世界はキミのために

13話 ヒスイの受難

   

その夜、ヒスイ達は宿には戻らずファントムのアジトに泊まる事になった。
城の中も当然古びており、家具などには埃が積もっていたがまだまだ使うことはできた。
しかもカーネリアン達が何日か滞在していた為、よく使う場所などはわりと綺麗になっていた。
カーネリアンが言うには、ここは今回の仕事の為の砦であって今回参加したメンバー以外の他の仲間は本拠地に残してきたという。

ヒスイ達は応接室のような場所に案内され、埃っぽいソファーに座らされた。

「・・・へぇ・・・それであんたが“お兄ちゃん”?」

「はい。コハクと申します」

コハクはカーネリアンがヒスイを可愛がっているのを見て安心したようだ。
パッと見た感じでは傷一つついていない。元気そうだ。
とにかく今、ヒスイはコハクのすぐ隣に腰掛けていたのでコハクは落ち着いていた。

「へぇ・・・初めて見た。あんたがねぇ・・・」

カーネリアンは物珍しそうにコハクを見た。
コハクはそれが気まずいらしく、カーネリアンとは目を合わせないようにして今回の件について話だした。

「それで・・・カーネリアンさんは何故ヒスイを攫ったりしたんですか?」

「銀の髪だから」

カーネリアンはにいっと笑った。
大人の姿をしたカーネリアンは笑うと口元から鋭い牙が見えた。

「その先が聞きたい?」

「いえ。いいです」

コハクは何故かカーネリアンが相手だと話しにくそうだった。
いつもならペラペラと話しだすところが、今回ばかりはひとつひとつ言葉を選んでいる。

(・・・オニキスは私がカーネリアンに攫われるってことわかってたんだ・・・。だからあのとき・・・警告を・・・)

ヒスイはコハクにもたれかかりながらふと思った。
オニキスは腕を組み壁に寄りかかって立っていた。
そしてヒスイと目が合うとフイッと冷たく視線を逸らした。

「ねぇ、オニキスってカーネリアンの一味なの?」

ヒスイの言葉にカーネリアンはぷっ!とふきだした。

「一味も何も・・・こいつが我らの頭領さ。勿論メンバーでさえこのことを知っている奴は少ないけどね。まあ、立場上表にでるとまずいんで、表向きは私が頭領を務めてるってわけさ。詳しいいきさつはそのうち聞かせてやるよ、な、オニキス?」

「・・・意外」

「・・・ですね」

ヒスイとコハクが同時に言った。

オニキスはツンと横を向いたままだった。

「ガーネットさんの屋敷から宝石を盗んだのは軍資金にする為ですか?」コハクは咎める様子など微塵も感じさせなかったが、コハクの口から出た“ガーネット”という名前にヒスイがピクリと反応した。

(なんだろ・・・。お兄ちゃんの口からその名前聞いただけでなんか・・・胸が・・・重い・・・)

「まあね、そこでたまたまヒスイを見かけて思わず攫っちまった」

カーネリアンは頭を掻いた。

「そう・・・だったんですか」

「・・・私、寝るっ!」

ヒスイは突然立ち上がった。寝るにはまだ全然早い時間だった。

「え?ヒスイ?」

コハクはかなり物足りなさそうだった。
いつものように二人きりだったらぎゅっと抱きしめて離さないのに。
さすがにここでそれはできない。

「もう行っちゃうの・・・?」

「うん。行く。お兄ちゃんはまだここにいて」

ヒスイは冷たくそう言い放って部屋を出て行ってしまった。

「ヒスイィィ〜・・・」

コハクは物凄く淋しそうな表情でヒスイを見送った。

「・・・何、捨てられた犬みたいな瞳してんだよ。こっち来な。髪揃えてやるから」

コハクは肩より少し短くなった髪を無理やり後ろで結んでいた。

「ヒスイ・・・なんか冷たい・・・。もしかして探しにいくのが遅れたから怒ってるのかなぁ・・・」

ブツブツ言いながら考え込んでいるコハクをカーネリアンはするずると引っ張って行った。

  

