェライトだった。
絆創膏の残りが少なくなったため、補充しに来たのだ。
「?」(誰か使って・・・)
一ヶ所だけベッドのカーテンが締まっている。
体調不良の生徒でもいるのかと、当然中を確認する・・・が。
「!?君は・・・!!」
そこで見たものは。手錠でベッドに繋がれている女生徒の姿だった。
一方、ヒスイも目をぱちくり。
「・・・あれ?」
(トパーズは???)
(保健委員のヒスイさんが・・・どうしてこんなことに・・・)
目の前の光景がどうにも信じ難い、保健医エンジェライト。
レイプ直後の現場にでも踏み込んでしまったかのような気まずさがあった。
エンジェライトは白衣を脱ぎ、ヒスイの体に被せた。
運良く手錠の鍵が袖机の上に置いてあったので、それで開錠し、ヒスイの自由を確保してから一旦カーテンの外に出た。
「とりあえずこれで・・・」
と、エンジェライト。
カーテンの隙間からボックスティッシュが差し入れられた。
「あ・・・うん・・・」
「宿直室にシャワーがあるから、そこまで歩ける?」
白衣を羽織り、エンジェライトに手を引かれ、宿直室へと移動する。
(恥ずかしいぃぃぃ!!!なんでこうなるの!!?)
しばらくは驚きが羞恥を上回っていたが、今はそれが逆転し。
死ぬほど恥ずかしい。ヒスイは真っ赤な顔で、深く俯いたまま黙って歩いた。
「・・・・・・」
こちら、エンジェライト。
先程のヒスイの姿を思い出すと胸が痛む。
(可哀想に・・・あんなことされて)
手錠をかけて、放置とは・・・鬼畜の所業としか思えない。
(主任に報告すべきなんだろうか・・・)
宿直室にて。
「僕は保健室で待ってるから・・・着替えたら来てくれる?」
「あ・・・うん・・・」
ヒスイは、卒業生が残していったというジャージ一式と、新品のタオルをエンジェライトから受け取った。
シャワーで汚れを流し、渡されたジャージに着替える。
袖も裾も長かったが、折り返して何とか様になった。
頭にタオルを被り、保健室に向かう、が。
「・・・・・・」
(どうしよぅぅぅ〜・・・)
保健室に戻りたくない。
言い訳が何も思い浮かばないのだ。
「トパーズの名前は絶対言っちゃだめだし」
息子の社会的地位を一応気にしているらしい。
「う〜ん・・・」
ヒスイが足取り重く歩いていると。
「あっ!トパーズ!!」
ちょうど校舎に戻ってきたところだった。
ヒスイは走り寄り、トパーズのシャツを掴んで言った。
「エン先生に見つかっちゃったの・・・っ!!」
「見つかった?馬鹿言え」
と、鼻で笑うトパーズ。
「ホントだもん!カーテン捲られて・・・」
ヒスイはムキになって話を続けた。
「とにかくっ!バレると困るから学校ではもう構わ・・・」
「それがどうした」
構いたいから、わざわざ学校まで連れて来ているのだ。
トパーズはヒスイの顎を掴み。
「お前を手に入れるのに、どれだけ苦労したと思ってる。そう簡単に手放すか」
身を屈め、壁に肘をつき、ヒスイの動きを封じるようにしてキスをした。
「ん・・・ずる・・・」
強引かつ甘い口づけ。
舌を攫われ、息もできずに、頭がクラクラする。
そのまま、Tシャツの中に手を入れられ。
※性描写カット
「ん・・・トパ・・・」
「隠す必要はない。エンには―」
「オレにやられた、と、言え。わかったな」
こちら、保健室。
エンジェライト。
「・・・・・・」
ヒスイとの再会で、一瞬言葉を失う。
その首筋には鮮やかなキスマークが出来ていた。
さっきまでなかった筈だ。
「君・・・まさかまた・・・」
(この子、もしかしてセックス依存症・・・)
保健医目線から、事態は深刻だ。
放っておくわけにはいかない。
「座って」
さすがに声も厳しくなる。
「・・・・・・」
ここは女子校で。ヒスイの相手が、校内の男性教員であることはほぼ間違いないのだ。
エンジェライトはヒスイの向かいに腰掛け、話し出した。
「君ぐらいの歳の子は、恋愛やセックスに興味があるんだろうけど・・・身近な異性に都合のいい幻想を抱いているだけなんだ」
「幻想???」
(エン先生、何言ってるんだろ?)
