53話 愛に飢えた野獣
「え?匿ってくれって・・・?」
オパールは少し驚いた顔をしてヒスイ達を見下ろした。
「匿って・・・っていうかしばらくここに置いて欲しいの」
ヒスイとシンジュは揃ってオパールを見上げた。
「一体、どうして・・・」
「お城を出てきたの。お父さんを復活させるまでっていう約束だったから。もうオニキスのところへは戻らないし、オニキスも迎えにはこない」
シンジュは隣で黙っていた。
「いいじゃん。ここで暮らせば」
「お父さん・・・」
そう言うメノウもオパールのところに留まっていた。
「オニキスが来ても追い返してあげる」
メノウがにやりと笑うのをオパールは見逃さなかった。
(・・・オニキス・・・とことんついてないわね・・・)
オパールはこの先の展開を想像して溜息をついた。
「あ。そうだ。おとうさん」
「ん?なに?」
メノウはファイルをめくっている。
過去の大きな事件の記事などはオパールがスクラップしていた。
メノウの18年を埋めるために。
今、まさにそれに目を通している最中だった。
「一緒にお風呂入ろうよ。背中流してあげる」
ヒスイの恩返しを兼ねた親孝行計画その1だった。
「・・・・・・」
「どう?気持ちいい?痒いところあったら言ってね」
ヒスイはにこにこしている。
オパールのロッジの裏手には露天風呂があった。
ロッジからは20分程歩くが、小さな小屋が脱衣場になっていて、使い勝手もよさそうだ。
親子水入らずでどうぞ、とオパールが教えてくれた場所だった。
ヒスイは親孝行のチャンスとばかりに張り切った。
「あのさぁ・・・ヒスイ」
「何?おとうさん」
「・・・タオルぐらい巻けば?」
ヒスイは丸裸だった。
そんなことには全く構わず、汗を掻き掻きメノウの背中を流している。
「そう?」
メノウに対しては“隠す”という概念がないらしい。
メノウは嬉しい反面、心配になってきた。
「わかってると思うけど・・・誰とでもこういうことしちゃだめだよ?」
わかってるよ、とヒスイは笑った。
「お兄ちゃんとお父さんは特別」
娘に“特別”と言われれば、嬉しくないはずはない。
メノウはヒスイに背中を向けたまま、静かに微笑んだ。
「ならいいけどさ。もう少し男に気をつけたほうがいいよ」
「そう?」
ヒスイはメノウの忠告を軽く流した。
(・・・あんまりわかっていないような・・・)
「まだまだ、子供だなぁ・・・。ヒスイは」
(だけどそれならそれで守り甲斐もあるってもんだ)
「チェックメイト!」
「また負けたぁ〜・・・・。お父さん強すぎるよ」
ヒスイとメノウは床に寝ころびながら肘を付いてチェスをしている。
すぐ近くでシンジュとオパールが二人の勝負を観戦していた。
「連戦連敗だわ・・・。シンジュ交代して」
ヒスイはメノウに負けっぱなしだった。
自分の仇を討たせようと、シンジュを呼び寄せる。
「えっ!?私ですか?」
シンジュはメノウとチェスをするのは初めてだった。
家族の団らんなど昔では考えられない。
コハクと違って、自分はメノウの“武器”に過ぎない・・・そう思い込んで、距離を置いてしまっていたのだ。
シンジュは、それはそれは嬉しそうに、そしてほんの少し緊張した面持ちでメノウの向かいに正座した。
「手加減はナシだよ、シンジュ」
「はいっ!」
「・・・お父さんホント強い・・・」
メノウにはシンジュでも歯が立たなかった。
ヒスイは悔しそうにチェス盤を覗き込んでいる。
「コハクはもっと強いよ。あいつこういうの得意だもん。ちょっとぐらい主人に花もたせればいいのに容赦ないしさ。10回やって3回ぐらいかな、あいつに勝てるの」
「え?私、チェスでお兄ちゃんに負けたことないよ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ヒスイとメノウは顔を見合わせた。
鏡をみているようだ。同じ顔で同じ表情。
「ふう〜ん。ヒスイが相手だと手加減するわけね」
「お兄ちゃん・・・わざと負けてたわねぇ〜・・・・」
二人ともコハクにご立腹だ。
シンジュは溜息で、オパールは苦笑いで、二人の様子を見守った。
「あら、ヒスイとシンジュは仲良くお昼寝のようね。可愛いらしいこと」
せめて一勝を!と共同戦線をはっていたヒスイとシンジュはオパールに出されたホットミルクを飲んだ後、眠ってしまった。
二人の安心しきった寝顔を見ながら、メノウも同じものを飲んでいる。
「・・・生きていてよかったって思うでしょ?」
オパールの声はいつもより少しトーンが低かった。
「そうだね。ヒスイがいてくれてホント良かったって思うよ。サンゴに感謝しなきゃなぁ・・・」
メノウはチェスの駒を指でいじりながらぽろっとそう漏らした。
「・・・・・・」
「あの氷壁さ、俺が自分で作ったやつなんだ。自分で作った氷壁に自分が囚われてちゃ、世話ないよなぁ」
「・・・どうしてそんなことに・・・?」
天才のメノウに失敗などあり得ない。
失敗したことなどこれまでだって一度もないはずだ。
「心に隙があったんだ。サンゴが死んでからずっとそうだった」
メノウは窓の外に目をやりながら、18年前を思い出していた。
「ヒスイを連れていこうとする吸血鬼のヤツラを一掃して、オブシディアン・・・最後の戦いに出かける時、ヒスイはコハクに託したろ。何も心配いらないと思った。あいつはもう二枚羽根になっていたし、何よりヒスイを愛していたから」
「・・・・・・」
“それなら、俺は何のためにここにいる?”
