13話 ふたりの召喚士
「あはは。腕折れちゃいました」
コハクは羽根を広げ、自力で崖上まで戻ってきた。
大きな激突音の割には外傷は少ない。
ただ、右腕がおかしな方向に曲がっていた。
「・・・馬鹿が。何故飛ばない」
応急処置はオニキスがした。呆れ顔でコハクの腕に添え木をする。
「いやぁ。それが咄嗟に出なくて・・・」
コハクは左手で頭を掻いて
「自分でも驚いているところです」
と、続けた。
「・・・痛くないの?」
ヘリオドールもサブリーダーの人狼の青年も信じられないという顔でコハクを見ている。
「痛いよ。それなりに。でもまぁ、痛みには強いほうだから」
コハクは笑顔だ。無理をしているようにも見えない。
「・・・骨を繋ぐ呪文は難しい」
一通り手当てを済ませたオニキスが言った。
「ですね」
コハクは顔色ひとつ変えずに平然としている。
「メノウ殿に頼むしかあるまい」
「僕なら大丈夫ですよ?このぐらい・・・」
「・・・引き返すぞ」
オニキスがコハクの右腕を掴んだ。
そのまま、あえて強く握る。
「・・・痛いだろう。相当」
「・・・たいしたことありませんよ」
そしていつもの睨み合い。
「・・・ヒスイにどう説明するんだ?」
「・・・・・・」
オニキスにそう言われて、コハクは先程の出来事を思い出した。
(戻って確かめる必要があるな・・・)
「やっぱ、折れた腕ちゃんと固定したほうがいいって。戻ろうよ」
ヘリオドールの隣でサブリーダーも頷く。
「・・・わかった。戻ろう」
4人は本拠地に戻った。
(・・・ヒスイがいない)
コハクは治療もそこそこに、ヒスイの姿を探した。
錠は見事に破られており、部屋はもぬけの殻だ。
(一体どうやって抜け出したんだ・・・?)
首を傾げて廊下を歩く。
談話室の前までいくと、中からヒスイの声が聞こえた。
「お兄ちゃんはどこ?」
「あいつは・・・医務室に・・・を・・・して・・・」
オニキスの声は低く、聞き取りにくい。
「やっぱり怪我したの!?お兄ちゃん!」
「たいしたことないよ」
コハクは談話室の扉を開いて言った。
「お兄ちゃん!!ごめん!私・・・」
「し〜っ」
人差し指を唇に当てる仕草でヒスイを黙らせる。
部屋にはオニキスをはじめ他のメンバーもいた。
「後で聞くから」
二人は部屋に戻った。
「・・・で、どうしてあそこにいたのかな?」
コハクは右腕を首から吊して、にこにことしている=怒っている。
「・・・これ」
躊躇いがちにヒスイは腕輪を見せた。
「・・・ただの腕輪じゃなかったのか・・・」
幾度となく目にしているのに気がつかなかった自分に驚く。
(確かに肌身離さず付けてたな・・・)
ここ最近の夜の様子を思い出してみる。
裸になっても腕輪だけは外さなかった。
アクセサリーの類は嫌がっていつも全部外すのに。
何故疑問に思わなかったのだろう。
(・・・最近ちょっと頭がぼ〜っとするんだよね・・・理由はわかってるんだけど)
「チャロに力を借りたの」
ヒスイは正直に白状した。
「ごめん・・・ね。まさか崖から落ちちゃうなんて・・・」
コハクが道を踏み外したのは、不意に注意を引いてしまった自分に責任があると思っているらしかった。
自分がコハクに受けた仕打ちのことは忘れている。
ヒスイは割といつもそうなのだ。
怒りが長続きしない。
「・・・腕、痛いでしょ?」
「・・・うん。痛い」
「痛み止めもらってこようか?」
「ヒスイがキスしてくれたら治るかも」
怪我にかこつけてコハクがキスをねだる。
(我ながらいいアイデアだ!この調子で夜のほうも・・・)
「キスで・・・治るの??」
ヒスイが真剣な顔で聞き返す。こうしていつも騙される。
「うん。脳内アドレナリンが分泌されて痛みがやわらぐんだ」
コハクは適当な事をもっともらしく言ってヒスイを見た。
「じゃあ、頑張る!」
「うん。いっぱいしてね」
(ホントはモルダバイトまで戻って、メノウ様かシンジュに頼めばすぐ治るんだけど・・・いいか。しばらくは片手でも)
転んでもタダでは起きない奴だ。
と、オニキスは思った。
「あ〜ん」
食堂でコハクが口を開ける。
その口にヒスイがスプーンで夕食のスープを運ぶ。
「お兄ちゃん・・・他のところで食べようよ・・・」
周囲の視線が集中している・・・ヒスイは俯いて赤くなっていた。
「なんか、みんなが見てるよ・・・」
ヒソヒソ、クスクスといった反応だ。
近くを通りかかったメンバーに時には冷やかされたりもして、その度にヒスイは赤面した。
(・・・左手でも充分食べられるだろうが)
少し離れたところからコハクを睨むオニキス。
骨折したのをいいことに、ヒスイに甘え放題のコハクを見ていると腹が立ってくる。
わざと落ちたのではないかと疑いたくなる程だ。
「どけ。交代してやる」
オニキスはヒスイの隣に立ち、そう言い放った。
それから近くにあったフォークで長いフランスパンをザクッと刺した。
「え・・・?ちょっと?オニキス??」
ヒスイが止めるより先にそれをコハクの口に突っ込む。
もがっ!?
