15話 欲望のリング
「ああ!!コハク様・・・!よくご無事で・・・」
コハクは立ち直るまでにしばらく時間がかかった。
その為、かなり遅れてヒスイの後を追うことになったのがこの不幸な出会いの始まりだった。
森を抜けたら丁度そこにガーネットがいたのだ。
ガーネットはコハクが森に消えたという噂を耳にし、それ以来何度も森に足を運んだ。
けれども中に踏み込む勇気はなく森の入り口あたりをうろうろしていたのだという。
「あら!まぁ!素敵な髪型ですこと!!」
ガーネットはますますうっとりした様子でコハクに詰め寄った。
「いや・・・妹に・・・似合わないと言われてしまって・・・」
コハクは2・3歩下がって言った。
「そんなことありませんわ!!とてもよくお似合いですのよ!!」
ガーネットは力いっぱい否定した。
「それはどうも」
コハクは力なく笑った。ガーネットの褒め言葉も今はコハクの心に届いていないようだ。
「じゃあ、僕、急ぐんで。ご心配おかけしてすみませんでした」
コハクは一刻も早くヒスイの後を追いたかった。
ヒスイを見つけたら強引にでも捕まえて、抱きしめて、自分を避ける理由を聞かせてくれるまで離さないつもりだった。
「待ってください!!」
ガーネットは必死の形相でコハクの腕を掴んだ。
「わたくしっ!コハク様に恋人がいらっしゃっても・・・お慕いしておりますわっ!!コハク様のこと・・・!!」
「は・・・はぁ・・・」
コハクは気の抜けた返事をした。
ガーネットにすっかり足止めされてしまったコハクはヒスイがいると思われる町の方角に視線を泳がせた。
そして二人は最悪のタイミングで出会った。
コハクの視線のすぐ先にヒスイとオニキスが立っていた。
またしてもヒスイはコハクの目の前でくるりと向きを変え、町の中へ走っていってしまった。
「あの・・・ひょっとして・・・今の・・・聞いてた?」
オニキスはいい気味とでも言うように口元を歪ませて頷いた。
「あの・・・コハク様?」
ガーネットもこの状況についてゆけないようだった。
「オニキス様・・・とヒスイさん??」
「ごめんなさいっ!僕、心に決めた女性がいるんです!今までも・・・これからも彼女の事しか考えられない!!」
コハクは聞いているほうが恥ずかしくなるような台詞を平然と言ってのけ、勢いよくガーネットに頭を下げた。
そしてガーネットと目を合わせることなく一直線にヒスイを追った。
(ヒスイ・・・なんでオニキスと・・・)
ガーネットは勢いで想いを告げてしまったうえ、あまりにもあっさり振られてしまいボケッとしていた。
「・・・それで何故、妹さんを追いかけるのかしら・・・?」
ガーネットはコハクの背中を見送りながら軽く首を横にかしげた。
「・・・血が・・・繋がっていないとしたら・・・?」
オニキスがぽつりと口にした。
「!!」
ガーネットははっとしたような顔をして口元を押さえた。
「そんな・・・」
「・・・奴は少女にしか興味のない変態だからな。諦めたほうが身の為だぞ」
オニキスはここぞとばかりにコハクをけなした。
「!!!そうだったんですの!?コハク様が・・・ロ・・・ロリコンだなんて・・・」
ガーネットはショックのあまりへなへなと地面に座り込んでしまった。
「それでは・・・わたくしに勝ち目はありませんわね・・・」
はあっ!はあっ!
