世界はキミのために

裏部屋U No.01

ラブリークイーン

新婚話。ヒスイを愛しすぎて、オニキスが大変な事に・・・


[前編]


ヒスイを抱くと、目が覚めない。
 

「・・・ニキス!オニキスってば!!」

何度もヒスイに呼ばれる朝。

縫い合わされたように瞼が開かず、全身が鉛のように重い。
体が・・・起床を拒絶している。
ヒスイを抱いた朝は決まってこうなるのだ。
 
「今日は大事な会議があるって言ってたじゃない」
「!!」

ヒスイの言葉が闇を切り裂いた。
眠りの誘惑を断ち切り、オニキスが目覚める。

「あ、起きた?」

ヒスイはまっさらな姿で、胸も隠さずオニキスを覗き込んでいた。

「・・・今、何時だ?」
「10時」
「・・・・・・」

タイムオーバーだ。会議は9時から、と王である自分が宣言したというのに。

「ご安心ください」

メイド長のローズ。
オニキスの秘書的役割も担っている。
会議は日を改めることになったと説明し。

「“世継ぎ作りに夜通し精を出しておられる”と、臣下達はむしろ喜んでます」

先王が早くに病で他界したため、モルダバイト直系の王族はオニキスしかいない。
期待が高まるのも当然であるが。
いささか棘のある口調でローズが言った。

「とはいえ、以後、お気をつけください。この結婚に誰もが好意的という訳ではありませんから」

姿こそこの世のものとは思えぬ美しさ。
しかし、素性は全く謎。

他国からの申し入れをことごとく蹴って、オニキスはヒスイを娶った。
城の者達の思いも様々だ。
ローズ自身はこの結婚に反対ではなかったが、ヒスイには多々問題があり、常に頭を悩ませていた。

 

離宮。パウダールーム。

「ヒスイ様、今日こそ出席してもらいますよ」

ヒスイの髪を梳かしながら、念を押すローズ。
国を挙げての婚礼の儀を済ませ、一週間。
祝辞を述べに、他国の王族の来訪が続いていた。

度々行われる会食。
これも国交を深める重要な役割を持っている・・・が、ヒスイは出席を嫌がり、その度に仮病を使うので、“モルダバイトの王妃は病弱”と早くも噂になっていた。

「私はオニキスと結婚したの。国と結婚した訳じゃないわ」
「オニキス様と結婚したってことは、国と結婚したのと同じことです。誰が何と言おうと、オニキス様があなたを妻とする以上、あなたはこの国の王妃です」
「愛想笑いなんてできないもん」
「してください。国のために」

本意ではないのだが、ヒスイを相手にしているとシンジュばりの説教モードに入ってしまう。

「あ、いけない」

王妃専用の香水がほとんど残っていなかった。

「ヒスイ様、大人しく待っててくださいね」

宝物庫に取りに行ってくると言い、ローズは部屋を出た。

「・・・・・・」

ひとり残されたヒスイ。
鏡には口を尖らせた自分の顔が映っている。
にっこり、笑顔の練習をしてみるが、見事な引き攣り具合を見て、溜息。

「・・・王妃なんて柄じゃないわ」

それから10分後。

「ヒスイ様、お待たせしま・・・」

急ぎ足で離宮に戻ったローズ。
けれども、鏡の前には誰もおらず。

「逃げられたわ!!」

 

「オニキス、大丈夫ですか」

今や腹心の部下であるシンジュが声をかけた。
王オニキスの不在で会議がお流れになったのは2度目だったのだ。
オニキスは、頭痛でも患っているかのような表情で玉座に座っていた。