ヒスイのスプーンを待っていたコハクの口にフランスパンが突き刺さった。
ヒスイが慌てて引き抜く。
「お前はそれでも食ってろ」
吐き捨てるようにそう言い残してオニキスは食堂を出て行った。
「な・・・何だったの・・・?」
ヒスイはフランスパンを右手に持ったまま、ぽかんとした顔でオニキスの背中を見送った。
モルダバイト城。
「なぁ、お前ってさ」
「は、はい」
ヒスイと同じ顔をしたメノウにラピスはビクビク・オドオドしている。
ヒスイ恐怖症。
リリスの楽園での一件以来、完全にトラウマとなっていた。
「シンジュのこと、好きなの?」
「ええっ!!?」
二人は、書斎の机に向かい合わせで座っていた。
召喚術の勉強中。
ラピスは狼狽えてふで箱をひっくり返し、筆記用具をバラバラと床に落とした。
「バレバレだよ。だってお前、シンジュ見る度赤くなるじゃん」
「そ、そんな・・・好きとかそんなんじゃ・・・」
机の下で丸くなってペンを拾い集める。
「シンジュのことは知ってるよね?」
「あ、はい・・・精霊さんなんですよね?」
「そう。だから基本的に性別はないけど、今は男だから。間違い起こすなよ?」
「ま、間違い・・・って・・・」
くくく、とメノウが笑う。
「その心配はないか。お前は女のシンジュとしたいんだもんなぁ」
「したい?え?何を・・・?」
「だから、アレだよ。アレ」
ごにょごにょとラピスの耳元で説明する。
メノウが事細かく描写して聞かせるので、ラピスの想像は一気に膨らみ、頭の中でシンジュと自分が競演し始めた。
シンジュの澄んだ蒼い瞳。薄紅色の唇。真っ白な肌に触れる自分・・・
(はっ!!いけない!!)
生のシーンを目撃して以来、想像力にも磨きがかかってきた。
ラピスは寸前のところで我に返りぷるぷると頭を振った。
(そんなことしちゃだめだ!想像するだけでもシンジュさんに失礼だ!だめだ!だめだ!想像止まれ〜!!)
「あ・・・」
「おい・・・何も鼻血まで出さなくても・・・」
「う〜・・・すみません・・・」
これにはメノウも驚かされた。
からかうつもりが逆に一本取られた感じだ。
とりあえず持っていたテッシュをラピスに渡し、鼻に詰めるよう指示した。
(・・・おもしろい・・・)
「お前、いくつだっけ」
「16ですぅ〜・・・」
ラピスは鼻血を止めるために上を向いている。
16・・・メノウはすでに子持ちだ。娘ヒスイは1歳になっている。
自分とは全く違う生き方・・・純情少年ラピスの初恋。
(ローズがシンジュに熱烈ラブなのは知ってるけど、ちょっと応援してやろうかな)
そんな気分になる。
「それにしても・・・こんなんで鼻血出してどうすんだよ・・・本番・・・」
血の海・・・が予想される。
「ぼくには無理ですぅ〜・・・。一生清い体で生きてゆきます〜・・・」
「そう思い詰めるなって。本とか見てちょっと免疫付ければ・・・」
「あの・・・そういう本・・・あるんですか・・・?このお城に・・・」
「オニキスに聞いてみれば?」
「め、滅相もないです!!」
(あいつにこういう話は振りにくいよな・・・確かに。ノリも悪いし)
「じゃあ、コハクに頼んでみなよ」
メノウはコハクを推薦した。
「あいつはこういうの大好きだから、協力してくれると思うよ」
「と、飛んでもないです!!」
オニキスに、と話を振った時よりもラピスが恐縮したので、メノウは理由を訊ねた。
「あの人・・・すごく優しそうなんですけど・・・ぼく・・・なんか・・・恐くて・・・」
ラピスはすっかり怯えた様子で言った。
(へぇ・・・こいつ・・・一発で見抜いたか。なかなかやるな)
メノウは感心してじっとラピスを見た。
髪を軽く後ろに束ねている。
化粧を落とせば、少年に見えなくもない。
歳を重ねれば、顔だけでモテるようになるだろう。
(そうなると危ないぞ。こういうタイプは。いいように遊ばれて、そのうち飽きられて、ポイだな)
その光景が目に浮かぶ。
(そうなる前にしっかり鍛えてやらないと)
現段階ではダメ男としかいいようがない。
(まぁ、それだけ成長が楽しみではあるよな。うん)