世界はキミのために

2話 流れ出す運命



普段はコハクに押されっぱなしのヒスイも今日ははしゃいで服を選んでいた。

女物に限定だが、似合う服を選ぶのは結構楽しい作業だった。

ヒスイが着られないような大人っぽい服ばかり扱っている店を二人は回っていく。

普段服を買うときは見もしないだろう、そんな店の商品は値段も少々高いが、その分布も上等なものが多かった。

深いスリットの入った体のラインが綺麗に出るドレスを手に取りヒスイは溜息をついた。

「私もいつかこんなのが着れるかな・・・?」

「なっ!?だめだよ!ただでさえ可愛いのにそんなのきたら男どもが・・・」

何やらブツブツといっているコハクを気にとめもせず、次の服を見た。

そしてその視線の先に見たドレスに目が奪われた。

「あ!あれがいいよ!!お兄ちゃん!」

ヒスイが指をさした先に吊るされた一枚のドレス・・・。

コハクの瞳の色とおそろいの綺麗なすみれ色のドレスで、左腰のあたりから裾に向かって広がっていくように銀色の糸で花の刺繍がされている。

背中が随分開いているが、前は露出度が高くないので丁度良い。

ヒスイはドレスを掴み後ろの兄を振り返った。

その時。

「それは私が先に見つけたものですわ!」

「え?」

横を見ると、肩までの黒髪で、紅い瞳の美人が立っていた。

「鈍い人ですわね。それは私が先に見つけたのですから、私のドレスですわ!その手を御放しなさい!」

「私が先に掴んだんだから私のドレスよ!」

ヒスイはむっとして言った。

するとその女性は上から下までヒスイをまじまじと見て、ふっと鼻で笑った。

「まさか、あなたが着る訳ではありませんことよね?」

(アナタに言われなくたってそんなことわかってるわよ!!)

そのドレスはヒスイが着るには全然身長が足りなかった。

「私じゃないもん!これは、おっ・・・おっ・・・」

「お?」

「お姉ちゃんが着るのよっ!」

自然と顔が赤くなってくるのがわかる。

兄が着るなんて言ったら変態以外の何者でもない。実際着るとはいえ・・・

(もう!お兄ちゃんが女装するなんて言い出さなければ、こんな恥ずかしい思いしなくて済んだのに!)

さっきまではしゃいで服を選んでいた自分は棚にあげ、責任とってよ!という目をしてコハクを呼んだ。

「ねっ!そうでしょ!?お兄ちゃん!」

大きな声を出したので、まだブツブツと独り言を言っていたコハクも気付きヒスイのもとへやって来た。

「どうしたの?ヒスイ」

「このドレスお姉ちゃんにぴったりよね。この人よりも」

コハクはドレスを見て、それからヒスイが指差した女性を見た。

そしてなぜか照れながら

「ヒスイには敵わないでしょう」

などと言っている。

(お兄ちゃん・・・。なんでこの質問でそんな答えが返ってくるの・・・!?

しかもなんで照れてるのよっ!こっちまで恥ずかしくなるじゃない。お願いだから場の雰囲気を読んで・・・)

「と、とにかく!このドレスは絶対お姉ちゃんに似合うんだから!」

改めて、ライバルの女性をみると、彼女は頬を染めていた。

そしてその視線の先にはコハク・・・。

その女性はヒスイを押しのけてコハクに詰め寄った。

「まぁ!!お兄様ですの!?私ガーネットと申しますの。可愛らしい妹さんとお話をしていましたのよ」

(・・・何よ、この人・・・)

文句を言おうとヒスイが口を開きかけたとき、なんとガーネットに足をぎゅっと踏まれた。

コハクはかわいらしい妹と言われたことに気を良くして、そんなことに気付かずガーネットと話をしている。

(絶対許さない!こうなったら意地でもドレスは手に入れてやるんだから!)

ヒスイは上目遣いでコハクを見てから、コハクの大好きな笑顔でこう言った。

「お兄ちゃん〜。私このドレスがいいなぁ」

コハクがこの笑顔に勝てるはずはなかった。

「ヒスイが言うならこれにしよう。いいですか?ガーネットさん」

「えっ、ええ、よろしくてよ」

ガーネットの顔は少し引きつっっていたが、笑顔を崩さず同意した。

(やった!)

見事ドレスはヒスイの手へと渡った。

「このドレスが似合うなんて、コハク様のお姉さまは私のようにさぞ美しい方なのでしょうね」

「いや、それほどでも」

「お兄ちゃん!いくよっ!!」

ヒスイはコハクはこれ以上ボロを出さないように、ドレスを買うとコハクを連れてさっさと店を出た。

  

ヒスイはドレスに似合う小物を買うべく、アンティークな品物を扱う店にきていた。
コハクは何か用があるらしくここで見ているようにと言って出かけていった。

「それにしてもお兄ちゃん、こういう店どこで見つけてくるんだろう・・・」

その店は裏路地にあり、表通りからはわからない。
コハクと買い物にくると必ず地元の人のしかわからないような店に連れてこられる。

「へぇ・・・かわいい」

繊細な細工を施したアクセサリーや細かな刺繍の入ったバックなどが硝子ケースの中に飾られている。

カランカラン

誰かが店に入ってきたようだ。

(お兄ちゃんかな?)