「背伸びしたい気持ちもわかる。でもね、セックスをしたからって大人になるわけじゃないんだよ?経験を焦る必要はないんだ」
「?」
エンジェライトの言いたいことがイマイチわからないヒスイ。
一方、エンジェライトは、真剣な顔でヒスイを見つめ、言った。
「君は、このままじゃいけない」
「??」(なんでだめなの?)
「僕は、君を助けたい」
「???」(別に助けなんて求めてないんだけど・・・)
話せば話すほど、深まる謎。更に。
「君は今、心も体も傷ついているんだ」
「????」(え?そうなの?)
困惑するヒスイに。
「本当に、合意の上なの?」と、切り出すエンジェライト。
「うん」と、ヒスイが頷く。
「相手は・・・」
話がそこに及ぶと、ヒスイは口を結び、プイッ!横を向いた。
“話したくない”という意思表示だ。
その代わりと言っては何だが・・・ぐぅぅ〜・・・お腹を鳴らす。
「!?」
この状況で、空腹を訴えるとは。
エンジェライトは耳を疑い、瞬きをして。
「・・・お腹、空いてるの?」
こくり、またヒスイが頷いた。
「サンドイッチだけど、よかったらどうぞ」
草食系エンジェライトのお手製サンドイッチは、ヘルシーな玄米パンに野菜がどっさり。
菜食主義のヒスイにとってはかなりのご馳走だ。
「ありがと」
ヒスイは笑顔で礼を述べ。
早速、もぐもぐ・・・それを食べ出した。
「・・・・・・」
こうしていれば、この上なく可愛らしい小動物。
しかし、ちょっと目を離した隙に、所構わずセックスをする問題児だ。
そのギャップに戸惑うエンジェライト。
「・・・・・・」
(この子・・・扱い方がよくわからない・・・)
あれから、数日が過ぎた昼休み。
保健室では、今日もエンジェライトによるカウンセリングが行われていた。
と、言っても、主に恋愛相談を兼ねたお喋りだ。
片想いで〜と相談してくる生徒の大半は学年主任トパーズの名を口にする。
数学教師でもあるトパーズは、受け持ちのクラスからひとりも赤点を出さないことで有名で、その授業展開は神業と称されている。
後進の育成から、生徒の進路指導までこなす、頼れる教師No.1。
ルックス抜群ということもあって、絶大な人気を誇っているが、常にクールで生徒とは絶対に慣れ合わない。
肉食系のオーラを纏いつつ、硬派。
そういうところが更なる人気を呼んでいる。
(僕とは無縁のタイプだな)
と、話を聞く度思う。
エンジェライトは自他共に認める草食系だ。
ただし校内には、そういう男が好きという生徒もいて。
エンジェライトもそれなりにモテていた・・・生徒の告白は、すべて断るようにしているが。
「エン先生、またねー」
笑顔の生徒を、笑顔で送り出す。
保健医として充実かつ平穏な日々を送っていた。
・・・はずなのだが。
「・・・・・・」
(ヒスイさんがいない・・・)
6限の体育の時間。
校庭を見ると、やっぱりヒスイの姿がない。
「・・・・・・」
(もしかしてまた・・・)
姿が見えないと、どこかでセックスをしているのではないかと思ってしまう。
悪い男に、乱暴に抱かれている様がチラついて・・・落ち着かない。
あの日から・・・ヒスイのことが、気になって、気になって、仕方がなかった。
トントン、机を指で叩き。いてもたってもいられなくなって。
「校内を探してみよう」
ついに。エンジェライトは保健室を出た。
そして・・・こちら、ヒスイ。
