World Joker/Side-B

16話 黒歴史



地獄のWC。

洗面所でよく手を洗ってから、「お待たせ」と、笑顔で外に出る。

「遅いぞ!!」

苛立ちの声で迎えたのはシトリンだ。両腕を組み・・・待ちくたびれていた。

「ここまでついて来なくても良かったのに」

苦笑するコハク。

川向こうはサルファーひとりに任せ、強引に同行してきた。

シトリンは・・・どうしても地獄巡りがしたかったのだ。

 

廃屋と枯れ木ばかりの、荒れ果てた街並み。

無数に浮遊する人魂らしきものが、街灯の代わりとなっている。

「これが地獄の町とやらか」

息を呑むシトリン。だが、隣のコハクは笑って。

「地獄のイメージを損なわない外観にしているだけなんだよ」

「!!お、おい、どこへ・・・」

躊躇いもせず、崩れかかった廃墟へと踏み込んでいった。

「おわっ!!なんだここは・・・」

後に続くシトリンが驚嘆する。

一転して、そこは風流な甘味処だったのだ。

 

そして、現在。店内には数名の客がいた。

「あの中に、アンデット商会の幹部がいるというのか?」

廊下の曲り角から、シトリンが様子を窺う。

アンデット商会の社員は、どこかに必ず社員バッジを着けている。

かつて身を置いたことのあるコハクならば、見つけ出すことは容易い。

コハクは、一番奥の座敷で正座をしている人物に声を掛けた。

「失礼。アンデット商会の方ですか?」

「如何にも」

返事をしたのは・・・地上で噂の“仮面の男”。

ここでは仮面を半分ずらし、素顔を覗かせていた。頬に蝙蝠のタトゥーがある。

男は立ち上がり、言った。

「こんなところでお会いできるとは、実に奇遇です。セラフィム」

「君は・・・どこかで・・・」

「貴方に首を刎ねられ、煉獄の炎で焼かれた罪人でございます」

自己紹介の後、男は胸に手を当て、深く一礼し。

「・・・・・・」(そういえば・・・)

コハクもすぐに思い出した。

その昔、神に忌み嫌われた極悪人。その名は、スモーキー。

(死んだ方がマシだと思えるくらいの裁きを下したはずなんだけど・・・アンデット商会の幹部になっているとはね)

見事な社会復帰ぶりだ。

「こいつの首を刎ねたというのは、本当の話なのか?」

スモーキーを指差し、瞬きするシトリン。若干、引き気味だ。

「うん、まあ」バツが悪そうに、コハクが頷く。

家族には知られたくない、黒歴史。

その証人ともいえる男と交渉するとしたら。

(これは・・・思った以上に面倒なことになりそうだなぁ・・・)

 

 

 

 

こちら、地上の夜明け。

 

「おはよっ!ヒスイ!」

「お、おはよ・・・ジスト」

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

リビングで挨拶を交わし、両者、再び赤面。ぎくしゃくした空気の中。

「あ、卵温めるの交代するよ」と、ヒスイ。

「平気!平気!これ結構重いしっ!ヒスイじゃ大変・・・」

ジストが言うと、ヒスイは笑って。

「男の子のお腹が、そんなに膨らんでちゃ、おかしいでしょ?外に出る時は私に任せて」

そう―2人は、国境の家へ向かおうとしていた。

卵を孵化させる方法をオニキスに教わるためだ。

移動は無論、裏庭の魔法陣を使う。

支度を済ませ、2人は裏口から外へ出た。

 

「転ばないように気を付けてねっ!」

ひたすらヒスイを気遣うジスト。手を取り、魔法陣までゆっくり歩く。

「元気な仔が産まれますように」

途中、服の上から卵を撫で、思わず頬ずり。気分はすっかりパパだ。

(なんかオレ達の子供が産まれるみたい・・・って、オレ何考えて・・・)

自身の大胆な妄想に、また赤くなる。

大切に、2人で温めた卵だ。すっかり情が移っていた。

 

 

 

国境の家、玄関にて。

 

「おはよ!オニキス!」

「・・・ああ」

ヒスイの妊婦スタイルに目を疑うオニキス。

取り乱しはしないが、何と言葉をかけるべきか迷っている様子だ。そこで。

「あっ!これ卵だからっ!!」

ジストが慌てて説明した。ちょうどその時。

「くすくす、ママもジストも中入ったら?紅茶淹れるよ」

廊下の奥からスピネルの声が聞こえ。

「うんっ!!」

嬉々として、ヒスイが走り出す。

「あっ・・・!ヒスイっ!!走ったら危な・・・うわっ!!!」

言ったジストの足が縺れて、転ぶ。

いつもは静かな家だが、今朝はずいぶん賑やかだ。

 

「これなんだけど」

ティータイムを終えると、ヒスイはマタニティドレスの下から卵を取り出し、テーブルの中心に置いた。

転がらないよう、ジストがしっかり支えている。

「何の卵なの?」と、スピネル。もっともな質問だ。すると。

 

 

「「竜の卵なんだってっ!」」

 

 

ジストとヒスイが声を揃えて答える。

「竜?珍しいね」

人と共存できる竜は極端に数が少ない。それこそ一国に数頭くらいの割合でしか出会えないのだ。どういう経緯で入手したものなのか、謎が深まる。

「あーくんが、城下で“竜騎士セット”買ってきたの」と、ヒスイ。

竜の卵に騎士用ランスが同梱されているものだ。

マーキュリーは屋敷の地下倉庫で武器を見つけたが、アイボリーはピンとくるものがなかったため、城下まで足を延ばし、手に入れてきたのだという。

「お兄ちゃんがね、温めるだけじゃだめかもしれないから、オニキスに聞いてごらん、って・・・」

どうすればいいのな?と、ヒスイは期待に満ちた目でオニキスを見上げている。

「・・・オレに聞け、と、コハクがそう言ったのか」

「うんっ!」

「・・・・・・」

(オレに言わせるつもりか・・・)

真実を告げれば、ヒスイが落胆するのは目に見えている。損な役回りだ。

先に勘付いたコハクに、押し付けられたとしか思えない。

オニキスは深い溜息の後・・・

「これは・・・卵ではない」

「え?」

 

 

「・・・ただの石だ」

 

 

「そんな・・・だってちゃんと証明書だって・・・」

ヒスイは一枚の紙をオニキスに手渡した。

「ほらっ!!アンデット商会製なんだから!!」

アンデット商会は、今や一流ブランドなのだ。昔のような、リスクを伴う商売はしていない。世界から信用を得るメーカーとなっていた。

「・・・よく綴りを見てみろ」と、オニキス。

「んっ???」

ヒスイは証明書に顔を近付け、何度か黙読を繰り返した。そして・・・

「あ」やっと気付く。

証明者であるはずの、“アンデット商会”の署名が・・・“アンテッド商会”になっている。

つまり・・・偽ブランド。紛い物だ。

「じゃあ、これ・・・ホントにただの石・・・なの?」

「ああ・・・そうだ」

 

 

どんなに温めたところで・・・孵る日は、来ない。

 
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