「・・・目が覚めないのだが」

そういう病気はないか、と、オニキスは英知ある精霊であるシンジュに尋ねた。
するとシンジュは。

「問題は、体ではなく心のほうに。ご自分でもわかっておられるのでは?」
「・・・・・・」

最愛の女を妻とすることなかれ。
国と王妃を天秤に掛けられた時、迷わず国を選べるように。
王家に語り継がれる教訓を、シンジュが口ずさんだ。

「教訓に反し、あなたは最愛の女性を・・・ヒスイ様を妻とした。天秤はどちらに傾くのでしょうね」
「・・・・・・」

シンジュは口を閉ざしたままのオニキスを見据え。

「恐ろしいですか?天秤を傾けるヒスイ様が」
「そんな馬鹿なことがあるか」

一国の王が一人の少女に恐れをなすなど・・・そんなことがあっていい筈がないのだ。

「オニキス様!ヒスイ様がまた逃げました!!」

王の間に息を切らしたローズが現れた。
時は夕暮れ。辺りが暗くなるまで後わずかだ。

「すぐ探しに・・・」

オニキスが身を翻す・・・しかし、ジンシュは厳しい口調で。

「今夜はグロッシュラーとの会食の予定が入っております。王まで不在という訳にはいきません。後は我々にお任せを」
「・・・・・・」

そう言われ、立ち止まるオニキス。

「・・・わかった。ヒスイを頼む」

シンジュとローズは二手に分かれ、ヒスイの捜索を開始した。
こちら、ローズ。

「オニキス様のあんな顔、はじめて見たわ」

一言でいえば、悔しそう。
自分が探しに行きたかったに違いない。

「とにかくヒスイ様を見つけて・・・」

ところがヒスイは見つからず・・・深夜。

 

「・・・やっちゃったわ、ついに」

午前様、離宮の前に立つヒスイ。
ボイコットをしたのは確かだが、自分でもこんな時間になるとは思っていなかったのだ。
ローズ、シンジュ、そしてオニキスにも。
多大な迷惑と心配をかけたであろうことはわかっていた。

「ちゃんと謝らなくちゃ・・・」

「オニキス様!ヒスイ様が戻られました!ひどく汚れておられるので、湯浴みの後お連れ致します」

ローズの声が離宮に響いた。

「・・・ああ、頼む」
「それであの・・・腕にお怪我を」
「怪我だと?」

オニキスの表情が一段と翳る。
しばらくして、オニキスの元へ届けられたヒスイは右手の肘から手首にかけて包帯が巻かれていた。

「・・・一体何があった」
「別にたいしたことじゃ・・・あ」

心配で堪らなかった分、感情を抑えきれず、オニキスはヒスイを抱きしめた。

「・・・ごめん・・・なさい」
「・・・もういい」

情熱のまま、ヒスイと唇を重ね、隙間に熱い息を流し込む。
同じように熱い息が返ってきて。



※性描写カット



オニキスの視線がヒスイの右腕に移った。
血行が良くなったせいか、包帯に少し血が滲んでいた。

「・・・痛むか?」
「へ・・・いき・・・こうしてると・・・痛みなんて・・・感じない・・・よ」

しかし、オニキスは違っていた。

「・・・・・・」
「だから・・・あ・・・あっ!!」
 


※性描写カット



「・・・・・・」

度々城を抜け出すヒスイ。
王妃となったことで、急に自由を奪われ。
窮屈な日々に息が詰まるのだろうと、これまで厳しく咎めたりはしなかったが。
こんな風に怪我をして戻るなら、もう安心して外に出せない。

出したくない。
このままずっと繋いでおければ・・・そんな気持ちから、何度も何度もヒスイの体に肉の楔を打ち込んで。

「あっ!あんっ!あっ!あぁっ・・・あっ・・・あ!!」

愛に、溺れていく・・・
抱けば抱くほど、心は国から離れ、ヒスイの元へ。

『恐ろしいですか?天秤を傾けるヒスイ様が』

シンジュの言葉が脳裏を掠める。
オレは・・・恐れているのか?
容易く天秤を動かすこの女と、朝、再び出会うことを。



そして、翌朝。

「・・・ニキス!オニキスっ!!」
「・・・・・・」
「オニキスっ!起きて!!」
「・・・・・・」
「今日こそ会議するんでしょ?」
「!!」

“会議”という単語に反応し、オニキスは目覚めた。

「・・・今、何時だ?」
「12時」
「・・・・・・」

またもやタイムオーバー。
目覚めの時間はずれ込む一方で、もはや話にならない。
前髪を掻き上げ、深い溜息。

(何をやっているんだ・・・オレは)

こうしてオニキスは3度目の会議に欠席した。

そこで、ローズとシンジュ。
従業員食堂にて。

「絶対まずいわよ!!」

ローズはオニキスの異変に心配を募らせていた。

「何がですか?」
「何であんたそんなに余裕なの?このままじゃ、ヒスイ様に国を滅ぼされるかもしれないのに!!」

ローズの飛躍的解釈。
だが、悪妻に破滅させられた王の話は珍しくない。

「大袈裟ですよ、ローズ」シンジュはこぶ茶を啜り。
「オニキスは、これまで心を大きく動かされる事がなかったのでしょう」
「ヒスイ様以外に?」
「そうです。どこまで愛していいのか迷っているだけで、そのうち答えを出すはずです」



[後編]



「シンジュはそう言ったけど・・・あ、ヒスイ様・・・」

離宮へ戻る途中、ローズはヒスイを発見した。
てくてくてく・・・向かうは外への抜け道だ。

(ヒスイ様、性懲りもなくまた抜け出す気!?)

