世界はキミのために

21話 水魚の交わり

   

「シンジュ、出てこないね」

ヒスイはベットの上に横たわりながらロザリオをいじっていた。

「たぶん気を使っているんだと思うよ。ああみえて結構気のつく奴なんだ。そして・・・」

「ん?」

「おだてに弱い」

コハクはロザリオの中にいるシンジュには聞こえないようにそっとヒスイの耳元で囁いた。

「あははっ!」

ヒスイは思わず声に出して笑った。

「はい。ヒスイ。そろそろ服を着て。風邪をひいてしまうよ」

「お兄ちゃんの貸して」

「ヒスイはこれが好きだね」

コハクは自分の白いシャツを渡した。

「うん!これが一番好き。だってお兄ちゃんの匂いがするもん」

「でもそれで外いっちゃだめだよ。家の中だけね」

コハクは拳を軽く口にあてくすくすと笑った。

ヒスイは嬉しそうにシャツの匂いをくんくんと嗅いでいる。
それから急にまじめな顔をしてコハクを見た。
ヒスイの真摯な瞳にコハクの姿が映る・・・。

「大丈夫。きっと何かほかに方法があるよ。諦めなければきっとまた会える。私、諦めないから」

「僕も・・・諦めない。諦められない・・・きっと」

コハクはヒスイの髪を撫でながらふっと笑って言った。

ヒスイは気持ち良さそうに目を細めて言った。

「一緒にいようね」

「うん」

「いっぱいキスして」

「うん」

「それ以上のこともいっぱいしちゃおう」

「うん」

「でね!でね!一緒に探そう!ずっと一緒にいられる方法を!!」

「うん。そうだね」

ヒスイの言葉にコハクは何度も力強く頷いた。

「じゃあ、まずは・・・」

二人は声を重ねて言った。

「キスから・・・ね」

  

「いいね、この服。脱がせやすい」

コハクが耳元で甘く囁く。

ぱさりと二人の足元に白いシャツが落ちた。

(だめ・・・しっかり考えなくちゃ・・・でも・・・触れる肌が気持ちよくて、いい匂いがして・・・お兄ちゃんは確かにここにいる・・・こんなに感じることができるのに・・・。こうしていると忘れてしまいそう・・・いずれ別れがくることなんか・・・。なんかもう何も考えたく・・・ない・・・。私も言ってることとやってることが違う・・・なぁ・・・)

  

そんなことを繰り返す日々が何日か続いたある朝のことだった。

「シンジュ〜ぅ・・・」

ヒスイはロザリオに向かって哀願した。

「でてきてよぉ〜・・・」

「・・・何ですか?」

シンジュは何日かぶりに姿を現した。口調はもちろん怒っている。

「お兄ちゃんが・・・起きない」

「単に疲れているだけでは?何をやっているのか知りませんけど」

シンジュは刺々しく言った。

「でもお兄ちゃんが私より寝ていたことなんて・・・」

「そりゃぁ、事情が違うでしょうよ」

シンジュは半分自棄になって言ったが、昏々と眠るコハクの様子を見て黙った。
そして慎重な口調で語り始めた。

「だけど・・・これはたぶん契約の終わりが近いせいです・・・。こちらの世界に対する拒絶反応のようなものが出始めています。これからは眠る時間も長くなるし、突然意識が飛んだり、本来の姿を隠すのが困難になったりすることが増えていくはずですよ」

「・・・・・・」

ヒスイは険しい表情で唇を噛んだ。

「・・・いい加減目を覚ましたらどうです?交わるだけが愛を確かめる方法ではないでしょう。いいんですか?このまま時が過ぎて何もわからないままコハクを失うことになっても」

「・・・嫌。そんなの絶対嫌よ」

シンジュの言葉がヒスイの心を揺さぶった。
ヒスイは夢から覚めたように顔を引き締めた。

「ねぇ、シンジュはさ、すごい精霊なんでしょ?」

「え?まぁ、そうですけど・・・。本来なら」

「・・・何か知らない?お父さんは一体どうやってお兄ちゃんを召喚したんだろう・・・。魔方陣みたいだったけど・・・よくわからない」

「メノウ様のことに詳しい人物なら・・・。当時のことを詳しく聞ければ何か手がかりがあるかもしれませんね。稀代の精霊使いと言われているオパールという人物なのですが・・・」

「あれ?その人ってもともと旅の目的だった・・・よ?」

「そりゃ、コハクだって知っているでしょう。全く何も考えていない訳ではないようですね」

  

「ん・・・」

コハクは薄っすらと瞳を開け、起きているヒスイの姿が視界に入るとガバッと起き上がった。

「こめん。僕そんなに寝てた?今何時?」

コハクは自分でも信じられないという顔で前髪を掻きあげた。

「夕方」

ヒスイは努めて明るい声で言った。

「そろそろこの家でよう、お兄ちゃん」

「そうだね」

「シンジュに喝入れられちゃった」

ヒスイは舌を出して笑った。

「うん。シンジュがいてくれて良かったよ。僕ちょっと今、ヒスイに対して歯止めが利かなくなってるから・・・シンジュみたいな奴が傍で口うるさく言ってくれるぐらいが丁度いいのかも」

コハクは困ったような、照れたような、何ともいえない表情で笑った。

「私も。自分がこんなに目の前の誘惑に弱いと思わなかったよ」

だめだなぁ、とヒスイも笑った。

「ありがとね。シンジュ」

シンジュはコハクが目を覚ます前にロザリオに戻ってしまっていたが、そのなかで照れ隠しのようにフンと鼻をならした。

ページのトップへ戻る