1日、1回〜2回、指定された時間に、指定された場所へ行く。
セックスをするために、だ。
本来女子高生ではないし、トパーズのことが好きなので、特に疑問にも思わない。
本日の呼び出しは音楽室。
正確には音楽準備室。
楽器の保管庫である。
※性描写カット
「エンに言え、と、言ったはずだ」
「あッ・・・トパ・・・っ」
※性描写カット
「い・・・いえるわけ・・・な・・・あッ・・・ん〜・・・!!!」
トパーズのシャツを掴むヒスイ。
沈黙を貫くのは、息子の身を案じているからだが、どうもそれがトパーズの意にそぐわないらしく。嬲られる。
「いいか、あいつにも“隠しごと”がある」
※性描写カット
「ん・・・ぁ・・・!!」
「隠す必要はない。エンに言え、いいな?」
※性描写カット
「トパー・・・ズ」
名前を呼んで、ヒスイが両手を伸ばした、その時。
ガラッ!隣接した音楽室の扉が開き、ひとりの生徒が入ってきた。
合唱部だ。コンクールに向けて、これから練習を行うようだ。
「!!だれかきたよ」
急に声が小さくなるヒスイ。
「それがどうした?やめるか?」
意地悪に笑って、ヒスイに選択させる。
「う・・・」
途中で止められるはずがない。
ヒスイは真っ赤な顔で言った。
「やめないもんっ!!」
※性描写カット
「じゃあ行くね!」
スカートを叩き、ヒスイが立ち上がる。
「ヒスイ」「んっ?」
ヒスイの腕を掴んで引き寄せ、親指と人差し指で頬を摘むトパーズ。
ヒスイの唇が尖る・・・このアヒル顔が、トパーズのお気に入りなのだ。
ちゅっ。嘴にキスをして。最後に少しだけ、ヒスイを甘やかした。
廊下に出たヒスイ。
(今日はいっぱいトパーズとキスしちゃった)と、照れ照れだ。
音楽準備室にパンツを忘れてきたことに気付いていない。
「ヒスイさん!」
背後から声をかけられ、振り向くと・・・
「あ!」
(エン先生!?)
そこには保健医エンジェライトが立っていた。
“いい人”っぽいが、またわけのわからないことを言われるのではないかと思い、反射的に逃げてしまう。
「待って!ヒスイさん!!」
白衣の裾をはためかせ、走るエンジェライト。
(うそっ・・・追いかけてくる・・・っ!!)
全力で走るヒスイだったが、セックス直後で下半身がだるく。
「わ・・・!!」
足が縺れ、前のめりに転倒。
運悪くワックスをかけたばかりで、派手に滑る。
ゴンッ!廊下の壁に額をぶつけ。
ペロッ!スカートが捲れる。
結果、生尻丸見えだ。
「!!!!!」
強烈なインパクト。
エンジェライトは目を丸くして。
驚きが隠せない。
(本当に何なんだ・・・こんな子、初めてだよ・・・)
一方。音楽準備室には、トパーズがまだ残っていた。
ヒスイを抱いたあとの一服は格別なのだ。
煙草を吹かし、窓から夕焼け空を眺める、ひとときの休息・・・と、その時。
音楽準備室の扉が開き、数人の生徒が入ってきた。今度は吹奏楽部だ。
楽器の運び出しで室内は騒がしくなったが、不思議とすぐそこにいるトパーズに誰ひとりとして気付かない。
(見つかる?オレがそんなヘマするか)
と、鼻で笑うトパーズ。
結界を張っているのだ。
同じ景色を共有する別空間で、セックスをしている。
ヒスイに知らせないのは、面白いから、だ。
(“誰かに見つかるかもしれない”そう思わせていた方が、締まりがいいからな・・・クク・・・)
普通の人間に、この結界は破れない。