「はぁ〜っ。もう最悪・・・。今夜は一緒に寝ようって思ってたのに・・・置いてきちゃうなんて・・・」

ヒスイは自己嫌悪に陥りながら拉致されていた部屋に戻ろうとしていた。

その途中の廊下で足を止め、ガラスの入っていない窓から夜空を仰いだ。

「あ。満月だぁ・・・」

月明かりで廊下は明るかった。
窓際に立ったヒスイは瞳を閉じて月の光を体いっぱいに浴びた。
そして先刻カーネリアンから聞かされた話を思い返した。

「・・・ほんとに実感わかないや」

父が残してくれた紋様のおかげだとしても・・・本当に今まで何ひとつ不自由したことはなかった。

「でもたぶん・・・そうなんだろうな」

今までさんざんこの髪に振り回されてきた。
これが人間じゃない証だって言われたらもう何も言い返せない・・・。

それにいくつか思い当たることがあった。

「・・・お兄ちゃん・・・夏場とか日差しが強い日は日に焼けるって言ってほとんど私を外に出してくれなかった・・・。それにお兄ちゃん、よく貧血を起こすわ。それって私が血を吸っていたから・・・?一体いつ??まさか寝ている間とか・・・!?」

ヒスイは眉をしかめた。

「もしそうだとしたら・・・お兄ちゃんは私の正体を知っていて、でもそれを私に隠そうとしてる。昔からお兄ちゃんは私の為になる嘘しかつかない・・・。知らないほうが・・・私の幸せ・・・?」

ヒスイはゆっくりと瞳を開けた。そして今度は俯いた。

「第一私が吸血鬼だとしたら、お兄ちゃんは何なの?血が繋がっているならお兄ちゃんも同じはず・・・。まさか、夜な夜な美女の血を吸って歩いていて・・・次のターゲットがガーネット・・・とか・・・」

ヒスイは自分で想像して不愉快になった。

(・・・そんなの嫌だ)

ヒスイはぷうっと頬を膨らませ、壁をガツンと蹴った。

「とにかくよく調べてみないと。自分のこと。ちゃんと自分で納得できるまで。そのうえでお兄ちゃんも同じなのかどうか見極めなきゃ・・・。それまではお兄ちゃんに悟られないようにしないと・・・」

「それでもし兄妹じゃなかったら・・・。って待ってよ、私。兄妹じゃなかったらどうするつもりなの・・・?まさかお兄ちゃんと恋人同士にでもなるつもり・・・?」

ヒスイは自問自答を繰り返しているうちにそんなことを考え、頭から爪先まで赤くなるのを感じた。
キョロキョロと辺りを見回して誰にも見られていないことを確認すると、軽く咳払いして言った。

「コホン。と、とにかくガーネットには渡さないってことで」

(・・・明日お兄ちゃんに謝ろう。そっけなくしてごめんね、って)

ヒスイはまだ少し頬が赤かったが、すっきりとした表情でぱたぱたと足取り軽く走り出した。

  

「お兄ちゃん!?」

翌朝、ヒスイは真っ先にコハクの姿を探した。そして驚愕の声を上げた。

「ヒスイ〜」

コハクはヒスイの姿を見つけると甘えた声を出して嬉しそうに駆け寄ってきた。

「どうかなぁ?おかっぱっていうのも何なんで思い切って短くしてもらっちゃったんだけど・・・」

「・・・・・・っ・・・」

ヒスイの胸が激しく高鳴った。ドキドキ・・・している。

ヒスイは口を押さえて赤くなった。

(・・・髪の短いお兄ちゃんなんて初めてみる・・・。なんか知らない男の人みたいで、めちゃくちゃカッ・・・コイイ・・・かも・・・)

ヒスイは自分でも頭に血が上るのを感じていた。

「ヒスイ?どうしたの??」

コハクがひょいとヒスイの顔を覗きこんだ。

「なによ・・・」

「え?」

「何、そんな男の人みたいな頭にしてんのよっ!!」

ヒスイは真っ赤な顔で怒鳴った。

「男みたいな・・・って・・・お兄ちゃん男だし・・・」

コハクはオロオロしながら言った。

「そ、そんなに変かな?」

「知らないっ!!!お兄ちゃんのバカ〜っ!!」

バッと向きをかえてヒスイは一目散に走り去った。

「あっ・・・!待って・・・!!ヒスイィ〜・・・」

昨日に続きショックの上乗せだった。
あまりのことにコハクは石化したように動けなかった。

「ヒ・・・ヒスイ・・・」

「・・・気の毒になぁ」

カーネリアンがまるで人の不幸を喜ぶようにニヤニヤとしながらコハクの肩を叩いた。

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