「首輪でもつけてやりたいわ」

ローズはぼやきながら、ヒスイの後を追った。

「オニキス、我々も出掛けましょう」

王の間からその光景を見ていたシンジュ。
頭痛が更に悪化したような顔で玉座に座るオニキスを誘った。

「出掛ける?どこにだ?」
「ヒスイ様の怪我の理由を教えてさしあげます」

ヒスイの後をローズがつける。
更にシンジュとオニキスが続き。

3人はとある村に到着した。
先を歩いていたヒスイとは僅かな時間差しかなく、姿を見失うこともなかった。
ヒスイが村に入るとすぐ。

「あっ!ヒスイだ!」

ひとりの少年を筆頭に、わらわらと子供達が寄ってきた。
ヒスイはツンとした顔のまま、特に優しい態度で接する訳でもなかったが、子供達は臆することなく群がり。

「これ、王妃様を呼び捨てにするでないよ」

村の老婆が子供達を注意するも。

「私がいいって言ったの」と、ヒスイ。
「あそぼーぜ!ヒスイ!」
「うん」

少年に手を引かれ歩く道すがら、村人から焼き立てのパンやら果物やらが次々と差し入れられ。

「ありがと」

ヒスイはとても自然な笑顔で礼を述べていた。
初対面の相手に人見知りのヒスイが笑いかけることはまずない。
どうやらヒスイは以前からこの村に顔を出していて、村人達とも面識があるらしかった。

影から見ていたローズは唖然。
オニキスも驚きを隠せない。

「あの少年を助けたのです」

オニキスの隣に立ち、シンジュが言った。
事前にこの村の人間に聞き込みをしていたのだ。

森の中で迷子になった少年を見つけて。
村へ送ろうとした道中に、狼に襲われた。
少年を庇いながら、魔法で何とか撃退したものの、腕に掻き傷を負った・・・

「急いでいるから、と、手当ても受けず、村を出たのが午後11時」

ヒスイが城に到着したのは午前1時過ぎだ。

「ヒスイ様のことですから、近道をしようとして、今度は自分が道に迷ったのでしょう」
「まったく・・・あいつは・・・」

れっきとした怪我の理由を知り、ホッとしたのと同時に、どうしようもない愛しさが込み上げ。

「シンジュ」
「はい」
「・・・こればかりは認めざるを得ん」

「オレは、国よりもヒスイを選ぶ、愚王だ」

できれば早く引退したい、と、オニキスは冗談半分に。

「でしたらすぐにご世継ぎを」
「ああ、そうだな」

古株の大臣のようなシンジュの口ぶりに苦笑する。
それからしばらくして、オニキスは言った。

「いつでも玉座を離れる覚悟はできている。もしオレが王政に於いて心ない決断を下すようであれば、遠慮なく革命を起こせ」
「言われなくてもそうします」

相変わらずの毒舌でシンジュが答える。
オニキスは

「これで安心してヒスイを愛せる」

と、静かに瞳を伏せた。

「ヒスイ」
「あ!オニキス!」

オニキスがヒスイを迎えに来たことで、村は大騒ぎになった。
その場にいた村の大人達はみな深々と頭を下げ。
お忍びの王と王妃を一目見ようと瞬く間に大衆が集まり、そこから歩み出た村長が二人に挨拶をした。
ここはワイン作りを生業とする村で、今日は葡萄の収穫祭・・・夜通し飲み明かすのだという。