あの時、保健室にもこの結界を張っておいたのだ。
つまり、結界を破ったエンジェライトは人間ではないということ。
思わぬところで、それが発覚した。
トパーズはエンジェライトの履歴書を手に持っていた。
理事長室にある書類を瞬時に取り寄せることなど造作ない。
そうして内容を確認すると・・・種族欄には、『人間』と記入してあった。
「種族詐称か、まあいい。職場で疑われることはまずない」
稀にいるのだ。神をも欺くステルス能力を持つ者が。
ただし。自分の正体を悟らせない代わりに、誰の正体も悟ることができない。
万能な能力とはいえないが、人間社会で生きるには便利な能力だ。
その能力をエンジェライトがフル活用した結果、互いに気付かず現在に至る。
「だが―」
トパーズは履歴書を指で弾いて言った。
「問題はそこじゃない。経歴の方だ」
こちら、エンジェライトとヒスイ。
「う・・・いたぁ・・・」
むくり、ヒスイが起き上った。
おでこが赤くなっている。
「ヒスイさん、他に怪我はない?」
エンジェライトの手を借り、立ち上がった途端。
「あ・・・」
エンジェライトの目の前で、トパーズから得たものが戻り出て・・・ヒスイの内腿を伝った。
これでは言い訳のしようがない。
「っ・・・!!」
耳まで赤くなったヒスイは、エンジェライトの脇を抜け、逃げた。
「ヒスイさん!?」
(トパーズは言えって言うけど、私は言いたくないっ!!)
エンジェライトに、相手を問い詰められるのは御免だ。
(別にいいもん!お仕置き、気持ちいいしっ!!)と。
ヒスイは本当に懲りない。今度は転ばないよう注意しながら走る。
階段、踊り場、階段、踊り場、それから渡り廊下・・・
エンジェライトは意外なほどガッツがあり、諦めずにヒスイを追ってきた。
「どうして・・・逃げるの?」
と、エンジェライト。
さすがに息が切れている。
「エン先生が追っかけてくるから・・・でしょっ・・・!!」
ヒスイももう、限界だ。
そこで。エンジェライトがある賭けに出た。
先日、サンドイッチを頬張るヒスイを見て、気付いたことがあるのだ。
(一か八か・・・)
「保健室に野菜スティックがあるんだけど、食べに来ない?」
「え?野菜・・・スティック???」
「胡瓜と人参と大根と・・・キャベツもある。野菜、好きだよね?」
「うん」逃げるのを止め、振り向くヒスイ。
「実家が農家なんだ。新鮮な野菜が毎週送られてくるから」
オーガニック農法で、有名なレストランにも多く卸しているという自慢の野菜だ。
「トマトもすごく甘いよ。果物みたいに。保健室に来てくれたら、いくらでもご馳走できるんだけど・・・」
「行く」
ヒスイは即答。
菜食主義全開だ。
目が輝いている。
ヒスイはエンジェライトに連れられ、保健室へと向かった。
(エン先生・・・おいしそう・・・)
“農家の息子”という魅力的なステータスが追加された。
エンジェライト=無農薬野菜。ヒスイの脳内で直結。
すると、エンジェライトの頭部がシャキシャキのレタスに見えてきた。
そして、保健室。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
エンジェライトはヒスイに野菜を与えると、ベッドを椅子代わりに、並んで腰掛けた。
「君は学校にセックスをしに来ているの?」
人参を齧っているヒスイに、少々厳しく言ってみる、が。
「うん」と、ヒスイ。嘘ではない。
