裏部屋V No.01

好きな人とベッドに入ったら




コスモクロア。
某カフェにて。

「オレ・・・幸せすぎて死ぬかもしんない」

色めいた、ジストの溜息。
手元にある墓石のパンフレットを見て、スピネルが笑う。

「くすくす。だからって、お墓買ってどうするの」

グラスに水を注ぎ足し、しっかりして、と、激励。

「今日からママと一緒に住むんでしょ?」

その一言で、ジストの顔面が炎上する。

「あ、うんっ!鍵渡したから、たぶんもう来て・・・」

ひとり暮らしをしていたマンションに、ヒスイが居ると思うと、緊張が半端ない。
仕事終わりにこうしてスピネルとお茶をしながら、心の準備・・・という訳だ。
ところがそこで、思いがけないプレッシャーをかけられてしまう。

「ジストの方が先に卒業だね」
「へ?卒業??何を???」
「何って、童貞だよ」

(童貞卒業!?)

カフェを出て、初夜について考える。
両想いになって、初めての夜。
セックスをして然り、なのかもしれないが。

「・・・・・・」
(どうしても、今夜やんなきゃいけないのかな)

何十年とイメージトレーニングを積んできた。
体は初夜を意識しているのだが・・・

(もったいなくて、できないよ・・・っ!!)

・・・ちなみにジストは、一番好きなおかずを最後までとっておくタイプである。

 

「はぁ・・・」

初夜の方針が何も決まらないまま、帰宅するジスト。

「たっ・・・ただいま・・・わぁっ!!!」

キッチンでヒスイが倒れている。
うつ伏せで右手を伸ばし・・・その先にはリンゴが転がっていた。

「ヒスイっ!!」
(まさか毒リンゴじゃ・・・)
※ジストはメルヘン脳です。

白雪姫の一幕を彷彿とさせる光景に蒼白になって、ヒスイの体を抱き起こす。

「ヒスイ・・・」

王子を模して、キスの態勢に入ったところで。
ぱっちり。
ヒスイが自力で目を覚まし。

「あ・・・」
(何やってんだろ・・・オレっ・・・!!)

我に返ったジストは、猛烈に恥かしくなった。

「ジスト?ごめん、リンゴ磨いてたら、寝ちゃったみたいで」

と、ヒスイ。
両手で顔を隠し、しゃがみ込んでいるジストの肩を叩き。

「ジストに食べて貰おうと思って、はい」
「これ・・・オレに?」
「うん」
「ありがとっ!!」

驚きと感動の連続・・・受け取ったリンゴは、ぴかぴかに輝いていて。
ヒスイの頑張りが伝わってくる。

(うっ・・・ヒスイぃぃぃ・・・)

嬉しくて泣きそうだ。
思わず鼻を啜る。

「ジスト???食べないの?それ、晩ごはんなんだけど・・・」
「あ、あとで食べるよっ!」

やっぱりここでも、“もったいない”と思ってしまうのだ。

「ヒスイは、腹減ってない?」
「へーき、いっぱいつまみ食いしたから」
「そっか!明日からオレが夕飯作るからっ!ヒスイは先風呂入って!」
「あ・・・うん」

 

そして訪れる、初夜の時間。

ひとつのベッドに男女で入る。

「ダブルベッドなんだね」
「あ、うんっ!オレ、寝相悪いからさっ!」

そうだね、と、ヒスイが笑い。
会話が途切れた。

「・・・・・・」「・・・・・・」

体を並べ、天井を見るジストとヒスイ。
沈黙に焦ったジストは、つい「おやすみ」と、口にしてしまい。

「おやすみ」と、ヒスイが答える。

早くも、ひと区切りついてしまった。

(初めての夜だけど・・・しなくていいのかな?)ヒスイ、心の声。

男がどんなものか知っているだけに、一応待ってはいたのだが。

(・・・ま、いっか。寝よ)

待ちくたびれて、寝返りを打つ。
ジストに背を向け、欠伸をした時だった。

「!!」
(ジ・・・ジスト!?なんか匂い嗅いでる!?)

すぐ近くに、気配を感じる。

「ヒスイ」

名前を呼ばれた、次の瞬間、ジストが上に乗ってきた。
ギシッ。
ジストの動きに合わせ、軋むベッド。

「え・・・ちょっ・・・」
(やっぱりするの!?)

今度はヒスイが焦って。
スタンドライトに手を伸ばすが。
掴まれ、握られ、阻止される。
あくまで暗闇の中で、ということらしい。

「好き」

と言って、頬を重ねたあと。
うなじを舐めたり。
鼻先を擦りつけたり。

(な・・・なんなの?)

犬のように甘えて、欲情をぶつけてくるくせに、先へ進もうとはしない。
どういうつもりなのかわからず、逆にヒスイが緊張してきた。
背中越しに伝わってくるジストの鼓動。
移される体温。

(やだ・・・も・・・ドキドキする・・・)

パジャマ越し、じんわり汗をかいてしまう。

(するの?しないの?こういうの苦手・・・っ!!)

慣れない展開に混乱したヒスイが口を開きかけたところで。
ジストが一言。

「えっちしたら、きっと、もっと、ヒスイのこと好きになる」

「え・・・?」
「今でもめちゃくちゃ好きなのに、これ以上好きになったらどうなっちゃうかわかんない、オレ」
「あ・・・えと・・・」

ヒスイが答えに迷っていると。

ちゅっ。

頬にキスをして、ジストは潔くヒスイから離れた。

「え?え?」(結局これだけ???)

「ごめん、びっくりさせて」と、ジスト。

「ヒスイと両想いになれるなんて思ってなかったから。オレまだ、夢みてるみたいなんだ。だからいろいろ、もうちょい待って」

「い・・・いいよ、ジストのペースで」

と、上擦った声を出すヒスイ。
大人ぶって言ったそばから、顔の表面温度がぐんぐん上がっていくのがわかる。

(なにこれ・・・恥ずかしいんだけどっ!!)

ジストの言動に、調子が狂いっぱなしで。
暗闇の中、ちょっとしたパニックだ。

「お、おやすみっ!!」

突き放すように、ヒスイの方から言って。
ふたたび背を向ける。
こうして、静寂を取り戻すベッド。

「・・・・・・」
(へんなの・・・)

頬に軽く触れただけの唇が、こんなにも余韻を残すものだなんて。
何だか、可笑しい。
ヒスイは体の向きを変え。
ちょっぴり物足りない自身の唇を、ジストの背中に寄せて、目を閉じた ―

 

翌朝、ジストが目を覚ますと。
いつの間にかヒスイが腕の中にいて。

(夢じゃない・・・)

額にそっとキス。
ほんの少し腕に力を込め

「大好き」

と、耳元で囁く。

「こんな気持ちになること、もう一生ない」

「だってオレにはヒスイしかいないんだから・・・て、あれっ?ヒスイ・・・今の・・・聞いてた?」

「・・・うん」

眠っているとばかり思っていたヒスイが頷く。
耳が真っ赤だ。
顔を見られたくないらしく、ジストの腕の中、もぞもぞ動いて、隠れ場所を探している。

(うわ・・・可愛い・・・)

抱きしめると、いよいよ実感が湧いてきて。

「・・・・・・」

離してしまうのが“もったいない”。
ずっとこのままでいたい。

(そうだよな・・・)

好きな人とベッドに入ったら、簡単に出られる筈がない。

「あの・・・ヒスイ・・・」
「・・・なに?」
「このまま、えっちしてもいい?」
「うん・・・いいよ」

 
+++END+++

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