世界はキミのために

33話 スパルタ王子

   

しばらくしてヒスイが目を覚ました。

「なんか今、お兄ちゃんの夢みた・・・」

ヒスイは唇に軽く触れ、ふふっと笑った。

(それにしても体がだるい・・・。お腹・・・空いたな・・・)

「お兄ちゃんの血・・・飲みたい・・・」

ヒスイは拗ねた顔でそう呟いたが、それはもう無理だということも

嫌というほどわかっていた。

  

オニキスは両手に本を抱えて戻ってきた。

それをだるそうに突っ伏しているヒスイの脇に容赦なく積み上げる。

「何?これ・・・」

「やるからには完璧にやってもらうぞ。まずはこの国の歴史を学べ」

オニキスはさっさと読めと言わんばかりに本を押しつけてきた。

「・・・歴史は苦手なのに」

ヒスイは口を尖らせてぶつくさ文句を言った。

たたでさえお腹が空いて頭がボーッとするというのに。

けれどオニキスにそれを言う気にはなれなかった。

「それともうひとつ。人前では仲睦まじく、だ。いいな?」

オニキスは両腕を組んで、腰掛けるヒスイの傍らに立った。

「メイド達に何か聞かれるようなことがあっても余計なことは話すな。ボロがでる」

「・・・博物館へはいつ連れて行ってくれるの?」

「今すぐは無理だ。城下の祭り騒ぎが落ち着いた頃、結婚の挨拶と称して隣国へ行く。そうすれば堂々と入れるからな。それまでもう少し待て」

「うぅ・・・」

ヒスイは声を漏らした。

「しっかりやれ。後できちんと頭に入っているかどうか試すぞ」

「オニキスの鬼〜!!」

ヒスイは抗議したが「何とでも言え」と冷たくあしらわれてしまった。

  

ヒスイは半ばバテながらも意地になって読んだ。

オニキスは向かいの椅子に座って、自分も本を読み始めた。

本に顔がくっつきそうな勢いで読書をしているヒスイとは対照的に、

ゆったりと腰かけてゆっくりとページをめくっている。

まるで、必死になるヒスイの姿を楽しんでいるかのように。

そしてたまに本から目を上げ、ヒスイに問題をだしてきた。

問題をだされるとヒスイは疎ましそうな目でオニキスを見たが、毎回答えは正解だった。

(何なのよ・・・!家庭教師じゃあるまいし。このスパルタ王子!!

 あぁ・・・でも・・・お腹空いた・・・。
 私、このまま血を飲まなかったらいずれ死んじゃうのかな・・・。
 だけどそれじゃ、お兄ちゃんに会えなくなっちゃう・・・)

「ヒスイ。聞いているのか?」

「え?何?」

ヒスイは頭がくらくらしてきた。オニキスの声が遠い・・・。

「初代の王の名前は?」

「モルダバイトでしょ。お城の名前にもなってる」

ヒスイは辛うじてそう答えると、苦しそうに息を吐いた。

「正解だ。飲んでもいいぞ」

「へ・・・?」

「約束だ。血を飲んでもいいと言っている」

オニキスは立ち上がり、ヒスイの側へ寄ると、上から分厚い本を取り上げた。

「勉強の時間はここまでだ。今日のところはな」

  

「・・・少し屈んで」

ヒスイはほとんど無意識に席を立ち、オニキスの首に手を回した。

それから躊躇いもせず、オニキスの首筋に牙をたてた。

ゴクン。ゴクン。

ヒスイの喉が鳴る。

(・・・お兄ちゃんの血みたいに甘くない・・・。血の味ってみんな違うのかな・・・?)

ヒスイは頭の片隅でそんなことを考えた。

(それに、もうお腹がいっぱい・・・。お兄ちゃんの血はいくら吸っても足りない感じだったのに・・・)

軽く舌で舐め、首筋の止血を済ませると、ヒスイはオニキスから離れた。

「ごちそうさまでした」

「・・・・・・」

「オニキス?」

ヒスイはごしごしと口を拭きながらオニキスの顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」

「あ・・・ああ。大丈夫だ」

「牙の跡、シンジュに治してもらおうか?」

「いや・・・これぐらいは自分で治せる」

オニキスは首筋についた二つの穴を右手で押さえた。

「ごめんね。少し吸い過ぎちゃったかな?」

「これぐらい別に何でもない」

「それならいいんだけど・・・」

少し前まで青白い顔をしていたヒスイだが、今や血色も良くなり、重かった頭もすっきりしてきた。

「あ!私シンジュを探してくるね!どこいっちゃったのかな・・・」

「あまりうろうろするなよ」

「はぁ〜い」

ヒスイはぱたぱたと軽い足取りで部屋の出入り口に向かった。

「ここでは走るな」

オニキスが後ろからぴしゃりとヒスイをたしなめる。

ヒスイは眉をしかめながらもしずしずと歩きながら、部屋を出て行った。

  

ヒスイが出て行ったことを確認すると、オニキスは右手で傷口を押さえたまま、溜息をついた。

(・・・あの兄妹に遭遇してからというもの、溜息が増えた・・・。間違いなく)

オニキスは自分の溜息にハッとしてそんなことを思った。

「それにしてもまさかここまで心地よいとは・・・な。あいつが癖になるのもわかる」

オニキスはそうぽつりと漏らして、自嘲的な独り笑いをした。

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