「・・・・・・」(重症だ・・・)
更生の道が・・・全く見えない。
「・・・・・・」
(ゆっくり時間をかけて向き合っていこう。こういうことは焦っちゃいけない)
エンジェライトは気を取り直し、呼吸を整えた。
「避妊はちゃんとしてる?」
「避妊?してないよ?」
ヒスイは目をぱちくり。一方エンジェライトは溜息で。
「その時の快楽に流されて、避妊を疎かにすると、あとで困るのは君の方なんだよ」
どこか悲しげにヒスイを見つめる。
「はぁ???」
ヒスイの瞬きは増えるばかりだ。
「横になって。一応妊娠検査をしておこう。避妊の仕方は後でちゃんと教えるから」
これも保健医の努め。女子校なら尚更、身体を守る方法をきちんと伝えてやらねば。
エンジェライトの心に熱い感情が芽生える。久しく忘れていた教育魂だ。
ヒスイをベッドに寝かせ、お腹にタオルを掛け。
「特技なんだ」と、エンジェライト。
ヒスイのお腹に両手を翳す。
宿りし命の感知。
着床していればわかるらしい。
「わ・・・なに・・・」
遠赤外線効果のように、お腹がぽかぽかしてきた。
(なんだか眠たくなってきちゃった・・・かも・・・)
ヒスイがうとうとし始めたところで、スッと熱が引き。
「・・・落ち着いて聞いて」
エンジェライトが口を開いた。
「君、妊娠しているみたいだよ」
「え?あ、うん」
「驚かないの?」
「うん、初めてじゃないし」
ヒスイのその一言が、エンジェライトの勘違いを一段と加速させた。
「!!!!!」
(妊娠が初めてじゃない!?まさか中絶・・・)
ヒスイに出産経験がある、という考えには至らない。
(この子、一体どういう性生活を・・・)
考えれば考えるほどわからなくなってきた・・・が。
(大人の僕がしっかりしなきゃ。支えるんだ、この子を)と、自身を立て直す。
「つかぬことを聞くけど・・・ご両親は・・・」
「ん〜と、お母さんは死んじゃって、お父さんは仕事忙しくてなかなか家に帰ってこないから、今は・・・」
息子と一緒に住んでいる〜という話をするより早く、エンジェライトの妄想が暴走する。
(やっぱり、複雑な家庭環境なのか・・・)
と、また勝手に誤解し、ひどく胸を痛めた。
絶対に、放ってはおけない。
より親身になりたいと、心から思う。
「子供の父親は・・・」
その質問には頑として答えないヒスイ。
聞き出すのは無理と判断し、エンジェライトは言った。
「(中絶を)早まっちゃいけないよ。いくらでも相談に乗るから」
「???」(早まる?何を?)
またもや意味不明だ。
しかし、野菜は絶品で。
ヒスイは長いこと保健室に入り浸っていた。
下校時刻はとうに過ぎ、生徒は皆帰宅した。
ヒスイは昇降口でトパーズが来るのを待っていた。
今日は割と早く仕事が片付くと聞いたので、一緒に帰る約束をしたのだ。
(あ!トパーズだ!)
ネクタイを緩めながら階段を下りてくるトパーズの元へ、嬉しそうに駆け寄るヒスイ。
真っ先に、報告したいことがある。
「トパーズ、あのね・・・」
ヒスイは照れ臭そうにトパーズのシャツを引っ張った。
これは甘える時の癖だが、ヒスイにしてはしおらしく。
ロマンスの気配を漂わせている。
何か可愛いことを言いそうだ、と、直感したトパーズは、あくまでクールな表情を崩さず、ヒスイを急かした。
「何だ、早く言え」
「うん、あのね・・・」
エン先生のお家って、農業やってるんだって!
