6話 パンティドロップ
メノウはオニキスとカーネリアンの隙間から再度鏡を覗き込んだ。
二人の姿は消えるどころではなく、むしろ行為はエスカレートしていた。
両脇が紐になっているパンティ。
楽しみが二倍になるからと主張するコハクの趣味で、ヒスイは最近こればかり履いている。
それを太ももまで下ろされ、これから愛を確かめ合うという場面・・・
「おい」
メノウが鏡に向かって言った。
するとコハクが振り向いて鏡の中から愛想良く笑った。
「はい。何か?」
「もう十分だろ。カーネリアンの血圧が上がってるから、他でやりなよ」
「はい〜」
「だって」
「・・・え?」
メノウの声はヒスイには聞こえていなかった。
「行こうか。場所変えよう」
バルコニーはすぐそこだ。
ヒスイの体に腕を絡めたままバルコニーまで移動し、そこから後ろ向きに落ちた。
「きゃ・・・っ」
ヒスイはびっくりしてコハクの腕にしがみついた。
その様子を楽しみながらコハクは地面ぎりぎりで羽根を広げた。
バサリ。
「お・・・おにいちゃん??」
状況が理解できず、不思議そうな顔をするヒスイを抱きながらの低空飛行。
本拠地近くの湖畔を目指す。
森の中にも関わらず、湖畔の周囲は開けていて背の高い木はほとんどない。
そのため空がよく見渡せた。
今日も気持ちの良い快晴だ。
コハクはそこでそっとヒスイを降ろした。
「さ〜て。続きを・・・」
ヒスイを押し倒し、スカートに手を伸ばす。
「お・・・おにいちゃん・・・」
ヒスイはスカートの裾をしっかり押さえていた。
「?どうしたの?」
「あのね・・・」
「ええ〜っ!?落としちゃったの!!?」
「だってお兄ちゃん、急に飛ぶんだもん!」
「探してくるっ!!誰かに拾われでもしたら大変だ!」
即決。コハクはヒスイから離れ、再び羽根を広げた。
「ちょ・・・ちょっと待って!」
ヒスイが止めるのも聞かず飛び立つ・・・。
「お兄ちゃんのばか〜っ!!私とパンツどっちが大切なのよっ!!」
残されたヒスイは恥を忘れて叫んだ。
「う゛〜・・・お尻がスースする・・・」
コハクはまだ帰ってこない。
意図的に短くされたスカートをいくら引っ張ったところでどうにもならない。
「こんな時に誰かに会った最悪ね」
幸い今は人気がない。
「お兄ちゃん・・・早く戻ってこないかなぁ・・・」
そう呟いた瞬間だった。
すぶっ。
「?」
足元の土が突然どろっとしたものに変化した。
思いがけず沈んだ足を引き上げようとヒスイは足を動かした。
「何これ・・・抜けな・・・きゃぁ!!」
足元に魔法陣が広がった。
ヒスイはその魔法陣の中心にいた。
足だけに留まらず、全身が地面へ吸い込まれてゆく。
咄嗟に左手の薬指にしていた指輪を外した。
婚約指輪としてコハクに貰ったものだ。
それを魔法陣の外に投げる。
(私・・・どうなっちゃうんだろう)
「でも・・・せめてパンツを・・・」
この魔法陣が何処へ繋がるものかはわからない。
しかし今はそれよりもパンツだ。
「パンツぅ〜・・・」
ヒスイは嘆きながら地面に消えた。
とぷん・・・。
「ヒスイが攫われた!?ああ!もう!何やってんだい!」
カーネリアンは少々ヒステリックになって言った。
「・・・すみません」
コハクは指輪を握りしめている。
ヒスイからのメッセージだ。
(まさかこんなことになろうとは・・・)
「召喚だよ。ヒスイは何者かに“喚ばれた”」
現場を調べに行っていたメノウが二人にそう告げた。
そしてコハクの足を思いっきり踏んだ。
「“永遠の誓い”でもされたらどうするの?そうしたらヒスイはお前のものじゃなくなるんだよ?」
“永遠の誓い”・・・召喚者と被召喚者を永遠に繋ぐ鎖・・・。
(・・・その時は・・・召喚士を殺る)
コハクは二人に責められながら心のなかで誓った。
「でも正直さ、ヒスイを召喚できる奴がいるなんて思わなかったよ」
メノウは腕を組んで唸った。
「そうですね・・・」
“吸血天使”・・・悪魔としての位も天使としての位も相当なものだ。
「ヒスイを召喚できるとしたら・・・俺並の天才だ・・・」
「助けてくださいっ!!」
濃度の濃い液体の中を漂うような感覚が過ぎた後、真っ白な世界が広がった。
(わ・・・まぶし・・・)
光の中から声がする。
「助けてくださいぃ〜!!」
「へ?」
意識がはっきりしたと同時に、自分に抱きついている生き物の存在に気付く。
ウエディングドレスに身を包んだ、年若い花嫁。
明るい紺色の髪。少し重たい感じのする前髪にくりくりとした金色の瞳。
可愛らしい。
「逃げた双子の姉かわりに結婚させられそうなんですぅ〜・・・」