ヒスイは近くの路地に逃げ込むようにして入っていった。
コハクもその後を追う。
はぁ、はぁ・・・。
(やだ・・・。私今すごく変な顔してる。あれはお兄ちゃんの事であって私には関係ないのに。なんでこんなに動揺してるの・・・)
「ヒスイ!待って!!」
「馬鹿っ!なんで追いかけてくるのよ!ガーネットは・・・」
「断ったよ!決まってるじゃないか!そんなわかりきったこと・・・」
コハクの声に苛立ちが混じった。
ヒスイの逃げ込んだ先は袋小路になっていた。
ヒスイは行き止まり、じりじりと下がって後ろの壁にはりついた。
(・・・お兄ちゃん、怒ってる・・・。こんなお兄ちゃん初めてみた・・・)
「私のことは・・・いいから・・・放っておいて・・・」
ヒスイは小さな声で途切れ途切れにそう言った。
「そんなこと・・・できるわけないっ!」
コハクは力に任せてヒスイを引き寄せ、軽々と抱き上げた。
そして近くの壁際に並んでいた樽の上に座らせ、逃げられないようにヒスイを挟んで両手を壁についた。
すると二人の目線の高さが同じになった。
ヒスイは目を逸らして黙り込んだ。
「・・・ヒスイ。こっち見て」
「やだ」
「・・・・・・」
コハクは両手を壁についたまま、ムッとした顔をヒスイに近づけ、ヒスイの頬にキスをした。
「なっ・・・!?」
ヒスイが驚いてコハクの方を見た瞬間、コハクは右手を壁から離し、ヒスイの顎を掴んだ。
そしてそのまま瞳を伏せて、その小さな唇を塞いでやろうとした瞬間、ピシッと何かに亀裂がはいる音がしてコハクは我にかえった。
唇が触れるか触れないかの距離でコハクの動きが止まる。
(なにを・・・しようとしてるんだ・・・僕は・・・)
「あ・・・あの、ヒスイ・・・ごめん・・・ね?」
コハクは急にいつもの調子に戻って、ヒスイから手を離した。
「・・・お兄ちゃんの・・・バカーッ!!!」
ヒスイはコハクの頬を思いっきり叩くと、樽から飛び降り三度目の逃走をした。
「あぁ・・・。ついにやってしまった・・・」
コハクは頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
(嫉妬するなんて・・・情けない・・・。タガが外れてとんでもないことをしてしまった。未遂だったけど、これでヒスイを完全に怒らせた・・・。もう最悪・・・)
「いよいよだめかも」
コハクは右手を空に翳した。中指の指輪にヒビが入っている。
「・・・ヒビが入っても外れない・・・。メノウ様の執念を感じるなぁ・・・」
ははは、とコハクはひとり乾いた笑いを浮かべた。
「コハク。これあげる。してみて」
「なんですか?これ」
「うん。似合うよ。それはね、お守り」
「お守り・・・?ですか」
「ヒスイのね」
「え?」
「それはねぇ・・・、欲望のリング。正確には欲望抑制リングだよ」
「・・・これ、外れませんよ・・・」
「そう。自分では外せない。今後、邪な気持ちでヒスイに触れようとすると体が動かなくなるよ」
「!!なんてことするんですかぁ〜・・・。ひどすぎる・・・」
「だってお前、いやらしい目でヒスイのことみてるんだもん」
「みてませんってば・・・。第一こんなに小さなヒスイに何をどうしろというんですか・・・」
「未来のヒスイ。お前のピアスしてたでしょ。それってどういうことだと思う?」
「・・・そ、それは・・・」
「・・・この指輪はね、もしヒスイにその気があったら外れるようになってるから。ヒスイに外してもらえるまでは・・・だめだよ」
「メノウさま・・・」
「お前は見た目はおっとりしてるけど、案外やることがめちゃくちゃだからなぁ。気をつけるんだよ。ヒスイを泣かせたら許さないからね」
「メノウ様、すみません。あまりにもヒスイを求める気持ちが強すぎてついに壊してしまいました」
コハクは冗談っぽく笑いながら記憶の中のメノウに語りかけるように言葉を漏らした。
「これでもう僕を止めるものは何もない・・・だけど、言いつけはちゃんと守りますから」
コハクは立ち上がって空を仰いだ。
(メノウ様がどういうつもりでこれをくれたかわからないけど、もともと僕にはそんな権利なんてないんだ・・・。契約が切れたら、強制的に連れ戻されてしまう・・・。あの場所に)
「・・・ヒスイのいない世界なんて僕には何の意味もないのに」
黄昏が近づいていた。
赤く染まり始めた空の彼方をコハクはいつになく険しい顔つきで見据えていた。