「保健室に採れたての野菜がいっぱいあってね!すっごく美味しいの!」
と、ヒスイ。
「・・・・・・」
(野菜が美味い?それがどうした)
と、トパーズ。
ぬか喜びしてしまった。
ヒスイはやっぱりどこか憎たらしい。
「ほう?それで?」
と、言いながら、アイアンクローの刑に処す、が。
「あ!そうそう!なんか妊娠しちゃって」
思い出したようにヒスイが言った。
「・・・誰がだ?」
手を離し、確認するトパーズ。
するとヒスイは。
「私が」と、自身を指し、話を続けた。
「それでね、今後について、エン先生が色々相談に乗ってくれるって言って・・・」
「・・・・・・」(このバカ・・・)
相談する相手を明らかに間違っている。
「そういうことは最初に言え、バカめ」
そうなじりつつも、自分の子供を宿したヒスイを益々愛おしく思う。
ところがそこで。話が野菜に戻り。ヒスイの爆弾発言。
「今度のお休みにね、エン先生のお家に行くの!じゃがいもいっぱい貰ってくるから、ポテトサラダ作って!」
「・・・・・・」
妊娠より、ポテトサラダ。
野菜に、エンジェライトに、負けた気がする。
この様子では、情事の相手について一切話してはいないだろう。
これ以上、ヒスイを野放しにはできないと考えたトパーズは、ヒスイの腕を掴み、思いっきり引っ張った。下駄箱とは、逆の方向へ。
「トパ?どこいくの???」
「決まってる。保健室だ」
そしてここ、保健室では。
「ヒスイさんと・・・主任!?」
慌てて席を立つエンジェライト。
(もしかして、主任にバレて・・・退学なんて話が出るんじゃ・・・)
深刻に、勘違いし続けている。
「あの・・・」
ヒスイを擁護すべく、エンジェライトは口を開いた。しかしそこで。
「こいつの相手はオレだ」
トパーズが、堂々宣言。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
許容範囲を超えた驚きに直面すると、心身が硬直してしまうものなのか・・・エンジェライトはしばらくの間、石化状態だったが。
「主任・・・今なんて・・・」
やっとそう聞き返した。すると・・・トパーズは、2度は言わず。
エンジェライトの目の前でヒスイに襲い掛かった。
「!!ちょっ・・・トパ・・・!?」
「説明するより早い」
※性描写カット
「ヒスイさん・・・」
あるまじき光景に卒倒しそう・・・なのに、ヒスイから目が離せないエンジェライト。
どうすればいいのかわからないまま、ヒスイに向け手を伸ばす。
ヒスイは薄目を開け、その手を見た。
「エ・・・エン・・・せんせ・・・」
「黙れ」と、トパーズ。
ヒスイの耳の後ろから首筋にかけて唇を滑らせ・・・
かぷッ。
「あ」
そのひと噛みで、ヒスイは大人しくなり。
エンジェライトの視線を浴びながら、トパーズの手で淫乱に変貌を遂げていった。
※性描写カット
一方、この状況に穏やかでない、エンジェライト。
(あの主任が・・・こんなに酷い男だったなんて)
「それでも・・・教師ですか・・・」
トパーズの背中にそう言い放つ。
「クク・・・人のことが言えるのか?お前も似たようなことをしていただろう。女生徒と」
ベルトを締め、トパーズが振り返る。
「!!!!」
エンジェライトはみるみる青ざめて。
「え?そうなの?エン先生も???」と、ヒスイは割合暢気だ。
エンジェライトは―複数の女生徒と問題を起こし、前の学校を辞めていたのだ。
無論、そんなことは履歴書には書かれていないが、調べればすぐわかる。
「とんだヤリチン教師だ」
トパーズがニヤリと笑う。
「・・・・・・」
黙って俯くエンジェライト。
かつては、極度の八方美人で。
誘われると断れず。
次々と関係を持ち・・・結果、多くの女生徒を傷つけ、泣かせることになってしまった。
罪の重さを自覚し、すべてを清算して辞職。
その後、この学校に保健医として再就職し。
