世界はキミのために

3話 女神と天使

  

   

コンテスト当日

 

ヒスイは宿のベッドで目を覚ました。

「お兄ちゃん。おはよぉ〜・・・」

いつものように隣で寝ているはずの兄に声をかけたが返事がない。

「お兄ちゃん?」

まだ眠い目を擦りながらあたりを見回した。コハクの姿はない。

「・・・ん?」

ヒスイは枕元に置かれた置手紙に気付いた。

「ええと・・・なになに・・・」

 

ヒスイへ

お兄ちゃんは先に会場へいきます。

ヒスイが今日着る服はちゃんと用意しておいたから

それを着てきてね。

                 コハク

 

「・・・」

「お兄ちゃんがお化粧するとこ見たかったのになぁ・・・」

ヒスイは呟く。

しかし昨夜はコンテストの準備と称し、半ば強引に手に入れたドレスに似合うアクセサリーや髪型などをあれこれ試して、二人大いに盛り上がった。
その結果ヒスイがベットに入ったのは明け方のことだった。
朝が苦手なヒスイが起きられないのも当然のことである。

「お兄ちゃんなら大丈夫だよね、きっと」

ヒスイは冷たい水で顔を洗いながら昨晩の兄の姿を思いだし、ふふっと笑った。

すみれ色のドレスが本当によく似合っていた。
まさにコハクのためにあつらえたようなドレスだった。

(妹の私が言うのも変だけど・・・綺麗だったなぁ・・・。お兄ちゃん)

ヒスイは顔を拭いて、何気なく壁に掛かった古時計に目をやった。

「!!!」

「時間!過ぎてる!?」

ヒスイは大声を出してベットから飛び降りた。

「お兄ちゃんのバカ〜!!起こしてくれたっていいのに〜!!」

そして今はもうとっくに会場にいるであろう兄に文句を言った。

「え〜っと、服、服・・・」

ヒスイは慌てて着替えようとした。

コハクが用意した服は先程の手紙の下に丁寧にたたんで置いてあった。

ヒスイはよく見もせず急いでその服に袖を通した。

「!!!」

「って、何よ!これっ!!」

着替えてから自分の服があのすみれ色のドレスであることに気付く・・・

しかもヒスイに合う様丈を短くアレンジし、可愛らしいワンピースになっている。

(お兄ちゃん・・・いつの間に・・・)

ヒスイは驚くと同時に呆れた。

(そういえば裁縫得意だっけ・・・でも一体いつ?もしかして夕べ寝てないのかな・・・)

ヒスイの頭の中を色々な思いが巡る。

(そりゃ、着てみたかったけど・・・どうせ無理だと思ってたし・・・でもちゃんとサイズ直ってる・・・お兄ちゃん・・・ありがと)

ヒスイは鏡に映る自分の姿を見つめた。

(・・・だけど、ここにこの服があるってことは・・・)

「お兄ちゃんは何を着て行ったの!?」

こうしてはいられない!ヒスイは部屋のドアに手をかけた。

「ん?」

「何これ?」

ドアに貼り紙がしてある・・・

それにはコハクの字で

「髪もちゃんととかしてくるんだよ。女の子なんだから」

と書いてあった。

(もう!!お兄ちゃんは〜!!それどころじゃないよっ!)

ヒスイはそれを無視して部屋を出た。

右手にしっかりフード付きの上掛けをにぎって。

ヒスイが一人で外出する時は必ずと言って良い程上掛けをはおり、大きめのフードを深くかぶっていた。

キラキラと輝く銀色の髪が誰の目にも触れないように。

そのコートはコハクの作ったもので、市販では手に入らないような変わった形をしていた。首元に大きな赤いリボン・・・そこに鈴が付いていて、ヒスイが歩くとリンリンと可愛らしい音がする・・・。色は黒でフードの帽子の部分が一番特徴的だった。左右が尖っている。猫の耳のように。コハクが『黒猫』をイメージして作ったのだと豪語した作品だった。ヒスイは全く気が付いていなかった。髪と顔を隠しているつもりで愛用しているこのコートが別の意味で目立っていることに・・・。

すれ違う人達が口にする「可愛いv子猫ちゃんv」という言葉が自分に向けられているものとは露にも思っていない。

ヒスイは階段を駆け降りながら長い銀の髪をすばやく結い上げ、いつも通り上掛けを着込んで顔が半分隠れるほどフードをかぶった。そして足早に宿を後にした。

 

はぁ。はぁ。

ヒスイは息をきらしながらなんとか会場にたどり着いた。が、コンテストはもう終盤にさしかかっていた。

遠くにコハクの姿が見える。

遠めからでもコハクは一際美しく輝いているのがわかる。そしてコハクが着ていたのは意外にも装飾の少ないシンプルなドレスだった。

淡い桜色のドレスに身を包んだコハクはどうみても女にしかみえない。

会場に集まった人々は皆、うっとりとコハクに見とれている・・・誰かが、まるで美の女神のようだと呟いた。

ヒスイも眩しい兄の姿に目を細めながら、人ごみを掻き分けステージを目指した。ステージで何を話しているのかよく聞こえなかったがどうやらコハクの優勝が決まったようで、コハクはにっこりと美しい微笑みを浮かべながら観客に手を振っている。

「お兄ちゃん!おめでとう!!」

歓声に掻き消されて聞こえるはずもない声だったがコハクはステージの上から迷うことなくヒスイの姿を見つけた。そしてもう一度、今度はヒスイに向けてにっこり微笑んだ次の瞬間・・・

