21話 雨上がりの虹
「・・・ひとつ聞くが」
「なに?」
「ソレは何だ・・・?」
オニキスが指摘したソレ・・・ヒスイが両手に持っているL字の針金。
「ダウジングよ。決まってるじゃない」
ヒスイが真顔で答えた。
オニキスも知らない訳ではなかった。
が、まさかヒスイがこの場でソレを持ち出すとは思ってもみなかった。
「・・・当たるのか・・・それは・・・」
2本のL字針金は揃って右を指している。
「オニキスもやってみればいいじゃない」
「いや・・・オレは・・・」
ヒスイは嫌がるオニキスに無理矢理針金を持たせた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
今度は揃って左を指した。
「あ~・・・えっと・・・」
あっさり進むべき道を見失ってしまったヒスイは左右を交互に眺めた。
見るからに困惑、決めかねている。
「・・・右へ」
溜息混じりにオニキスが言った。
「そ、そうよね。こういうのは疑っちゃだめなのよ。貸して。私がやる」
左を指したことはこの際無視と、腹を据えたヒスイは針金の指すほうへ早足で歩いていく。
「あ!ほら!凄い反応!!」
ヒスイは期待に胸を膨らませ、更に足を速めた。
「おい・・・もう少し注意深く・・・」
周囲に目もくれず突き進むヒスイを見て嫌な予感がした。
「聞け。この山は地形が安定していない。死角になっている崖などが多く危険・・・」
「きゃっ!?」
言ったそばからだった。オニキスの視界からヒスイの背中がフッと消えた。
「ヒスイ・・・!!」
「・・・っくしゅん!!もう!何なのよ!」
崖・・・という程の高さではない。
1m程のなだらかな段差だったが、ヒスイは湿った土壌に足を滑らせ斜面を転がるように落ちた。
その先に川。勢いがついて当然止まれない。
ドボ~ン・・・
(この間池に落ちたばかりなのに・・・)
自力で陸に上がったものの、とにかく寒い。
この山が安定していないのは地形だけではなく、気候もだった。
川の水は思っていた以上に冷たく、太陽はいつの間にか雲に隠れている。
「馬鹿。早く脱げ。風邪をひくぞ」
追ってきたオニキスはファントムの黒いTシャツを脱いで、ヒスイに放り投げた。
「言っておくけど、私、ペリドット掘るまで帰らないわよ」
ヒスイはTシャツ一丁でそう言い張った。
運良く川辺に洞穴があり、オニキスが集めてきた薪で火をおこしたところだった。
「・・・好きにしろ。こうなったらとことん付き合ってやる」
「ありがと。でも・・・オニキス、寒くない?」
「別に」
「また私の代わりに風邪ひいちゃうんじゃない?」
「・・・・・・」
過去に前例があるだけに否定できない。
「・・・そこまでヤワじゃない」
と、バツが悪そうに呟く・・・
ヒスイは苦笑いで見守った。
「さて。じゃあ・・・」
立ち上がり、つるはしを手に取る。
「その格好でいく気か・・・」
下着もつけていない・・・本当にTシャツのみなのだ。
「そうよ?どうせ誰もいないでしょ?」
「・・・・・・」
(オレのことは無視か・・・)
オニキスは自棄と意地悪が混ざり合った複雑な気持ちで訊ねた。
「・・・お前は・・・なぜこれほど無防備なんだ・・・男がどういう生き物か知らないわけではないだろう」
答えはわかっている。
男として意識されていないからだ。
「信じてるから」
ヒスイの答えはまさに決定打だった。
「そういう意味ではね、お兄ちゃんよりずっと信用できるよ、オニキスは」
コハクを思い浮かべたヒスイがくすくすと笑う。
それはオニキスの知らない笑顔だった。
「・・・当たり前だ」
“だめなのだ。本当にもう手が届かないのだ。”
オニキスのなかにじんわりと浸透していく絶望。
(信用・・・か。どんなに望んでも、オレが得られるものはそれしかない・・・)
「ああっ!!」
ヒスイの驚嘆の声でオニキスは我に返った。
「・・・どうした?」
「・・・雨・・・」
ザアァァーッ・・・
突然のスコール。
洞穴にひんやりとした風が吹き込む・・・
「う~・・・さ、寒い・・・」
ヒスイは寒さに震えている。
「・・・・・・」
(・・・まずいな。これは・・・)
隣に座っているヒスイの顔色が悪い。
オニキスはポケットから小さな水筒を出した。
中には酒が入っている。
寒さで身が凍える事態になった時、内側から体を温めるのに使えるだろうと携帯していたのだ。
「・・・飲め。少しは温まるはずだ」
「私、お酒はだめ」
ヒスイは頑なに拒んだ。酒が入ると何をするかわからない。
「大丈夫だ。オレを・・・信じろ」
「・・・うん」
オニキスに強く促されて、ヒスイは水筒に口をつけた。
「あ~・・・なんかあったかくなってきた・・・」
隣にいるのがコハクではないことで、ヒスイの理性にもなんとかブレーキがかかっていた。
ほんのりと頬が赤いが、それ以外は至って正常だ。
「・・・雨、止まないね・・・」
「・・・そうだな」
雨音ばかりが洞穴に響く。
「オニキスは大丈夫?」
「ああ」
二人は体を寄せて、互いに互いを温め合いながら雨が止むのを待った。
触れるヒスイのぬくもりをできるだけ意識しないように、オニキスは瞳を閉じた。
「オニキス?寝ちゃった・・・?」
「・・・・・・」
眠っていた訳ではないがオニキスは返事をしなかった。
「・・・聞いてないだろうけど、これだけは言っておくわね・・・私・・・」
ヒスイは“眠っている”オニキスに向けて話しだした。
「偽造でも・・・最初に嫁いだのがモルダバイトで・・・オニキスのところで良かったって思うよ」
「・・・・・・」
「あの頃はお兄ちゃんのことばかり考えてたけど・・・今にして思うとお城の生活も結構楽しかったわ」
「・・・だめだ」
「・・・え?」
オニキスはヒスイを抱き締めた。
“忘れるなんて、できない。”
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、ヒスイを抱く腕に力を込める。
「え・・・あの・・・」
とくん。とくん。とくん。
鼓動に耳を傾けると二人はひとつの個体で、決して離れることなどできないと甘い誘惑の音を刻む・・・。
「・・・お前がオレを必要とすることはないだろうが、オレにはまだ
お前が必要だ・・・」
「?必要じゃないなんてことないわよ?」
ヒスイはきょとんとした顔をしている。
そして、オニキスの腕の中で笑った。
「だって・・・いなかったら寒いじゃない」
(オレは・・・お前のそういうところが・・・好きだ)
何も望まない。
今はただそばにいたい。
気まぐれに振り回されるのもいい。
いくらだって付き合ってやる。
「・・・雨、止んだな」
「うん」
「・・・掘るか」
「うんっ!」
二人は外に出た。
空には大きな虹が架かっていた。