しかし、入ってきたのは全身黒ずくめの甲冑を着た男だった。

(うわ・・・お兄ちゃんとは正反対みたいな人・・・)

コハクが光のように輝いて見えるのに対し、男は夜の深い闇のようだった。

繊細なものに囲まれて大柄な男は滑稽な感じだ。

(彼女にプレゼントでも買うのかな?)

しかし男は物色することもなく、真っ直ぐカウンターへと向かっていった。

「店主、例の物は・・・?」

「しばらくお持ちを・・・」

そういうと店主は店の奥へと入っていった。

その様子をじっと見ていたヒスイを男が振り向き一瞥した。

「何か用か?」

「えっ・・・えっと、なんだかお店に不似合いな感じがして・・・」

慌てていたヒスイは思わず本音を言ってしまった。

「そうか」

正面から見た男は髪も瞳も真っ黒だった。

コハクを見慣れていたヒスイは異性を格好よいと思うことは滅多にないのだが、精悍な男らしい顔立ちはコハクとはまた違って、なかなか男前だった。

「ごめん・・・なさい。初めて会った人に変なこと言っちゃって・・・。彼女にプレゼントでも?」

「いや」

「そう」

コハクはうんざりするほど喋るが、この男は気まずいぐらいに喋らない・・・

(人間何でもほどほどがいいなぁ・・・)

ヒスイがそんなことを考えているうちに店主が戻ってきた。

「オニキス様。これでございますね」

そう言うと店主は白い布で包まれた長いものを差し出した。

オニキスと呼ばれた男は少し布を解いてすぐにまた戻した。

(何だろう?あれ?)

「間違いない」

オニキスはそう言うと重そうな布袋をどさりとカウンターに置いた。

店主が中を開けると金貨がどっさり出てきた。

ヒスイはそれほど好奇心の強いタイプではなかったが、何故だか妙に

あの中身が気になって仕方がなかった。

(・・・見たい)

ヒスイは無意識に熱い視線を送っていた。

オニキスはしばらくそれを無視していたが、やがて耐えられなくなりヒスイのほうを見た。

「これが気になるのか?」

ヒスイは素直に頷いた。

「・・・いいだろう」

オニキスはそう言って白い布をするりと解いた。

中から出てきたのは見事な細工が施された剣だった。

「わぁ・・・」

柄と刃の辺りに黒い石がはめ込まれている。

人見知りで自分から話しかけることの滅多にないヒスイも興味津々になって訊ねた。

「これは・・・何の石?」

「・・・これはオレの名前と同じオニキスという石だ」

「へぇ・・・、私も石の名前なんだ。まだ見たことないけどヒスイって言うの」

「ヒスイ?だと?」

オニキスは繰り返してヒスイの方を見た。

(・・・なんかまずかったかな・・・)

ヒスイはできるだけ顔を見せないようにフードを更にぐっとひいた。

「そ、そう。お兄ちゃんもコハクっていう石と同じ名前」

「・・・兄がいるのか」

「うん。ここで待ち合わせなの」

「そうか。迷子かと思ったが心配はないな」

(迷子?)

「コンテストの観光客で人があふれているせいか迷子が多い。気をつけろ。何か困ったことがあれば、憲兵にオレの名前をだせばいい。何とかしてくれるはずだ」

(もしかして私・・・子供だと思われてる!?)

「では失礼する」

「まっ・・・」

待って、と言おうとした時にはもうオニキスはいなかった。

(もしかして子供だから見せてもいいと思ったのかな・・・)

カランカラン
次に入ってきたのはコハクだった。

「ヒスイ、お待たせv」

(ガーネットといい、オニキスといい・・・)

「ヒスイ?」

「絶対いい女になってやるんだから!!」

「ヒスイは十分、いい女だよ」

コハクはくすくすと笑って言った。

「・・・こんな子供の姿をした私のどこがいい女なのよ。お兄ちゃん、目悪いんじゃない!?」

ヒスイは口を尖らせた。

「目?悪くないよ。いたって正常」

ヒスイは自分でもコハクに当たっているだけだとわかっていた。
そんな自分にも腹が立つ。

「拗ねない。拗ねない」コハクはしゃがんでヒスイを覗きこむと優しく頭を撫でた。

「どんな姿をしていたってヒスイはヒスイなんだから」
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