「ふと、そう思ったんだ。戦ってる最中に」
“愛しいサンゴはもういないのに。”
「そう思ったらさ、なんか急にどうでもよくなっちゃって。そのまま魔法が暴走してあとはあのザマだよ」
「18年・・・長かったわ」
オパールが18年分の想いを込めてしっとりと言った。
「いろいろあったよな、お互い」
「・・・・・・」
メノウが相手だと、昔を思い出すばかりだ。
オパールは黙りがちになっている自分に気づいた。
「お前も難儀なことになったよなぁ」
「・・・・・・」
「ネガイヲカナエルアクマ」
メノウは憐憫の表情でオパールを見た。
「・・・・・・」
返す言葉もない。
オパールは瞳を伏せた。
「俺もあの時、サンゴが死んでヤケになっててさ、寿命を代償にするからいくらでも持ってけ!って言ったんだ。けどアイツが持っていったのはたったの5年と、未来の俺の姿」
「・・・・・・」
「アクマは必ずしもこっちが提示した代償を受け取るとは限らない。
時には奪われたくないものまで奪われてしまうことがある。キミのようにね・・・オパール」
「そうね・・・」
「俺といる時は昔のように話しなよ」
メノウの言葉に少々目を丸くしてから、オパールは笑った。
「・・・この話し方、やっと慣れてきたのよ」
「うん。すっかり板について」
メノウは両腕を組んで頷いた。からかうような口調だ。
「・・・だろ?年季が違うよ」
オパールの砕けた話し方。
もともと中性的な声をしているため違和感はない。
「・・・だな。でもちょっとわざとらしい女言葉じゃん?」
「ここは通さないわよ。たとえあなたでもね、オニキス」
三日後、戴冠式を終え正式に王となったオニキスはヒスイを迎えにきた。
オパールは森の入り口でオニキスの足止めをしている。
森の番人としての名目で。
しかし実のところはメノウにけしかけられて・・・だった。
あの父親への懐きぶりをみると、ヒスイがメノウのところに身を寄せていることは考えるまでもなかった。
「ヒスイがここにいることはわかっている。力ずくでも会わせてもらうぞ」
オニキスは迷うことなく立ち塞がるオパールに剣を向けた。
「あらあら、禁断症状かしら。ヒスイがいないのがよっぽど寂しかったのね」
火に油の発言だった。
オニキスは剣先をオパールの喉元に突きつけた。
目が本気だ。
(・・・冗談まで通じなくなってる・・・重症だわ・・・)
「・・・戦る気?」
オパールは右手に持っていた杖で剣先の向きを変えた。
「お前が邪魔をするならやむを得ん」
「ムキになっちゃって・・・若いわねぇ・・・」
「・・・こんな時まで女言葉はやめろ」
お望みなら、と言ってオパールは口調を変えた。
「ヒスイは戻らないと言ってる。ここで父親と暮らしたほうが幸せなんじゃないかな?」
「・・・とにかく、会わせろ。話がしたい」
40分後・・・
「は〜っ・・・本気もいいとこだ・・・」
オパールはぼろぼろになっていた。杖が真っ二つに折れている。
ドレスの裾は破け、体中擦り傷だらけだ。それでも怪我というほどのものはない。
「・・・ヒスイ以外は女じゃないってわけか」

そう口にするオパールはくわえ煙草をしている。
近くの岩石に股を開いて座り、とても女には見えなかった。
カーネリアンとは対照的なスレンダー体型のオパール・・・。
それでも一応胸はある。
「あ〜・・・。ウマイ。精霊達の前じゃ吸えないからな。何年ぶりだろ」
久しぶりの煙草の味を堪能している。
オパールはドレスに灰が落ちるのも構わず、そのまま空を仰いだ。
(叶わぬ恋に身をやつす・・・ねぇ。昔の自分を見ているようだよ)
オニキスはロッジの脇をすり抜け、そのまま森の奥を目指した。
予感がした。ヒスイはこの奥にいる。間違いない。
