世界はキミのために

14話 十字架の定義

 

ヒスイは恥かしさを忘れたい一心で無我夢中に走った。
走って、走って、気がつくと事の発端であるガーネットの屋敷の近くまで来ていた。

ヒスイは屋敷のほうには行かず、町中へ通じる道を選んだ。
軽く息を弾ませながら早足で歩いていく。

この町のことはそれなりに知っている。
買い物好きのコハクにうんざりするほど連れまわされたのだ。

ヒスイはまず町の中心部である市場へと向かった。
いつものコートを羽織り、いつも以上に深くフードをかぶると意を決したように人ごみの中へ身を投じた。

  

「・・・まず、吸血鬼といえばニンニクよね」

ヒスイは店に吊るされたニンニクの臭いをくんくんと嗅いだ。

(うん・・・これは平気みたい。っていうかむしろ好きかも)

特有の臭いはするものの嫌な感じは全くしなかった。

「・・・じゃあ、次は教会に行ってみよう。吸血鬼なら入れないはず・・・よね?教会に入った途端ギヤャャーッとかっていって苦しがる話を前に本で読んだもん」

町のはずれの静かな場所に教会はあった。
周囲に人はほとんどいなかったが立派な教会だった。
真っ白な壁と巨大なステンドグラスが荘厳な雰囲気をかもしだしている。

ヒスイはごくりと唾を呑んだ。

「い・・・いくわよ。まさか死んだりしないよね・・・」

ヒスイは恐る恐る足を踏み出した。
そろりと一歩教会の床を踏んだ時、教会の奥から男の声がした。

「一体、何をしているんだ?お前は」

「!!!」

ヒスイは驚いて体勢を崩し、そのまま前のめりに転んだ。

「いい様だな」

オニキスはくっくっと笑った。

「下ばかり見ているからだ」

ヒスイは転んだまま顔を上げた。
視線の先にオニキスが立っている。

「オニキス・・・」

ヒスイは立ち上がってパンパンと服の汚れをはらった。
自分が転んだのはオニキスのせいだとでもいうように恨めしそうな視線をオニキスに投げかける。

「オニキスがなんでここにいるの?」

「いては悪いか」

オニキスは無愛想に言った。
真っ白な光溢れる教会に黒衣の騎士・・・ヒスイでなくても違和感を感じそうな光景だった。

「オニキスって神様と縁なさそうなんだもん。それとも懺悔でもしに来たの?」

ヒスイはからかうように笑って言った。

「・・・お前、ここは初めてか?」

オニキスはヒスイの挑発には乗らなかった。

「うん。そう」

ヒスイは頷いた。

「・・・ここには少々思い出がある・・・」

オニキスは教会の高い天井を見上げながら表情を緩めた。

「・・・大切な思い出なんだね」

「なぜそう思う?」

「・・・そんな顔してたから」

オニキスが意外そうな顔でヒスイを見た。
ヒスイにとってはオニキスのその表情こそが意外だった。

「別に、たいしたことじゃない」

オニキスは視線を床に移して苦笑いした。

「初恋の相手とここで出会った。ただそれだけだ」

「へぇ〜っ・・・。そうなんだ・・・」

オニキスが柄にもないような事をさらりと言ったので、逆にヒスイのほうがたじろいでしまった。

「邪魔しちゃ悪いから、私行くね!」

ヒスイはあたふたとオニキスの元から去ろうとした。

「いや、構わん。お前はお前で気の済むようにすればいい」

オニキスはヒスイを呼び止めた。
ヒスイが教会に来た理由を悟っているようだった。

「あ・・・そうだった・・・」

ヒスイは当初の目的を忘れるところだった。

「・・・オニキスは知ってたんだ?私が人間じゃないこと」

「・・・・・・」

「変なの。私のことなのに私が知らなくて、出会って間もないオニキスが知ってるなんて」

ヒスイは小さな愛らしい顔を歪ませてなんともいえない表情で笑った。
とても子供のする表情とは思えなかった。

「あ!でもね!今のところ全然平気なの!見て、これ」

ヒスイは明るい声でそう言うと、深く被ったフードを外し、首からぶら下がっている大きなロザリオをオニキスに見せた。

「コンテストの賞品。これ十字架でしょ?でも何ともないよ?」

「・・・では、これではどうだ?」

オニキスは少し考えてから自分のしていたロザリオを外し、ヒスイに渡した。

ヒスイが何気なしにそれを受け取ろうとした瞬間・・・

「熱っ!!」

ヒスイはロザリオを床に落とした。

「うそ・・・。熱くて持てない・・・」

「・・・・・・」

オニキスは黙ってロザリオを拾った。

「な・・・んで?」

ヒスイは納得がいかないという顔でオニキス手にあるロザリオを見つめた。

「・・・お前のしているものは逆十字だ」

「え・・・」

「精巧なつくりで傍目にはわからないようになってはいるが・・・お前のような者が身に付ける為に特別に作られたものらしい」

「そう・・・なんだ」

「そしてこれは正真正銘の十字架というやつだ。更に魔石で力を付加しているから、お前やカーネリアンには触る事さえできないはずだ」

「やっぱり吸血鬼なんだなぁ・・・」

ヒスイは溜息混じりにポツリと漏らした。

「半分は人間だろう」

「うん。でもこのこと・・・お兄ちゃんには黙ってて」

「・・・・・・」

今度はこっちか。
オニキスは思った。
気がつけば何故かこの兄妹の間で板ばさみになっている・・・。

「そんなことを言われなくても、他人のことに口出しする趣味はない。・・・帰るぞ」

「うん!」

ヒスイは元気よく頷いてフードを被った。
そして素直にオニキスのあとに続いた。

(あとはお兄ちゃんが・・・私と同じ吸血鬼かどうか確かめればいいだけね・・・どうかお兄ちゃんが吸血鬼じゃありませんように・・・)

ヒスイは祈るような気持ちで逆十字のロザリオを強く握った。

ページのトップへ戻る