カウンセリングは、罪滅ぼしのつもりで始めた。
そんな経歴の持ち主だった。
「否定はしませんが、過去形にしてください」
エンジェライトは顔を上げ、強い口調でそう言い返した。
「同じ過ちを犯すつもりはありません」
生徒との恋愛をタブーとし、草食男子として生きる覚悟を告げる、が。
「知ったことじゃない」
肉食男子トパーズは一蹴し。
「が、ここで保健医を続けたければ・・・わかるな?」と、口止め。
エンジェライトは頷くしかない。
「それから―」
トパーズはヒスイの頭を鷲掴みにして言った。
「この女は、お前が相手にしてきた女達とは違う。余計な世話を焼くな」
思いっきり牽制、だ。
「ふたりは・・・どういう・・・」
エンジェライトがもっともな疑問を口にすると。
「夫婦」と、トパーズ。
「親子」と、ヒスイ。
回答が見事に食い違う。
「あ、えっと・・・」
トパーズに睨まれ、慌てて訂正するヒスイ。
「親子で夫婦っていうか・・・」
「・・・・・・」(親子で・・・夫婦・・・)
ヒスイが母親。トパーズが息子。
両想いなのはわかったが、開いた口が塞がらない・・・というか、顎が外れて落ちそうだ。
「ついでに言っとくが、オレ達も人間じゃない」
お構いなしに、トパーズがそう付け加える。
人間ではない、即ち、外見どおりの年齢ではないということ。
確かにそれで合点はいくが・・・
「・・・・・・」
(息子の子供を妊娠して・・・どうして悩まないんだろう・・・ヒスイさん・・・)
実に不思議だ。
「種族詐称は大目に見てやる。ただし―」
トパーズは一枚のメモを机に叩き付けた。
そこに記されているのは、自宅の住所。
定期的に野菜を届けることを条件に出し、エンジェライトが応じる。
農家の息子にしてみれば、お安いご用だ。
むしろ、需要があって嬉しい。
「さつまいも、好き?」
先日、実家から山のように送られてきた、さつまいも。
エンジェライトがヒスイに尋ねると、すぐに返事が返ってきた。
「好きっ!」
「だったら、早速送るよ」と、エンジェライト。
ヒスイは嬉しそうに笑って、礼を述べ。
「トパーズ!トパーズ!」
笑顔のまま、トパーズのシャツを掴んで、見上げる。
そして・・・
「さつまいも貰ったら、スイートポテトも作って!!」
後日。保健室。
「・・・またヒスイさんがいない」
体育の時間。つまり、セックス中だ。
「妊娠しているのに・・・」
また指で机をトントン。
心配事が重なり、相変わらずエンジェライトは落ち着かない。
「それにしても・・・」
(どうして体育の時間ばかり・・・)
と、校庭を眺めていると。
仲良し同士が二人一組になり、準備体操を始めた。
ぴったり15組だ。
「ヒスイさんがいたら、ひとり余ってしまうのか」
何気なく口にして、ハッとする。
ヒスイには、二人一組になる友達がいないのだ。
(もしかして・・・体育に出席させないのは・・・)
「準備体操で・・・ヒスイさんをひとりにしないため?」
ひとつ気付くと、色々辻褄が合ってきて・・・エンジェライトの方が恥ずかしくなってくる。
先日の、あの鬼畜エロっぷりには驚いたが。
同じ学び舎で数年間共に過ごし、トパーズが、気配りのできる人物であることは知っている。
エンジェライトは空を仰ぎ。
「主任の、ヒスイさんに対する愛情は、僕が思っていたよりずっと深いのかもしれない」
と、笑った。
モルダバイト女子高等学校。
そこは・・・肉食男子と草食男子が共存する、乙女の園である。
[後日談]
10ヶ月が経とうとしていた、ある日―
保健室に、妊婦ヒスイの姿があった。
※頑張ってセーラー服。
「もう1週間くらいトパーズに会ってない気がするんだけど」
「何か知らない?」と。
保健医エンジェライトに、大きなお腹で迫る。
1ヶ月ほど前から、ヒスイは、トパーズの双子の妹のところ・・・つまり、娘に預けられているのだという。