「精霊と話をしろって言われてもねぇ・・・」
ヒスイは修行中だった。
(仮)でいいから弟子になってみないかというオパールの誘いに応じたヒスイ。ここは森の遙か奥。
樹海さながらの森で、ヒスイはオパールに置き去りにされていた。
「帰り道は精霊にお聞きなさいな」
軽やかに笑うオパール。意外にスパルタだった。
「話すの苦手なのに・・・」
しょっぱなから頭を悩ませる課題だった。
ヒスイのまわりには光の玉がいくつも集まっていた。
下級の精霊だ。実体はないが、話はできる。
森に棲む精霊達のほとんどはメノウの娘であるヒスイに好意的だった。
しかし中には血の臭いを嫌う精霊もいて、ヒスイに違う道を教えたり、半吸血鬼であることを罵ったりした。
そんな中傷などには耳も貸さず、ヒスイは進んだ。
(私の好きな人が、私のことを好きでいてくれたらあとは嫌われようが知ったこっちゃないわ)
そう思っていた。
「だいぶ近付いてきたのかしら?」
精霊達に導かれるままここまできた。
どこをどう歩いているのか、本人はさっぱりわかっていない。
「!?」
(人の気配!?)
ヒスイは少し先を凝視した。
生い茂る木々を掻き分け、長身の男が姿を現す・・・。
見慣れた顔だった。
「オニキス!?」
ヒスイは心底驚いた顔をして、それから反射的に逃げた。
「おい。待て・・・」
オニキスが後を追う。
足はオニキスのほうが断然速い。
ヒスイはあっけなく手首をつかまれてしまった。
「・・・見つけた・・・ぞ」
オニキスは息があがっている。
ここまでずっと走ってきたせいだった。
「・・・何しに・・・」
オニキスはヒスイの言葉を無視して手首をぐいっと自分のほうへ引いた。
ヒスイは不可抗力でオニキスの胸へ倒れ込んだ。
オニキスはもう離すまいと両腕できつくヒスイを抱き締めた。
「ごめん。無理なの。夫婦にはなれない」
ヒスイは取り乱すことなく言った。
「わかっている」
「それなら・・・」
「・・・古くさいしきたりなど変えてやる。オレが王だ。誰にも文句は言わせん」
「え・・・?」
オニキスらしからぬ無茶苦茶な発言だった。
「オレは・・・約束は守る。必ずお前をコハクに会わせてやる。だからそれまでオレのそばにいろ。オレのそばで・・・オレの代わりに泣いて、オレの分まで笑え」
これまでにないくらいの熱い抱擁。
ヒスイは戸惑った。
「・・・それで、いいの?」
「それでいい」
「・・・・・・」
幼いオニキスに“守る”と約束した。
この国を守る手助けをするとも言った。
王になったオニキス。
今こそ力になるべきではないかと、ヒスイは思った。
突き放すことなどできない。
「・・・もう、逃げないな?」
「・・・うん」
オニキスは腕を解いた。
「くすっ。惚れこんじゃって。後がつらいわよ?」
オパールが上空から降り立った。
杖がなくても精霊魔法はお手のものだ。
オパールはオニキスの背後を取ると耳元でそう囁いた。
「・・・愚問だな」
「オパールさん?どうしたの・・・?その格好・・・」
ヒスイは汚れて擦り傷だらけのオパールを見て何度も瞬きをした。
「たいしたことはないのよ。ちょっと道中で愛に飢えた野獣にね」
「?愛に飢えた・・・野獣?そんな生き物がいるの?」
「ええ。今、この森に一匹。ヒスイも気をつけて。そろそろ見境いがなくなりそうだから」
「・・・・・・」
オニキスは黙り込んだ。
オパールの比喩に反論できない。
けれど、ヒスイがここにいる。
声の、手の、届く距離に。
オニキスはそれだけで満たされた気分だった。
「悪かったな。大人げないことをして」
今度はオニキスがオパールの耳元で言った。
オパールはにっこりと笑った。
「・・・なかなか楽しかったわ。あぁ、でも杖は弁償してもらうわよ」