声を震わせ、ヒスイに縋り付いてくる。
「あの・・・ちょっと離れて・・・」
ヒスイは花嫁を押し戻した。
「話は聞くわ。でもその前にお願いがあるの」
「何でしょう?」
花嫁は涙で滲んだ瞳をぱちくりさせてヒスイを見ている。
「パ・・・」
「パ??」
ヒスイは真っ赤になっている。
本来なら初対面の相手にこんなことは頼めない。
しかし相手が優しげな風貌の少女だったため、言ってみようという気になったのだった。
「パンツ・・・かして・・・」
ヒスイの声は後にいくほど弱々しくなっていった。
「!!!?」
花嫁はヒスイ以上に真っ赤な顔で後ろに飛び退いた。
「パ・パ・パ・・・パンツぅ〜!?」
予想以上のリアクション。
ヒスイは言ってしまったことを後悔した。
(あぁ・・・絶対変だと思われてる・・・)
「あの・・・でも・・・ぼく・・・こんな下着しか・・・」
花嫁が真っ赤になりながらも差し出したのは男物の下着だった。
ヒスイは唖然とした。
「キ・・・キミ、男の子〜!?」
「は・・・はい」
ヒスイの声にびくっとして少年が答えた。
気の弱さが顔に出ている。
柔和でおっとりとした顔立ちのため、少女に見えるのも頷けた。
「あの・・・誰かから借りて・・・きましょう・・・か・・・」
先程のヒスイと同じ現象で、少年の声はどんどん小さくなっていった。
「いいわよ。キミまで変だと思われちゃうわ」
ヒスイは布のテーブルクロスに目を留めた。
「これ、借りるわね」
それを腰に巻き付ける。とりあえずお尻の寒さは解消された。
ほっとしたヒスイが名前を訊ねると、少年は『ラピス・ラズリ』と答えた。
「政略結婚なの?」
「は・・・はい」
ラピスはヒスイの迫力ある美しさにすっかり萎縮してしまっている。
「逃げたお姉さんの代わりに?」
「はい。あの・・・ぼく・・・少し前までは普通に・・・男として生活していたんです・・」
「へぇ・・・」
「姉は16才になったら嫁ぐことになっていたんですが・・・どうやら結婚相手が気に入らなかったみたいで・・・1年ほど前に行方をくらましてしまったんです・・・。男勝りで行動力があって、僕よりずっと逞しいひとだから・・・」
ラピスはおどおどしながらも懸命に話を続けた。
「一族総出で探したんですけど・・・どうしても見つからなくて・・・それでほくが・・・」
「・・・無茶苦茶だわ・・・。男同士の結婚なんて」
「それが・・・噂ではどっちもOKらしくて・・・」
「・・・それはお気の毒に・・・」
「た・・・たすけてくださいっ!ぼく・・・女の子と手を繋いだこともないのに・・・」
(・・・確かにちょっと可哀想ね・・・)
ヒスイは自分のなかで話を整理した。
ここはラブラドライト。
本拠地のあるダイオプテースの右隣の国だ。
弱小貧国として有名で、それ故にこの国の王子であるラピスは政略結婚の危機に晒されている。
噂の結婚相手は大富豪の商人。
あくどい商売をするので有名な40過ぎの男だ。
(そりゃ、逃げ出したくもなるわよね)
ヒスイもその男は知っていた。
モルダバイト城に商売をしにきたことがあるからだ。
ヒスイのことを舐め回すような目で見ていた。
オニキスがすぐに追い返したが、あの時の嫌悪感は忘れない。
(うわぁ・・・あの男の餌食になるなんて・・・)
ヒスイに同情心が芽生えた。
「あの・・・あなたは・・・天使?それとも・・・」
ラピスは自分が喚び出してしまったものの正体を全くわかっていなかった。
「ええと・・・私は・・・」
ヒスイは自分が“何”か、説明するのに迷った。
血を吸う・・・でも背中には天使の羽根がある。
「・・・悪魔よ」
自分の性格を加算して考え、ヒスイはそう答えた。
「キミが私を召喚したのよね?」
ラピスは見るからに素人だった。
床に描かれた魔法陣は歪んでいて、あまり正確そうには見えない。
実家で何度か目にした、メノウの描く魔法陣とは雲泥の差がある。
(私・・・こんなんで簡単に“召喚”されちゃうんだ・・・)
「ぼく・・・初めてなんです。召喚術・・・」
「え・・・」
「悪魔に魂をとられてもいいから・・・・助けて・・・欲しくて・・・」
「・・・・・・」
「何を・・・代償にすれば・・・いいでしょう?やっぱり魂・・・?」
(そんなこと言われても・・・)
シンジュとのコンビを解消してしまった今、ヒスイには戦う術がない。
「いらないわ。代償なんて。だって私、一緒に逃げることしかできないもの」
悪いけど・・・とヒスイはラピスに謝った。
ラピスはゆっくりと首を横に振った。
花嫁のベールが揺れる・・・
「それでもいい・・・です。お願い・・・ぼくを・・・ここから連れ出して・・・」