そこには、優秀なハウスキーパーがいて、生活に何一つ不自由はないが・・・ヒスイの機嫌は悪い。
「ヒスイさん、それは・・・っと」
(いけない・・・主任に口止めされてるんだった)
慌てて黙るエンジェライト。するとヒスイが言った。
「もしかして・・・マタニティブルーなのかな・・・」
「ヒスイさん・・・じゃなくて、主任が?」
「うん」
「・・・・・・」(普通は妊婦さんの方がなるものなんだけど)
逆転の発想に、思わず笑ってしまう。
「大丈夫、主任は・・・」
エンジェライトが、うっかり口を滑らせかけたところで。
「・・・来たか」
ヒスイの気配を察したトパーズが、保健室に顔を出した。
「あ!トパーズ!見つけたっ!!」
トパーズは、突進してくるヒスイをそのまま保健室のベッドに連れ込み、カーテンを閉め。
「脱げ」一言そう命令した。
「あ・・・うん」
ヒスイは全裸になると、ベッドの上で仰向けになった。
トパーズはネクタイを緩めながら、同じベッドに乗り上げ。
※性描写カット
「快感が、欲しいか?」
魅惑的な響きを持つその声に、こくり、ヒスイが頷く。
※性描写カット
「そうだ、それでいい」と、トパーズ。
前戯のあとは、自分でするように躾けた。
ヒスイも初めは嫌がっていたが、妊娠中のセックスがいつも通りにいかないことはわかっていたので、次第に受け入れ。今では・・・
※性描写カット
「はぁはぁ・・・ん・・・んっ?」
トパーズはスーツを正し、カーテンを開けた。
「え・・・ちょっ・・・」(もう行っちゃうの!?)
咄嗟にトパーズのジャケットを掴むヒスイ。
「・・・離せ。忙しい」
「忙しいのはわかってるけど・・・前よりひどい」
「お前には関係ない」
突き放したトパーズの物言いに。
「関係ないわけない!!」
ヒスイが怒鳴る。
「好きなひとに放ったらかしにされたら、寂しいに決まってるでしぉょっ!!」
「快感が欲しいだけじゃないんだからぁっ!!」
天井を仰ぎ、ぽろぽろ、涙を流す。
「トパーズのばかぁ〜・・・」
そこで、見兼ねたエンジェライトが仲裁に入った。
「主任が、ヒスイさんの体を大事にしてるのはわかります。でも、心にダメージ与えてちゃ、しょうがないでしょう」
「・・・・・・」
「ヒスイさん、主任はね・・・育児休暇を取るために、準備してたんだ」
「育児・・・休暇???」
まばたきをして聞き返すヒスイ。
それに答えたのは、トパーズだった。
「お前に、まともな子育てができるとは思えない」
「う・・・」
そう言われてしまうと、返す言葉がない。
ヒスイは納得し、大人しくなった。一件落着だ。
「セックスでしか泣かない女だと思ってたぞ」
と、ヒスイの泣き顔を見て笑うトパーズ。
顎を持ち上げ、目元の涙を舐めてから。唇を重ねる・・・
「トパ・・・ん・・・」
1週間ぶりのキスは、少ししょっぱくて・・・煙草の味がしなかった。
ヒスイが無事出産して1年半が過ぎた頃・・・
トパーズにより、保健室の一画に造られた、異空間育児ルームでは。
保育士の資格を持つエンジェライトが、赤ん坊の面倒をみていた。
一応、ヒスイもいる。
トパーズは仕事の合間に、ヒスイと子供の様子を見に足を運び。
万事、うまくいっているように思えた。
しかし、この日・・・
「パ?」
・・・と、赤ん坊が、言葉に近い声を発した。
この場合、パ=パパで間違いないが。
トパーズとエンジェライトを見て、口を噤む。
どちらが“パパ”なのか、わからないのだ。
「・・・・・・」
これにはトパーズも父親としてのプライドが傷ついたようだ。
ゴゴゴ・・・←暗雲立ち込める効果音。
「あの・・・主任・・・?」
ただでは済まない雰囲気・・・だがそこで、予鈴が鳴り。
「・・・・・・」
トパーズは何も言わず、次の授業に向かった。
・・・頑張れ!パパ!
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