「どうぞ楽しんでいってくだされ」

ぜひとも、と、勧められ。
村人の振る舞うワインを飲むオニキス。

「私もちょっとだけ・・・」
「お前はだめだ」

ひょい、とヒスイからグラスを取り上げる。
ヒスイの酒癖の悪さは天下一品なのだ。
しかも未成年・・・。

「ヒスイ!こっちでジュースのもうぜ!」

見ると、例の少年が手招きしている。

「うん」

ヒスイは子供達の集まりへ移動した。
大人を真似て、グラスで乾杯。

「わ・・・美味しいね、これ」
「だろ?だろ?」

村の空気にはワインの香りが溶け込み、息を吸うだけで酔ってしまいそうだ。
機嫌良く、二杯、三杯、ジュースを飲み干すヒスイに、少年が言った。

「俺、王様ってもっと怖い人かと思ってた」
「オニキスが?全然怖くないよ?寝坊ばっかりしてるし」
「王様が寝坊???」
「うん」

その時、コホン!ヒスイの頭上でオニキスの咳払い。

「・・・そろそろ帰るぞ」
「うんっ!」

「ヒスイ!」

帰り際のヒスイを少年が呼び止めた。

「ん〜?」ヒスイが振り向く、と。
「俺!大きくなったら騎士団に入る!今度は俺がヒスイを守ってやるから!」

少年の言葉に続き、僕も!私も!と村の子供達が手を挙げる。

「え?あ、うん」

照れて俯くヒスイの肩を抱き、オニキスが答えた。

「それは頼もしいな。待っているぞ」
「心配には及ばす・・・ね」

と、ローズ。
ヒスイがオニキスに悪影響を及ぼすことはなさそうだ。

(ヒスイ様には、愛される才能、王妃の資質がある)

「今はアレだけど、化けるかもしれないわ」

そうとわかれば・・・打ち上げだ。
大好きなお酒を前にじっとしていられない。

「今夜は飲むわよぉ!!」

ローズが祭りの広場でワインを堪能していると。

「シンジュ!?」

偶然、シンジュが通りかかった。
当然、捕まえる。

「オニキス様をここに連れてきたのって、シンジュよね?」
「ええ。オニキスはもう大丈夫ですよ、ローズ」

ローズを納得させるため、シンジュは先程のやりとりについて話した。

「オニキス様が、愚王?そんなことないわ」

笑い飛ばすローズ。
オニキスの器量に惹かれ、城勤めをしているのだ。

「国より女を選ぶって、なかなか言えないわよね〜」

女としては嬉しいけど。
つまみのチーズを口に運びながらローズが言った。
するとシンジュが。

「国を愛することは、人を愛することと同じ。人を愛せない王に、国を愛せるはずがない」
「愚王こそ、支え甲斐があるというもの」

「・・・そうね、ヒスイ様が急にいい子ちゃんになったら、私、物足りないかも」

同感したローズは、シンジュにワインの入ったグラスを差し出した。

「どう、シンジュ、一杯飲まない?」
「・・・いいでしょう」

シンジュはグラスを受け取り。


『王と王妃と、モルダバイトの未来に乾杯』


その頃、二人は。
星空の夜道を、手を繋いで歩いていた。
王と王妃とはいえ、することは普通の男女と変わらない。

入城する直前。
オニキスは足を止め、ヒスイの手を強く握った。

「オニキス?」
「・・・どうやらオレは心底お前に惚れているらしい」

上体を曲げ、見上げるヒスイの唇にキス。
それから、ほんの少し唇を離し。

「どこまでも、お前の後を追いたくなる」

と、言って。
再び、ヒスイの唇を塞いだ。

「ん・・・」

相次ぐキスに最後まで応じてから、ヒスイは真っ直ぐオニキスを見上げ。

「だめじゃない。王様がそれじゃ」
「そうだな」

叱られたオニキスが自嘲する、と。
ヒスイは続けてこう言った。

「じゃあ、明日からずっとオニキスの隣にいることにする」

後を追わずに済むように。
それは・・・共に公務に就くということだった。

「ヒスイ・・・お前・・・」
「あんまりうまく笑えないけど、一緒に頑張るよ」

「私も・・・この国が好きだから」

「・・・そうか」

オニキスは微笑みを浮かべ、軽々とヒスイを抱き上げた。

「わ・・・!?オニキス!?」

目指すは夫婦の寝室だ。

「もう、寝坊しちゃだめだよ?」

ヒスイに優しく諌められ。
オニキスは深く頷いた。

「ああ」

明日はきっと、目が覚める。
これからは、恐れずに何度でも愛し合おう。

愛しき王妃。

我が、妻と。


+++END+++

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