「うっ・・・」

コハクは急に苦しそうな顔でうずくまった。

歓声がどよめきに変わる・・・。

「お兄ちゃん!?」

ヒスイは精一杯の力で前に進み、ステージの前に転がりでた。

「ヒ・・・ヒスイ・・・」

苦しそうなコハクの声・・・

「お兄ちゃん!!」

ヒスイはなりふり構わずステージに飛び乗りコハクの元へ駆け寄った。

うずくまるコハクの体に手を伸ばしたその瞬間、コハクの右手がヒスイの腕を掴んだ。

「お兄ちゃん?大丈夫??」

「やっときたね、ヒスイ」

「え・・・?」

コハクの不敵な笑みにヒスイは困惑した。

頭の中がパニックになった。

そうしている間にコハクはすっと立ち上がり、強い力でヒスイを抱き寄せた。

そしてゆっくりと上掛けを脱がせ、耳元で

「ちゃんと髪とかしてきてって言ったのに」

と囁きながらヒスイの髪をほどいた。

「や・・・っ!!何するのっ!?」

ヒスイは抵抗したが髪はあっという間に広がってしまった。

ヒスイの波打つ銀色の髪は太陽の光を受け、コハクの金の髪に負けない輝きを放った。

人々は驚きの声をあげた。

「なんと珍しい・・・銀の髪とは・・・」

審査員達もヒスイの姿に釘付けになった。

「・・・・・・」

コハクは人形のように目を見開いて硬直したヒスイを観客の方へ向かせた。

すると歓声は更に大きくなった。

「みなさ〜ん!!僕の妹ヒスイです。愛らしくてまるで天使のようでしょう?」

「審査員の皆さんもよく見てくださ〜い!」

コハクは身をかがめ、ヒスイと顔を並べて言った。

その様子はまるで女神と天使が並んだようだったと後に人々は語る・・・。

  

「・・・お兄ちゃん。仕組んだの・・・?全部」

ヒスイはだいぶ状況を理解したようで、俯いたまま押し殺した声で言う。

「・・・よく見て、ヒスイ。人の視線って怖いものかな?」

コハクはヒスイの肩に優しく手を置いて言った。

「彼らの中には確かに好奇心や物珍しさでヒスイのことを見ている人もいるかもしれない。だけどほとんどの人は美しいものを見て純粋に感動したり喜んだりしているだけだと・・・そうは思えない?」

「そんなのわかんないよ」

ヒスイは不機嫌な声で言った。緊張でまだ心臓が大きく脈打っている。

「お兄ちゃんのバカ」

「・・・ヒスイに少しでも人の温かさに触れて欲しいと思ってしたことなんだけど・・・ごめんね。怒った?」

コハクは困ったように笑ってヒスイの顔を覗き込んだ。

「・・・もう、いいよ」

ヒスイは昔からコハクに対して本気で怒ることができなかった。

こんな目に合わされても結局許してしまう・・・。

「完敗だわ・・・」

ヒスイは苦笑いを浮かべた。

「ありがと。これ」

「どういたしまして」

コハクは満面の笑みで応えた。

「似合うよ、とても」

「お兄ちゃんこそ・・・綺麗だよ」

ヒスイの言葉にコハクは一瞬面食らったような表情をしたが、すぐに優しく微笑んで言った。

「これはね、お母さんの形見のドレスなんだ。いつかヒスイが大きくなったら渡そうと思ってた」

「私には無理だよ。お兄ちゃんのほうがずっと似合う・・・」

「いや、いやヒスイも二十歳になれば・・・」

「なれば・・・何?」

「い、いや、何でもないよ!!」

コハクは慌てて誤魔化した。

(20歳になれば?何かが変わるの・・・?ま、いっか)

ヒスイはそれ以上は何も聞かなかった。

「さて、緊張がほぐれたところで・・・見てごらん?」

コハクは前を指差した。

ヒスイはコハクに言われた通り顔を上げ、まっすぐ前を向いた。人々の顔・・・苦手なはずの視線・・・」

しかしステージから見下ろしたそれはコハクの言う様に不思議と不快な感じはしなかった。

一陣の風が吹き抜けて一気に視界が広がる感覚・・・。

人々を見下ろすヒスイの表情は明るかった。その様子を見てコハクは満足そうに笑い、ヒスイから離れて審査員の元へ向かった。

「判定はどうなります?」

「どう・・・って言われても・・・一度決まったことですし・・・飛び入り参加は原則的に・・・」

もごもごと言葉を濁す審査員の様子をよそにコハクが話を続ける。

「あ!そうだ、これどうぞ」

コハクはいきなり自分の胸元に手を入れ、そこからふっくらと柔らかそうなパンを取り出した。

「もうひとつありますよ。さっきそこのパン屋さんで買ったばかりなので、まだ温かいはず・・・」

「さぁ、どうぞ」

審査員達の視線はコハクの胸元に集中した。

パンを取り出したコハクの胸はまったいらになっていた。

「もしかして・・・キ、キミ・・・お、男〜!!!?」

審査員はコハクを指さして驚愕の声をあげた。

「はい」

コハクは首を傾けてにっこり笑った。

会場は大騒ぎになった。

審査員たちはパニックを起こし、おたおた、うろうろしている。

コハクはそれを楽しそうに見ていた。

(これで優勝はヒスイに決まり・・・っと♪)

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